第2話:俺との遭遇…早すぎませんか?
取りあえず実験の為にバックヤードにと向かう。
なんの実験かというと、カメラの映像はこっちの店内なのか、あっちの店内なのかというところだ。
「じゃあ、今からバックヤードに入るからな?」
「ああ」
ガチャ
「えっ?」
「はっ?」
部屋に入ると、そこには剥げたデブッチョなおっさんがモニターの前に座って居た……俺だ。
一度バックヤードから外に出る。
佐藤さんが不思議そうな表情でこっちを見ている。
「あ……あの、驚かないで聞いて欲しいんだけどさ? そこに俺が居たんだけど?」
「えっ?」
俺の言葉に、さらに佐藤さんの不安げな表情が曇る。
いや、分からないかもしれないけど事実だからね。
もう一度、意を決してバックヤードに入る。
「……よお」
「よお!」
今度はちゃんと立って俺を出迎えてくれる俺。
うん、何を言っているか分からないだろが状態だ。
「良く来たなブラザー」
「ああ、会いたかったよ」
即行で会えたけどね。
両手を広げてハグしてくる俺……俺だな。
っていうか受け入れるの早くね?
もっと驚くとかさ? 色々と反応あっただろ?
ああ、こいつは日常の俺だからこっちの俺よりも余裕があるんだろうな。
ちょっと俺俺言ってて、何言ってるか分かんなくなってきたわ。
「でさ……お前がこっから出ていくとき身体が消えていったんだけどさ?」
「えっ? そうなの?」
どういう事だろう?
うん、若干の期待があっただけに理解したくないが。
「ちょっと今度はお前が出てみ?」
「ああ、任せろ」
そういって俺がバックヤードから出ていく。
おう……扉を境に段々と身体が消えていく。
うん、どういう訳かここだけが繋がってるって事か。
それで、電話の事とかなんとなく色々な事が理解出来てきたわ。
「オッケー、色々と解決したわ」
「そうだな……もう、お前が俺って事も疑いようはないし、お前は違う世界の俺なんだな」
パラレルワールドってやつだろうな。
そして、違う時間軸の俺同士がなぜか接点が持てるパラドックスが、このバックヤードって事か。
でもさ? これで色々な問題は解決したわ。
食料問題しかり、物資の件しかり。
「これで俺が飢える事は無くなった」
「俺が飯を提供すればな」
そう言って嫌な表情で笑う俺。
うん、そういやこいつ割とろくでなしだったな。
「取りあえず、そこのビューティーガールを、このスマホでしっかりと動画に撮って俺に持ってきてくれ」
「オッケー! 俺はお前、分かる?」
多分分かってて言ってるとは思うが。
俺の質問に対して、目の前の俺が神妙に頷く。
そして、ニヤリと笑う。
「お前……それ、出来るのか?」
「フッ……無理だな」
おう、お前が無理な事は俺も無理だからな?
俺はお前だからな?
「ちなみにお前が卒業したら、俺も卒業って事で良いかな?」
「誰と?」
「そこの彼女と!」
「俺が?」
「無理だな……」
おいっ! おいっ……
まあ、これ以上の理解者はこの世界には居ないけどさ……って、こっちの世界には知り合いは誰も居ないんですけどねHAHAHA!
「あのな? フリが自虐的すぎないか?」
「ああ、俺も心に傷を負っている最中だ」
やめろや!
こいつも俺だが、イラッとするわ。
「じゃあさ、店の中のもんはどうなんだろうな?」
「ああ、ちょっと試してみるか」
2人でテレビ電話を繋いで、店内に移動する。
例えば商品の棚から一個サンドイッチを取ってみる。
「ああ、こっちは変わらないな」
「ということは、やっぱり繋がっているのはバックヤードだけか……って事は、こっちはお客さんが来ないから自己消化しないと、商品殆ど廃棄になるって事…いや、バックヤードに運んでそっちで捌けば良いか」
「! って事は!」
「お前の考えてる事は分かる……レジのお金をそっちに持っていけばって事だろ?」
「ああ、そしたら無限にお金が」
「いや、一回持ってたらこっちのお金は無くなるからね?」
そう甘くはない。
といってもレジのお金をそっちに持っていくわけだから、それはそのまま俺のお小遣いになるわけで……いや、こっちの生活に必要な物を買うのに使って貰わないとな。
ああ、お札とか同じ番号のお札が2枚になるわけだけど大丈夫だよね?
