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「ツライよ!」シリーズ

ハイパー王太子殿下の妃はツライよ!~まさかの人質~

作者: 緑谷めい

「ハイパー王太子殿下の隣はツライよ!~突然の婚約解消~」の続編です。

「ツライよ!」シリーズ第2作目にして、完結編です。

 


 私は王太子妃ナタリー。

 アルベルト王太子殿下と結婚して半年が経った。私は19歳になった。


 当たり前だが、王太子妃となってからの私は、アルベルト王太子殿下の隣に並ぶ場面が大変多い。

 相変わらず美し過ぎるアル様。

 アル様は23歳になられ、最近は何やら妖しい色気まで加わって、もはや怖くなるレベルの美貌だ。そんな並外れた美しさを誇るアル様の隣に並ぶ度に、普通レベルの美人に過ぎない私は公開処刑状態だ。

 今日も王宮でのレセプションパーティーで、海外からお招きしたお客様達が皆、アル様に見惚れている。アル様を見つめて涙ぐむ女性までいらっしゃる。

 そんな、神々しいばかりに美しいアル様の隣で、私は終始笑顔でお客様をおもてなしする。結婚当初こそ「どーせ私はゴミですから」といちいち病んでいたけれど、キリがないのだ。

  私は考えを変えた。

  美しさが足りなければ、仕事を頑張ればいいじゃない!

  そう、私はもうゴミではない! 前向きなゴミに生まれ変わったのだ!



  そんなある日。

  国王陛下から重要なお話があると、アルベルト王太子殿下、第2王子のロベルト殿下、そして私も呼び出された。

  公式の場として使用する「風の間」に通されたということは、プライベートな家族としての集いではない。父親としてではなく、国王としてお話をされるということだ。

  一体、何のお話だろう?


  国王陛下と王妃様が上座にいらっしゃる。アル様、ロベルト様、私は下座の席に着いた。

  陛下がおもむろに口を開かれた。

「隣国サンドル王国がついに西カーモイ王国と戦を始める。サンドル王国と同盟を結んでいる我が国ナカーヤ王国と、同じく同盟国であるトゥオカ王国は、共に参戦せざるを得ない」


「戦ですか……」皆に緊張が走る。

「そこでだ。サンドル王国が人質を出すよう求めて来た。同盟国である我がナカーヤ王国とトゥオカ王国に、サンドルとの同盟を裏切らない証として、それぞれの国から1名ずつ人質を出せ、とな」

 隣国サンドル王国は大国だ。経済力も軍事力も比較にならない大国サンドル王国に「人質を出せ」と言われれば逆らえないのだ。同盟国と言っても決して対等な関係ではない。


「サンドル王国からは、ロベルトかナタリーのどちらかを人質として寄越すように要求されている」

  陛下は眉間にしわを寄せておっしゃった。

  えっ? ロベルト様か私? 二択ですか?

「そんなっ!?」アル様が悲痛な声を上げた。

「アルベルト、うろたえるな!」陛下が一喝される。


「あの、私、行きます」

  私は右手を挙げて言った。

「はっ?」「えっ?」「へっ?」

  あれっ? 何かおかしかった? 言い方が軽すぎたかな?

「ナ、ナ、ナタリー! 何を言ってる?! ダメだ、ダメだ、絶対ダメだ!」

  アル様、そんなに慌てなくても。

「そうだよ、ナタリー! 俺が行く! 俺が行きます! 父上!」

  ロベルト様まで慌てるのですね。


「私が行きます。ロベルト殿下は王太子殿下のたった一人の血を分けたご兄弟。人質になるべきではありませんわ」

  これはホントにそう思いますの。

「父上! 俺が行きます! 王家に嫁いでたった半年のナタリーを人質に出すなどあり得ません! ナタリーは人質になる為に兄上に嫁いだのではない!」

  ロベルト様、今ちょっとカッコ良く見えますわよ。

  でも、私が行くのが最善の策ですわ。本当は皆様わかっているはず。


  国王陛下が、私を真っ直ぐ見ておっしゃった。

「ナタリー。サンドル王国へ行ってくれ」

「はい。謹んで王命をお受け致します。戦況によって同盟を離脱なさる時は、私のことはお気になさらず、どうぞお捨て置きくださいませ」

  よし! 完璧な返答だわ! 今の私、イケてる!

「ナタリー! ダメだ! 父上、お願いです! ナタリーを行かせるなどやめてください!」

「父上! 俺を行かせてください! お願いします!」

  アル様もロベルト様も、必死に陛下におっしゃってくださる。

  お二人とも、私のことを心配してくださるのですね。

  ありがたいことです。でも、私は大丈夫ですわ。

  私は秘かに燃えていた。

  美しさは足りなくても、王家や国民の役に立つ王太子妃を目指しているのだ。

  ある意味、チャンス到来ですわ! このお役目、立派に務めてみせますわよ!


