【薄幸少女】逃走と交渉
サブタイトルにある【】は視点の主を示しています。
今回は【薄幸少女】です。
「だ……大丈夫だよ、きっと。
あ、あのサイズだから……大広間から出てこれないって……そ、そうだよね?」
フェリシーさんが、先ほどまで私たちを守っていた『門』を指さしながら、震える声で呟く。
しかし。
暗がりからじっと私たちを見つめる昏い双眸……それに不意に怒りに満ちる。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
いかなる言語にも当てはまらない獣の咆哮。 それでも、怒っていることは十分伝わった。 それはもう、これ以上ないくらいに。
「!! 身体が……動かない!!」
大鬼が発した『大鬼の咆哮』に……私たちは『数十秒間行動不能』になった。 それはその場にいた四人すべてに適用された。
その間に……大鬼は門に突進した。
岩同士がぶつかり合うような、大音量の破壊音。
そして……信じられないことに、大鬼は完全に門を破壊し、こちら側の小部屋に侵入を果たしていた。
ただし……その大きく崩れた瓦礫に完全に埋まっていた。
そのまま埋まってしまえばよかったのに……瓦礫は、少しだけ動いている。
それは卵から鳥のヒナが出てくるようなさまを連想させた。
誰が見ても、逃げるなら今だった。 先ほど私たちが防衛の要にしていたほどの門を、一撃で瓦解させるような相手……逆立ちしたって勝てるわけがない。
そして……その破片が飛んできたのだろうか。
フェリシーさんの身体を、大量の血が滴り落ちて行く。
しかし……皆、動けなかった。
それほどまでに、私たちと大鬼の技能差が大きいのだ。
卵の孵化のような、大鬼の瓦礫からの脱出。
それが進んでいくさまを……私たちは眺めるしかなかった。
その孵化が終わってしまったら私たちはどうなるのか……精神衛生の為、私は考えるのをやめた。
その孵化が終わる前に……意外にも、真っ先に『行動不能』から回復したのは私だった。
その次にニューさん……彼我の距離と効果に関係があったのかもしれない。
実際、クレマンさんとフェリシーさんはまだ『行動不能』のままだった。
私は早速、クレマンさんのもとに駆け寄った。
「クレマンさん、逃げますよ」
有無を言わさない進言。 立ったまま動けないクレマンさん、しかし横目でわずかに頷く。
意思疎通は出来そうだった。
だから……私は交渉を開始した。
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「まずは……ドロップ品は諦めて下さい。 いいですね?」
耳元で言う私の言葉に、クレマンさんは静かに頷いた。 私は続ける。
「あと私の全財産……と言ってもこの荷物袋だけですけど、これを補償してください。
でないと、お二人を担いで逃げる事が出来ません。
御了承いただけますか?」
私の言葉、『お二人を担いで逃げる』と言う部分に、クレマンさんは怪訝そうな表情を見せたが……しばらくの沈黙ののち、やがて小さく頷いた。
それに私は笑顔を見せる。
「では……交渉成立ですねっ!」
元気に言うと私は……今まで背中に背負っていた荷物袋を勢いよくおろした。
ずがっしゃん!!
今まで背負っていた……一〇〇キロ近い私の全財産は、大きな音を立ててその間に落下した。
そのまま私は、クレマンさんとフェリシーさんの身体の前に立ち、二人の身体を二つに折る。
そして左右の肩で担ぐ。
同時に、孵化が終わった大鬼が、怒りの咆哮を再度上げながら追撃を開始する。
だけど私は……案内役兼荷物運び。
普段の荷物さえ降ろしてしまえば……人間二人運ぶだけなら、空荷と変わらないほどの速さで走ることができる。
「荷物運びを……舐めるなぁぁぁぁ!!」
そして私は……驚いた表情を凍らせたままのニューさんとともに、全力疾走を開始した。
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「……驚きました……エメさん、『肉体強化』のスキル持ちだったんですね……」
ニューさんが、走りながら私に問いかけていた。
そんな場合じゃないんだけど……まあ私にも体力的に若干余裕があったので、応じることにした。
「……はい。
だって私、物心ついた時から荷物運びやってますんで。
いつの間にか身についた感じです。
……たまに人間を運ぶこともあるので……まあ、慣れてますよ」
成人男女を両肩に担ぎ、かつ全力疾走する成人男性と並走しながら、私は応えていた。
全く『肉体強化』さまさまである……胸とか胸とか胸も強化してくれたらいいのに。
……なお……人間を運び慣れていると言っても、主に人間の死体だけど。
冒険者相手の荷物運びなんてやってたら……たまにある。
戦闘中に死亡してしまう事がある冒険者……野垂れ死にするのはともかく、そのまま放置してしまうのはかわいそうだし。
その搬送……まあ、当然特別料金は貰うけど。
さすがにそんな余計なことは口にしなかったが、私の言葉に得心した様子でニューさんは頷いた。
その表情が、再び怪訝そうに変わる。
「でもそれって……☆か☆☆級ですよね。
失礼ですが、荷物運び以外に、もっと適職はあるでしょう。
騎士どころか、近衛兵……いや、師団長にだってそれほどのスキル持ちはいませんよ!?」
……うっ、痛いところを突かれた。
私は少し恥ずかしくなって……声を小さくさせながら、ニューさんに応じる。
「い、いえ、その……剣技とか盾術とか……そう言うのが全く身に付かないもので。
現状じゃ、これしか他に適職がないんです……」
「………………………」
信じられない、と言う顔をしながらニューさんは私の顔を見た。
「……教育というものの……重要性を再認識しましたよ……」
よく聞こえなかったが、ニューさんは静かに呟いていた。
ぎらり……その目の奥が一瞬、昏く輝いたような気がした。
問い返そうとした時……不意に前方から光が差した。
「お、おい!! 中はどうなってる!?
今朝から誰も上がってこないんだが……っ!!」
この声は、聞いたことがある。 何人かいる、一号ダンジョンの門番の一人の声だ。
その声を聞いて、私はやっと安心した。
そのまま全力疾走し、私たちは……開け放たれた門まで走り抜け、久しぶりに太陽の光を全身に浴びることができた。
弾けるような解放感。
……その中でよぎった、「あれ? ニューさんが『照光☆』を解除するだけで良かったんじゃあ……」と言う疑念を……私はあえて消し去った。
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