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【吾輩】イエネコと使い魔

サブタイトルにある【】は視点の主を示しています。

今回は【吾輩】です。

 さて、吾輩。


 吾輩はエメがお仕事に出かけてしまって取り残される形となってしまった。


 人間の帰りを待つのもイエネコの仕事。


 だが吾輩は……その仕事、あまり得意ではない。


 ゆえに吾輩は窓からぺっと飛び降りると、そのまま町の方に向かって歩いて行った。


 ヴィレの町。


 ここはずいぶんにぎやかな町だ。


 木造で新築の建物が並び立ち、石造りの建物が少ない。


 それはアメリカの西部劇に出てくる町なみを思い起こさせる。


 今まで何もなかったところに多くの人が急に住み始めると、こういう感じになるのだろう。


 金鉱床が見つかって急に人が集い、住居だけではなく理髪店や酒場や娼館などのサービス業も展開されて発展し……やがて採掘が廃れると人も離れ、ゴーストタウンになって丸いカサカサが転がるという光景。


 幸いこのヴィレの町はまだゴーストタウンになる気配はない。


 今なお発展を続けているらしく、町のあちらこちらで建築現場の騒音が鳴り響いている。


 つまりは……金鉱床より永続的な利益を見込める何かが出来たという事なのであろう。


 それによって人口の流入が続いているという事らしい。


 やれやれ……イエネコは、騒音がキライなのだが。


 ……ん? 西部劇? アメリカ?


 吾輩……猫であるはずなのに、なんでこんなことを(以下略)。


 その時だった。


「ほ、ほーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!!」

 

 有名声優さんでも見かけたのだろうか……ふいに建物の一つから魂の叫びが飛び出していた。


 ビクン。


 大きな叫びに一瞬身構えてから、吾輩は視線を向ける……と。


 食堂か酒場なのだろうか……奥までよく見通せる、壁も窓もないフルオープンのスペースの、その奥。


 身体の大きな男が、自分の右手を抱え、床に両膝をついていた。


「お、お、俺の右手があああ!! こ、凍っちまったあああああ!!」


 悲壮感をありありと見せながら、身体の大きな男は完全に凍り付いた自分の右手を眺めている……なんだ、邪悪な龍が騒ぎ出したんじゃないのか。


 その背中に声をかける者がいた。


「……だから言いましたよね、あたしに触れると傷を負うって」


 女だ。


 女は……膝をつく男を見下ろしながら、ふう、とため息をついた。


「まあ傷は傷でも、『凍傷』なんですけど。


 魔法による水の状態変化『氷結』……うちのパーティは壁がいませんからね。


 困ったことに、魔法使いまでが近接戦までやらされるときてます。


 自然とこういう芸……短詠唱の至近攻撃用の魔法なんてものまで覚えてしまったんですよ。


 まあ、おかげでこう言う局面で困ることはありませんが。


 女だからって甘く見たのが運の尽きでしたね」


 ……察するに、この女の身体に手を伸ばした男が、この女に懲らしめられたという状況なのだろう。


 燃えるような真っ赤な髪の女魔法使いは、もう一度ため息をついた。


 女は……実にイイ身体をしていた。


 体育会系の魔法使い、とでもいうべきだろうか。


 魔法使いというより、軽装の女戦士がフード付きのマントを身に着けているといった出で立ちだが……何というか、いろいろと、スケールがデカい。


 その辺の男たちより頭一つ大きかったし、そのすらりと伸びた長い手足はその辺の女たちより一回り太い。


 例えるなら、近代的な訓練を受けた女性兵士、とでも言うべきか。


 全身から脂肪をかき集めたかのようなお胸まで実に近代的(?)。


 もしかしたら……フード付きのマントは、実に人目につくその身体を隠すためのものなのかもしれない。


 荒くれものの多い冒険者が見れば、つい声や手を出してしまいたくなるのも無理はない。


 実際その、つい声や手を出されるのにも慣れているのだろう。


 その見事な反撃……先刻女は近接戦で身についたと言ったが、女の言う『こういう局面』が多くて身についたんじゃないか、それ。


「リーダー!!」「このデカ女ぁ!」「なんてことしやがる!!」


 右手を凍らされた男の配下かパーティのメンバーなのだろうか……仮に名付けるとしても配下ABCとしか言いようのないモブモブした男たちが、一気に気色ばんだ。


 大女を取り囲むように一気に詰め寄る……が、一応警戒しているのか、一定の距離を取っている。


 その光景に、大女は呆れたように口を開いた。


「女一人に、男が三人がかりとは。


 でも……いいんですか?