  その夜、寝室で二人きりになると、アル様はずっと私を抱きしめていた。

「すまない、ナタリー。君を幸せにしたくて結婚したのに、こんな目に合わせて……」

「アル様、私は大丈夫ですわ。そんなに心配なさらないで」

「ナタリー、すまない。本当にすまない」

  アル様はずいぶん思い詰めているように見えた。

  アル様の方こそ大丈夫かしら?


  サンドル王国からは「1週間以内に人質を寄越せ」と要求されていた。

  人質だもんね。悠長に待ってはくれないよね。

  慌ただしく私の出国の準備が行われるのと同時に、当然、戦の準備も忙しく進められていて、王宮全体がバタバタとして余裕がなかった。



  そして、あっという間に私の出立の日が来た。

  国王陛下に風の間にてご挨拶を終えた後、いよいよ出発だ。

  王妃様、ロベルト様以下、大勢の王宮の者達が見送りをしてくれた。

  けれど、アル様の姿はなかった。

「あの、王太子殿下は『戦の準備が忙しいから』とおっしゃって……」

  アル様の従者が申し訳なさそうに伝えに来た。

「アルベルトったら……」王妃様は絶句され、ロベルト様は「バカ兄上め!」と吐き捨てるように言った。


  私は努めて明るい声を出した。

「それでは行って参ります」

「ナタリー、本当にごめんなさい。身体に気をつけてね」

  王妃様は涙をこぼしながら、おっしゃった。

  ロベルト様は私の手を取り、

「バカ兄上は後で俺が殴ってやるよ! ナタリー、必ず迎えに行くからな! 早く戦を終わらせて、必ず迎えに行くから、がんばれ!」

 と言ってくれた。

「はい、ありがとうございます。しっかりお役目を果たして参ります。ロベルト様、ご武運をお祈りしておりますわ。おケガなどなさいませんよう」

「うん、ナタリーも身体に気をつけて」

  ロベルト様は力を込めて私の手を握りしめた。


  こうして、皆に見送られ、私はサンドル王国へと向かった。

  志願して付いて来てくれる侍女2人と共に馬車で出発した。


  アル様……やっぱり見送ってくれなかった。

  昨夜、アル様から言われたのだ。

「ナタリー、すまない。私は見送れないかもしれない。自分が何をしてしまうかわからないんだ。ナタリーと離れたくなくて、とんでもない事をしてしまいそうで……」

  アル様、何か怖いです。

  とんでもない事って? 例えば? いやいや、考えない方がいいわね。

  見送ってもらえなかったのは寂しいけれど、とんでもない事態を引き起こすよりはマシですわね。




  朝、日の出と共に馬車で我が国ナカーヤ王国を出立して、隣国のサンドル王国の王宮に着いたのは、その日の夜遅くだった。

  夜も更けているから、こちらの国王陛下や王族の方へのご挨拶は明朝になるだろうと思っていたら、なんとサンドルの王太子であるエリック殿下が自ら出迎えてくださった。びっくり!

「ナタリー殿、お久しぶりです。この度は我が国までお出で頂きありがとうございます」

「お出迎えありがとうございます。お気遣い痛み入ります」

「陛下とは明日の朝、面会して頂きます。今夜はゆっくりお休みください。さぞお疲れでしょう」


  サンドル王国のエリック王太子殿下とは、今まで2回ほどお会いしたことがある。

  1回目は、私とアル様の結婚披露パーティーにお招きした時。

  2回目は、私が王太子妃になってから、サンドル王国の国家行事にアル様と招かれた時。この時は、その日の夜に開かれたレセプションパーティーでけっこうお話もした。

  その際に、エリック殿下は例のエリーゼ王女の騒動の一件を私に謝ってくださった。エリーゼ王女はエリック殿下の腹違いの妹に当たる。(エリック殿下の母君は正妃、エリーゼ王女の母君は第1側妃である)

