④ 「皆さん、健闘を祈ります」
「すごい! あっちも木! こっちも木! 草もたくさん! 緑いーっぱいだね!」
両手を広げたソフィアがクルクルと回りながら言う。
僕達調査団の五人は今、見渡す限りの深緑を歩いていた。緑で覆われた森の中は薄暗く、時たま流れ込む風がとても涼しくて心地良い。
「建物や人が多いところに慣れちゃっていたけど、少し遠くに行けばこんなに豊かな自然があるんだね。アテラには絶対ない風景だよ」
「アテラは氷の大地っすから」
「もういっそこのまま移住しちゃおうよ」
「はは、それもいいっすね」
同じく両手を広げたキースが盛大に深呼吸をする。その横では、何処かで捕まえたカブトムシを手に持つレオンが適当な相槌をうっていた。
「ねぇ、そんなこと言ってる場合じゃないと思うんですけどぉ」
そんなはしゃぐ先輩とおじさんを、最年少のサンが冷たい目で見つめていた。普段は天然ぶりっ子な弟系だが、状況を見極めることが出来るのは助かる。大人達に見習ってもらいたいものだ。
「そうですよ、皆さん。目的をお忘れですか」
「分かってるよ。バルタ人疑いの面々を探すんでしょ」
「僕はきちんと道案内の役目を果たしましたからね。ここからはキースさんの出番ですよ」
役を交代すべく、キースの背中をポンと叩く。すると彼は得意げにふふんと鼻を鳴らした。
「任せておいて。カプセル船の落下地点の予測はついてるから。えーっと、この茂みを真っ直ぐだね」
スマートフォンで位置検索をしながら深緑の中を進んでいく。鬱蒼と草木が生い茂っており、とても歩きにくい。
「もう少し慎重に歩いた方がいいのでは? 足音が丸聞こえ……」
「シッ! あそこに誰かいるよ」
急に止まるキースにぶつかりそうになりながら、彼の指差す方へ目を凝らす。確かに人影が二つ見えた。屈んでいるようだが、バルタ人が宇宙船の破片でも探しているのだろうか。
「よく見えませんね。もう少し近付いてみましょうか」
「君達はここにいて。俺が確かめてくるから」
そう言ってキースが人影の前方へと移動する。音は立てずに進んでいるが、怪しげに揺れる草が生き物の気配を醸し出していた。
その時、人影が動くのと同時に鈴の音が響いた。もう一方の人影は何かを構えているように見える。
これはまずい。人影の行動の意味に気付き、咄嗟に手を伸ばした。
「ストップストーップ!」
「きゃー!」
しかし、ミンを唱える前にキースが両手を挙げて茂みから飛び出した。人影から高い悲鳴が聞こえてくる。
「そんな物騒なものを向けないで! 人間! 俺人間だから!」
「な、なんじゃお前さん! 突然出てきたから撃ちそうになったわい!」
「やめて! 俺死んじゃうって!」
キースの必死の訴えと爺さんの怒号が深緑に響く。その姿が徐々に見えてくると、僕達は安堵の表情を浮かべた。
「なんだ、チキュー人じゃない」
「警戒して損したな」
「ここの地域の住民じゃないですかね?」
そう言いながら茂みから出る。先程悲鳴をあげていた女性は腰を抜かしたのかその場に座り込んでいた。
「お爺さん、お姉さん、驚かせてしまいすいません。その人ボク達の仲間なんです」
猟銃らしきものを構える老人と両手を挙げたままのキースの間に入ったサンが、丁寧に言う。サンの小学生の様な姿に、老人は力を抜いた。
「ふん、子連れか。そんな人数でこの山に何の用じゃ」
「おじいちゃん、銃を構えたのはこっちだよ。謝るのは私達の方だって」
「驚かせた方が悪い」
「もう……。あの、こちらこそすいませんでした。祖父も悪気はなくて……あれ?」
女性が老人の分まで謝ろうと立ち上がる。そしてキースの方を向いた瞬間、僅かに表情が変わった。キースも何かに気付いたのか目を見開く。
「キースさん? どうしてここに」
「咲ちゃんこそ何でこんな山奥に」
二人は顔を見合わせて同じような質問を掛け合う。どうやら知り合いのようだが、そういえばその女性の後ろ姿には見覚えがあった。
もしかして彼女は。
「あっ! 咲夜さん!」
「あれ、ソフィアさん……に、確か篤志さんですよね。え? どういうことですか?」
こちらを向いたその人は、紛れもなく北条咲夜だった。何故彼女がこんな人気のない山奥にいるのだろう。
「俺達は探し物をしにここに来たんだ。で、ここにいる人達はみんな一つ屋根の下で暮らしている仲間だよ」
「そう。前に寮に住んでるって言ったでしょ」
「そういえば言っていました。キースさんもそこにお住まいなんですね」
「そうそう」
キースと咲夜は楽しげに話している。二人の接点は、と疑問に思ったが直ぐに解決した。二人は喫茶店しえすたの店員なのだ。
「咲夜、こいつらは知り合いか」
