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バンドが解散してから約二年。私は、近所の工場で柄にもなく衣服の縫製作業をこなしていた。
二年前は、解散と同じ時期くらいに、私は大学を卒業したんだ。おっと忘れてたね、私の名前はミチル。
──このままバンド活動を続けていても、それで飯を食べていけるとは保証されていないし、いい加減現実を考えて生き始めなければいけない。
という理由で、ベーシストであり最年長であったシンジが、私とノブが大学を卒業すると同時に、私たちのグループ『Despair』を解散するって、堂々と宣言したの。
このグループでずっと歌っていたかった私は、当時は酷く反発して、シンジを始め、キーボード担当のヤスにも随分迷惑をかけてしまった。
けど、いつでも思い出してしまうのは、キラキラの照明の下で、シンジのベース、ヤスのキーボードの音、ノブのドラムの音に、声を重ねて歌うあの輝かしい日々ばかり。
解散後、シンジは大きな畑を借りて奥さんと農家を始めたって聞いた。一番年上だったシンジは、もう28歳。いつ売れるか分からないバンドなんかよりも、安定した職の方がいいに決まってる。
ヤスは頭が良かったから、ゲームのプログラマーになってて、毎日忙しい生活を送っているみたい。そして、ノブ。あいつも頭が良くて(私と馬鹿やってたくせに)、今では薬剤師になって働いている。
あの頃は本当に、何でも楽しかったんだ。別の大学に通ってたノブが、一人暮らしをしていた家に、私は何度も何度も転がり込んで、作詞は私、作曲はノブで、一緒に曲を作って、夜中まで歌っていた。
あんな日々は、もう戻って来ない。
「楽しかったなぁ……」
ぽつりと呟いたが、ここは私以外誰もいない、寂しい一人暮らしの家。仕事が休みの日は昼くらいまで眠ってしまう私は、カーテンを閉め切り、電気のついていない薄暗い部屋のベッドの上で、壁に貼ってある青春時代の写真をぼんやりと見つめていた。
仕事は周りにいい人が多くて、やりがいも感じられる。だけど、終わった後に爽快感や、高揚感、絶頂にも近い感覚を感じることは無い。
同じように流れていく単調な毎日が怖くて、私は余計に過去に縋るようになっていく。
それがいけないことだと分かっていても、だ。
ベッドから立ち上がるのも面倒くさいのに、過去のきらびやかな思い出は、勝手にフラッシュバックする困った脳内。
もう一睡くらいしようかな、と目を伏せた刹那、傍に置いてあった携帯が、音を立てて鳴り始めた。
「ん……、誰」
手を伸ばして発信者を見ると、画面にはヤスと表示されていた。久しぶりのヤスからの珍しい電話に、私は身を起こして通話を開始した。
「はい、ミチル」
「ミチル、大変だ」
「何」
普段あまり慌てることのないヤスの声色が、怪しい。私はまだ何も聞いていないのに、悪い事が起こるような胸騒ぎがして、背中がゾクリと震える。
「あのな、落ち着いて聞いてくれ」
「……うん」
「シンジが亡くなった」
それは、あまりにも突然過ぎて、電話で聞いた限りでは、そんな事、受け入れられなかった。
何の冗談かと思って、そう信じたくて、私は乾いた笑いを零しながら、ヤスに返事をする。
「……嘘、よね…………?」
「嘘なんかじゃない……。シンジは、事故で、もう……」
「聞きたくない」
「ミチル……」
聞きたくないって、そんなの。悪い予感が的中してしまった。
外で一人で歌うことしか出来なかった私を、グループの一人として受け入れてくれた、Despairのお父さん的な存在だったシンジ。
ちょっと怖そうな風貌からは予想できない、お茶目なところが面白いけど、ベースの腕前は確かで。
二年前に結婚した奥さんをとっても大事にする、私たちのお手本のような人間だったのに。
携帯を握る手が、ぶるぶると震える。今すぐに、嘘だと言って欲しい。
「一週間後に葬式があるみたいだから、詳しい話はまた、な……」
「…………うん」
何も言えなかった。いや、言っても仕方ないのだけれど。ヤスもシンジから、バンドをやるように誘われた一人だ。相当辛いに決まっている。
……分かってるけど。それでも、解散しちゃったけど、大切な時間を過ごしてきた、大好きな仲間が亡くなって、平然といられるわけがない。
「どうして……」
神様なんて元々信じるタチじゃないけど、今回ばかりは恨んだ。悪いことをするような人間でもないシンジの命を奪うなんて、許せない。
涙が滝のように溢れてきたけど、私はそれを手で拭う気力もなくて、赤ん坊のように、わんわんと泣きじゃくっていた。