「ナタリー殿には大変な迷惑をかけてしまって、本当に申し訳なかった」

  正直、大国サンドル王国の王太子殿下が私に頭を下げてくださるなんて思ってもいなかったから驚いた。

  真摯な謝罪に、とても真面目な方なのだと感じた。


  エリック殿下はガッチリして大柄で男っぽい顔立ちをされているが、笑うと目が糸のようになって優しいお顔になる。

  そのエリック殿下が笑顔で出迎えてくださって、内心、私はホッとしていた。

  人質と言っても、一応同盟国の王族なのだから丁重に扱ってくれるだろうとは思っていたけれど、やはり緊張していたのだ。

  エリック殿下は、

「何も心配されることはありませんよ。ナタリー殿のことは誓って丁重にお預かりいたします。ご安心ください」

 とおっしゃった。

  一緒に来てくれた侍女2人もほっとした様子だ。


  その晩はすぐに休み、翌朝、こちらの国王陛下にご挨拶をした。エリーゼ王女に激甘だった陛下だ。実に如才ない感じの陛下は、多分心にもないであろう事を親切そうにいろいろおっしゃり、面会は終わった。

  ふぅ……まあ、そういうものですわよね。


  もう一つの同盟国・トゥオカ王国からは、第3王女レティア王女が人質として、私よりも1日早く到着していた。

  レティア王女はまだ15歳だそうだ。私より4つ年下か……

  他国で人質生活なんて、若い王女はどんなに不安だろう。

  ここにいる間は、私が姉のつもりで彼女を励まそう。


  私に与えられた部屋にレティア王女が挨拶に来てくれた。

  彼女とは初対面だ。

  あらー、可愛い王女様だこと! 童顔でほっそりしていて、庇護欲をそそりますわ!

「初めてお目にかかります。トゥオカ王国第3王女レティアにございます。ナタリー妃殿下、どうぞよろしくお願い致します」

  とても緊張しているようだ。

「初めまして。『ナタリー』でよろしくてよ。レティア様、人質という立場の者どうし、お互い助け合って励まし合って、ここでの生活を乗り切りましょう! 仲良くしましょうね!」

 私が笑顔で右手を差し出すと、レティア王女は嬉しそうな顔をして手を握ってくれた。

「あ、ありがとうございます。とても心強いです」

「ここにいる間は、私のことを姉だと思ってくださると嬉しいわ」

「そんな……嬉しいです」

  ポロポロと涙をこぼし始めたレティア王女。

「すみません。何だかホッとして涙が……」

「いいのよ。涙が自然に流れる時は泣いたらいいのよ」

「は、はい……」

  私は泣いているレティア王女を抱きしめ、そのまま彼女が泣き止むまで華奢な背中をさすった。

  か、可愛い! 何、この可愛さ!

  私が男だったら、もうこの瞬間に恋に落ちていますわ!

  この子を絶対に守らなければ! 私は心に固く誓った!



  私とレティア王女は、あっという間に仲良くなった。

  毎日、二人でたくさんお話して、一緒に笑ったり愚痴ったり励まし合ったり……本当に妹が出来たみたいだ。


「実は、つい2ヵ月前に、私の婚約者だった公爵令息が下級貴族の娘と駆け落ちしてしまって……。私は王家の恥晒しなのです。国に居ても針のムシロだったので、ここに来て少しだけホッとしている気持ちもあるのです」

  まぁ、なんてこと! 

「ねぇ、レティア様。貴女はまだ若いわ。これからいくらでもやり直しが出来ますわ。ちなみに我が国ナカーヤ王国に、とってもおススメの殿方がいますの! 戦が終わったら、その方とお会いになってみません? 本当におススメの優良物件ですことよ!」

  ふふふ、可愛らしいレティア王女。ロベルト様にお似合いですわ!

  ロベルト様は私と同い年の19歳。15歳のレティア様とは4つ違いで、年齢的にもぴったりだわ。

「えっ? でも、そのような方なら、とっくに婚約者がいらっしゃるのでは?」

  そう思うわよね? ところがどっこい。

「それがナント! 2年前に婚約者に逃げられて以来、現在もフリー! 身分よし! 顔よし! 頭よし! と三拍子そろって、何より、とってもいいヤツ! なのに今ならフリー! こんなお買い得物件、なかなかございませんわよ!」

  私は力を込めて言った。

「は、はぁ……」

「レティア様、戦が終わって人質生活が終わったら、人生やり直しですわよ! 若いんですもの! まだまだこれからですわ!」

「そ、そうですよね! よし! やり直しだ!」

「その意気ですわ!」

「うふふふ、ナタリー様! 私、何だか元気と勇気が出てきました!」

「”元気・勇気・根気”の”3つの気”があれば、何でもできますわ! ちなみにこの”3つの気”は、私の実家ランシス公爵家の家訓ですの。実家の庭には3本の大樹があるのですけれど、この”3つの木”を、家訓”3つの気”の象徴としてますのよ」

「まあ、面白いですわね!」

「初代公爵がダジャレ好きだったとしか思えませんわ」

「ナタリー様ったら」

「おほほほほ……」

「ほほほほほ……」

  あ~、レティア様の笑顔が可愛い過ぎる! 癒されますわ~……

  ぜひぜひロベルト様の嫁にカモ~ン!



