1.2
「そう言えば、そのノート何書いてんだよ」
「分からない。家に帰って見る」
「俺にも見せてくれよ」
「後でね」
周りの歩行者達が二度見をするような早歩きで、ズカズカと進んでいく私たちは、駅までの道のりを競うように歩いていた。
シンジの母から貰ったノートは、外で見る気にはならないと言うのに、ノブのしつこさと来たら……。
「独り占めする気かよ」
「そういう訳じゃ無い。しつこい」
「見せてくれって!」
もう呆れた私は、駅が見えてきたところで足を止めた。ノブは急に止まった私に気付かずに、数メートル先に歩いていたけど、すぐに振り返って早足で戻ってくる。
そんなノブを横目で見ながら、私は道の端に移動して、フェンスにもたれ、ノートの表紙に目を移した。
「あまりにもしつこいから、見せたげる」
そう言って溜息を吐くと、ノブはさっと隣にやって来た。
表紙が青色の、何の変哲もない普通のノート。そこには、何が綴られているのか。
「開くよ」
「あぁ」
ちらっと見たノブの横顔は、真剣そのものだった。私は覚悟して、ノートの表紙をめくる。
「……2月26日、天気は雨。解散ライブに向けて、練習がスタート。今日は練習中にヤスがコードに引っかかって転倒。それを大笑いするミチルが面白かった……、って、これ、もしかして、二年前の日記……!?」
シンジが綴った文章は、楽しかった二年前の出来事だ。震える手で次のページをめくっても、その次をめくっても、懐かしい思い出たちばかり。
仕事に打ち込んでいたせいで、この文章を見なければ、きっと思い出せなかったような記憶もたくさんある。
「ミチル……泣いてんのか?」
「は?……」
ノブからの言葉で、目に滲んだ涙が、頬を伝っていくのに気がついた。慌てて顔を片手で隠すと、ノートはノブによって奪われる。
「ちょっと……」
少々残った威勢で睨むも、ノブは真面目な顔をして、ノートを一気にめくっている。そして、ある一ページを開いたまま、ノブの動きは固まった。
「ミチル、見てみろ……これ」
「何よ、……!」
そこには、見開き1ページを使って、殴り書いたような文章があった。赤いボールペンで、ぐちゃぐちゃに線を引いた跡もある。
『まだ活動して欲しい』
所々濡れて乾いた形跡が残っている。きっと、それは涙なんだろう。
シンジから解散するよう話を持ちかけてきたけど、シンジだって、本当は、まだまだ続けていたかったはず──。
もうそのページ以降、何も書かれていなかった。ただ空白が続くだけ。
「シンジ……」
あぁ神様、どうしてシンジを奪っていった?
呆然と立ち尽くしていると、ノブが私の前に移動する。
「あのさぁミチル、ひとついいか?」
「……うん」
ノブはノートを閉めて、私の顔をじっと見た。なんだかずっと見つめられているような気がして、気恥しさが浮かんだ。
長い沈黙の後、肩に置かれる手に驚いて、私は咄嗟にノブの顔を見た。
「もう一回やろうぜ、バンド」
「えっ……」
真面目な顔をしていたノブは、周囲の歩行者からの視線を感じて、慌てて私から離れる。
何を思ったのか赤い顔で慌てるノブが可笑しくて、私はつい吹き出してしまった。
「ははっ、いいね……。やろう、早速ヤスも入れて話し合おう!」
Despairが解散してから二年が経って、この先もうバンド活動なんて、一生出来ないだろうな、とは思っていた。
だけど、きっかけは、案外ひょんなことから訪れた──。