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【吾輩】イエネコと薄幸少女

サブタイトルにある【】は視点の主を示しています。

今回は【吾輩】視点です。

 さて……転生の女神を傷物にして、夜が明け。


 吾輩は平素棲み処すみかとしている山を下り、人里に降りて行った。


 猫である吾輩は、今日も今日とて、仕事をしなければならないからだった。


 我ながら仕事の鬼であると思う。


 そして吾輩はいつも通り里に下りては家々の隙間を潜り抜け、その中の一軒の扉を引っ掻き、今日も「ねうー」と鳴くのだ。


 ここは……ここ数日において、我が見つけた仕事場の一つであった。


「あ……ミケちゃんかな……」


 掘っ立て小屋ではなく、きちんとした土台の上に建てられた木造平屋の家屋。


 その中から……聞き逃しそうになるほど小さな音量だが、喜んでいることがよく伝わる女の子の声が聞こえてくる。


 続いて屋内から、室内に光と風を取り入れるための木の板が開けられ、つっかえ棒を立てながら小さな女の子が顔を出す。


 それは窓と言うより、開閉式の通気口のようなものであった……この村に『ガラス窓』というものは無いようだった。


 それは……この世界が地球で言う中世レベルなのか、あるいはこの村が単に田舎なのか。


 なお。


 『中世』という言葉は便利であるが……地球においては五世紀から一六世紀を指す。


 無色透明なガラスの登場は一七世紀末まで待たねばならないし、透明な板ガラスは一八世紀に入ってから。


 ましてそれが量産化され、一般化されるのは一八世紀後半の産業革命を待たねばならないし……それはもう『近世』と呼ばれる工業化が進んだ世界。


 そもそもガラスの加工には高出力の炉を運用できる『工業力』が必要であるし、その材料を研究する『化学』の知識が必要であるし、またその加工には大量の燃料が必要で、それを調達できる輸送機関とそのネットワークも必要。 小さな工房では開発どころか作成さえ不可能なのだ。 せいぜいがガラスを透明にできないまま、ステンドグラスを作るのが精一杯だ。


 つまり、『窓ガラス』というのは『工業化社会の象徴』のようなもの。


 例えるなら、エルフが『マスケット銃』で射撃し、ドワーフが『旋盤』で金属加工し、肌をあらわにした女戦士が『携帯型音楽再生機器』と『イヤホン』で曲を聴きながら戦闘する等というレベルの『オーパーツ』。


 『透明ガラス』の『窓』がある『中世』と言うのは、絶対にありえないのだ。


 ……ん?


 吾輩……猫であるはずなのに、なんでこんなことを知っているんだ?


「やっぱりミケちゃん……今日も来てくれた。


 ……おはよう」


 明かり窓から顔を見せながら、薄い肌着のまま吾輩に小さな手を振って見せる女の子。


 応じて吾輩は、三角の口を開いて「ねうー」と鳴く。


 そしてそのまま、窓に飛び乗る。


 どうせ撫でられるのは分かっていたので……吾輩は猫の喉にある二つ目の声帯で、挨拶をする。


 ごろごろごろごろごろごろ。


 喉の奥の方を鳴らしながら……尻尾をピンと立てながら、吾輩は窓に立ったまま、少女の顔に頭突きするように顔をこすりつける。


 応じて少女は嬉しそうに微笑みながら、吾輩の頭を顔で押し返すように頬ずりする。


 そう……これもまた、吾輩の仕事。


 『寝子』だけではなく……『人に甘える』と言うのも、猫の仕事のひとつなのだ。

 『イエネコ』。


 吾輩は、大綱上そのように分類される。


 狭義でネコと言えばこの『イエネコ』をさす。


 和猫だろうが洋猫だろうが、アビシニアン(アビにゃん)であろうが、スコティッシュスコフォールド(にゃん)だろうが、すべてはこのグループに属する。


 ネコ目(食肉目)ネコ科ネコ属ヤマネコ種のうちのイエネコ亜種イエネコ。


 地球においては約一三万年前に、中東のリビアヤマネコから突然出現されたとされている。


 『イエネコ』……つまり、家猫。


 人間に飼われるようになって、初めて『猫』という種が発生したのだ。


 ちなみに……犬好きの人に朗報がある。


 イエイヌ、すなわち犬は……分類上で言えば『ネコ目』イヌ科イヌ属だそうである。


 猫である吾輩、多くは言わないが……犬好きの人間よ、N D Kねえどんなきもち? N D Kねえどんなきもち


「ふふふ……今日も可愛いね、ミケちゃん。


 会いに来てくれて、ありがとう……私、友達がいないからうれしいよ……」


 窓枠に立ったままの吾輩を抱えるようにして優しく撫で続ける少女。


 年のころは……十代に入ったばかり、と言ったところであろうか。


 その腕に包まれ、吾輩はさらに喉の奥を鳴らす。


 うむ、やはり小学生は最高である。


 なぜなら……ある程度育った女のような、化粧の匂いがない。


 ついだらしなく口が開いてしまったため、『ごろごろごろ』が『からららら』という音に変わっていた。


 吾輩はそのまま狭い足場でくるりと回り、少女の顔に体の半分をこすりつける。


 それは『親愛の情を表す』と同時に……相手に自分の『匂い』をつけるという行為。


 そう。


 吾輩は……ふふふ、小学生に自分の匂いをこすりつけているのだ。


 ……あれ? 小学生ってなんだっけ?