「ずいぶん、レティア王女を可愛がっていらっしゃるようですね」

  ある日、私が庭のテーブルで一人読書をしていると、エリック王太子殿下が声をかけていらした。

「はい。本当に可愛らしい王女様で、素直で愛らしくて何だか守ってあげたくなるというか……(ぐへへ)」

「そうですか。レティア王女はまだ15歳だ。いろいろ不安でしょうから、ナタリー殿が王女の面倒を見てくださっているのは、こちらとしてもありがたいことです」

「ほほほ、私も可愛いレティア様にとても癒されていますの。エリック殿下も、レティア様のこと可愛らしいとお思いになられるでしょう?」

  エリック殿下は、にこやかに「そうですね」とおっしゃった。

  はっ! まさか? エリック殿下はレティア王女を妻として考えていらっしゃるのでは?

  ウカツだった。この人、独身・婚約者なしだったわ。

  確か、他国の王女と婚約していたけど、数年前にその国がサンドルとの同盟を解消して破談になったはず。政治的婚約解消ってやつね。


「レティア様は渡しませんわよ!(ロベルト様の嫁になるのよ!)」

「はっ? ちょ、ちょっと、意味が分からないのですが?」

  私はエリック殿下を睨んで言った。

「とにかく、レティア様を狙わないでくださいませ。エリック殿下は26歳でございましょう? レティア様とは11歳も違うではありませんか?(あんたロリコン?) 他を当たってください」

「えっ? はっ?」

「失礼いたします」

  呆然としたまま、取り残されたエリック殿下。


「何なんだ、一体!? 人をロリコン扱いして! 俺が狙ってるのはレティア王女じゃない!」

  従者が声をかける。

「殿下。他国の王太子妃であるナタリー様に横恋慕されてるのも、ロリコンと同様に非常にマズイことだと思いますが」

「わ、わかってる。でも、結婚披露パーティーで一目惚れして、その後4ヵ月前のレセプションパーティーで話をしたらとても楽しい方だと分かって、ますます好きになってしまったのだ」

  従者が溜息をつく。

「まったく。他国の王太子の結婚披露パーティーに招かれて花嫁に一目惚れするとか、何考えてるんですか?」

「恋とは落ちるものなんだよ……」

「デカい図体して気持ち悪いこと言わないでください」

  エリック殿下の幼馴染でもある従者は容赦なかった。

「お前、不敬だぞ!」

「とにかく、ナタリー様のことは、とっとと諦めてください!」

  従者の念押しに、うなだれるエリック殿下。

「諦められないから、こんなに苦しいんじゃないか……」



  その頃、レティア王女の部屋では……

「ねぇ、レティア様。エリック殿下には気をつけてね。あの人、ロリコンだと思うのよ。レティア様を狙ってるかもしれないから、絶対に殿下と二人きりにならないようにね。万が一、無体なことをされそうになったら、急所を膝蹴りですわよ。やり方を教えて差し上げますわ。ほら、練習しましょ!」

「??……あの、ナタリー様。エリック殿下は私には何の興味も持たれていませんわ。というか、殿下はナタリー様に惹かれてらっしゃいます」

「へっ?」

「いつも私に、根掘り葉掘りナタリー様の様子をお聞きになるのです」

「人質どうしの相互監視!?」

「いえ、違うと思います。ナタリー様を女性として意識されている質問ばかりされますの。エリック殿下は、間違いなくナタリー様に恋してらっしゃいますわ。私、こう見えても恋愛小説フリークで、察しは良い方ですのよ」

  えーっ!?

  エリック殿下って、いつも私に優しいとは思っていたけど、そーなの?

  やだ、私ってば、人妻でありながら大国の王太子をも惑わす魔性の女!?

  いやいやいや喜んでる場合じゃないわよね。

  どうしよう!? ま、まさか、強引に迫ったりされませんわよね!?










  サンドル王国に来て、8ヵ月が経った。

  戦が始まって8ヵ月ということだ。


  ある日の夜、「夕食を是非ご一緒に」とエリック殿下のお誘いを受け、私とレティア王女は殿下と共にテーブルに着いた。

  エリック殿下は憂い顔でお話をされた。

「実は、戦況が思わしくない。明日から私は前線に出向くので、当分王宮を留守にします」

「王太子殿下自ら前線に行かれるのですか?」

  私が驚いて尋ねると、

「現場の兵士の士気を上げる為です。王族が前線に行くと、やはり士気が違ってくるのですよ。ちなみに」

 と言葉を区切ったエリック殿下は、私の顔を見て続けた。

「ナカーヤ王国のアルベルト王太子殿下と第2王子ロベルト殿下にも来ていただいて、現地で合流する予定です」

  えっ!? アル様とロベルト様も前線に行くの? えーっ!? そんな!?

