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【吾輩】吾輩は猫である……しかしこの異世界の猫ではないらしい。

短編です。一〇話ぐらいを予定しています。


サブタイトルにある【】は視点の主を示しています。

(【吾輩】【薄幸少女】など)


短い間ですが、よろしくお願いいたします。

 吾輩は猫である。


 何ゆえ猫なのかと問われれば、『生まれた』時から猫だったから、としか言いようがない。


 生まれた時から猫だという事は、今もまさに猫だという事である。


 ゆえに吾輩は今日も猫の本分を全うするのみである。


 『寝る子』、『寝子』、転じて猫。


 ゆえに、猫の仕事とは寝ることにある。


 くるりと撒いた長い尻尾の先端を両手の肉球で押さえ、その両手の上に顎を置く。


 仕事熱心である吾輩は今日も身体を丸め、顔の大部分を占める目を閉じて寝るのだ。


 ふっ……仕事熱心過ぎる。


 自分でも、仕事の鬼か、と思わなくない。


 それ故に夜の闇の中、目蓋を閉じながらも……今も起きている。


 猫は、起きている間も寝たふりをしなければならないのだ。 『寝子』だけに。


 無駄なエネルギーの消費を抑えるという事もあるが……さすがに全感覚を閉じたまま眠ってしまっては、生き物として失格。


 エサの接近を逃すという事もあるし……何より自分が他の生き物のエサになってしまう。


 ゆえに吾輩はいま……耳をピンと立て、聴覚に神経を傾けながら寝ているフリをしていた。


 『仕事』以外の時も仕事をしているフリをしなくてはいけないとは……猫と言う職業は本当に激務なのであった。


 と。


 その時だった。


 私は目を開け、ついと立ち上がる。


 吾輩の『エサ』の気配を感じたからだった。


 夜の闇の中……宙を漂うホタルが不意に爆発したかのように強い光を放つ。


 それに吾輩は、瞳孔を縦に細くさせながら、さらに目蓋を半分以上細める。


 意外かもしれないが、猫だって眩しい時には瞳孔だけではなくちゃんと目を細めるのだ。


「遠藤さん、遠藤誠一郎さん……私です。


 転生の女神、メグルです……」


 光の中央から、人間の女の声がする。


 それに、吾輩はとっとっとっとっと駆け寄りながら返事を返す。


「ね↑、う→、う→、う→、うー→。


 ね↑、う→、う→、う→、うー↑、う↓」


 走りながら鳴いたために声帯が振動を受け、古典芸能「ワレワレハウチュウジンダ」の様に震える。


 その吾輩の返事に……人間の姿をした女は悲しそうな表情を見せた。


「………。 はぁ……。


 もはや、完全に『猫』になってしまいましたか……」


 人間の姿をした女、『転生の女神』を名乗るメグルは身体に光を纏わせながら大きなため息をつく。


 物憂げな表情を見せる頭部が傾くと、その頭上を漂う『光の輪っか』もそれに合わせて傾いていた。


 いや……吾輩は、早く飯をよこせ、と言ったんだが。


 メグルは……宙に浮いた光の中からゆっくりと身体を出しながら、完全に『この世界』に出現した。


 そして膝を曲げ、目線を吾輩の高さに近付けながら、申し訳なさそうに言葉を続ける。


「と言っても……もはや私の言葉も解りませんか。


 うぅ……本当は転生者としてこの世界に転生、俺TUEEEEを実現するはずだったのに。


 それだけではなく、内政も軍略も(ひい)で、挙げ句の果てには料理までこなせる、近年の流行りをすべて網羅する最強のモテモテてんこ盛り転生者になるはずだったのに。


 私が転生前、神聖魔法『肉体再生』の詠唱中にくしゃみをしてしまって。


 DNAを九一パーセントまでしか再現できなくて……あなたを猫にしてしまいました。


 本当に申し訳ありません」


 悲しげに言うメグル……ああ、DNAの話は聞いたことがある。


 人間と猫は、DNAが約九〇パーセント一致しているらしい。


 ちなみに牛で六五パーセント、サルの類で九九パーセントだそうだ。


 ……あれ?


