【薄幸少女】『壁飾り』の少女
サブタイトルにある【】は視点の主を示しています。
今回は【薄幸少女】です。
ヴィレの町。
ここはとある王国の直轄地で、数年前までは農業と酪農を細々と営む、小さな村だった。
そう……小さな村『だった』。
山のふもとにある小さな村……だったんだけど数年前、山の中に未発見のダンジョン群が見つかって冒険者たちが押し寄せるようになった。
その宿泊や補給地点として、この村は急速に発展しようとしている。
宿屋、食堂、教会、近隣の村からこの村に伸びる街道なんてものもできて、次々と新しい建物が建ち、活気に満ち溢れていた。
もはや私が物心ついたころの、陰鬱で寂しい村という印象はどこにもない。
どの建物も傷などなく、新築の家の木の香りが心地良い。
木造平屋の建物が多いのは、まさしく新興の町だから。
手っ取り早く増えた人口を収容するには木造が一番早く、いずれ煉瓦や漆喰、石造りの建物も増えていくということだった。
王国から派遣された代官さまの官舎さえ木造家屋……ただしこちらは、町の入り口辺りに立派なお役所兼官舎を建築中で、こちらは警備隊も数十名常駐できるちょっとしたお城のような建物ができる予定。
ここがただの開拓村ならそんな立派なものは出来なかっただろう。
それだけ発見されたダンジョンが有望で、その宿場町としてこの町が発展を見込めるということらしい。
その町の中心にある建物の一つ、冒険者ギルド。
そこに私はいた。
周りを見渡すと、すでにダンジョン探索の用意を整え掲示板に貼られた依頼票で今日の目標を検討している数人のパーティだったり、パーティのリーダーと思しき人が装備もつけず依頼票の確認のために一人で来ていたり、すでに依頼票を取り出発前の歓談をしている人がいたりと、掲示板の前を中心に人がたくさんいる。
その冒険者の集まりの外縁部。
私のように大きなリュックを背負った子供や、背負子を背負った大きなおじさん、地図と思しき小さな本を手にしたお姉さんなどが、ギルドの壁際に立って冒険者たちを眺めている。
掲示板を眺める冒険者たちを取り囲むようにたたずみ、声がかかるのを待っている。
そう、私を含めこの人たちは冒険者ではなく……『荷物持ち』として冒険者の収穫したアイテムを運んだり、『道先案内人』として一定の階層までの道案内をするためにここにきているのだ。
冒険者たちから、その声が掛かるのを待っているのだ。
壁際に立っていることから、私たちのような存在を冒険者たちは『壁の花』とか『壁飾り』と呼んでいるらしい。
中には冒険者たちに積極的に声を掛けに行く人もいる……だけど私はもともと人と話をするのが得意ではなかった。
だから私は……周りのおじさんたちと同様、売り言葉をかけるくらいしかできなかった。
「道先案内人のご用はありませんかー! ダンジョンの五階層までなら案内するよー!」
「荷物持ちだよー! 大きな戦利品でも安心だよー!」
「『シノニム』たちがいっぱい出るポイント、知ってるよー!」
「荷物持ちをケチると碌なことがないよー! 戦闘中は身軽にならないと死んじまうよー!」
いつも大声を出している『壁飾り』の人たちの声は、たいていが潰れて太い声になっている。
おじさんも……お姉さんでさえも、酒場や食堂のおばさんのようにダミ声。
私もそれに負けないように大きな声を上げるのだ。
たぶんだけど……私の声も、そのうちダミ声になってしまうのかもしれない。
「に、荷物をお持ちします! お、お安く運びます! が、頑張りますのでよろしくお願いします!」
まだ子供の私の声は、声が高いぶん、割と通る。
実際、冒険者たちの何人かが私を振り返る……しかし、小さな苦笑や嘲笑を見せて視線を元に戻してしまう。
……その理由は私にも分かっている。
私の身体が小さくて、荷物持ちに適さないと思われているからだ。
だけど……私だって生活が懸かっている。
運よく声が掛かるまで、私は何度でも声をかけるのだ。
……この間知り合いになったミケちゃんに、おいしいご飯も食べさせてあげたいから。
「に、荷物をお持ちします! お、お安く運びます! が、頑張りますのでよろしくお願いします!」
しかし……『朝』という時間をだいぶ過ぎ、冒険者たちがほとんど出発し終えるまで、私に声が掛かることはなかった。
あれだけいた壁飾りの人たちも、冒険者たちと出発していく。
気が付くと……壁飾りは、私一人になっていた。
他の皆は仕事を請けてしまって……私はそれにあぶれてしまったのだ。
「ミケちゃん……ごめんね……」
ため息をつきながら、私は無意識に呟いていた。
同時に……お腹の虫が、少し長めに鳴いていた。