  エリック殿下は、なおも私を見つめながら、

「戦を長引かせたくない。どうしても、ここで決着を着けたい。正念場ですね。ナタリー殿、ナカーヤの殿下のことがご心配でしょうが、ここは同盟国一体とならなければいけないのです」

「……はい、わかります」

  ここで私が何も言えるはずがない。

  ただ、アル様とロベルト様の無事を祈ることしか出来ない。

  アル様もロベルト様も、そして今、目の前にいらっしゃるエリック殿下も、どうか無事に戻れますように……

「エリック殿下。ご武運をお祈りいたしております。どうか、ご無事にお戻りくださいませ」

「ありがとう。ナタリー殿にそう言っていただくと、本当に嬉しい」

  エリック殿下は、優しい声でしみじみとおっしゃった。

  私を見つめる瞳に、確かに熱があるのを感じる。

  私ってば、罪な女……


「ナタリー殿、これを私から」

  エリック殿下はエメラルドのイヤリングを取り出すと、私に渡してくださった。

  エリック殿下の綺麗な緑色の瞳と同じ、緑色のエメラルド……

  これはもう、告白ですわよね。人妻としては、受け取らない方がいいのかしら?

  でも、明日戦地に行く方に突き返すなんて、私には出来ない。

「ありがとうございます。大切にいたします」

  レティア様が何とも言えない複雑な表情をして、私とエリック殿下の顔を交互に見ている。

  エリック殿下は、しばらく惚けたように私を見つめていたけれど、突然ハッとして、

「レティア殿には、これを」

 といかにもついでという感じで、レティア様に鼈甲の髪留めを渡された。

「ありがとうございます。殿下のご武運をお祈りしています(棒読み)」

  レティア様、もうちょっと感情込めてあげなよ。


  その夜、自分の部屋に戻った私は、これからのことを考えていた。

  戦況が思わしくない。

  アル様とロベルト様の手紙からも、それは読み取れていた。

  だが、大国サンドル王国の王太子であるエリック殿下はじめ、アル様もロベルト様も前線に行かざるを得ないというのは、私が考えていたよりも、かなり良くない状況なのだろう。

  王族が前線に行くなんて……アル様もロベルト様も、今まで実戦経験はない。

  二人とも大丈夫かしら?


  そして、もしも戦に負けて、ここサンドル王国の王都が西カーモイ王国の軍に制圧されるようなことになれば、私とレティア様は生きて祖国に帰ることは出来ないだろう。

  良くて西カーモイ王国に連行。悪くすれば、この場で殺されるかもしれない。

  いざという時の為、私は自分用の短剣を国から持って来ている。

  王家に嫁ぐ直前に、実家の父から渡された短剣だ。

「王家に入れば、いざという時、自害をしなければいけない場合がある」

  そう言って、父は至極冷静な態度で、私に短剣での自害の仕方を教えた。

  これを使う時が来るのかしら……

  短剣を鞘から抜いてみる。冷たく光る刃……

  怖い……これで自害なんて……私にできるのかしら?

  レティア様は? 彼女は自害などできるだろうか?

  考えれば考えるほど恐ろしい……どうしていいのか、わからない。

  アル様……アル様の元に帰りたい……不意に、そして切に思った。


  戦に負けて、私、ここで死ぬことになるのかな?

  もしかしたら、アル様の方が前線で死んでしまうかもしれない。

  アル様と私、どちらが死んでも、二人とも死んでも、不思議じゃないんだ。

  イヤだ! アル様と一緒にもっと生きたい!

