【薄幸少女】浅層階層主
サブタイトルにある【】は視点の主を示しています。
今回は【薄幸少女】です。
「うははは!!! まったくもって、いい狩場だぜここは!!」
上機嫌のクレマンさんが、呼気を少し荒くしながらも、大きく振り上げた剣をシノニムに叩きつけた。
「全くね、兄さん。 こうもツボに嵌ると……疲れるのがキモチイイくらい!!」
フェリシーさんは魔法使いにもかかわらず、短い杖の両端を持ち、その先端から一メートルほどの炎の刀身を噴出させながら、背後に回り込もうとしたシノニムを袈裟懸けに叩き切る。
うん……フェリシーさんはイイ身体をしているから、そう言う姿の方が絵になると思う。
その二人の間にいるのは……私とニューさん。
「まあ油断はしないでくださいね。
神の愛は無償ですが……神に振り返ってもらうのは有償になる場合がありますからね」
「「ニュー!! それ、神職が一番言っちゃいけないこと!!」」
そのニューさんに突っ込む兄妹。 思いのほか、息がぴったりだった。
私はほえーと二人の姿を眺めているだけだったけど……ニューさんは光の魔法を駆使して二人を援護していた。
『照光☆』と『疲労軽減☆』。
もちろん自身もフレイルを構え、二人の連携を割ろうとするシノニムに一撃を加えている。
あ……今まで説明していなかったけど、このダンジョン内の照明は、ニューさんの『照光』に頼っている。
なんと……ニューさんの身体が(なぜか服ごと)光り輝き、周囲を照らしているのだ。
もちろん、私の荷物入れの中からランタンか松明を出しても良かったんだけど……ニューさん曰く「消費魔力も少ないので、我々はいつもこうしています」とのこと。 ……照明器具を売りつけることが出来なくて残念、とかは思っていないよ!
なお……販売用の薬草や薬は、少しだけなら私の荷物入れの中に入っているのは内緒だ。
なお、現状の説明をすると……我々は、小規模なシノニムの集団に遭遇した。
地上であれば犬鬼と呼ばれる魔物……目の前のシノニムたちはその形態をしていた。 身長は一メートルちょっと……その名の通り、小鬼の頭を犬の頭に挿げ替えたような体形。
通常シノニムがいかなる魔物の姿を模倣しようと徒党を組むことはないが……なぜか今の彼らは集団で私たちに襲い掛かっていた。
そして、冒頭に至る。
犬鬼を倒すには少々骨が折れると聞き及んでいるんだけど……この三人にはその心配はなさそうだった。
しかも……地形が良かった。
犬鬼たちは大広間のような空間の中におり、対する私たちはその出入り口のような狭い門の手前に陣取っている。 私たちは全ての犬鬼たちを同時に相手をしなくて済み、狭い出入り口から出てくる数頭の犬鬼たちだけを相手にすればよかったのだ。
しかもシノニムは……死してアイテムをドロップするだけなのでその屍が邪魔にならない。
そこへ来て……この三人が手練れときている。
乱獲……そんな言葉が、私の脳裏をよぎっていた。
実際、入り口辺りの地面に溜まったドロップ品が、そろそろ山のようになり始めていた。
「見ろよ、これ……礫サイズとは言え、ほとんど真の銀だぜ」
「同じ重さの金の数倍から数十倍で取引されるって話だよね」
「ああ、これだけでもひと財産……場合によっちゃ、一生遊んで暮らせるぜ」
「いえいえ、我々の頭数を忘れていませんか?
それとも……すでに頭数を減らす算段ですか?」
三人の間に、そんな生臭い会話が交わされる。
疲れて、集中力が欠けてきているんだろうか。
だが彼らも冒険者……欲に目が眩んで、目の前の敵を倒し損ねるという事はなかった。
と偉そうに言っても、私もまた「御祝儀くらい出るよねえ……」とホクホクしており、今までこんな『ボーナスエリア』などなかったことも忘れるくらいだった。
あと……それだけの大質量を運ぶのは私だという事も忘れていた。 どうすんの、これ……。
とりあえず……目の前の犬鬼の大攻勢が片付いたのは、三〇分は経ってからだった。
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「わはははは!!!