 吾輩、猫なのに何でそんなことを知っているんだ?


 ふとそんなことを思ったが……吾輩には、先にやらなければいけないことがあった。


「ひゃうっ!! え、遠藤さん……」


 不意にメグルが短い悲鳴を上げる。


 吾輩が、メグルの身体を駆け上がり、肩まで登頂したからだ。


 もちろん、胸の辺りの柔らかい大きな段差は踏み台にさせてもらった。


 一瞬、その滑らかな肌のせいでスリップし、深い谷の間に足が挟まってしまったが……爪を立てればいくらでもグリップは効く。


 がっ。


「きゃっ!!


 え、遠藤さん……………ひ、人に見せられないところから血が出たじゃないですか……」


 自らの豊かな胸元を覗き込みながら、少し恨めしそうに言うメグル。


 ……そんなもの、猫を相手に軽装で臨むのがいけない。


 猫は常に、人を傷つける生き物。


 猫の飼い主でさえ、その手は常に生傷が絶えないのだ。


 それだけではない。


 世に『脱いだら凄いんです』という言葉があるが……猫を飼っている人間が服を脱ぐと、その身体のどこかには必ず『何のプレイの跡か』というほどの生傷がいくつもあるはずである。


 それは当然である。


 猫から見れば、人間など『キャットツリー』か『自動給餌機』か『マッサージチェア』でしかないのだから。


 吾輩はメグルの肩の上、一〇秒ほど誇らしげに周囲を見渡してから、メグルの耳に鼻を近付ける。


 耳の穴をすんすん。 そしてその距離のまま耳元で「ねうー」。


 それは猫なら誰でも知っている、高確率で寝ている飼い主が目を覚ます裏ワザだ。


「ひゃあ! み、耳はやめて下さい!