「アル様……」

  会いたい……

  結婚して、わずか半年で離れ離れになった私とアル様。

  私が人質としてサンドル王国に来てから、既に8ヵ月。

  アル様と一緒に暮らした期間より、人質生活の方が長くなってしまった。

  不思議だ……一緒に暮らしていた頃よりも、アル様を愛している。

「会えない時間が愛を育む」と恋愛小説で読んだことがあるけれど、本当ですのね……


  翌朝、戦地に向かうエリック殿下を、レティア様と共にお見送りした。

  私は不安そうな顔をしていたのだろうか。

  エリック殿下は、

「心配しないでください。必ず戦に勝ちます。ナカーヤの殿下方と一緒に頑張ってきますよ」

 と優しく微笑まれた。

「ご無事にお戻りくださいませ」

「ありがとう。行ってきます」

  エリック殿下はじっと私を見つめると、その大きな手を遠慮がちに伸ばし、私の頬に微かに触れた。

  その時、殿下は何か言いたそうだったけれど、でも何も言わずに、そのまま出発された。


  私の隣でその様子を見ていたレティア様は、静かに言った。

「エリック殿下は、本当にナタリー様がお好きなのですね。あの大男が、あんな風にそっと愛おしむように触れるなんて、何だか見ていて切なくなりましたわ」

  そうね。あんな立派な体格をして、しかも大国の王太子なのに、まるで初恋に惑う少年みたいな触れ方だった。

  私の頬に微かに触れるか触れないか……その大きな手が震えていたのだ……






 **********





  それから2ヵ月後。

  唐突に戦は終了した。西カーモイ王国が降伏したのだ。

  開戦から10ヵ月での決着。


  サンドル王国の王宮は歓喜に沸いていた。

  私とレティア王女も手を取り合って喜んだ。

「良かった! 勝ったのですわ! しかも、こんなに早く戦が終わるなんて! レティア様! 嬉しいー!」

  私は、どさくさに紛れて可愛いレティア王女に抱き着く。

「ナタリー様。本当に良かった……うぅ……」

  涙を流すレティア様……くっ、かわ……私が男だったら……!

  いやいやいや、そうじゃない! 彼女をロベルト様の嫁に迎えるのだ!

  そうすれば、レティア様は私の義妹いもうと)! 思う存分可愛がれますわ……(ぐへへ)



  勝利の知らせから3日後。

  エリック殿下が王宮に到着された、と伝えられ、私はレティア王女と共にお出迎えをした。

  すると、エリック殿下と……あれれ?……アル様? アル様が一緒にいらっしゃる!?

「ナタリー!!」

  アル様は、私の姿を見つけると、大きな声を出して走り寄って来た。

  そして、驚いて立ち尽くしている私を力一杯抱きしめた。

 ちょ、ちょっと、ちょっと! どうしてアル様がここに!?

「ナタリー、無事でよかった! 帰ろう! 今すぐ私と帰ろう!」

「えっ? は、はい?」

  混乱する私。

「ナタリー、俺たちと一緒に帰ろうぜ!」

「ロベルト様!?」

  アル様の後ろから、ロベルト様も現れた。

「戦が終わった瞬間に、兄上が、どうしてもこのままサンドルに行って自分がナタリーを連れて帰る! って言い出してきかなくて、こちらのエリック殿下に直談判して、戦地から直接ここに来たんだ」

「アル様、私を迎えに来てくださったんですね。アル様もロベルト様も、ご無事で嬉しゅうございます」

「ナタリー、会いたかった! とにかく今は一緒にすぐに帰りたい! 話はゆっくり国に帰ってからしよう!」


  エリック殿下が近付いて来た。苦笑いをしながら、おっしゃる。

「ナタリー殿、アルベルト殿下に押し切られたのですよ。私は、後日、必ず貴女をナカーヤ王国に送り届けると話したのですが、信じていただけないようで。どうしても今すぐ自分が直接迎えに行くと。それで仕方なく、ここまでご一緒したのです」

「エリック殿下、ご無事のお戻り心よりお喜び申し上げます。うちの殿下が無理を申し上げたようで……申し訳ございません」

「いえ、アルベルト殿下がここまで(しつこく)おっしゃるとは正直驚きましたが、それほどナタリー殿を愛していらっしゃるのだと、同じ男として感じ入りましたよ」

  アル様、粘着質だからなー。相当しつこく言ったんだろうなー。

  エリック殿下は、

「国王陛下は、現在、終戦条約締結の為に西カーモイ王国へ向かわれているので、人質の解放などこちらの事は全て私が任されています。私がナタリー殿の帰国を許可いたします」

 とおっしゃった。

「エリック殿下、ありがとうございます」

  本当に帰れるのですわね!


  アル様が待ちきれない様子でおっしゃる。

「ナタリー、何も持たなくていい。身一つでいいから、今すぐ帰ろう!」

「は、はい。では、侍女2人と共に参ります」

  私と侍女達は、最低限の貴重品だけを急いでまとめて支度をして、本当にそのまますぐに帰国することになった。まさか、こんな急な帰国になるなんて、びっくりですわ!