 『今ならまだ間に合うんですよ』?」


「「「????」」」


 大女の言葉に、男たちは小さく口を開けて、間抜けぶりをさらに演出する。


「あなた方のリーダーさん、今はまだ、冷たいとか痛いとかいう感触が残っているでしょうけどね……それが無くなったら、もう終わりですよ。


 氷が解けても……そのままとはいきませんね。


 あとは部分的に腐り落ちるか……あるいは全部腐り落ちるか。


 そうなると右手を切り落とすしかなくなってしまいます。


 だから言ってるんです……『今ならまだ間に合うんですよ』?」


「「「!!!?」」」


 大女の言葉に、男たち四人は愕然としていた。


 大女は続けた。

 

「お湯がいいですよ。 ぬるめのお湯で、ゆっくり溶かすことですね。


 間違っても直火で溶かそうとか、叩いて氷を割ろうとかしない事……でないと取り返しがつかないことになりますから。


 まあどちらにしても早い方がいいですよ。


 もう一度言いますが、『今ならまだ間に合うんですよ』?」


 男たちの目を覗き込むようにしながらゆっくり言う大女に……男たちは弾けるように動き出した。


 覚えてろよ、と言う三下丸出しの捨て台詞を残すかと思ったが……男たちはリーダーを抱えながら、悲壮な表情でそのまま出て行った。


 口々、心配そうにリーダーに声をかけている……意外と結束力が固いパーティなのかもしれない。


「ふっふーん……あたしより何年も長く生きてる大の男が、ザマぁありませんね。


 おとといきやがれ、です。


 と言っても……寝坊してクレマン兄さんたちに置いて行かれたあたしも悪かったんですけど。


 ……久々のベッドだったから、つい寝過ごしちゃったんですよねえ……」


 ぼりぼりと後頭部を掻きながら……大女は男たちの去って行った方向を眺めながら、静かに呟く。


 そして何かを思い出したように、席に戻ろうとする。


 大女は……朝食の途中だったのだ。


 と。


 自席に戻ろうとする大女の足が、ふと止まった。


 大女がついていたテーブル、その食事の皿の隣。


 吾輩がそこに腰を下ろして大女を見上げていたからだった。


「ねうー」


 あんた、なかなかやるね。


 吾輩は、そう言葉を掛けながら、大女の顔を見上げていた。


 大女は目をしばたかせながら、吾輩の三角に開いた口を眺めるのだった。

「えぇと……なんでしょうね、このコ。


 スノータイガーとかグレートパンサーの子供? ……にしては、人に慣れてますね。


 あ、なんか首輪してる……ということは、誰かが飼ってるんですかね?」


 目を瞬かせながら、テーブルの上の吾輩を観察する大女。


 ここで初めて明かされる新事実。


 この世界には……どうやらイエネコと言う種はいないらしい。


 イヌも含め、ネコ(食肉)目の生き物は地球と変わらないほどたくさんいるが……イエネコだけがいないようだ。


 地球においては約一三万年前に、中東のリビアヤマネコから突然出現されたとされているイエネコ。


 その出現のきっかけは言うまでもなく人類との邂逅……人に飼われたことである。


 人類とイエネコ、一三万年前のファーストコンタクトが『行われなかった』のがこの世界、ということであるらしかった。 ……まあ、すでに絶滅しただけかもしれないけど。


 そして……首輪。


 今まで触れていなかったが、吾輩の首には、小さな魔石のついた首輪が巻かれている。


 メグルとかいう餌やりお姉さんに貰ったものだ。


 ちなみにこれはアイテムボックスになっていて、吾輩はこの中に、すでにいくつかのアイテムを格納している。


 メグルからせしめた『無限給餌皿』のほか吾輩の宝物、『干からびたカエル』『トカゲのしっぽ』『スズメの死体』などなどだ。


 自分を見上げる吾輩の顔を見ながら、大女は静かに問いかける。


「えぇと……律儀に待ってるみたいですけど、一応聞きますね?