 よ、弱いんですから……それに耳元で直接鳴くのはさすがにうるさいです……。


 あと……静かにしてください。


 ……他の『人間』に見つかったら、ヤバイじゃないですか……」


 まさに都会の公園によくいる餌やりオバサンのようなセリフを吐く転生の女神。


 だが……文句を言いながらも、されるがままのメグルだった。


「はいはい……お食事の催促ですよね。


 今日は遠藤さんの大好きなキャットフード『銀の軍曹(サージ)~カニカマ・シラスミックス~』にしました。


 いっぱい食べてくださいね」


 ちりりりりっ。


 メグルが何処からか取り出したのは……いかにも高級そうな皿にドライフード。


 いわゆる『カリカリ』を、メグルは鈴みたいな音を立てながら皿の上に開ける。


 それに吾輩は、餌やりオバサンと化した転生の女神の身体から飛び降りた。


 もちろん、後ろ足の爪を立てての、全力のジャンプだ。


「痛っ!! ……も、もう、遠藤さん……少しは手加減してください」


 だって猫なんだから仕方ないじゃないか。


 基本的に、各種動作のスイッチがONとOFFしかないのだから。


 吾輩はメグルの言葉に耳も貸さず、猛然とドライフード(カリカリ)を食する。


 まさに、猫様まっしぐら。


 うむ、やはり猫には猫用のフードが一番。


 人間用より薄味であるとはいえ、犬用と違って、猫用のフードには味がつけてあるのだ。


 それは……犬用と猫用を並べて置けば、犬だって猫用のフードに飛びつくほどに。


 一度メグルが間違って犬用のカリカリを持ってきた時は、その味のなさに辟易したものである。


 その時は一口食べただけで、ぷいと逃げてやったが。


 夜の静かな闇の中、吾輩がドライフード(カリカリ)をかみ砕く音が響いてゆく。


 メグルは吾輩の食事風景を眺めながら……本当に申し訳なさそうだった表情を微かにほころばせる。


「あの……あの……こんなことを言うのは大変申し訳ないのですが。


 少しだけ、なでなでさせてもらっても良いですか?」


 良いわけがあるか。


 飢えた野生生物の食事を邪魔するという事は、代わりに私を殺して食べてくださいという事に等しい。


 だから吾輩は、そろそろと伸びてきたメグルの手に『警告』の声をかける。


「うまいうまいうまいうー」


 咀嚼しながら唸り声を上げたため、うーという吾輩の声が奇妙な変形を見せる。


 ああ……ネット上の動画にこんなのよくあるな。


 だが……それが良くなかったらしい。


「ふふふふ。


 そんなにおいしいですか……喜んでもらえて良かったです。


 日本の神様に、無理を言って取り寄せてもらった甲斐がありました。


 じゃあ……ちょっとだけ、失礼しますね」


 勝手にそんなことを言いながら、吾輩の後頭部に手を伸ばすメグル。


 そのさまに……吾輩は実力を行使した。


 ガッ!!


「カーッ!!!!」


 口を三角形に大きく開けながら、メグルを睨む吾輩。


 ついでに、伸びてきた手に引っかき傷をつけてやった。


 視界の外から(・・・・・・)撫でようとするからだ。


 動物を撫でるときの鉄則、『最初に手を相手に見せてから』、というルールを知らない奴が動物に好かれるはずがない。


 諫早湾のムツゴロウさんに怒られろ。


「ひいい!!? やっぱり、恨んでるんですね!!?」


 慌てて手を引き、身を縮めて涙目になって叫ぶメグル。


 その姿を……吾輩は時折舌で口の周りをキレイにしながら、無言のまま眺める。


 数十秒の沈黙があった。


 その間も、吾輩はメグルを睨みつけていたし、メグルはすがるような視線で吾輩を見ていた。


 やがて……転生の女神は大きなため息をついた。


「うぅ……まだ仕事が残っているので帰ります。


 後輩女神、タマキとカエリの指導もしないといけないですし……」


 思い切り名残惜しそうにしながら……メグルは宙に掌を向ける。


 するとそこに……トンネルの入り口みたいな形をした光の門が現れ、周囲の闇を切り裂く。


 その眩しさに、吾輩はもう一度目を細める。


 吾輩のその表情にメグルは、ぱあああっと表情を明るくする。


「はぅぅ……やっぱり可愛い! 可愛いです、遠藤さ」


「しゃー!!!!」


「ひぃっ! 怒られた!! で、では……失礼します……」


 セリフを食い気味に怒られ、しょぼんとしながら光の門に消えて行くメグル。


 やがて門は消滅し、切り裂かれた闇も元の静寂を取り戻す。


 すると。


 吾輩の右の視界に………網膜投影された半透明のメッセージウィンドウがポップアップした。


 『転生者支援システム』が起動したのだった。


「『転生の女神は逃げ出した!!


 経験値は得られなかった……。


 お金は得られなかった……。


 新称号『女神に愛されし者』(幸運値上昇☆☆☆)を手に入れた!


 新称号『女神のオッパイを足蹴にする者』(獲得経験値上昇☆☆☆)を手に入れた!


 新称号『神を切り裂く者』(攻撃力上昇☆☆☆)を手に入れた!


 新スキル『神裂の爪』(相手防御完全無効)を手に入れた!


 新アイテム『無限給餌皿』(残り使用回数:---回)を手に入れた!』」


 ♪ててててーてーてー、以っ下略ー。


 日本語と呼ばれる文字が表示されたメッセージウィンドウとともに、不意に世界のどこかから、そんなBGMが聞こえてきた気がした。


「………」


 妙に覚えのあるフォーマットとそのBGMに、吾輩は思わず無言になっていた。


 その不可解な、どう考えたって理不尽で異常なその状況に……吾輩は気持ちを落ち着けるため、猫特有のざらざらとした舌で、全身の毛づくろいを始めるのであった。


 ……そう。


 ここは……『女神』などというものがいる世界。


 『スキル』や『魔法』などというものがあり、『転生者支援システム』とやらが『メッセージウィンドウ』などというものを網膜投影し表示させる世界。


 吾輩は猫である……しかしこの異世界の猫ではないらしい。

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