「そんな言い方失礼でしょう。
えっと、存じ上げない人もいるけど、学校の先輩と同じアルバイト先の人よ」
「そうか。お前達、悪い事は言わんが、遊び半分なら帰った方がいい。ここには昨日デカい何かが落ちたばかりじゃからな」
咲夜の祖父はこちらを怪訝そうに見ながら言った。孫の知り合いとはいえ、年齢の幅が広い自分達を警戒しているのだろう。それは仕方のない事だ。
しかし、最後の台詞は気になる。やはりこの辺りにカプセル船があるようだ。
「お爺さん、その大きな何かがどの辺にあるかご存知ですか?」
「現場までは知らん。しかしワシは見たんじゃ、頭から角を生やした太い尻尾の何かが歩いているのを」
「それは何処で」
「もっと山の上の方じゃ」
それを聞いて僕達はほぼ確信する。その特徴はバルタ人によく当てはまる。キースの読みは的中したらしい。
「昨日の夕方の話だから、木の重なりとかでそういう生き物に見えたんだよって言ったんです。でも聞く耳持たずで」
「木は歩かん」
「分かったって。
それで探してみることにしたんです。この山は熊や猪も出るので、安全のために熊除けの鈴とかおじいちゃんの猟銃を持って」
なるほど、状況はよく分かった。しかしこれは少々厄介なことになった。この二人に先にバルタ人を発見されれば、どうなるか分からない。どうにか二人を帰宅させなければ。
「キースさん達の探し物ってもしかして昨日の落下物ですか? 出回ってる画像からここに辿り着くなんて……」
「えっ、まぁなんていうか……ねぇ篤志?」
「僕に話しを振らないでください。
とにかく、危ない生き物が出てくる可能性がゼロではない以上、女の子とご老人のみで歩き回るのは危険です」
頼りにならない上司に任せても仕方ないので、一先ず説得を試みる。ま、こんな言葉で簡単に上手くいくとは思っていないが。
「誰が老人じゃ! ワシはまだまだ現役の七〇代じゃ!」
「えっすごぉい! お爺さん七〇には全然見えないですねぇ! ボクの祖父の方が余程年老いてますよぉ」
「なんじゃ小僧、なかなか見る目がある……んごっ」
横から出てきたサンが、無邪気に言いながら爺さんに近付く。その言葉に彼は気を良くしたようだが、次の瞬間その場に崩れ落ちた。直ぐに彼からイビキが聞こえてくる。
「おじいちゃん! どうしたの! ……あれ、なんだか私も……」
咲夜もゆっくりと腰を下ろすと、その場に座り込む。あっという間に二人は眠りについた。
「助かりましたよ、陽太」
「さすが篤志さん。冴えてますねぇ」
「眠らせるとは強引だな……」
「そうでもしないとこの頑固なお爺さんは動かなそうなのでね」
サンと共に和かに言う。咲夜には悪いが、こういうタイプの人間には多少力付くでいくしかないものだ。強い眠気を与えたので、何かあっても暫く起きることはないだろう。
「うんうん、やっぱり俺の判断は間違ってなかったね」
「いつも面倒ごとを押しつけるんですから」
「頼りにしてるんだよ! それより咲ちゃんが何でこんなところに」
「お爺さんの家がこの辺にあるんですよ」
何故か威張っているキースに溜息を吐きつつ答える。恵美の故郷はここ奥多摩だ。昨日の終業式後から早々に帰省でもしているのだろう。
「で、この二人どうすんだ? 抱えてくか?」
「本当であれば家に戻すのが理想的なんですが」
「そうも言ってられない状況みたいですねぇ」
そう言ったサンが、眠る二人の側に素早く氷の壁を作る。すると壁に何かが弾かれ、そのまま氷漬けになった。
「それで気配を消しているつもりですかぁ? バレバレなんですけど」
いつもの間延びした口調で、深い茂みの向こうへと話しかける。その緋色の目は鋭く光っていた。
「ハハ、オレの爪に気付くとはお前なかなかやるな」
「それはどぉも」
「お前らアテラ人だな。こんなに早く会えるとは思わなかったぜ」
「こちらこそ、わざわざご登場頂けるとは光栄だね」
茂みの中からサンより少し大きいくらいの生物が現れた。頭からは二本の長いツノ、手足には太くて鋭い爪、そして後ろから鱗のついた太い尻尾を生やしたその生物は、紛れもなくバルタ人だった。
それを確認したキースが一歩前に出る。
「アテラ人、お前らもうすぐ滅ぶらしいな。ざまぁないぜ。マナってのがないと生きていけないなんてな」
「それで、その滅びの道を進む俺達に何の用だい? 最後の足掻きを見物に来たなんて酔狂なこと、君らはしないよね」
「そうだな。見物なんて時間の無駄だ」
黒い爪をギラリと光らせたそのバルタ人が舌舐めずりをする。
「さっさと滅んでもらうぜ!」
言葉と同時に、複数の影が上から攻め降りて来た。金属がぶつかる音と衝撃波が全身に響く。
