1.3
二日後、金曜日の夜に、仕事終わりのノブと、スーツのままのヤスを居酒屋に呼び出し、先日ノブと勝手に決めた話を持ち出したんだけど──。
「駄目だ」
一通り話を聞いたヤスは、水をグイッと飲みながら、あっさりと否定する。もう少し考えて結論を出してくれると思っていたので、私は少々面食らってしまう。
「どうして」
「おっと睨むなよ……。駄目なものは駄目だ」
「理由を聞いてるんだってば」
人睨みを利かすと、別に私に対して恐れるとか、そういう感情を持っていないヤスは、やれやれといった様子で、コップを机の上に置く。
その間ノブは、真剣な面持ちでヤスを見つめている。
「あのなぁミチル、ノブ……。お前ら今何歳だよ」
「24」
「24っす」
突然の問いかけに、私もノブも、何も考えずに答えるが、ヤスは溜息を吐きながら、コップを小さく横に振って、カランという音を鳴らす。
やがて、呆れた表情で、私たちの顔を見る。
「もうこれからの人生に向けて、頑張っていかないといけないだろ?二年前はお前らは学生で、まだ時間があっただろうけど、職も安定してきた時期に、わざわざバンド活動なんてしなくていいだろ」
「仕事が休みの日に活動できればって……」
「真面目に生きてかないと、折角お前らを思ってグループを解散させたシンジも、納得出来ないだろうよ」
「シンジの意見に囚われなくたっていいじゃない」
頭に来た私は、もう帰ってやろうかと思ったけど、ここで帰ったら、ヤスをバンド活動に引き込む事が不可能になってしまう。
Despairは、ヤスの正確で個性の出たキーボードが無いと、全く別物になってしまう。
なんとかヤスも含めてバンド活動を再開したいんだけど、前髪も後ろもワックスで上にあげるという狂った髪型の割に、現実主義者なこの人は、きっと許してくれない。
「俺じゃないと駄目なのか?」
暗い顔でヤスがぽつりと呟き、引き下がることを止めない私たちは、身を乗り出す勢いでヤスに近づく。
「駄目に決まってるじゃん」
「駄目っすよ!」
従業員、周りのお客さんの視線が一斉に集まるが、躊躇する間もなく私たちは勧誘を続ける。
「ずっとやって来たじゃない、シンジだって復活を待ってんのよ。ねぇお願い、どうしても駄目?」
「お願いしますっ……!ヤスさん忙しいって分かってますけど、俺らをまとめてくれるヤスさんがいないと、ミチルとなんかじゃやって行けないです!!」
「てめぇノブそれどういう事よ!!」
「ほらすぐキレるのやめろよ!ヤスさ~ん!!」
窮地に立たされると、すぐに人に甘えようとするのがノブの悪いところだ。
いつまでも子供の喧嘩のように言い合う私たちの前で、ヤスはまた溜息を吐いて、唸りながら机に突っ伏した。
「俺もう25だぜ~……。ここんとこ忙しくて、全然キーボードなんて触ってねぇし、それに……」
「それに?」
「ベースがいないんじゃ、曲のベース……土台も上手くいかないだろうよ」
「そうだけどさ……」
分かってるけど、シンジの力強いベースがなくなった穴は大きい──。
新しくベーシストを勧誘できたらいいけど、そんなこと出来っこないのが現実だ。言葉の続きを言えなくて詰まっていると、ノブが更に身を乗り出して、ヤスに近づく。
「俺、一週間以内に有能なベーシストを探します。それまでに見つからなかったら、Despair復活の話は忘れてください」
「ノブ……!」
見つかる訳無いじゃない、と言いかけたが、あまりにも真剣な表情だったから、私は黙って二人のやりとりを聞いていた。
ヤスは体を起こしながら小さく頷き、訴えかけるような瞳のノブを視界に入れる。
「…………分かった。期限は一週間だけだからな」
「任せてください!」
何故か自信満々なノブが気になったが、私の中で、もうひとつ気になることがあった。
ヤスは、駄目とは言ったけど、嫌とは言っていない。それに、ヤスが復活を断る理由はハッキリとしていない。
そう上手くいくとは思ってないけど、どうして──?
その後は最近の自分たちの近況とか、他愛もない話を交わしながら、私たちは早めに解散した。
結局、ヤスからの口からは深い話が飛び出してくることはなかった……。