【薄幸少女】ダンジョン案内
サブタイトルにある【】は視点の主を示しています。
今回は【薄幸少女】です。
「ええと、こちらがヴィレダンジョン群、三つあるダンジョンの一つ、一号ダンジョンの入口となりまーす!」
私は少しでも案内役らしく見えるように、出来るだけ自信を持っているように見えるように、ピンと背筋を伸ばしながら一号ダンジョンの入り口を指さした。
その入口は他のダンジョンも同様、加工した石を積み重ねたお城の門のように立派な造りとなっている。
もともとは洞窟の入口のように、山の岩肌にぽっかり空いたただの風穴のようだったんだけど……数年前、王都から管理のためにやってきた軍の人たちの手により、このように造りかえられた。
何でも……許可を得ない人間の出入りを取り締まるのと、もし『シノニム』がダンジョンを出ることがあった場合の対処の為だそうだ。
門の両脇に、王都からこの町に派遣された軍隊から二人、入り口の警護として立っている。 視線を横に向けると、同じく石造りの立派な小屋がある。 おそらく、守衛の為の詰め所だろう。
顔見知りの人たちだから手を振ってみたが……完全に無視されてしまった。
この国の軍の中でもかなり偉くて有名な人が指揮する部隊の人たちだそうで、また規律も厳しいらしい。 エリートとか精鋭部隊との事で、実際この町への駐留にあたって、住人からの苦情は一切ないと聞いている。
それだけ王国もこのダンジョンの維持に気を使い、期待しているのだろう。
私は、言葉を続ける。
「もう少し先に二号ダンジョン、続いて三号ダンジョン。
これらは深層でつながった一つのダンジョンではなく、それぞれが別のダンジョンかもしれないと言われています。
……未探索のエリアのどこかで繋がっているのかもしれませんが、まだそれは確認できていないからです。
だとすれば……三つのダンジョンがほぼ一か所にあるという、世界でも例を見ない特殊な構造をしています。
……と言っても私はこの町から出たことがないので、他がどうなのか、と言うのを直接確認したわけではないんですけど……」
私はここで一度言葉を切った。
だいたいここで『いや、他のダンジョンではこうだ』とか『ダンジョンの難易度に差があるのか』とか、冒険者の人との会話や質疑応答が始まるのだが……今日のこのパーティに関してはそれが始まらなかった。
「「「………」」」
クレマンさん、ニューさん、フェリシーさん。
三人は一様に無言であり、かつ、意欲と言うか覇気というものが感じられなかった……私は思わず三人に声をかけていた。
「もう……どうしたんですか!?
そんなに元気がないようだと……シノニム相手に勝てませんよ!!」
私はお説教するかのように、背筋を伸ばして大きな声でカツを入れてみる。
それに、ニューさんとクレマンさんが顔を見合わせた。 ニューさんが苦笑する中、クレマンさんが応える。
「だから……話の流れでお前を雇うことになっただけ、今日は下見だけだって言ってんだろ。
全く……ニューが子供相手に変に気を回すからだし、フェリシーが寝坊するからだ。
なんでこんなチンチクリンのガイドごっこに付き合わなきゃいけねえんだ!」
私を指さしながらニューさんに文句を言うクレマンさん。
……まあ、私がチンチクリンなのは否定はしない。 けど……本人を目の前にしてそれを言うとは。
私、知ってる……こういう人、アスペって言うんだ。
「まあまあ、クレマンさん。 しかし……元を質せば、あなたが年端もいかない少女を押し倒すなどという乱暴狼藉を働くからですよ。
埋め合わせとして、チンチク……彼女の労働のお手伝いを申し出るのは当然の償いではないですか」
「ええっ!? 兄さん、このチンチク……この娘を押し倒しちゃったの!?
ええと……どうしよう。
私、この娘の事、お義姉さんて呼んだ方がいいのかな!?」
「押し倒されてません!!」「押し倒してねえよ!!」
ニューさんとフェリシーさんの返答に、奇しくも私とニューさんのツッコミが被る。
……なんだかこの場にいた全員にチンチクリンと言われた気がするが……私の精神の均衡を守るために、聞かなかったことにしよう。
……このアスペパーティめ。
私は気を取り直して案内役らしく見えるように、今までに対応したパーティとの質疑応答を思い出しながら、言葉を続ける。
「ご、ごほん。
えぇと……一応、三つのダンジョンに難易度の差はないと言われています。
採取されるアイテムも、ほとんど差がないようです。
鉱物系のインゴットに、魔力付与のアイテムや武具など……ただ、当然ながら深層へ行かないと強力なアイテムが採取されないという傾向はあります。 まあ、これは他のダンジョンも同様と思いますが。
因みに、現在の時点で踏破されているのは……いずれのダンジョンも第五層までです」
私の言葉にアスペ野郎……もとい、クレマンさんが嘲る様に小さく吹き出した。
「へっ……随分浅いじゃねーか。
掲示板もそうだけど……ここでは金星の頂点がC級なんだろ?
