第14話「傷痕」
満月の夜が明け、太陽が登った朝、ガルドの街に電撃が走るかの如く速報が流れた。
―――かの世界最悪の殺戮者クロウを、ただの冒険者の少年少女が退けたのだ。
これだけ聞くとデマにしか思えない情報だが、駆けつけた衛兵が赤い長髪で長身の男を目撃していたこと、そして、鑑定魔石の鑑定結果が、何よりの証拠だった。
長い長い戦いの夜が終わった。
時間にしてみれば長くはないかもしれないけど、かなり長く感じた。
もちろん俺は死んでいないし、シンさんとリリも無事、クレアさんも命は助かった。
衛兵が駆け付け、ボロボロの宿から脱出、クレアさんのところで盛大に安堵した。
満月が照らし、夜と3人に平穏が戻ったように思えた。
そうだ。俺たちはかの世界最悪の殺戮者、クロウと戦い、勝ったのだ。目をつけられれば致死率はほぼ100%。
そんな死神みたいな存在を退けた。
その事実が、安心感とともに、達成感をもたらしていた。
殺戮者クロウを撃退。討伐ではないため、例がないとはいえ大きいことではない。
しかし、功績と言えていいだろう。この俺の異世界での伝説は、殺戮者を撃退したところから始まるのだ。
リリやシンさんの力を借りたとはいえ、そう思っていた。
しかし、現実は息をつく間もなく加速する。
衛兵の後に駆けつけた騎士が、俺の持っている鑑定魔石を手にとった瞬間、態度が一変し、「市庁に来い」とだけ言われた。
鑑定魔石は鑑定した結果はキャンセルしないと表示されっぱなしの状態になる。
俺はクロウを鑑定したままにしていた。つまり、鑑定魔石に触れるとクロウの鑑定結果を見ることができる。
なんだか様子がおかしいのも気になったが、クロウの情報でそんなに取り乱すものなのだろうか?
そのとき、既に別の問題が発生していた。
クレアさんが一向に目を覚ます気配がないのだ。
もちろん、治療は回復薬とリリの回復魔法によって済まされている。致命傷であった傷は綺麗に消えて、あるのは血が乾いた服だけだ。
傷が治り、HPが回復したなら意識はすぐにとは言わないが戻る。
しかし、クレアさんは昏睡状態のままだった。
リリが無くなった傷に必死に回復魔法をかけ、状態異常を疑い、ふらふらになりながらも苦手らしい解毒魔法を使っていた。
シンさんもその様子に顔面を蒼白させ、2人の動揺が伺えた。
訪れるはずだった平穏は、まだ先のようだった。
騎士の進言で、クレアさんをこの街の治癒術師のところに連れていく、ということになった。
クレアさんに月の加護をかけ、ガルド市の優秀で有名な治癒術師にクレアさんを引き渡し、俺たちは市庁の応接間でそのときの話を聞かれた。
クロウの戦い方に、どんなことを言っていたか、どう戦い、撃退に至った経緯から全てだ。
衛兵と騎士は、クロウについてはそこまで詳しくはないようだ。クロウがどのような存在か、ぐらいしか知らない。だいたい冒険者と変わらないじゃないか。
命令を受けているだけらしく、そのようなことは、騎士団の本部の人間くらいしか知らないらしい。
リリを休ませ、シンさんと2人で質問攻めに応えた。
すごく酷い仕打ちだと思う。だが、質問をする騎士さん2人もこちらを気遣ってくれて、回答に催促はしなかった。
しかし途中、シンさんが太刀を一撃入れ、クロウは手負いと言った瞬間、騎士さんの一人が形相を変えて立ち上り、「街から出る前にヤツを殺せるかも」とだけ言い、退出していった。
彼はこれから街を衛兵で包囲し、街の巡回を強化するらしい。
そんな時間が続き、空が薄明かるくなった。
「‥‥‥ん‥あれ‥」
MP切れで休んでいたリリも起きた。
眠そうな目がいつもより眠そうで心配になるところだが、彼女もきっと自分の姉のことで気が気でないんだろう。
「もう聞くことはこれくらいでいい。多分お前ら、王都に呼ばれる可能性もあるから、頭に入れておけ。」
話もどうやら終わったみたいだ。休みが欲しい。
しかし、王都か‥‥‥つまり、このシド王国における最重要都市、王がいて、騎士団の本部に、冒険者ギルドのガルド支部、他に何があるだろうか?
「ファミス様が3人をお呼びです」
「わかった、すぐに行こう」
ファミスというのはガルド市の治癒術師の名前だ。腕はもうすぐ超上級になろう、というレベル。
修業のためにガルド市で滞在している。真面目としか言いようのない青年だ。
「診たところ、体に異常は何もない。傷も完全に塞がってるし、状態異常も見受けられない。」
彼は、黒ぶちの眼鏡を直しながらそう言った。傍らには、ベッドに眠るクレアさんの姿があった。
「じゃあ‥‥‥」
「‥‥‥なぜ、彼女が目を覚まさないか‥」
口を開いたのはシンさんだった。
これまで取り乱すことなく落ち着きを見せ、俺とリリが落ち着くようにしてくれた。
いままで聞いてきた彼の頼もしい声ではない、どこか、弱さの混じった声だった。
「それについては、僕の方では詳しいことはわからない。1つ、言えることがあるとするなら」
ファミスは、カルテと思われる物を手に取り、言葉を続ける。
「彼女の鑑定ができないんだ。鑑定しても、人間、としか表示されない。」
「―――――――――――」
「この原因はわからない、すごく稀なことだ。研究によると、鑑定スキルや鑑定魔石によって鑑定しているのは、対象の魂だと言われている。
つまり、彼女の体には、魂が存在しない。」
俺は彼が何を言っているのかが理解できなかった。いや、理解はしていたが、きっと、わかりたくなかったのだろう。
ベッドで眠る彼女の弟と妹も同様に理解が追い付かない。
何時間にも感じる嫌な静寂が流れる。
「彼女は僕には手に負えない。王都の治癒術師に任せようと思う。移動手段は僕が手配しよう。3人で王都に行ってくれ。」
静寂を破ったのは、ファミスだった。
そして同時に、俺たちの王都行きが決まった。
やっと二章が始まりましたぁ!!




