第4話:俺いじりはほどほどに
殺虫剤を掛けた瞬間に巨大な蚊が吹っ飛んでいって、地面に落ちたかと思うと2~3回痙攣して完全に動かなくなってしまった。
まあ、パニクって追撃を何発かお見舞いしたし、入り口から遠ざけるためにダメ押しもしたけど。
にしても、よ……よええええええ!
いや、日本の科学がすげええええええなのか?
「し……死んだんですかね?」
「いや……確認しにいかないよ?」
佐藤さんが不安そうにこっちを見てくるが、ここでちょっと見てくるなんて言ったら完全に死亡フラグだ。
映画だとこういう場合、実は瀕死ながら生きてて最後の一刺しで殺されたりする。
道ずれ展開の王道だな。
……
…………
………………
……………………
うん、完全に動かなくなったみたいだな。
自動ドアの隙間からジッと見ているが、動き出す気配は全くない。
まあ、それでも見に行く気は無いですけどね。
にしてもちょっと熱くなってきたな。
興奮しすぎたか?
まあいいや……
自動扉をしっかりと閉めて佐藤さんの方に向き直ると、彼女がこっちを指さして震えている。
えっ? もしかしてこのタイミングで生き返って、隙間から針でブスってパターンの方?
そう思って振り返るが、相変わらず遠くにデカい蚊が転がっているだけだ。
再度佐藤さんの方に向き直すが……どうも佐藤さんは俺を指さしているようだ。
まさか、残酷とか言わないよね?
「煙……出てますよ?」
んっ?
何を言っているのだろうと思って自分の身体を見ると、わずかながら湯気が出ている。
うん……冬場に激しい運動どかしたら出るやつとは明らかに量が違うよね?
「ナニコレ?」
「えっ? 大丈夫なんですか?」
佐藤さんがめっちゃ不安そうに見ているけど、全然問題無い。
というか、むしろ身体火照ってるけどちょっと心地よい程度の感覚だ。
やがて湯気は徐々に小さくなっていき、最後には消えてしまった。
「大丈夫……みたいだね」
「なら良いんですけど……ちょっと痩せました?」
ええ? そう言えば深夜からそんなに食べてないし、昨日よりは痩せてるかも?
「きゃあ!」
「うわっ!」
と思ったら、ズボンがズルっと落ちそうになって慌てて手で止める。
というか、パンツも落ちそうだったわ……あぶね。
危うく粗末なもんを見せて、めっちゃ軽蔑されるとこだったわ。
ズボンを思いきり上げてベルトをきつく締め直すが、ズボンとお腹の間隔的にウエストが5cmくらい落ちてる気がする。
「痩せたけど……なんで?」
「さ……さあ?」
まあ、佐藤さんに分かる訳ないか。
というよりむしろ意外と平気に思えてるけど、深層ではめっちゃ心痛してるとか?
ないないない。
俺的には美女とコンビニに2人っきりで、しかも普通に会話まで出来て人生の春到来中だからね。
しかし、身体が凄く軽くなった気がする。
体重的にというより、なんか全体的に力漲っているというか。
ドアノブをガチャガチャする音がする。
開ける気配はないけど。
これは、若干ホラーな展開だな。
そんな事を思っていたらバックヤードの扉がめっちゃノックされてる。
開けたらフラグが立つやつだな……
たぶん俺だけど。
バックヤードから、店内の扉を叩いたらこっちの扉の音が鳴るのか?
それともドアは両方の世界軸に、存在しているってことだろうか?
取りあえずたぶん俺が呼んでるんだろうけど。
「ごめん、なんか俺が呼んでるっぽい」
「え、あっはい」
「あっ、1人でここに居るの不安だろうから、一緒に行く?」
流石に今回のでちょっと心細くなったのだろう、静かに頷いて一緒にバックヤードに入っていく。
「ちょっ! なんか急に痩せてお客さんとジュンコちゃんの前で思いっきりズボンとパンツ落ちたんだけど!」
俺が何やら喚いている。
というか、お前は間に合わなかったのかよ!
あっ、ジュンコちゃんってのは近所の夜間学校に通う女子高生でバイトの子なんだけどさ、基本暗くて無口でお客さんにしか笑わない謎な子だ。
俺に笑顔が向けられた事は面接のときしかない。
「あっ? 俺も痩せたけど……俺が痩せたらお前も痩せるの?」
「俺が痩せたんなら、俺も痩せるだろ!」
「いや、意味がわからん……えっ? もしかして、身体って共有?」
またも新たな案件が出て来た。
もしそうだとしたら非常に不味い。
何が不味いって?
死ぬリスクが2倍って事だよ!
こっちの俺が死んだら、俺もあいつも死ぬ。
だが、もしあいつが車に轢かれたりして死んだら、俺も死ぬんだぜ?
うはっ、これシャレになんねー。
「オッケー……理解した。シャレになんねーな」
向こうの俺も合点がいったらしい。
「まあまだそうと決った訳じゃないからな……その辺りも要実験だな」
「だな……」
流石にこれは堪えたらしく、俺もいつもの軽い調子じゃない。
「えっ?」
と思ったら少し遅れて、後ろから女性の声がする。
「お前……それ」
「あっ! ごめん佐藤さん、忘れてた」
「なんで、この一瞬で忘れるんですか! というか、身体共有って本当ですか?」
「いや、それは分からないけど、そんな気がしてきた……」
「おい、俺を無視するな」
「ああ、佐藤さんこれ俺ね。っていうか虫の話だしてくんな! まあいいや、ってことは、佐藤さんがこっちで何かあったら、あっちの佐藤さんは意味も分からずに死んじゃうって事」
「おい! 紹介が雑!」
「そ……そういう事になりますし、逆もまたあるって事ですよね?」
「おい! 無視か!」
「虫とか言うなつってんだろ? そうそう、だから死亡リスクが倍々ドンって状態!」
「えぇ……」
消え入りそうな声で佐藤さんがあからさまに落ち着く。
「だから「うるせえな! いま大事な話してんだろ!」」
「すいません」
あっ!
俺怒鳴られるの超苦手だったんだったわ。
俺がめっちゃショボーンとしてる。
「あっ……すまん」
「いや……俺が悪かった」
やべ、自分のことながらちょっと可哀想だわ。
少しだけ相手してやるか。
「ところでそっちはどうだったんだ? 皆の前でその」
「うん……ジュンコちゃんにガン視されたあと……フッってめっちゃ鼻で笑われた……彼女が初めて俺に向けた笑顔が……これ」
ああ、それはご愁傷様。
寒いもんね……しょうがないよね……いつもよりアレになってもしかったないよね……
そしてどうでも良い。
いや、どうでも良くは無いが比較的どうでも良かったわ。
時間返せ馬鹿野郎!
「つーか、やっぱり突然痩せたのはアレが原因かな?」
「でしょうね……いや、でもそもそもなんであんな状態に?」
「もしかして……アレを殺したからか?」
「ちょっと?」
「ああ、いやでもそんな非現実的な事が起きるのでしょうか」
「うーん、今の状況がすでに非現実的だからな」
「あの……」
「ですね……せめて人が来てくれたら」
「……」
「ああ、でもあんなのがウロウロしてたら、他に人が居るって考えるのは絶望的かもね」
「……」
「かといって外に出る訳にも」
「お願い……会話に参加させて」
あえて俺が分からないように話し始めたら、佐藤さんもノリノリで付き合ってくれてて面白かったが……よくよく考えてたら疎外されてるのは俺な訳で……
リアルに自分に置き換えやすい分めっちゃ凹んだ。
俺いじりは諸刃の剣だって事を再認識したわ。