 吾輩……猫であるはずなのに、なんでこんなことを(以下略)。


 素肌に夏毛をこすりつけられてくすぐったかったらしい少女は、可憐な笑顔を弾けさせていた。


「うふふ……くすぐったいよ、ミケちゃん。


 ……優しいね、ミケちゃん。 んっ」


 少女は言いながら、やさしく吾輩のおでこにキスをした。


 そしてそのまま呼吸する……匂いを嗅いでいるらしかった。


 一瞬、自分の加齢臭を心配したが……大丈夫。


 なぜなら……イエネコは基本的に奇襲型肉食動物、つまりハンター。


 猫の身体は基本的に無臭か、周囲の環境の匂いしかしない。


 それにどういう意味があるのかは、言うまでもあるまい。


 獲物を狩るのに『体臭』があれば大変な不利になる……コマ○ドーやラン○ーが自分の身体に泥を塗るのと同じ理屈。 ……まああれは視覚的な意味もあるのだが。


 ……ん? 加齢臭? コマ○ドー?


 吾輩……猫であるはずなのに、なんで(以下略)。


 その時だった。


「エメ!! いつまで寝てるんだ!!」


 家の奥から、そんな怒号が聞こえてきた。


 それはまさに怒号……そこに優しさや慈しみと言ったものは無かった。


 それはもう、声を聴くだけでその主がクソババアと察知できる、いや、それ以外にはありえない声量と声質だった。


 それに、エメ、と呼ばれた少女の身体がふいに固くなる。


 抱えられた腕から、恐怖に近い緊張が伝わってくる……それに、吾輩の喉から『ごろごろ』が消えていた。


 怒号は続く。


「さっさと冒険者ギルドへ行って来な!!!


 お前みたいな役立たずのクソガキにも、パーティの荷物持ちポーター道案内ガイドぐらいの仕事はあるはずだよ!!


 さもないと……明日の朝飯()抜きになるよ!!」


「は、はい! わかりました、セザールさん!!」


 薄い肌着のまま部屋の入り口を振り返り、震える声で叫び返すエメ。


 そして……ため息をつきながら吾輩に視線を戻す。


「……ごめんね、ミケちゃん。


 今朝は……ご飯をあげられないの。


 まあ、もともと少ししかあげていないんだけど……昨日、お仕事で失敗しちゃって。


 ……夕べから食事抜きなの」


 寂しそうな、悲しそうな表情で、口元だけの笑顔を吾輩に向けるエメ。


 名残惜しそうに吾輩の頭をひとなですると、粗末なベッドの片隅にあった椅子の上に置かれた服を手に取り、大急ぎで着替え始めた。

 吾輩の目の前に、ある種の人間からは天国パライソと呼ばれる光景が繰り広げられていた。


 痩せっぽちだが……若年層独特の、張りのある肌。


 そして洗いざらしで薄くなった肌着。


 ……吾輩、知ってる。こういうの、『しみいず』とか『しゅみいず』とかいうんだ。


 人間の姿をしていない吾輩に全く遠慮せず、着衣をベッドに放り投げながら惜しげもなく肌を晒してゆくエメ。


 既にお腹ポッコリなどという赤ちゃん赤ちゃんした体形を卒業し……寸胴鍋を思わせる姿。


 絶壁と言って差し支えないその壁には……ボルダリングジムの壁のように、クライミング用の手掛かりが設置してある。


 それも……素人には手掛かりとさえ思わせないほどの、小さな手掛かり。


 何という上級者向けの絶壁!


 吾輩は思わず床に飛び降り、エメの足元にお尻を付いて座った。


 そして、顔を上に向けて小さく左右に振り、そのまま大きくお尻を振る……これは全身のバネを使った、全力ジャンプの予備動作だ。


「ひゃあああ!! ミケちゃん、また木登りみたいに私の身体に登ろうとしてない!?


 前、すっごく痛かったんだよ!?」


 そう言いながら両掌をかざして、全力のブロックを見せるエメ。


 ……残念。 エメマウンテンは登山できなかったか。


「……遊び相手に誘ってくれて、嬉しいんだけど……今は、ゴメンね?」


 そう言ってエメは……過去の経験を思い出したのか、ちょっと痛そうな苦笑を見せながら吾輩の身体を下から掬い上げ、元いた窓に、トンと置く。


 その一連の動作に、肩ひもが片方、するんと落ちる……『AかBか』と問われれば『Bボタン』と言うしかないボタンが見える。


 あ、今は『○△□×』ボタンだっけ? ×ボタンって……陥没してる状態を指すのかな?


 吾輩の視線を気にした風もなく、エメは着替えを再開する。


 その間、吾輩は部屋を眺める。


 日本風に言うと、三畳くらいのスペースだろうか。


 飾り気どころか、クローゼットや押し入れに相当する部分もない。


 まさしく、四角い部屋。 そこにはベッドと小さな机と椅子があるだけ。


 収納スペースがないのは……衣服や雑貨も含めて私有財産というものがほとんどないのであろう。


 奴隷の部屋か倉庫か、と突っ込みたくなる内部であった。


「ありがとう……また来てね、ミケちゃん。


 今度は……ちゃんとご飯を用意してあげられるように頑張るから」


 着替えを終え、小さな笑顔を吾輩に向け、痩せっぽちの小さな体に大きなリュックを背負いながら部屋を飛び出してゆくエメ。


「…………ねうー……」


 吾輩は細い声で鳴きながら、エメの背中を見送った。

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