第8話「殺戮者」
時は遡り、ジュンが地下室に向かった直後
<リリ視点>
ジュン君は魔法の練習してから寝るって言ってた‥。
まだここにきて3週間くらいなのに、よく頑張ってるし、無属性に至っては、三流だけど魔法使いを名乗れるレベルかもしれない。
今日は、見に行ってみようかな‥
彼は大変な境遇にいる。
リリのジュンへの認識だ。実際にその通りだが、ジュンのこの世界への適応能力はゲームや漫画、ライトノベルによって高く、3人の助けもありこの世界でどうにか生きていけるレベルにまで達している。
リリ自身、無属性に限ってはかなりの腕の魔法使いだ。何故彼女にこのような才能があったかは、彼女は知らない。
ふと、お皿を片付けながら考え事をしていたら、酒場のドアが開く音がした。誰か来たのだろうか、申し訳ないけれど、もう終わりの時間だ。
来たのは客ではない。
そこからは早かった。
――――――一瞬で、この空間が緊張感で満たされる。
――――――っ!!
背筋が凍った。
「ひゃっ―――」
突如、右から落下する衝撃、気づくと自分の腰に姉が抱きつくようにして倒れていた。
「リリ!!大丈夫!?」
さっきまで私のいた場所には、赤髪の長身の男がナイフを振り下ろしており、それを兄が剣で受け止めている。
「―――――ぁ‥」
分からない、怖い、恐ろしい、殺される。
恐怖で頭を支配され、思考が停止する。
「リリ!裏から逃げて!あたしとシンでどうにかなる!!」
なにも言えなかった。ただ、頭が真っ白なまま立ちあがり、最愛の姉に背中を押され、外へと駆け出した。
<シン視点>
ありえない‥
ドアからリリのいた場所まであれだけの距離があったのに、この男のナイフを受けとめるのが限界だった。
速い、速すぎる。
その男は、ナイフを振り下ろした体勢のまま動かない。
赤髪に、私よりも高い身長‥かの世界最悪の殺戮者、クロウ、その男がナイフを持って襲いかかってきた。
即ちそれは、彼らにとって死刑宣告として充分すぎる。
妹はどうにか逃がせそうだ。
腕に力を込め、ナイフを払う。赤髪はそれを察知しバク転、着地と同時に踏み込み再び襲いかかる。
間一髪で受け太刀‥力が強すぎる、反撃を入れる余力がどこにもない。
戦闘に乱入する姉の蹴りが赤髪の右から鋭く入り、アクロバティックな動きを繰り返しながら机の上に着地する。
姉の参戦に若干の安堵。
シンの姉、クレアは武術でも強い、魔法もなかなか使える。しかし、武術ではシンに及ばず、魔法ではリリに劣っている。
「姉さん、この男かなり強い」
「隙を見て、撤退といきたいねぇ」
無理に戦う必要はない。応戦しながら逃げればよいのだ。
しかし、現実はそう甘くない。
迫る赤髪のナイフを受けとめるも、続く蹴りで横に吹っ飛ぶ、視界が揺れ、床に打ち付けられたところが痛む。
「姉さん!!」
一人取り残されたクレアの蹴りは赤髪の顔面にヒット、続く風魔法により、逃げる隙を作り出す―――はずだった。
彼女の長い脚は何もない空間を凪ぎ払い、赤髪のナイフを腹に受ける。
「させるかぁぁぁ!!」
シンの目線の先にある姉の腹から血が吹き出す。
もう遅い、頭では分かっていた。
しかし、これ以上は絶対に姉を傷つけられてはいけない。
踏み込みは速く、彼の握る愛用の魔剣からは炎が燃え盛る。
「悪くない、殺すには惜しいくらいだ。」
初めて赤髪が口を開く、重く硬い声が発せられた。
こちらを値踏みするかの如く、見下ろすように、自分では相手にならないという事実をシンに悟らせるに充分であった。
斜めに振り下ろされた燃え盛る魔剣は左足の上段蹴りで右腕の機能を奪い阻止、その蹴りの勢いを利用した右足の回し蹴りによって再び吹っ飛ぶ。
「ぐっ‥ぅ‥」
――――強い‥今の足技がほとんど見えなかった‥
受け身を取り、追撃を警戒する。
その時シンはおぞましいとしか言えない光景を目にした。
クロウの視線の先には腹を切られて痙攣しながらうつ伏せに倒れる姉の姿がある。
次の瞬間、必死に生きようと痙攣を続けるその体から力が消えた。
――――――ッ!!
その光景は、本能が見るのを拒絶するようにおぞましく、シンの背筋を凍りつかせた。
殺した?
魔法?手も触れずに??何もそんなものは感じなかった。
眠らせた?何故?どうやって?
でも
何かしたのは間違いない。
「姉さんから離れろぉぉぉ!!」
叫ぶ。もう加減など一切しない。愛するこの空間であっても、そんなことはもう関係ない。
魔剣に魔力を込め、全力で横凪ぎに振るう。炎の刃が斬撃を拡張、遠距離から赤髪の胴を切断しにかかる。
クロウは炎刃をみぞおちの前でナイフによってガード、バックステップをしながら防ぎきる。
「はぁぁぁぁ!!」
追撃。斜めに炎刃を展開、赤髪のナイフに再び防がれるが2連続の炎刃だけで倒せるなんて思っていない。2発目の炎刃を放つと同時に全力の踏み込み、防御に徹するクロウに剣を構えて突っ込む。
「―――――――――」
無言の赤髪がナイフの短い刀身で全てを受けとめる。剣でナイフを払い、更に後ろへ距離を取らせた。全くこちらの攻撃が通用しない。
しかし、狙い通りだ。酒場の隅、2階に上がる階段の下まで追い込んだ。
「火球!!」
剣の先から火の玉形成、クロウに向けて放つ。シンは火の適性がありつつも、魔法は得意ではない。しかし、魔剣を杖として使うことで、魔法の精度を上げることができた。
周りから陶器が落下し、割れる音がした。炎刃の影響により、酒場はボロボロだ。もちろん、姉の命にはかえられない。
火球は避けられ、壁に着弾し爆散、続く炎刃、シンはわざと避けられるように剣を振るった。逃げる場所は1択、階段の上だ。
クロウは階段を使わず跳躍のみで2階へ上がる。
狙い通り、これであの殺戮者を姉から遠ざけることができた。
シンも階段の向かいの壁を蹴り跳躍、隙を与えない為に炎刃を放ちながら2階へ上がった。
炎刃はナイフで防がれる、この炎刃も、これ以上は撃つのが危険に思えてくる。彼は午前中部屋の掃除において、かなりの魔力を使ってしまっていた。
「すぅーーーー」
酒場に代わり戦場となるのは、宿屋の宿泊する部屋のある廊下だ。大人二人がすれ違うのがぎりぎりの狭さ、ナイフという奇襲に適した武器の強みは薄まるが、シンも剣を横に振ることが難しい。
肺の中の空気を入れ替える。シンはこれから、クレアの絶命までにこの殺戮者を片付けなければならない。
確信があった。姉さんはあれくらいでは死なない。
急に仕掛けられた殺戮、この世界の理不尽を突きつけられ、
「絶対に、死なせてやるものか」
そう決意するシン、
その一方で、酒場のドアを開ける二人の少年少女がいた。