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「おう、邪魔だクソガキ、どけ」
「ぁぅっ!」
いきなり肩を蹴飛ばされ、私の身体が不意に吹き飛ばされていた。
辛うじて両手を先に床につき、受け身を取る。
……家でいつもセザールさんに殴られたり蹴とばされているから、皮肉なことにとっさの反応は身体が覚えていた。
私を蹴飛ばしたのは……若い男の人だった。
この辺りでは見ない冒険者だった。 きっと、初めてこの町に来た冒険者なのだろう。
よほどお金の回りが良いのか、装備していたのはこの近辺の鍛冶屋が作った実用性一点張りの鎧ではなく、どこか大きな町でお金持ち相手の職人が作ったと思しき、見事な意匠の鎧だった。
冒険者にしてお金の周りが良いという事は……それは『それなり』以上の実力を持つという事。
それが自信となって表れているのだろうか……男は自尊心の高そうな顔で、私が立っていたあたりの壁に貼られていた『長期未達成依頼票』の掲示板を眺めていた。
しまった……『冒険者ギルド』の『依頼票掲示板』の前に立つという愚かな行為を、私はしてしまったらしい。
でも……しょうがないと思う。
『長期未達成』という事は『達成できるものがいない』という事であって、それが張られている掲示板の前には誰も寄り付かないということなのだから。
それに……この辺りでは子供の扱いなんてこんなものだし。
「なになに……。
『【C級シノニム討伐依頼】
依頼者のパーティを壊滅させたシノニムの討伐依頼。
報酬は金貨五〇枚。』
……ふむ。 報酬はボチボチだが……ぶはははは。
C級シノニムにパーティ壊滅とか、糞だせえ」
あざ笑うように言う冒険者。
他人のパーティが壊滅しているというのに、この男には同情するという気持ちがないらしい。
ちなみに……常識的すぎて今さら言うまでもないと思うけど、『シノニム』というのは、『魔物』と『同義語』。
森や平原などのフィールドに棲息している『魔法を使える生物』が『魔物』であり、『シノニム』は『ダンジョンの中にいる『魔物』』。
見た目もさほど変わらない両者の大きな違いは『死して肉を残すかどうか』。
『魔物』が死ねばその死体は『肉』や『加工素材』を遺して腐敗していくが、『シノニム』は『マジックアイテム』や『加工素材』を遺し、その遺骸はきれいさっぱりなくなってしまう。
『魔物』の魂が『シノニム』になるとか、ダンジョンの中で自然発生した『魔力の塊』が『シノニム』を創り出しているとかいろんな説があるけど、真相は誰も知らない。
私も冒険者たちから聞きかじっただけなので詳しい事は知らないけど……ダンジョンの中に腐肉の匂いが充満することがないのはありがたいと思う。
「他には……まあ大体似たようなもんか。
それ以外は……『C級以上のシノニムを討伐した際はぜひ当店へ!』。『ぜひ当店へ』。『ぜひ当店へ』。
……店の宣伝ばっかじゃねえか。
なんだ……ここじゃ金星の頂点がC級ってことらしいな。
噂に聞くほど、大したダンジョンじゃねえのかも知れねえな」
冒険者の男は、にやにやしながら、バカにしたような口調で呟いていた。
と……その背中に声をかける者がいた。
「まぁまぁ、クレマンさん。
C級シノニムと言えば、私だって躊躇しますよ。
私一人なら、無理ですね。
クレマンさんだってC級相手なら私の支援魔法は欲しいところでしょう?」
ニコニコと笑顔を湛えながら、いかにも神官です、という格好をした男。
クレマン、と呼ばれた男は、クレマンに声をかけた男に下唇を突き出し、文字通りにぶぶぶと音を立ててブーイングをしていた。
うわ、品のない……私、このクレマンという人ちょっと苦手かもしれない。
クレマンさんはまるで顔芸かというほどの『悪い顔』を見せる。
「ひゃっはっは。 当り前だろうがよ。
誰が一人でシノニムや魔物に戦闘を仕掛けるかよ。
徒党を組んで襲い掛かって、タコ殴り。
ヤバくなったら誰よりも先に逃げ出す。
逃げ遅れた奴は、俺を逃がす生贄になればいいんだ。
そうやって俺はB級の魔物やシノニムを何度も倒してんだよ」
うわ……最悪だ、この人。
げへへへと笑いながら言う顔を、私は眺めることしかできなかった。
それに苦笑で応じるニューさん……その柔らかな目が、床に手をついたままの私の姿を捉えた。
「……おや、どうしてそんなところに座っ……またですか、クレマンさん」
苦笑をため息に変えながら、ニューさんが不意に私のほうに歩いてきた。
そして……着衣が汚れるのも構わず、その場に膝をついて、私の手を取る。
「お怪我はありませんか? 大丈夫ですか? うちのクレマンがすみませんね。
どうせクレマンが押し倒すとか押し倒すとか押し倒すとかしたんでしょう?