まあ、同じお店で使う訳じゃないしね。
「まあ、そんなに甘くは無いって事だな。でも、そのレジのお金がマルっと俺の小遣い」
「にならねーよ? こっちは、ちょっと状況が分からないから多少は物資の購入に充てて貰わないと困るぜ?」
「チッ……つっても、それもそうだよな」
口ではあんな態度だからアレだが、こいつは人が困るような事はしないタイプだから大丈夫だろう。
「次に……あまりやりたくは無いが今後の為に必要な実験だ」
「あ……ああ」
そう、同時にバックヤードに入ったらどうなるかという問題だ。
もしかしたら合成人間が出来上がるなんて、ホラー映画展開もありえるが。
たぶんバックヤードから出たら分離出来るだろうから、かちあった瞬間に戻ればいいが。
でももしかしたら、何かの間違いでその状態だと出れないって事になると困るな。
という事で取りあえず指先から試してみる。
最悪引っ付いたところで切り取れるだろうという判断だったが……
「あれっ?」
電話の向こうからそんな声が聞こえてくる。
「あっ、ダメだこれ! 入れん」
どうやら俺の方が少し先に入ったからか、向こうの俺は部屋に壁があるみたいに入れなくなったらしい。
「そうなのか? じゃあ、お前から入ってみ」
「オッケー」
俺が手を引っこ抜くと、今度は俺が入っていく。
うん……あっちの俺ね。
そして、奴の手が入った所で俺も入ろうとしたら、まるで壁があるみたいにそこから進めない。
なんていうんだろう…感覚的に磁石の同極同士を近づけているような弾かれ方だ。
力を込めても入り口に近付いて行くほど、弾く力も増えていく。
これはある意味で助かったな。
一番良い状態だ。
ただ、完全に同時に入ったらどうなるかが怖いが……
「問題は大ありだが、特に生活をしていく上での問題は無さそうだな」
「そうだな……ヒュージョンならずだな」
「おいおい、100年近く昔のネタ持ってくんなよ」
漫画全盛期と呼ばれた時代の、とある格闘漫画でそんな技があった……
というか、ずっと再放送されまくってるからな。
今の時代でも割と、当時の漫画のネタは通用したりする。
一旦バックヤードから出ると、ボーっとこっちを見ている佐藤さんに手招きをする。
佐藤さんが自分を指さしているが、今のところこの世界には俺と貴女しか居ないのですが?
「ああ……あのお客さんも出来ればバックヤードに来て欲しいんですが」
「えっ? いや、そんな所に連れ込んで何をするつもりですか?」
「実験するつもりですが? いや、この中はどうも元の世界と繋がってるみたいなんで、中を確認して欲しかったんですけど?」
俺の言葉に佐藤さんが悩むそぶりを見せる。
それから、首を横に振る。
「まだ、ちょっと話した事も余り無い人と密室に入るのは……」
「大丈夫ですよ。あっちには俺が居ますから」
「貴方が2人居たら、危険も2倍なんじゃ」
失礼だなこのアマ!
マジで手籠めにしてやろうか! 無理だけど……
そもそも、俺新品だし……
最初は大事にしたいからね……
いや、おっさんの性事情はどうでもいいか。
「あっ、佐藤さん無理だって! 俺2人とかありえないわーって言ってる」
「えっ? そちらの女性の方は佐藤さんっていうの? ソースウィートで彼女にぴったりな名前ですねって伝えて?」
「いや、俺もお前だから……それ言ったらとんだ自爆だわ」
目の前のアホがなんかほざいているけど、俺ってこんなんだったけ?