「あらぁ、貴女も刃物使いねぇ。ふふ、楽しめそうだわ」
「楽しんでいられるのも今のうちよ!」
「ほう、俺の拳を受けて立っていられるとは」
「いい筋肉してるな。俺の筋肉が唸るぜ」
後方にいたソフィアとレオンが、それぞれバルタ人の攻撃を受け止める。どちらも最初に確認した奴より大柄で筋肉質だ。
「礼音! そこは僕がなんとかするのでこの二人を何処か安全なところへ!」
「おう、頼むぜ相棒!」
「俺も行くよ」
レオンはとりわけ大柄な方のバルタ人を腕で弾き、眠る咲夜とその祖父を担いで走り出す。キースもその後を追った。
「レンズのあんちゃんはひ弱そうだが、俺の拳を受け止められるかな」
大柄なバルタ人は拳を振り回して言う。バルタ人は腕や足、尻尾に硬い鱗が生えており、その攻撃を一つ受けるだけでもかなりのダメージとなる。ましてやこの見た目だ。レオンのように硬化できない自分が受けたらひとたまりもない。
しかし。
「わざわざそんなことをする必要はありません」
「何?」
ソフィアに目配せをした後、地面に両手を当て思い切り力を込める。
「陽太、こっち!」
「えっ、なん……」
「ガァァアアァッッ!」
「っああぁあ!」
ソフィアとサンが木に飛び乗った瞬間、バルタ人から悲鳴の様な、呻き声の様な声が上がる。倒れた後も彼らの身体は痙攣していた。当然だ。痺れ技のより強力なものを放ったのだから。しばらくは立ち上がることも出来ないだろう。
「さぁ今のうちに礼音の所に!」
そう言ってソフィアとサンを回収し走り出す。
ここで暴れるには鬱蒼と生い茂る木々が邪魔になる。住民に目撃される可能性はあるが、切り拓かれた山頂で決着をつける方がいいだろう。
「篤志、あそこ!」
もうすぐで山頂というところでソフィアが右側を指差す。その先には、カプセル型の大きな物体が転がっていた。前方がへこんでいる灰色のそれは、間違いなくバルタ人のカプセル船だ。
そしてその近くからキースの声が聞こえてくる。
「礼音、後ろ気をつけて!」
近付くと、段々と状況が見えてくる。どうやらここにも一人バルタ人がいるようだ。
一先ずカプセル船の横にいるキースに合流する。地球人の二人は、無造作に開けられた船の中に並べられていた。
「あ、みんな。良かった、撒いてきたの?」
「痺れが取れたらすぐ追ってきますよ。
というか、ここの何処が安全なんですか。敵の船乗っ取ったら怒るでしょう」
「レディを地面の上に寝かせるわけにいかないでしょ」
「はぁ……」
女好きのおっさんの発言に呆れつつ、戦況を確認する。
地球に来たバルタ人は四人いるらしい。僕達のことを探していたようだが、あの様子だと話し合いに応じる気は無さそうだ。目的は、地球調査というよりはアテラ人の排除なのだろう。迷惑な話だ。
「それで、この後のことだけど」
船から降りたキースが言う。
「見た感じ、あのバルタ人は俺達を殺す気で来ているね。多分彼らと交渉するのは無理だ。だから叩きのめすしかない」
「それって、思い切り暴れてもいいってこと? ボク戦いたくてウズウズしてるよ」
「ああ。この山を吹き飛ばさない程度に暴れてきていいよ。
ただ、ひとつだけお願いがあるんだ」
やや興奮気味のサンの頭をポンと撫でると、キースは人差し指を立てた。
「彼らを殺さないでほしい。聞きたい事が山ほどあるし、何かの時の切り札にしたいから」
「本気ですかぁ? 変に生かしておいて何かあったら」
「そこは大丈夫。その手のスペシャリストがいるからね」
そう言ってキースは悪い笑みを浮かべる。殺されるよりも残酷な仕打ちはいくらでもある。その末路を思うと、背筋が凍る気がした。
「分かりました。では肉体は生かす方向で皆さん頑張りましょう」
「まぁ、ボクは楽しめるなら何でもいいですけど」
「私も頑張るね!」
「俺はここを守っておくから。みんな、頼んだよ」
キースはそれぞれの背中を押す。その暖かな左手からマナが流れてくるのを感じた。
「では、あまり気は進みませんが行きますか」
その言葉を合図にそれぞれ一歩前に出る。ほぼ同時に、カプセル船を囲むようにバルタ人が現れた。レオンとその相手も合流し、両者が揃う形となる。
「お前達、殺される準備は出来たか」
「それはお前らの方だぜ」
キースを除いた僕達四人は背中を合わせた。
それぞれの呼吸が密に伝わってくる。
「皆さん、健闘を祈ります」
「お互いにね」
周囲の草木がざわめき出す。
そんな風を受けながら僕は晴天の空を見上げる。
目を閉じると、バルタ人の息遣いまで聞こえてくる気がした。
そして一呼吸置くと、眼鏡が反射するその下でニヤリと不敵に笑った。
「さて、僕達に喧嘩を売ったこと、後悔させてあげましょう」