 あたしの朝食が食べたいんですか?」


「ねうーん?」


 いいえ、そんな事はありませんよ?


 吾輩の返事に、大女は微かに顔をほころばせた。


「なのにじっと座って待ってたんですか……お行儀のいいコですね。


 わかりました、ちょっとだけですよ?」


 若干、見解に相違があるな。


 大女は言いながら席につくと、皿の上に置かれたパンを千切り、吾輩の目の前に置いた。


 ちょ……猫に、食塩のたっぷり入ったパンを与えるなんて。


 食パンでさえも、あのポテトチップよりも塩が添加されているというのに。


 イエネコに限らず、野生生物に塩分は禁物だというのに。


 しかし。


 吾輩は……目の前にそっと置かれたその赤ん坊の拳大のパンに、ある衝動が抑えられなくなっていた。


 かぷっ。


 吾輩はそのパンを咥えると、てっと床に降りた。 そして。


「ふふふ、やっぱり食べたかったんですね……て、ええええ!?」


 吾輩を見る大女の目が、不意に驚愕に見開かられる。


「ううううううー」


 吾輩は無意識に……自分の頭の半分くらいの大きさのパンに戦いを挑んでいた。


 パンの喉もと(と思しき部分)に牙を立てると、そのまま勢いよく頭を振る。


 いわゆる猫ドリル(起き抜けの猫や水に濡れた猫がブルブルっとやるアレ)の勢いで、パンは千切れて遠くに飛んでゆく。


 むっ!! 逃げるな!!


 吾輩は逃げて行ったパンに全力で追いつくと、もう一度牙を突き立てる。


 今度は……柔らかい腹(と思しき部分)だ。


「ううううううー」


 そして吾輩はパンの腹(と思しき部分)を食いちぎり、パンが逃げないよう両手の爪を全開に出して押さえつけると、周囲を見渡す。


 周囲にライバルがいないかどうか、確認するためだった。


 それはいわゆる、狩猟ごっこ。


 イエネコは、たまに思い出したようにこれをやる。


 それは自分で狩った後のスズメやネズミの死体であったり、白い犬やキノコなんかの携帯電話の販促品の小さなぬいぐるみであったり。


 それは飼い主さえドン引きするレベル。 そして、イエネコもまた野生生物の一種であることを思い出させる瞬間。


 自分の手でわざと転がしてはそれを追いかけ、唸りながら牙を立てて振り回す。


 これはストレス解消の一環とも言われているが、『狩猟』の予行演習であることは間違いない。


 そう、イエネコは……そして吾輩もまた、獣なのだ。


 ふふふ、常に牙と本能を研ぎ澄ませているのだ。


「そ、そんなに喜んでくれましたかー……」


 若干ひきながら、大女は吾輩の行動を眺め続けていた。


 おお、吾輩、たーのしー狩りゴッコに夢中で忘れていた。


 吾輩は……仕事をしなければならないのだった。


「…………」


 無言で大女の足元に寄り添うと、吾輩は通り抜けざまにそのまま体の半面をこすりつける。


 二、三秒虚空を眺めてから、身体の向きを変えて今度は身体の反対側をこすりつける。


 そして、大女の顔を見上げる。


「ねうー」


 ふっふっふ、お前に吾輩の匂いをこすりつけてやったぜ。


 吾輩の征服宣言に、大女は意外なほど顔を紅潮させていた。


「うわぁ……あたしを母親と思って甘えてるんですかね……か、かわいいな……ひゃん!」


 やはりまだ見解の相違がある大女の口から可愛らしい悲鳴が漏れたのは……吾輩が女の膝の上に飛び乗ったからだった。


 そのまま吾輩は引き締まった太ももに両足をつき、胸元の柔らかく大きな段差にむにっと両手を置いて掴まり立ちをする。


「ねうー」


 撫でていいんですよ?


