そして「いつか」へと続く
空は、何処までも青い。
鳥すら飛ばぬこの激闘の後の空を見上げ、人間の姿に戻ったヴォードは晴れ晴れとした顔だった。
それは、自分が救えなかった「世界」の最後の敵……超竜王を倒したが故だろうか。
心残りとも言えるそれを成し遂げたが故に、ヴォードは涼やかな気分であったのかもしれない。
「……とんでもねえ目にはあったが。悪い気分じゃねえな」
「そうか」
その横に座るアルフレッドは、無傷。
ボロボロになった装備は幻想であるし、アルフレッド自身の鎧は傷一つついていないのだから当たり前だろう。
だが、魔力的に見ればアルフレッドも相当にボロボロだ。
あれだけの大物を連発して、負担が来ないわけがない。
「なあ、アルフレッド」
「なんだ?」
真剣な表情のヴォードに、アルフレッドはいつも通りの表情でそう返す。
「あの野郎が使った召喚の仕組み……ありゃ、なんだ?」
「……分からん」
「あんなもんを俺の世界で使えたなら使ってたはずだ……だが、そんなもんはなかった」
そう、超竜王を呼び出したモノを、グラートは「異界の技術」だと言っていた。
「恐らくだが……俺とお前のように、違う世界の何者かの協力があったのだろう」
金属製のものが途中の村から消えていた事も考えれば、金属を使うような何か……すなわち、機械の類であった可能性もある。
すでにヴォードのメギドブラスターが溶かし尽くしてしまったので検証する事は出来ないが、恐らくはなんらかの機械を得意とする「敵」の所持する技術であろうことが間違いない。
「そいつもさっきので消えてればいいんだがな」
「どうだろう、な」
機械の厄介なところは「開発した本人」が居なくてもいい所であり、本人が消えても機械があれば出来てしまうところだ。
あの超竜王を呼び出した「何か」が他でも使われたら。
そうなった場合に、アルフレッドは……それを止められるだろうか。
数多の英雄達の「最後の敵」達を前に、抗しきれるのだろうか?
「だが、どうであるにせよ……やるしかない。俺はその為に、この世界に来たのだからな」
この世界に降り立つことが出来たのは、アルフレッド一人。
数多の英雄の願いを背負ったアルフレッドには、それを成す責任がある。
「あー……それだがな。俺も手伝えそうだぜ」
「それは、そうだろう?」
今アルフレッドがそうしているように、アルフレッドは英雄達の影とも言えるものを呼び出せる。
だが、ヴォードはそんなアルフレッドに皮肉げに笑う。
「……実はな。さっき「入れ替わる」ような感覚があった」
「入れ替わる……?」
「ああ。たぶんな、今の俺は「本体」だ。超竜王の野郎をブッ倒した影響か……そもそもあの野郎が召喚されたせいかもな」
それを聞いて、アルフレッドは目を見開く。
そうだとすると……もし、そうだとすれば。
「最後の敵」を召喚するシステムを作り上げた者にとって、それ程の皮肉はないだろう。
世界を滅ぼしかねない程の悪意の籠った最悪の手段が、その最悪を滅ぼす光を呼ぶ手段に繋がっているのだ。
それは……なんというか、本当に「伝説」のようだ。
「くっ……ふ、ふふ」
「なんだよ、笑ってんのかお前」
「ああ。実に凄い話だと思ってな」
そう、どれだけ伝説に唄われる悪が何かを企んでも。
それを砕く光が、何処からか現れる。
世界がそういう風に出来ているというのであれば……アルフレッドの旅は、きっとそれを手助けする為のものだ。
何も持たざる英雄であるが故に、無数の英雄をいつかこの世界へ導く役目を負っているのだろう。
「だとすると、これは本当に……俺達の無念を晴らす旅でもあるというわけだ」
「かもしれねえな。最初に晴らしちまって悪い気もするがな」
そう言うと、ヴォードは立ち上がる。
「……で、だな。アルフレッド。あの女どもは置いていけ」
「……」
ヴォードの言葉に、アルフレッドは答えない。
是とも否とも言わないのは、何故ヴォードがそんな事を言い出したかを理解しているからだ。
「これから戦いは更に激化するぞ。いい加減、守ってる余裕はねえ……大事に思うなら、置いていけ」
そう。ヒルダもシェーラも、一定以上の強さを持った敵との戦いでは役には立てない。
それどころか、超竜王のような強さを持った敵相手では、巻き込まれて死ぬ危険性すらあるだろう。
そうなった場合、アルフレッドにも彼女達を守る理由はない。
凄まじい防御力を誇る鋼の巨神達ですら、鉄壁の守りとはなりえない事は証明されてしまっている。
だから。アルフレッドは……静かに、頷く。
「そう、だな」
「別れの挨拶とかは無しだぞ。煩そうだし……未練も出来る」
だから、此処で捨てて行けと。ヴォードはそうアルフレッドに告げる。
「とりあえず、この山を俺の翼で超える。そうすりゃ追ってこれねえだろ……行くぞ」
「ああ」
竜化したヴォードに掴まり、アルフレッドは空へと飛んで。
「あー、やっぱり!」
「アルフレッドさーん!」
下から聞こえてきたそんな声に、アルフレッドとヴォードは驚く。
「あいつら……戻ってきてやがったのか!」
「こらー! 降りてこい生活力ゼロ! あたし無しで生きていけると思ってんの!?」
「酷いですアルフレッドさん!」
叫ぶヒルダ達を見てアルフレッドは小さく笑うが……ヴォードは、大きく溜息をつく。
「追ってくるんじゃねえぞ、足手纏いだ!」
そう叫んでアルフレッドを掴んだまま遠ざかっていくヴォードにあらん限りの罵声をぶつけ、ヒルダは地団太を踏む。
「あー、もう! あのドラゴン男、アルフレッドを唆したわね!?」
「ど、どうしましょう」
足手まとい。そんなヴォードの言葉が真実であると分かっているだけにシェーラの声は弱気だったが……ヒルダの叫び声が、その迷いを吹き飛ばす。
「追うに決まってんでしょ!? そもそも日常生活じゃ逆に足手纏いの癖に、1000年早いってのよ!」
ヴォード達の飛んでいく方角を見据え、ヒルダはシェーラの手を掴んで来た道を走り始める。
「え、え!? 追うって、どうやって」
「決まってんでしょ。あの方向のきな臭そうな揉め事ある場所に先回りすんのよ!」
「えええ!? それ、私達が矢面に立つことになりませんか!」
「知るか! そしたら解決してやりゃあいいじゃないの!」
「えええええええ!?」
叫ぶ。走る。
ヒルダとシェーラは、そうして英雄達の後を追う。
一人の聖騎士と、一人の竜人……罠士の少女と、神官少女。
そして、彼等を取り巻く無数の英雄達は、やがて世界を救う新たな英雄物語を紡ぐ。
今はまだ、それには遠いけれど。
それは彼等が紡ぐ、何処にもない物語。その未来へ向けて、彼等は走っていく。
OVAの聖騎士様、これにて最終回でございます。
私としてもかなり挑戦的な試みだったのですが如何でしたでしょうか?
楽しんでいただけましたなら幸いでございます。