1.1
葬儀は、一週間後にきちんと行われた。シンジの死因は、奥さんの運転するトラクターの下敷きになったようで、即死だったようだ……。
葬儀の後で、私は暗い表情のまま、式場内のロビーのソファにもたれかかっていた。
今の時間、ロビーから離れた広間では、シンジの親族や友人で食事をとっているみたいだけど、まだシンジの死を受け入れられてない私は、あの場所へ出向くことすら気が引けてしまう。
外はこんなに暗い気分とは似つかわしくない晴天で、窓から差し込む光が酷く鬱陶しい。舞い散る桜は綺麗なはずなのに、それすらも縁起の悪いものに見えてしまう。
呆然と足元の床を見ていると、通路の奥から足音が聞こえ、静かに瞳をそちらへ動かす。
「やっぱりここにいた」
曲がり角からひょっこりと顔を出したのは、ノブだった。真っ黒なスーツに身を包んだノブは、柔らかそうな少し長めの茶髪を揺らして、ゆっくりと私の方へ近づいてきた。
「何しに来たの」
「ちょっと抜けてきた」
なんの断りもなく、ノブは隣に腰掛ける。ノブが私と距離が近いのは、いつものことだから、気にしない。
だけど、こんな時くらいは、一人にして欲しかった。
「それにしても、シンジが死んじまうなんて、信じらんねぇよなぁ」
「……あんた、シンジが死んだって言うのに、くだらない駄洒落を言うなんて、どんな神経してるの?」
「駄洒落?……あぁ。そんなつもりは無かったんだけどな」
「どうだか」
ノブの無神経さには、呆れて物が言えない。今すぐにでも泣きたいくらいなのに、この馬鹿が隣にいると、泣き顔を見られそうで泣けないじゃない。
お互い喋ることなく、沈黙だけが続くロビーで、遠くから小さな足音が聞こえる。その音は徐々にを大きくなっていき、ノブが来たのと同じ曲がり角から、シンジの母が現れた。
「ミチルちゃん、ノブくん」
黒い着物を着て、1冊のノートを手にしているシンジの母は、私とノブの顔を見るたび、その顔をより一層曇らせた。
彼女は一歩一歩踏みしめるように、そろそろとした足取りで、こちらへ歩み寄ってくる。
「二年前は、シンジとバンドを組んでくれてありがとうね」
シンジの母は赤く充血した目で、私たちの顔をじっくりと見つめる。赤く腫れた瞼を見る限り、息子を失い、どれだけ辛い思いを味わっているのか、手に取るように分かってしまう。
彼女は手にしていたノートを私たちの前に出すと、静かに目を伏せた。
「これ、シンジの机に置いてあったんだけど……、どなたか、持っててくれないかしら」
「そ、そんな大事なものを……」
「お願い…………」
「…………分かりました。言ってくだされば、いつでもお返しします」
私はそのノートを受け取ると、シンジの母は軽く会釈をし、背を向けて戻っていってしまった。
渡されたノートには、表紙には何も書かれていなかった。何が記されているか聞いていなかったが、亡くなった息子の遺物を、元バンドメンバーに託そうとするなんて、何か訳があるノートに違いない。
「……私、もう帰る」
「ミチル帰んのかよ。じゃあ俺も一緒に帰るわ」
「ついて来ないで」
「そう言われてもついて行くけどね」
「あっそ」
少々雑に扱っても、全く気にする素振りを見せないのがノブだ。ロビーから出口の自動ドアへと大股で歩き、私とノブは会場を飛び出した。