「うぅ……か、可愛い!!」


 吾輩がそう言うと、大女は意外なほど柔和な笑みを見せた。


 と……その時。


「お客さん……うちは食い物を扱ってるんだよ。


 生き物は困る。


 テイムした魔物や『使い魔』は、店の外に繋いでもらわないと」


 店の主だろう。


 店の奥から出てきた主は、罵声ではないが、それでも芯の通った静かな口調で、大女に静かに告げていた。


 こんな世界に衛生概念があるとは思わないが……ここは接客の店。


 ペットがらみのトラブルは避けたいのが心情なのであろう。


「あ……す、すみません、大将」


 そう言って大女は申し訳なさそうに、ひょいと吾輩を抱えて店を出る。


 金を払っていないようだが……店主が何も言わないところを見ると、前払いだったらしい。


 そして、店の外。


 大女は両手で吾輩の身体を天に掲げながら、にへらー、と笑みを吾輩に向ける。


「ふふふ……『使い魔』だって。 あたしたち、そう見えたんですね」


 少し嬉しそうに言う大女。


 と……吾輩を地面に降ろすと、不意に自分の荷物を漁りだした。


 そして、一冊の分厚い本を取り出すと真剣な表情でページをめくる。


「……確か『魔法大全』に魔物を使い魔にする魔法が載ってたはず……あ、あったあった」


 そのまま本に目を通すと、女は妙に真剣な表情で吾輩に視線をやる。


「首輪はついてるけど……これだけ懐くってことは、飼い主から逸れたんでしょうね。


 あたしに懐いちゃったんだし……いいですよね。


 えぇと……あ、あった、『従魔魔法』。


 こほん……『我が名はフェリシー。


 汝、気高き獣よ。 我と契約を交わせ……』」


 神妙な表情で、呪文を唱えて行く女……フェリシー。


 フェリシーの身体は不意に淡い光を放ちだし、何らかの魔法を行使しているのが分かる。


 書物のページをめくりながら、フェリシーは続ける。


「『汝、孤高なる獣よ。


 これよりは我の『使い魔』として使え、『使い魔』の本分を全うせよ。


 汝の主の名はフェリシー。


 コン、ゴット、モ、ヨロシー……』」


 ……なんか、不意に女のもつ魔力が吾輩に向けられていた。


 なんだ? この大女、何を言っているんだ?


 よくわからないので……吾輩は無意識にその魔力に反応していた。


「ねうー(魔法抵抗(レジスト))」


「……えっ? ひゃあああ!!」


 吾輩が一声鳴いた瞬間……急に光が爆発した。


 感覚で言えば……写真撮影のフラッシュみたいな、短い光の爆発。


 なになに? 何があったの?


 そんな感じで大女を眺め返す吾輩。


 ……あれ?


 大女の姿に、吾輩は違和感を感じた。


 なぜだろう……大女が不意に、わなわなと震えだしているのは。


 なぜだろう……大女の左胸の辺り、そこに、光の粒子が集中しだしたのは。


「え……えっ?


 まさか……何でええええええ!!??」


 不意に絶叫する大女フェリシー。


 同時に、吾輩の右の視界の端に『NEW!!』という小さなアイコンが出現して明滅し始めた。


 不審に思って視線でクリックしてみると……メッセージウィンドウが起動した。


 『使い魔フェリシーを獲得しました!!』


 ♪ててててーてーてーやったぜー


 不意に世界のどこかから、聞き覚えのあるかもしれないBGMが聞こえてきたかもしれない気がしちゃったりなんかしちゃったりしちゃった気がした。


「う、嘘でしょおおおおおおお!!!??


 な、何で人間の方が使い魔にいいいい!!??」


 ……フェリシーの絶望的な叫びが、町の中に響いていった。


 その胸の肉球には……吾輩の肉球の紋章が刻印されていた。

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