まあいいや、とか思ってたら俺が何かに気付いたらしい。
「ていうか彼女さ、ありえないわーとか言うタイプの子なの?」
厳密には言葉は違うが、わざわざ訂正することも無かろう。
次にそっちの世界に佐藤さんが来たときの、俺の行動も楽しみだしな。
敢えて黙っておこう。
取りあえず、これでかなりの安全マージンは確保できた。
最悪、コンビニで一生を送る事になっても俺は構わない……いや、彼女にとっては最悪だなこれ。
まあ、俺としても結構ハードル高い同棲になってしまったわ。
―――――――――
AM4:00
この時間くらいから徐々にお客さんが増え始めるので、あっちの俺は仕事に戻って行った。
といっても、こっちの世界は誰も来る事はないでしょうけどね。
という事で佐藤さんと、色々と取り決めを行っていく事にした。
「まずは、僕は森居と言います。森居で結構です」
「あっ私は佐藤です、呼び方は店長さんで言いですか?」
なんでや!
今名前言ったばっかりじゃん?
そうかそうか……俺の事を名前で呼びたくないと。
というか、距離を縮めたくないって事ですね。
「じゃあ、私もお客さんとお呼びします」
「あっ、佐藤で結構ですよ?」
あっ、それは良いんだ。
ちょっと良く分からない娘だな。
「取りあえず周りに何があるか分からないので、周囲のシャッターを閉めようと思います。全部完全に閉めると不安だと思うので自動ドアは切りますが、そこだけシャッターを開けておきますので手で開けられます……ちなみに、一応言っておきますがレジからリモコンでロックが掛けられます」
「む……無駄にハイスペックですね?もしかして逃げようとしたらガチャリとか?」
「いえ、外の状況が良く分からないので自動ドアの鍵はもう閉めようかと……ですので持ち運び用のリモコンは佐藤さんに渡しておきます……これで自分はレジの外から操作が出来なくなるのでレジから出て貴方を捕まえるより、佐藤さんが解除する方が速いはずなので安心してください……自分で言ってて悲しくなりました」
取りあえずリモコンで自動ドア以外のシャッターを閉めると、自動ドアにロックを掛ける。
「一応防弾強化完全密閉ガラスなので、シャッター程ではありませんがトラックが突っ込んできても罅が入るかもくらいですのでご安心を……何が居るか分かりませんからね」
「本当に無駄にハイスペックですね」
「ええ、親が過保護なもので、シャッターに関しては大陸間弾道ミサイルが飛んで来ても大丈夫なように、シェルター級に頑丈に作ってあります。まあそんな事はまずないと思ってましたが、今となっては感謝してます」
「この建物の建設費を貴方の生活費に充てれば、一生普通に暮らせたのでは?」
「働かざるもの、食うべからずと言われました」
「うん……働かなくても食べられるなら、食べても良いと思うんですけどね」
普通はそういうものなのだろうな。
まあ、甘やかすだけの親じゃないって事だ。
いや、甘やかす方向性が違うってだけで、だだ甘だけど。
「次にバックヤードの裏にある扉から自宅スペースに入れるようになってます。ちなみにそこも、現実世界とは違ったようで、もう1人の俺は来れませんので実質俺1人です」
「あまり、慰めになってませんけど少し安心です」
うん、分かるけどさあ……
もうちょっと信用してくれないと、流石に泣くよ?
ちなみに自宅側にもモニタールームがあって、店内の様子を見られるようになっている。
基本俺がレジの対角線上の角に移動したら、佐藤さんが自宅スペースに移動してお風呂や仮眠を取ることにしている。
ちなみに、向こうからフック付きのドアロックをされると、こっちからは絶対に開ける事は出来ない仕様になっているので、もし彼女にあっちに立て込まれたら俺は一生店内で過ごすことになる。
ちなみに店内の商品は佐藤さんに販売してもそのお金の使い道が無いので、一応彼女が今持っているお金を全て貰う代わりに商品を自由に使って良いという事になった。
ちなみに貰ったお金は向こうの俺に救援物資を買うのに使わせるから、ここに無いもので欲しいもののリクエストがあれば聞きますよとも伝えてある。
また、その後彼女の友達から電話が掛かって来る事はなく、彼女本人の携帯はお店の電話も着信拒否にされてしまったため、あっちの彼女とは連絡が取れなくなってしまった。
その後彼女がお風呂に入ると言って居住スペースに移動したため、俺は店内で暫く本を読んだり携帯ゲームをして過ごしていたのだが……なげー……
女の風呂って本当になげーんだな……もう5時間だぜ? ってんな訳あるか!