  私はエリック殿下にお別れのご挨拶をした。

「エリック殿下、大変お世話になりました。深く感謝申し上げます。レティア様をどうか無事にトゥオカ王国に送り届けてくださいますようお願いいたします」

「もちろんだ。約束しよう」

「いろいろとお気遣いいただき、本当にありがとうございました」

「ナタリー殿」

「はい」

  エリック殿下は一瞬目を閉じ、そして開くと、私を真っ直ぐ見ておっしゃった。

「……愛してる」


 ……一瞬、その場の空気が固まった……


「えっ!?」

「おいっ! 何を言ってる!」

  アル様が険しい声を出した。

  ロベルト様は、サッとご自分の背後に私を隠すように、エリック殿下と私との間に立ちはだかった。

  素早い連携プレーですわね。さすが、ご兄弟。

  なおもエリック殿下は続ける。

「ナタリー殿を愛してる」

「ナタリーは私の妻だ!」

  アル様が大きな声を出す。

「わかってる。だから一緒に帰国することを認めている。でも、ナタリー殿には私の気持ちを知っていて欲しい」

  エリック殿下……

  私は、前に立ちはだかるロベルト様の背中からヒョイと前に出ると、エリック殿下に近付いた。

「ありがとうございます。お気持ちは嬉しいですわ」

「ナ、ナタリー!?」

  アル様、そんな泣きそうな声を出さないで。

「でも、エリック殿下にはもっと相応しい女性が現れますわ。私はアルベルト殿下の妃です。アルベルト殿下だけを愛しております」

「ナタリー殿……わかってる……」

  苦しそうな表情……

「エリック殿下、こちらで受けたお心遣いもご親切も、決して忘れません。殿下のお気持ちにお応えは出来ませんが、殿下のことをご信頼申し上げている心に嘘はございません。こののちも、同盟国の王族として長いお付き合いになるでしょう。これからも、よろしくお願いいたします」

「ナタリー殿……」

  私を見つめる緑色の瞳が揺れている。

  その瞳と同じ色のエメラルドのイヤリング……大切にいたしますわ。

「エリック殿下、さようなら。どうかお元気で」

「ナタリー殿、さよなら……お元気で」

  エリック殿下は私の目を見つめたまま、優しい声でおっしゃった。

  私はエリック殿下にお別れの淑女の礼をとると、くるりと背を向けた。

  さあ、帰りますわよ!



  レティア王女が慌てて私に駆け寄って来た。

「ナタリー様、本当にありがとうございました。またお会いできますよね? またお会いしとうございます!」

「もちろんよ! ちょっとロベルト様! こっちにいらして!」

「何? どうした?」

「レティア様、こちらは我がナカーヤ王国第2王子のロベルト王子ですわ。ロベルト様、こちらはトゥオカ王国第3王女レティア王女よ。しばらくして落ち着いたら、レティア様にはナカーヤに来て頂いて、お二人にはお見合いをしていただきますわ。とってもお似合いだと思うのよ」

「えっ?」「はっ?」

「とにかく、お互い帰国して落ち着いたら、詳しくはお手紙で! レティア様、お元気でね! 今度はナカーヤでお会いしましょう! お待ちしておりますわよ!」

「は、はい! ナタリー様もお元気で!」

  ああ、可愛いレティア様……暫しのお別れですわ。


「レティア王女、申し訳ない。ナタリーが勝手なことを言って……」

  気まずそうなロベルト様。

「いいえ、ロベルト王子。私、10ヵ月間ずっと、ナタリー様から貴方様の素晴らしさをお聞きしていましたの。お会いできて嬉しいです。私、本当にナカーヤ王国に遊びに行かせて頂いてもよろしいでしょうか?」

  可愛らしい笑顔で問う、レティア様。

「え、ええ、もちろんです。是非いらしてください」

  あらあらあら……なかなかいい感じではないの!

  ロベルト様、照れちゃったりなんかして……これは上手くいきそうね!


  私と侍女2人は馬車に乗り込んだ。わー、軍用の馬車って、いかついのねー。

  アル様とロベルト様は、ご自分の軍馬に跨っている。

  本当に、戦地からそのまま来てくれたのだと実感する。

  アル様とロベルト様は、わずかな手勢だけを連れてサンドルにやって来ていた。ナカーヤの本軍は戦地から帰国の途についていて、明日ナカーヤに到着予定だそうだ。

  私達も、今から出発すればナカーヤに着くのは明日になる。

  明日には、私達も軍の兵士達も皆、国に帰れる!

  本当に戦が終わったのですわ!




  翌日、私達はナカーヤ王国に帰国した。

  私達が到着する数時間前にナカーヤ軍の本軍が王都に帰還したらしく、王宮は歓喜に沸いていた。

  そこへ、王太子アル様と第2王子ロベルト様、ついでに人質だった王太子妃の私まで帰ってきたのだ。王宮中が喜びに包まれ、そりゃあもう大盛り上がり!