やっぱり大したことはねーな。
俺達なら、もう少し先まで行けるんじゃねーか?」
へらへら笑いながら言うクレマンさん。
そのクレマンさんに……私はニヤリと笑みを見せた。
少しは意趣返し出来そうだったからだ。
「たぶん、無理だと思いますよ」
「ぁあ!?」
私の予想通り、私の言葉にアスペさんもといクレマンさんが少し逆上したように私を睨みつける。 ……いや、片足を上げてヤクザキックの用意をするのは止めてほしいんですけど。
「だって……もともとこの町の領主だった騎士様と十名の従僕の方が、全く手も足も出なかったという事ですよ。
生き残ったのはその騎士様だけ。 しかも、再起不能のダメージを負ったそうです。
以来、五層へ降りる通路も閉鎖されているようです。
なんでも……五層へ降りた瞬間、中層主が襲い掛かってきたとの事です。
中層主って、冒険者の皆様ならどんな存在か、お分かりですよね?」
「………」
私の言葉に……クレマンさんが、揚げていた足を下ろした。
そのまま沈黙する……しばらく待っても押し黙ったままだったので、私は言葉を続けた。
「そう……いわゆる、中ボスと言うやつです」
私の言葉に……クレマンさんは無言のまま、応じなかった。
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「それも、四層にいるシノニムがC級だから、『最低でもC級』というだけです。
誰も倒した者が居ないので、便宜上C級とされているだけです。
もちろんそれ以上の可能性があります……というか、この辺りでは無敗だった騎士領主さまを軽くあしらうくらいですから、絶対C級以下ってことはないでしょうね。
そしてその構造は、この一から三号までのダンジョンに共通しています。
同じ理由で他のダンジョンも、五層から下は攻略されていないんですよ」
私がそう言っている間、クレマンさんは口を開くことはなかった。
それは武者震いの為か……単にビビっているだけか。
数舜、私たちの間に静寂が舞い降りる。
不意に誰かが沈黙を破った。
「ああ……思い出した。
ここはヴィレの町……そうか、ここオセロット・ヴィレ卿のご領地だったんですねー」
フェリシーさんが不意に声を発する。
その言葉は全員の視線を集める……そしてクレマンさんは小さく舌打ちし、視線を反らした。
ニューさんが、小さく頷いて、言葉の続きを促す。
フェリシーさんも頷いて、言葉を続けた。
「ニューは……知らないか。
えぇと……数年前、辺境騎士の、若手の中では最強って言われた人だね。
御前試合では無敗……というか、中央に近い貴族はみんな対戦を避けるほどの剣の達人。
辺境領主ではあっても国王陛下の覚えはめでたく、将来を期待されていた……と言っても、宮中の謀略で亡くなったか没落したって聞いてたなあ。
そうか……そんなことがあったんだなあ……」
なんだか遠い目をしてしみじみ言うフェリシーさん。
ていうか……なんでただの冒険者がそんなことを知っているの?
その疑問は、ほえーと私の顔に出ていたらしい。
その私の疑問に、ニューさんが代わりに答える。
「ああ……このお二人は、もと貴族様ですよ。 この大陸の西の端の国の……」
「ニュー、下らねえこと言ってんじゃねえ」
穏やかな口調のニューさんの言葉を、クレマンさんが鋭く遮る。
ほえーとしたまま私が視線を向けると、クレマンさんは口惜しそうに……小さく舌打ちする。
「……何見てんだ?
貴族の庶子が、自立の為に冒険者やるなんざ、どこにでもある話だろ?」
吐き捨てるように言うクレマンさん……それはクレマンさんの心の傷か自尊心に触れる物事らしい。
いや私は……貴族だったらきっと空腹で困ることなんてなかったんだろうなぁと、羨ましく思っただけなんだけど。
若干、空気が重くなったままではあるが……私たちはそのまま一号ダンジョンに足を踏み入れることになった。
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