第1話:状況を確認しよう
「えっと……あの……聞いてましたよね?」
「えっ……ええ。というか、何の悪ふざけですか?」
めっちゃ疑われてる。
凄く猜疑心の籠った視線でこっちを見つめつつ、コートの前をしっかりと両手で押さえ始めた。
いやいやいや、悪戯でどうこう出来るレベルじゃないよね?
もし、彼女が店に入って出るまでの間に周囲を壁で覆って、プロジェクターで森を映すにしても音も鳴らさずに出来る事じゃないじゃん。
若干失礼だなと思いつつも、実際こんな若くて綺麗な娘がコンビニで油ギッシュデブっちょハゲおっさんと二人きりとか、確かに身の危険を感じるわな。
言ってて悲しくなった。
せめてこれがイケてるおっさんなら、まだ違う展開もあったんだろうけどね。
「いやいやいや、すいません自分も訳が分からないんですよ。取りあえず、警察の方が来られたらしいんですけどね」
「誰も来て無いじゃないですか」
すっげー疑われてる。
というか、なんの目的でそんな大掛かりな悪戯をすると思われてるんだろう?
はい、身体目的ですね……って、こんなんに掛ける費用があるならもっとマシな方法取るわ!
「じゃあ、ご自身の電話で警察に掛けてみてください。生活安全課の吉岡さんって方が担当してくださってますので」
僕の言葉に彼女が携帯を鞄から取り出した。
素直だなおい!
そして、少し話をしながらメモを取るとすぐに電話を切る。
「直接所轄に掛けてくれって言われたので、もうちょっと待ってください」
彼女はそんな事を言うと、今度はメモを見ながら電話を掛け始めた。
そんなに信用無いですか俺?
いくら状況的にしょうが無いとはいえ、おいちゃんちょっと傷付いちゃったよ?
「はい……はい、すいません……はい、いやあの……いえ、すいません……はい……申し訳ありませんでした」
彼女は会話の途中から段々と元気が無くなっていき、最後には掠れるような声で泣きそうになりながら謝っていた。
「すいません……物凄く怒られました。貴方の仲間だと思われたようで、あっそれはもう良いんですけど、ここはどこでしょうか?」
知らねーよ!
取りあえず、ええっと……どうしよう。
まずは、彼女を安心させるところから始めないと。
「えっと、全く状況が分からないんですけど、どうやらお店があっちにもあるみたいなんで、僕はお店に電話してみます。もし、僕の事が信用出来なかったら、食べ物を好きなだけ持ってバックヤードに閉じこもって、鍵でも掛けてください。モニターもあるんで僕の位置も分かるでしょうし」
言ってて悲しくなったけどね。
でもまあ、缶詰やらドリンクを大量に持っていけば1ヶ月は余裕だろう。
一応、従業員用のトイレもそっちに作ってあるし、台所もあるしね。
「いや、取りあえずは信用します。私も友達に確認に来てもらいます」
そう言って彼女は友達に電話をし始める。
俺も取りあえず店に電話をする。
トゥルルルル、トゥルルルル、ガチャ
「はい、エイトマートです」
「あっ、えっと誰ですか?」
「えっ? エイトマートです」
うん、そうなるわな。
誰って言うのは、電話に出てる人の事だったんだけどね。
というか、そんぐらい察しろ……このポンコツめ。
どいつだ? 高田あたりか? ってあいつ今インフルエンザ(笑)だったわ。
「いや、えっと貴方は誰ですか?」
「あっ、はい店長の森居です」
「えっ?」
「はい、店長の森居です」
ガチャッ
思わず電話を切ってしまった。
だって、出たの俺だった。
嘘だろ?
じゃあ、ここに居る俺ってなんなんだ?
落ち着け……落ち着け……
「あの?」
「ん?」
一生懸命状況を理解しようと考えて居たら、女性から声を掛けられる。
「一応電話は普通に繋がりましたし、友達もお店と家両方に来てくれるみたいです。かなり色々言われましたが」
そう言ってしょんぼりしているのを見ると、ちょっと可哀想になってきた。
俺は可愛い子と2人っきりで嬉しいけど、彼女からしたキモいおっさんと2人っきりな訳で不安と恐怖しかないわな。
「ああ、ちょっともう一件掛けて貰いたいところがあるんだけど?」
俺がそう言うと、彼女が首を傾げる。
「家に電話とか引いてる?」
俺の言葉に、彼女が首を横に振る。
そうだよね……女子大生が家電話持ってる可能性なんてこのご時世殆ど無いか。
「じゃあ、このお店の電話から自分の携帯に掛けてみて」
俺がそう言ってお店の電話を渡すと、彼女が不思議そうにこっちを見ながら電話を掛けようとして……止まる。
「もしかして、リダイヤル機能を使って私の番号を盗むつもりじゃ?」
うぉーい!