 国王陛下と王妃様へのご挨拶がすむと、私達はすぐさま戦勝の宴に引っ張り出された。

  皆、高揚していて、飲めや歌えや踊れやの大騒ぎ! 今夜は無礼講ですわね!

  調子に乗った私は、ロベルト様と2人でコントを披露した。

  私とロベルト様は子供の頃からコンビ芸人のまね事をしていて、持ちネタが多数あるのだ!

  自信作をいくつか披露したところ、ものすごくウケた!

  やった! 大爆笑を取りましたわ! ロベルト様とハイタッチする私! 

  初めて私達のコントを見たアル様は、その美貌を硬直させていた。

  美形が固まると、彫刻みたいですわね。もはや芸術ですわ。



  その晩、ようやく寝室に戻りアル様と二人きりになったのは、夜もずいぶんと更けてからだった。

  二人になった途端、アル様は私を抱きしめた。

「ナタリー」

「アル様、ご無事のお戻り本当に嬉しゅうございます」

「それはこっちの台詞だよ。10ヵ月も人質生活なんてさせてしまって、本当にすまなかった。一緒に戻れて良かった……」

「アル様、お会いしとうございました……」

「私もだよ。ナタリーに会いたくてたまらなかった……」


  アル様が不安そうに問う。

「ナタリー、あいつに何もされなかった?」

「エリック殿下? いつも紳士的でしたわよ。最後の2ヵ月は戦地に行ってらしたし。アル様もご一緒だったでしょ?」

「一緒だったから、あいつがナタリーを狙ってるって気付いたんだ」

「それで戦地からそのまま迎えに来てくださったのですね」

「もしかしたら、あいつがナタリーを返さないんじゃないかって思って、不安で不安で……」

 アル様……

「ナタリーは魅力的すぎるんだよ。もう他の男の目に触れさせたくない。ナタリーは私だけのものだ!」

  んん?? ヤンデレの傾向かしら? アブナイ、アブナイ。

「ナタリー、愛してる。本当に愛してるよ……」

「私も愛してますわ」

「やった! ナタリーが『愛してる』って言ってくれたの、これで3回目だ!」

「いちいち数えるのは、おやめになって」

「数えきれないくらい言ってくれたらね」

  そう言うと、アル様は私の額に軽くキスをした。


「もう寝よう」

  アル様は私を抱きしめたまま、寝台に横になった。

「今夜はしない。すごくナタリーを抱きたいけど、さすがに疲れてるでしょ。今夜はこのまま寝よう」

  そう言って、アル様は私を抱きすくめたまま目を閉じた。

  まぁ、ずいぶんと落ち着かれましたわね、アル様。

  さすがに今日はお互い疲れてますものね。ゆっくり休みましょう。


  ん? アル様? どうかなさいました? なにをゴソゴソされてますの?

  えっ? やっぱり我慢できない? 知りませんわよ。

  何、涙声になってらっしゃいますの?

  はっ? どうしても我慢できない? 私、猛烈に眠いのです。

  お願いだから? えっ? 限界? ご自分でどうにかなさいませ。

  んん? 何やら硬いモノが当たりますわね。

  でも、睡魔が……私ももう限界……お休みなさい……ぐぅー





 **************






  半年後。


  今日は、ついに、レティア様が我が国ナカーヤ王国にいらっしゃる日だ。

  王家の客人としてお招きして、王宮に1ヵ月滞在していただく予定になっている。

  ロベルト様は朝からソワソワしている。

「ナタリー、余計なことするなよ」

「あら、協力は惜しみませんのに」


  ロベルト様は、半年前にサンドル王国で初めてレティア様に会って以来、事あるごとに「あの子、可愛かったな~」とだらしない顔で繰り返していた。

  そうでしょう、そうでしょう。

  何せ、私とロベルト様は長い付き合いなのだ。

  ロベルト様の女性の好みなど、完全把握しておりますからね!

  レティア様は、どストライクでございましょう!


  アル様が私の肩をそっと抱く。

「ナタリー、体調は大丈夫? 身重なんだから、はしゃぎ過ぎちゃダメだよ」

  アル様は心配性ですわね。

「もう、5ヵ月に入って安定してますから、大丈夫ですわよ」

  そう言って、私はお腹に手をやった。


  この子が産まれる頃には、ロベルト様とレティア様の婚約が調っているかもしれませんわね。

  楽しみですわ……

  私はアル様を見上げ、微笑んだ。












 完

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― 新着の感想 ―
[一言] 前作同様、楽しく読ませていただきました! ロベルトとレティアのお話も読みたいです( ´∀`)
[気になる点] 横浜線…( °ω° ) サンドルがイマイチ思いつかないのですが。 [一言] 前作から、とても面白かったです。
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