申し訳ありませんでした」
言いながら、私の手に冷たい感触のものを手渡す……銅貨だった。
「そ……そんな!! こ、こんなものを頂くわけには……」
「お、押し倒すとか人聞きの悪いことを言うな!!」
奇しくもクレマンさんと私の言葉が被る。
ニューさんは意外と強い力で私の掌にぎゅうと銅貨を握らせながら、クレマンさんに視線を向ける。
「……クレマンさん。 私も一応、神官なのですから。
その目の前で……か弱い子供に手を上げるなんて。
知っていますか?
神に仕える者は……偽善であろうがなかろうが、本心であろうがなかろうが、神様のご機嫌は取らないといけないわけです。
神の教えの通りにね。
私の仕える豊穣を司る神『豊穣神』は基本酪農と農業の神ですが……一応、光の神ですのでね。
人倫にもとる行為は、基本的に許してはいけないことになっているのですよ」
……この人もまともそうに見えて、なんてことを言うのか。
静かな口調で言うニューさん……なんだか、私の手を握る力が、少し強くなっていた。
ニューさんは、続ける。
「なにより……こ、の、私、が、『身銭』を切っているのですよ?
こ、の、私、が。
たかが銅貨数枚とは言え……こ、の、私、が。
こ、の、私、が、身銭を切るという意味……あなたは分かっているのですか?」
表面的に笑顔で……それでも私の手を少し痛いほど握りながら、ニューさんは真っすぐにクレマンさんを見ていた。
真っすぐに……真っすぐに。
……なんだか、世界のどこかから『ゴゴゴゴゴ……』という音が聞こえたような気がした。
その光景に、クレマンさんが若干躊躇を見せる。
「わ……わかったよ! あとで倍にして返せばいいんだろ!?」
「おやおや、私は何も言っていないのに、自ら進んでご寄付とは。
なんと殊勝な……あなたに神の祝福のあらんことを」
「言い出したら聞かねえからな……お前は。
お前の機嫌を損ねて……いざ回復が必要という緊急事態という時に、お前は『最近寄付が少ないんですよねー』とか言いながら嘲笑したまま見殺しにしかねんからな。
全く……金に汚ねえ神官め」
「金に汚いとは心外ですね。 エンシェントドラゴン級簿記と、ベヘモス級税理士と上位デーモン級公認会計士の資格を持ってるだけですよ。
そんなことを言うと……先ほどお約束頂いたご寄付を複利計算で請求しますよ?」
「なんで寄付が借金になってんだよ!?
……くそ」
言いながらクレマンさんはニューさんの掌に硬貨を叩きつける。
と……あれ? 私、何でクレマンさんに睨まれてんの!?
そんなやり取りがあり、二人は通常の掲示板の方に歩いて行った。
掲示板にはいくつかの依頼と、ドロップアイテムの買い取り相場表が張り付けてある。
それを見ながら、真剣な表情でやり取りをする二人……そこだけ切り取ってみると、この二人が優秀な冒険者に見えるから不思議だ。 実際、レベルもある程度高いのだろう。
その背中を見ながら……私は、ごくり、と唾をのんだ。
それは断られるかもしれないし、場合によっては馬鹿にされたり怒鳴られたりするかもしれないからだった。
だけど……今の私にはそうしなければいけない理由があった。
私は覚悟を決めて、その二人の背後に立つのだった。
「あ、あのっ……!!
ぽ、ポーターかガイドにご用はありませんかっ?」
身体の小さな私が言った言葉に、二人は困惑したように顔を見合わせるのだった。
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