流石に長すぎだろ!
とちょっと不安になって来た時ようやく彼女が出て来た。
スッピンの彼女は、あどけなさが残る感じでちょっと幼く見えたけど、これはこれでありだな。
「すいませんお待たせして。お先でした! 思ったよりもお家が綺麗で、驚きました」
彼女がそう言って頬を上気させた表情で頭を下げてくる。
うん……良い! 凄く良い! けど、俺はおっさんだから彼女と二人きっりで一生を終えたとしても、何もなく終わるのだろう。
その前に、彼女がノイローゼにならないことを祈るばかりだ。
取りあえず、あっちの俺に連絡を入れる。
ん? ちょっと失礼な発言があった気が。
家探しとかされた?
まあ、良いか。
盗られたところで、彼女ととりあえずしばらくは一緒に行動することになるだろうし。
「あっ、彼女風呂から出て来たからバックヤード解禁で」
「なげーわ!」
「長いけど、どうせもう仕事上がってんだから出かけてんだろ?」
「分かる?」
「分かるわ! 俺の行動パターンくらい」
取りあえず、彼女が出入りするときは俺にはバックヤードに入るなと言ってある。
基本的にはもやもやしながらも、入る度胸が無い事は分かっているので信用はしている。
こいつのせいで、彼女の信用を失ったらマジでこの先どうなる事やらだからな。
そして居住区へと移動する……
えっ?
台所がメッチャ綺麗になってるし……
いや、元々使って無かったけど、きちんと整理整頓されているというか。
掃除自体はこまめにしてたから、男の一人暮らしにしてはそこまで悲惨な状況ではなかったけど。
掃除するのは親が契約した、ハウスキーパーの業者さんだけどね。
うん……結構調味料とか綺麗に並べ替えてあるし、掃除機だけじゃなくてモップがけもしてくれたんじゃないかな?
しかも服がたぶん乾燥機を使ったんだろうけど、下着まで全て綺麗に畳んでリビングの一角にある畳スペースに置いてあった。
そして、机の上には鍋が置いてあった。
ああ、そう言えば野菜と鍋の元持っててたわ。
それに、肉の代わりにチャーシューとかウィンナーが入ってるのが微妙かと思ったけど、つまみ食いしたら普通に旨かった。
ご飯も炊いてあったし、机にほうれん草のお浸しの入った小鉢を文鎮替わりに『色々とご迷惑をお掛けすることになりますので、夕飯だけでも作らせてもらいます』とメモ書きも置いてあった。
うう……幸せや……
取りあえず、凄い勢いで料理を掻き込みつつ幸せを嚙みしめた。
それから、お風呂に入る。
お風呂もメッチャ綺麗に掃除してあるし。
そりゃ5時間掛かるわな……というか、5時間でよくここまで出来たな。
お湯も張ってあった……
俺の生活臭が嫌で、ここまで必死に……とは考えないようにしよう。
3ヶ月サイクルの完全清掃の前の週だから、普通の掃除じゃ行き届かないところの汚れの蓄積はあったし。
1人の時は基本シャワーしか浴びてなかったから、久しぶりのお風呂に嬉しさを覚える。
さっきまで、ここに彼女が入ってたのか……思わず入る前に湯船のをお湯を飲んでみたくなったが、流石にそれは不誠実過ぎると思いとどまった。
これからいつまでか分からないが、2人で過ごすにあたって突っ込まれても自信をもって白だと答えられる状況にだけはしとかないと。
次話はモンスター&レベルアップ回です。