【薄幸少女】ダンジョン探索とシノニム(の説明回)と……
サブタイトルにある【】は視点の主を示しています。
今回は【薄幸少女】です。
「……!!」
短く息を止めながら、クレマンさんは構えていた長剣をシノニムに振り下ろした。
もう限界だったのだろう……先ほどから短剣と粗末な盾を構えて応戦していたゴブリン姿のシノニムが、クレマンさんのその一撃で大きく体勢を崩す。
それを見て、すかさず連撃するクレマンさん……って、ヤクザキック!?
身体の真っ正面から繰り出されたその一撃に、ゴブリン姿のシノニムは後ろに吹っ飛ばされて、運悪く背後の壁にぶつかった……いや、もしかしたらそれを狙ったのかな。
実際、ゴブリン姿のシノニムは両手の小剣と盾を手にしたまま両手をだらりと垂らすと、そのまま動かなくなった。
長剣を構えたクレマンさん、クレマンさんの後ろでフレイルを構えたニューさんが、警戒した様子で無言のままゴブリン姿のシノニムを睨みつける……すると。
ゴブリン姿のシノニムは、身体から黒い霧を発生させながら、氷の像が解けるように一気に身体を縮小させてゆく。
その氷の像はやがて途中で形を変えて行き……最後は硬貨ほどのサイズの小さな金属の塊になった。
それはまったくもって『いつも通りの』アイテムドロップの光景。
血の匂いも含めて、異臭や腐臭、そう言ったものを全く残さず、アイテムのみを残す。
ダンジョン内にたまった魔力に、金属の塊や動物の死骸が反応し、シノニムになると言われている。
このゴブリン姿のシノニムは、『鉄の礫』という『アイテム』の『同義語』だったらしい。
基本的に冒険者たちは、シノニムたちを倒すことによって金属片や金属塊、場合によっては(誰が加工したかは知らないが)魔法の込められた武具やアイテムをドロップし、ダンジョンからそれを持ち帰る。
つまりダンジョンとは『なぜか自動的に金属塊やマジックアイテムを生産する工房』、冒険者たちは『工房からアイテムを運び出す運送人』と考えれば早いかもしれない。
ドロップした『鉄の礫』を拾いながら、真剣な表情で眺めるクレマンさん。
「ここまでの数度の戦闘を見る限りこのダンジョン、やっぱり大した事はねえ……と言いたいが、シノニムの強さの割に、礫のサイズが大きいな」
「質もよさそうですし……量を集めてインゴットにすれば、結構な値段になるでしょうね」
「ふふん、少しは楽して稼げそうだな……歯ごたえはいまいちだが味がいい菓子というところか」
真剣そのもので言うクレマンさんとニューさん……私は無意識のうちに、ほえーとその姿を眺めていた。
さっきまでのアスペ野郎のアホ態が嘘のようだ。
それに……先ほどの戦闘シーンも思い出す。
何というか……見ていてきれいな剣技だった。
体術はともかく……剣術はまさしく騎士や兵士のそれだ。
つまり我流ではなく、一つの大きな流派と言うか……剣はこう持つ、剣はこう振るというちょっとした剣の取り扱いにおいても、クレマンさんのそれは、正しく騎士や兵士のそれであった。
具体的には、他の冒険者の攻撃役の人たちは、武器を振り下ろしたり振るったりする時に、大きな掛け声を上げる。 『うりゃあ』とか『そりゃあ』とか、騒々しいアレだ。
対してクレマンさんは、息を止める。 『しゅっ』とか『しっ』とか、短い呼気も吐かない。
奥歯を静かに噛み、剣を、振り下ろす。 薙ぐ。 カチ上げる。
おそらく六から八割の力加減だろうか……その全ては、渾身の一撃、という訳ではない様子だった。
それはとどめの一撃、といった一撃でさえも同様。
幼少時から長い時間かけて、そういう風に矯正されないと、こういう風にはならないのだろう。
だから……見ていて、奇麗に見える。
老境の熟練者がお手本を見せているような戦闘だった。
『剣士』。 それがクレマンさんのジョブだそうだ。
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「何ほえーと見てんだよ、荷物運び」
洞窟型ダンジョン特有の、音が長く反響しながら消えていく感じ……その静かな余韻を残しながら、クレマンさんは私に声をかけた。
そしてそのまま先ほどドロップした『鉄の礫』を私に放り投げる。
私は慌てて空中でキャッチ……しようとしたが、金属片の意外な重さのために、取り溢してしまった。
「はうっ!」
取りこぼした『鉄の礫』は私の頬に当たってから下に落ちた。
当たった部分に痛みはあるが……まあ傷は残らないだろう。
「けけっ、鈍クセー奴だな」
……まあそれは否定できない。
「………」
私は無言のまま背負った荷物袋をいったんおろし、『鉄の礫』をそのまま荷物袋にねじ込んだ。
代わりに私は、水の入った革袋を投げ返す。
片手でそれを受け取り、水分補給するクレマンさん……次に私はニューさんを見るが、ニューさんは軽く首を振った。 フェリシーさんも同様だった。