こいつぁどう見積もっても、金貨一〇〇〇枚(一億円相当)分はあるぜえええ!!」
戦闘が終わり、私が荷物入れに入れる前にドロップアイテムを整理していた横から……クレマンさんが叫んでいた……あ、整理を邪魔しないでくださいね。
私はクレマンさんの手を払いながら、文字通り山のように積み重なった戦利品の整理を続ける。
「んー、もう少しあるんじゃないかと思います。
だって……これ、礫サイズとは言え、真の金も混じってますよ?」
「「「なっ何だってー!!」」」
うん、この三人、相変わらず息が合ってる。
「まあ、私は『鑑定』スキルを持っていませんから何とも言えないですけど。
けど……うぅん、概算で成人女性一人分くらいの重さはあるなぁ……運べないこともない、かなぁ……」
私はそこまで言ったところで、腕組みしつつ戦利品の山を眺めた。
そう、私は荷物持ち。 この大質量の戦利品は、私一人が運んで帰らないといけないのだ。
「どどっ、どうしよう。 わわわたわた私たちも分担するべきじゃなななない?」
「いいいや、かか帰りの戦闘はどうすんだよ! 戦う奴がいなくなるだろうが」
「お、落ち着いてください。 ええと、では私がフェリシーさんをおんぶして……」
だめだ、大金を前にして、完全に舞い上がってる。
大きい金額に慣れていない様子だけど……この兄妹、もと貴族様じゃなかったっけ?
まあ慣れていないのは私も同じだけど……まあ、私のお金じゃないから。
と……その時だった。
「「「!!」」」
三人が同時に、しかも瞬時に反応していたのは流石だった。
遅れて私がその方向に視線を向ける。
それは……音だった。 重いものが引きずられるような、人が這うような。
それは……私も顔くらいは見たことのある、この町の冒険者の一人だった。
それが……地面に倒れながら前に進んでいた。
先ほど犬鬼たちがいた大広間のような空間、そこから脱出してきたのだろう。
そう言えば……ふと、私は思い出していた。
クレマンさん曰く、『歯ごたえはないが、味のいい菓子』のようなダンジョン。
そんなダンジョンに、なぜ他の冒険者がいないんだろう。
確かに、今朝、出遅れた我々だが……それにしたって、今日は他の冒険者たちに逢っていない。
一人も、だ。
広間から這い出してきた冒険者に、三人は一様に警戒を見せる。
……泥棒とでも思ったのかもしれない。
だが……その男の人は、瀕死の表情と声で、私たちに告げるのだった。
「に、逃げろ……下から、階層主が上がってきた……」
男は、そのまま動かなくなっていた。
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「か、階層主? 階層主が下からって……まさか、第五層の!?」
私は戦慄をもって男性冒険者の言葉を反芻する。
しかし……その男の人は応えない。 すでに事切れてしまったようだ。
よく見ればその男性……腰のあたりから下が……なかった。
「!! 兄さん!!」
私と同じものを見たフェリシーさんが小さく絶叫する。
「………道理でドロップアイテムの質がいいわけだ。 あいつら……この層じゃなくて、さらに下の層から来たわけだ」
焦燥を見せるクレマンさんが静かに呟く……応じるニューさんも焦燥が見て取れる。
「どういうことです!?」
「『あいつ』に追い立てられたんだろうぜ。 全く……様子見なんだから、もっと早く引き返しておくべきだったな……」
『あいつ』……そう言いながら、クレマンさんは大広間の奥を指さした。
そこには……『照光☆』の光を眩しそうに睨む、大鬼の姿があった。
長期未達成掲示板に書かれた、現時点でこのダンジョンで最強とされる『浅層階層主』の姿が、そこにあった。