第5話:一心同体(不便なような、便利なような)
拗ねてしまった俺を慰めつついくつか実験をした。
まず食事だが、俺が食べても奴の腹は膨れなかったし、逆もまたしかりだ。
しかし、喉の渇きは微妙にだが改善された。
あと、アルコールなんかも共有できないようだ。
トイレも片方が行ったからといって、こっちの尿意が収まるという事も無かった。
「取りあえず仮説だが、食べたものや飲んだものは共有されなさそうだな」
「うーん、まず間違いないけど嫌な予感はする」
「どういう事ですか?」
俺のセリフに対して、向こうの俺が気になる事を言っている。
佐藤さんは分かっていないようだが、そこは俺……自分の考えてる事くらい分かるわ。
「これが、脂肪やエネルギーに変わったらという事だよな?」
「うん、お前が痩せて俺が痩せるって事は、完全に栄養や脂肪として体内に取り込まれた場合は共有する可能性がある」
そうなのだ。
結局は単純に胃の中に入ったものは俺の身体の一部としては認識されず、それが栄養として体に行きわたったら共有される可能性が割と高い。
という事は食事をせずとも、死ぬ心配はなさそうだ。
排泄物も同様に体の一部としては認識されていないから、こっちが食べたものや飲んだものはこっちが排泄しないといけないし、あっちもまた同じようだ。
「そうなると倍の速度で太る……って事は無いか」
「ああ、消費カロリーも2倍だからな。ただ、俺がダイエットしてもお前が普通にしてたら効果は半減って事だ」
「する気ねーだろ! いや、でもむしろ俺我慢しなくてもゆっくりで良いから痩せられるなら、お前ダイエットしてくんね?」
「フッ……俺も同じことを思っているに決まってるだろ」
当たり前だ!
誰がそんな貧乏くじを自ら望んで引く馬鹿がいるか。
というか、俺がそんな気の良い奴じゃないことくらい、お前も知ってるだろ。
「流石俺!ブレないわ!」
向こうの俺がそんな事を言っているが、それは俺に対して言っているのか? それともお前に対して言っているのか?
「店長さん達って、割と呑気ですね」
『一緒にしないでくれるかな?』
「同一人物ですよね?」
『いやいやいや……!……ほんまや!』
「はぁ……」
溜息吐かれましたよ。
ひとまとめにされたけど、概ね同一人物なので仕方が無い。
双子以上に考えてる事が近いから、鉄板の双子ネタである同時に返答もなんのそのだ。
だから少しは笑って欲しかったな。
次に俺が爪を切ってみると、向こうの俺の爪も短くなった。
そして、向こうの俺が髪をちょっと切ると俺の髪も短くなった。
おい! 数少ない貴重な髪の毛を無駄遣いすんな俺!
とはいえ、他に試せるもんが無かったから仕方ないな。
「でも、割と便利だな。だってさ、こっちの世界って絶対散髪屋さんとか無さそうだしさ」
「おお、俺が髪切ってる間、お前は自由に出来るとかズルくね?」
俺の言葉に、向こうの俺が何か言ってるが床屋愛用者の俺が顔剃りしてもらうの大好きなの知ってるだろ?
最近の床屋さんは眉毛カットと鼻毛カットまでしてくれるんだぜ?
鼻毛カットは、流石に鼻毛出てますよって言われてるみたいで鼻毛だけは自分で処理するようになったけどさ。
「俺が顔剃りされるの好きなの知ってるだろ?」
「知ってる、だってお前は俺だからな!」
『イエーイ!』
なんかカッコいいセリフっぽくて、ついハイファイブしちまったぜ。
完全に置いてけぼりな佐藤さんには、白い目で見られたが。
「羨ましい……私も、私と話してみたいな」
うん、こんな状況じゃなきゃ痛い発言だけど、状況が状況なだけに本当に羨んでいるのが分かる。
出来れば、彼女にももう一人の彼女と合わせてあげたいんだけど……たぶんめっちゃ警戒されてるよね?
そして、最後に……恐る恐る指先に針を刺してみる……俺は人差し指、俺は中指だ。
……うん、あっちの俺が中指ね。
その指のチョイスに、少し悪意を感じる。
「おお、これは……」
「どういう理屈か分からないが、なんというか……」
うん、傷っぽいのはお互いにできた。
出来たけど、俺の中指からは血が出ていないし、傷みも無い。
あっちの俺も同じようだ……
ふふ……
「こっちに向けて、いつまでも中指立てんなし!」
「ギャァーーーーー! 指がー! 指がー!」
すなわち、あっちの俺に攻撃をしても傷みまでは共有しないってことだな!
これは、良かった!
ガチャッ
「店長、ちょっと良いですか?」
俺同士でドン引きの佐藤さんを置き去りにしてはしゃいでいたら、バックヤードにジュンコちゃんが入って来た。
バタン……
「ヤベッ! お前ら早く出ろ!」
「おう、分かってる、佐藤さん早く!」
「きゃっ! ちょっと!」
俺は佐藤さんの背中を押して慌ててバックヤードから店内に戻る。
やべっ、つい勢いで触ちゃった!しばらくこの手は洗わないでおこう。
服の上からだから直接触ったわけじゃないことに考えが到り、すぐに自分の考えを改めたけどね。
「あの……大丈夫ですか?」
「分からん……思いっきり見られた。俺の健闘を祈るしかないわ」
というか新たな問題だな。
よくよく考えたらバックヤードってアルバイターも入って来るんだったわ。
ちょっと、これは対策を練らないといけないな。
ちょっと時間を空けて、俺に電話をしてみる。
「もすもす?」
「ああ、俺だ……大丈夫だったか?」
「フッ、俺を嘗めるなよ? 大丈夫だ……疲れてる? をごり押ししてなんとか引いてもらった」
お……おう。
普通の力技で丸め込んだか。
全然うまく行ってないって事は分かった。
誤魔化せたかもしれんけど。
「バックヤードのカメラの映像を見せてくれとまで言われて、マジ焦ったわ。取りあえずカメラ1基とハードディスク1台買い直し決定」
「おい!おい……」
それ全然無理だったて事じゃねーか!
