【吾輩】イエネコと使い魔と早すぎるアレ
サブタイトルにある【】は視点の主を示しています。
今回は【吾輩】です。
吾輩が『チェシャ猫』で到着したのは……ヴィレダンジョン群と呼ばれるダンジョン群の入り口の一つであった。
何でも、人間が一号ダンジョンと呼んでいるダンジョンの入り口。
わざわざ切り出した石で城門みたいな入り口に作り替え、人や魔物やシノニムたちの出入りを制限しているらしい。
そんな場所に……吾輩の使い魔はいた。
重傷を負っているらしいが……冒険者神官と思しき男に治療を受けているらしかった。 意識はまだ回復していない様子だが……なんだ、もう状況は終わっているじゃないか。
これでは吾輩が瞬間移動するまでもなかったじゃないか。
わざわざ赴いたのに……文字通り、正しく徒労であった。
と……あれ?
吾輩の使い魔のすぐ横にはエメがいた。
何だ……知り合いだったのか。
吾輩はてててっとエメに近付くと、そのままその肩に飛び乗った。
「ねうー(久しぶり)」
「ん? え? ふわっ、ミケちゃん!?」
本気で驚いた様子のエメ……構わず吾輩は、そのまま頭をこすりつける。
既に猫エンジンは全開だ。 ゴロロロロロという音が、周囲に低く響く。
「エメさん、まだ治療中です。 生き物の類は、隔離してください。
理由は分かりませんが……傷を負った患者の近くに生き物がいると、傷の治りが遅くなったり、化膿したり、最悪死に至ることがあるのです」
何だ……まだ回復中だったのか。
声をかけたのは……神職っぽい衣装を着た男だった。 なるほど……雑菌による感染症やその毒素によるアナフィラキシーショックのことを言っているらしい。
細菌学の知識はなくても、口伝による経験の蓄積や、数ある民間療法の中からの取捨選択や淘汰により、それくらいの知識はあるようだった。
だが……吾輩はそれを無視した。
「み、ミケちゃん!?」
躊躇うエメを尻目に、吾輩はフェリシーの鎖骨の辺りに着地する。
そして、そこで円を描くようにくるりと一回転すると、そのままそこで丸くなる。
完全なる就寝体勢……現代人である吾輩のほうが細菌学を無視するというのも皮肉な話だが……吾輩には『この世界なればこそ、出来ることがあった』。
「!! これは……高位の光魔法『完全回復』!?」
神職の男が大きく息を飲む。
……違うよ? スキル『眠り猫』だよ?
古来より日本において、馬小屋の欄間や柱には眠っている猫の姿を描いた彫刻や絵が張り付けられることが多い。
それは……眠っている猫を描いたものには『病魔退散』『傷病快癒』『家内安全』などの効能があるとされているからだ。
何故それが厩に貼られるかというと……馬喰などの馬を扱う商人にとって、馬は家人より大切な財産だからである。
実際、吾輩がスキルを使ってからというもの……フェリシーの顔色が見る間に良くなっていった。 そして傷口も、逆再生の動画を見ているように奇麗に回復してゆく。
きっと生理不順や下痢、夜泣き、偏頭痛などの諸症状も快癒しているに違いない。
やがて……奇跡でも目撃しているかのような表情のエメとニューの目の前で、フェリシーが目を覚ました。
「こ、ここは……」
記憶が混乱しているのか、躊躇いながらフェリシーがゆっくりと身体を起こす。
「うにゃー」
……必然的に吾輩の身体は、胸の傾斜でぐるんと一回転してからフェリシーの膝の上にぽふっと落ちることになった。
「ま、『マスター』!! やっと見つけた!! どこ行ってたんですかっ!?
散々探しましたよっ!! は、早く契約の解除を……」
吾輩の姿にフェリシーは大きな抗議の声を上げる。
おそらく……吾輩がフェリシーのマスターになった(された)あと、吾輩がフェリシーを置いてさっさとエメの宿に行ってしまった事を指しているに違いない。
「ねうー(そんなことは知らん。 だって吾輩、猫だもの)」
「そ、そんなぁ……じゃ、じゃあ、一生このままじゃないですか。
マスターの方が圧倒的に魔力が高いから……こちらからの解除はできないんですよ……?」
吾輩とフェリシーの間で、なぜかコミュニケーションが成立していた。
そんなやり取りを呆然と見ていた神職の男。
不審そうにフェリシーに問いかけていた。
「マスター、ですか?」
その、一般人が街中でアニメのキャラクターグッズや痛車やコスプレイヤーを見るような冷たい視線。
それに動揺を見せながら、フェリシーはわたわたと応じる。
「あ……え、えぇと……そ、そう!!
使い魔!!
私、私の使い魔に、『ますたー』って名前を付けたの!!
つ、使い魔なのに、マスター! お、面白いでしょ、ニュー!?
ていうか……面白いって言って!!」
その言葉に、ニューと呼ばれた男は……無言のまま、ゆっくりと頭を振った。
もはやつける薬はなし、と顔に書いてあった。
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次に目を覚ましたのは……戦士風の男だった。
「あ……気が付きましたか、クレマンさん?」
クレマンと呼ばれた男は……寝起きの、低血圧状態の表情で、ぼんやりとエメの顔を見ていた。
「………」
「く、クレマンさん、本当に……本当に大丈夫ですか?
あ、あの………や、約束、覚えてますよね?」
心配そうに駆け寄るエメ……そしてエメは心配そうに、本当に心配そうにクレマンに言葉をかける。
「か、帰ったら、私の……私の大切なもの……。
私の全財産を補償してくれるという約束……ひゃっ!!」
心優しいエメが心の底からかけた償還要求……それに、クレマンは無言のままエメの顔に掌を伸ばしていた。
「な、な、いきなり何ですか、クレみゃんひゃん!」
唐突な出来事に、大いにうろたえるエメ。
それに構わず……クレマンは、奇麗な顔を見せる。 その背後にバラの花が咲き乱れているように見えるのは、吾輩の幻覚だろうか。
「ケガ……」
「え……ふぇっ?」
「目の下のところ……傷になってるな。 どうした?」
「こ、これは……ダンジョンで、クレマンさんの礫を受け損ねて……そ、それが顔に当たって」
「………。
馬鹿野郎……お前が令嬢だと先に言わねえからだぞ……」
ため息をつきながら、クレマンはゆっくりと立ち上がった。
「い、いや、私は令嬢なんて立派なもんじゃ……ひゃあああ」
エメの悲鳴は……立ち上がったクレマンが、急にエメの身体を抱きかかえたからだった。
そしてニューとフェリシーに勢いよく顔を向け、宣言する。
「おい、お前ら。
俺はこいつをヨメにすることにしたからな」
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