なんとなく、そのまま小休止に入っていた。
今ここは、一号ダンジョンの第二層。
下見だけと言いながらも結局今日の依頼者たちは、ここまでやってきていた。
クレマンさんたちの技量は大したもので、初見のダンジョンにもかかわらず、全く危なげがない……と言っても、私が最短ルートを案内しているからだけど。
自然洞窟型のこの一号ダンジョン、一応迷宮型ではあるのだが……その難易度は低い。
よそでは毒やマヒのトラップなんてものもあるそうだが……ヴィレダンジョンに関してはそういう類のものは無い。
最奥まで行ける技量があれば、到達まで半日と言われている……といっても、現時点の最奥は五層の入り口までだけど。 ある意味、油断させて五層で仕留めるというトラップなのかもしれないが……それが周知されてしまえばだれも引っかからないだろう。 それが現状だ。
そんな中、日に何十人もの冒険者が訪れているのだ……もし経路にトラップがあったとしても、先達の誰かが解除しているだろう。
ある意味、スカウトやレンジャー泣かせのダンジョンとも言えた。 だって仕事がないんだもん。 マップだって、私たちポーターやガイドが把握してるし。
で、私はクレマンさんの言葉に応じた。
「いやあ、やっぱり仕事してる男の人ってかっこいいなーと。
そう思ったので」
イケメンさんで仕事もできるけど……残念な性格の人。 これが私のクレマンさんの評価だ。
応じてクレマンさんは……お奇麗なクレマンさんが、お奇麗なそのお口から、お奇麗な霧を大量発生させていた。
うわ……よほど勢いよく吹き出さないと、あんな奇麗な霧は出来ないよね。
「なにを……急に何を言ってんだ!!」
咳き込みながら慌てた様子で言うクレマンさん。
ああ……おそらくこの人、褒められることに慣れてない人なんだね。
そんな光景に、ニューさんは苦笑を見せ、フェリシーさんは笑い声をあげた。
「あはははっ、良かったねクレマン兄さん。 かっこいいって」
「うるせえ! ……妙に線が細くてそれっぽいと思ってたんだが……やっぱりか。
俺は、男色趣味はねえんだよ!!! クソガキ、妙な営業をかけてくるんじゃねえ!」
「「「えっ?」」」
「え?」
「「「えっ?」」」
「……え?」
小さな誤解が一つ、ここで解けようとしていた。
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「……………………」
私は状態異常『お冠』のまま、一行の先頭をグイグイ歩いていた。
背後から、複数の視線を感じる……無論クレマンさん、ニューさん、フェリシーさんの三人だ。
「ヒソヒソ(ねえ兄さん……ちゃんと謝ったほうがいいんじゃない?)」
「ヒソヒソ(そうですよクレマンさん。 いくら何でも男娼と間違えるのはちょっと……あ、ウチの宗派では基本的に同性愛はNGですので。
もしそちらに目覚めたという事であれば、できるだけバレない様にしてくださいね。
あと、私からもう少し離れてもらってもいいですか?)」
「ヒソヒソ(同性愛なんざ興味もねーよ! ……男じゃないなら最初にそう言っとくべきだろ!)」
「ヒソヒソ(だから兄さん……男じゃないんじゃなくて、女の子なんだってば。 はあ……これだから、養子縁組の口も断られたんだよなぁ……)」
「ヒソヒソ(ああもう……もういいじゃねーか!! 過ぎたことを蒸し返してんじゃねーよ!!)」
小声で怒鳴るクレマンさんと、それをいじり倒すニューさんとフェリシーさん。
……うん、丸聞こえなんだよね。 それが私の状態異常に拍車をかける。
私はふと立ち止まって、振り返った。 一行の歩みも、合わせて止まる。
クレマンさんを除き、他の二人は……満面の笑顔だった。
私とクレマンさんは……この二人に、これ以上ないくらいの余興を提供してしまったらしい。
咳払いなど、一つ。
してから、私は一向に声をかけた。
「えぇと……この下り坂を下ると、第三層と呼ばれるエリアに到着します。
どうなさいますか?
様子見という事でしたので……まだ時間は早いですが、撤収なさいますか?」
私は案内役として出来るだけ冷静に、出来るだけ事務的に声をかけた。
それに、三人は顔を見合わせる。
「ふむ……日帰りできるエリア内なら、もう少しだけ進んでもいいんじゃねえか?」
「そうですね……我々の技能的には、もう少し先が活動エリアという事になるでしょうし。 そこまで進んで、様子見、という事にしましょうか」
「同意しまーす。 まあ、兄さんの行くところには付き合うから」
どうも満場一致で前進という事になったらしい。
私たちは、そのまま下り坂を下りて行った。
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まさか、あんな結末を迎えるとは……この時点では思っていなかった。