多分めっちゃ疑われてるからな?
お前って、本当にこういう時ポンコツだよな?あっ、俺だったわ。
「まあいいや、取りあえずバックヤード通る時は先に連絡入れるわ」
「ああ、頼む。取りあえず業者呼んでパーテーションか何かで対応してもらうわ」
そう言って一旦電話を切る。
「大丈夫でしたか?」
「ああ、大丈夫大丈夫! 問題無いから! 本当に大丈夫だから! 心配しなくて良いから……あれ? 別にバレてもよくね?」
ふと思ったが、別に外で言いふらされても誰も信じないよね?
むしろ、協力者が多い方が今後が楽になるような気がしたけど。
まあ、いいか。
そこらへんはおいおい考えるとしよう。
ブーン……
なんてことを思っていたら、また蚊がやってきたらしい。
はあ……
「また来たよ」
「みたいですね」
2人で自動ドアの方に目をやると、巨大な蚊が飛んでいる。
「あっ、あの謎現象の検証もしないとね」
「謎現象? ああ、あの煙が出てた」
「そうそう、それそれ」
俺は再度、殺虫剤を手に自動ドアを少し開けて蚊に吹きかける。
『ギャアアアアアア!』
だから、なんで蚊が鳴くんだよ!
流石に二度目だからか、佐藤さんは不快そうな表情をしただけで特にこれといって反応は無かった。
というか、微妙に1匹目より遠くに飛ばされてる気はしないでもないが……
さらにいうと、身体の一部分が削れているというか。
殺虫剤の威力が……いや、最初よりも強く押したとかかな?
「あっ!」
「おっ!」
やっぱりすぐに体から湯気が出始める。
しまった、体重計に乗ってからやればよかった。
しばらくして、やっぱりズボンが脱げそうになったので一生懸命手で押さえる。
てか、ズボンの中で完全にパンツがずり落ちているのが分かる。
「やっぱり痩せるみたい……というか、ちょっと失礼」
俺は売り物のトランクスを手に取って、トイレへと駆けこむ。
自宅も考えたが、ちょっとこのタイミングでバックヤードに入るのは気が引けたからだ。
トイレから出てくると、早速佐藤さんが話しかけて来た。
うんうん、女性から話しかけられるとか貴重な体験が出来たわ。
必要事項ですけどね。
「ああ、やっぱり痩せたんですね」
「うん、ちょっとヤバい。ベルトはどこでも留められるタイプで良かったわ」
ベルトはリングが2つ付いてるタイプで、ベルト部分のどこでも固定が出来るからズボンの問題は特に無かった。
ただ、下着はね……もともとゴムにはかなり無理をさせていたしね。
「心なしか肌も綺麗になってますよ?」
「えっ? まあ、それはどうでも良いかも……いや、良くはないか」
そこまで考えてハッと気が付く。
そう言えば、あっちの俺……
慌てて自分に電話をする。
「お前……」
電話に出るなり、いきなり恨みの籠った低い声で呼びかけられる。
「な……もしかして?」
「まただよ! またジュンコちゃんの前で下半身露出だよ!」
ですよねー……
油断してるところで、いきなり痩せたらそうなるよね。
「流石に2回目は犯罪だよ!」
「怒ってた?」
「いや、それは大丈夫。むしろ俺の腹を見て驚いてたよ! 一気に凄く痩せましたねって……さっきと比べて……だって」
うん、最後のセリフが意味深過ぎるよ。
「それからね……知ってますか? ドッペルゲンガーに会うと生気を吸われてどんどんと枯れて痩せ細っていくんですよ? とも言われた」
「おまっ! 全然誤魔化せてねーじゃん! しかも俺ドッペルゲンガーとかって思われてんの?」
「うん……俺もそんな気がしてきた」
まあ、確かに俺にあってから激痩せしてるわけだから、そう考える事も出来るか。
でも痩せた理由はなんとなく検討が付くしね。
それに、やっぱりめっちゃ身体の調子が良い。
さっきもトイレに駆けっていくのに、かなり軽やかに動けた気がする。
そして、やっぱり力が漲っている。
もしかしてあの蚊って、ゲームとかに出てくるモンスターで倒すとレベルが……あるわけないか。
「でも身体の調子は良いだろ?」
「ああ、それは問題無いんだけどさ……ジュンコちゃんお腹見たあと下に視線移してさ……また、フッって笑われた」
ああ、自分から見に行くって事はそんなに気にしないタイプなのか。
それは不幸中の幸いだな。
むしろ、こんなキモデブハゲおっさんの股間に目がいくとか、逆に色々と心配な子のような気もしてきた。
ブクマ、評価、感想お待ちしておりますm(__)m