いや、しっかりしてらっしゃって、親御さんも安心ですね。
こんな状況でも割と落ち着いているのかな?
でも、そうじゃない!
そうじゃないぞ!
疑われておじさん悲しいぞ!
「いや、なんならリダイヤル消していいからさ……ちょっと気になる事があって」
「気になるのは私の番号?」
「それは、もうええっちゅーの!」
「ふふっ、必死ですね」
それはどっちの意味で?
まあ、笑って貰えてよかったけどさ、とっとと掛けろや!
彼女は一瞬躊躇したが、覚悟を決めて自分の電話に連絡をする。
「えっ?」
そして彼女は驚きの表情を浮かべている。
「呼び出し音鳴ってるのに……」
彼女の手元にあるスマホは、全くバイブも着信音も聞こえてこない。
徐々に、彼女の身体が小刻みに震え始めると、その時……
「あっ、もしもし」
どうやら、相手が出たようだ。
「えっ? 私?」
「……」
「ちょっと待って、切らないで!」
「……」
「えっと佐藤カスミさんの携帯ですよね?」
「……」
「あの、驚かないで聞いて貰えますか?」
「……」
「私も……佐藤カスミです……というか、えっ? 本当に? あなた誰?」
「……」
「待って! 切らないで! 話を聞い「……」」
「あっ!」
どうやら切られたらしい。
うん、自分でも自分から電話が掛かってきたら悪戯だと思うよね?
「あの……どういうことですか?」
「うん……俺も店に電話したら、俺が出たんだよ……どういう事だろうね?」
俺の返事に対して、彼女が絶望的な表情を浮かべる。
というか、向こうから着信を受ける事は出来ないらしい。
という事はどういう事だろう?
こっちから発信は出来るけど、向こうから着信は出来ない。
試しにスマホから、自分に掛けてみる。
あっ……鳴った。
トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル………………
出ねーな。
もしかして……
俺は一旦電話を切ると、再度お店に掛けてみる。
「はいもしもし、エイトマートです」
「あっ、森居さんですか?」
「また貴方ですか? 忙しいんですから、悪戯なら切りますよ?」
「忙しい訳あるか! 俺だよ俺、お前だよ」
「誰だよ!」
うん、的確な突っ込み有難う。
でも、ついつい思った事を言ってしまったし、割と的を射た発現だったと思うんだけどな。
「いやすまん、落ち着いて聞いてくれ」
「落ち着くのは貴方ですよ?」
「う……うん、取りあえず敬語じゃなくていいや。自分に敬語使われるの気持ち悪いから」
「いや、私は貴方が気持ち悪いです」
こいつ失礼だな……俺か。
「いま、自分の携帯に自分の番号から着信あっただろ?」
「なっ? なんでそれを? もしかして、さっきのお前の悪戯か! 誰だよ! 清水か? 石田か?」
まあ、PC関係に強くてそういう手の込んだ悪戯が出来そうなメンバーって言ったら、俺の知り合いじゃこの2人くらいだもんな。
俺でも同じ反応をするだろう。
「いや、悪戯じゃないんだ。実は俺、あれ? これ説明が超難しい」
「うん、落ち着け……というか、悪戯なら切るぞ」
「いや、悪戯じゃない。取りあえず信じて貰えるにはどうしたら……そうだ、自分の部屋の机の2番目の引き出しに」
「オーケー、なんでお前がそれを知っているのか分からないが、警察に電話させてもらおう」
「ちょっと待てって、じゃあ、俺がお前だって信用できる質問してみろ、全て答えてやるから」
「えっ? マジで俺? じゃあ、俺が食べて来たご飯を3日分フルで言えるか?」
「言えるか! お前は俺なんだからな? 俺が覚えているのは3日前の朝がコーンマヨコッペ、昨日の昼がハンバーグ弁当、今日は朝がチキンサンドと、コーンマヨコッペで、昼が天丼とマーガリンサンド、夜がさっき出前でピザ、クアトロチーズLを1人で食ってたろ? そして覚えていないご飯は、お前も覚えてないだろ?」
「ば……馬鹿な! 本当に俺のなのか?」
「ああ、本当だって」
「っていう冗談はさておき、本当は誰だお前? いま客居ないから良いけどさ、そろそろ本当に切るぞ」
あかん……なんだってこいつはこんなに現実的なんだよ。
くそっ……
「じゃあ、あれだ脇に三角形の黒子があるだろ!」
「そんなん友達なら何人か知ってるし」
「じゃあ、中学校1年の4月29日、お前は友達を作る為に」
「オッケー、お前石田だな?」
「ちげーよ! じゃあ、中学校2年の8月11日、2限目と3限目の間」
「みなまで言うな……石田お前見てたのか?」
「石田から離れろ! じゃあ、4歳の頃近所のある家で……」
「おい黙れ! それ以上言うな……お前本当に俺なのか?」
「俺だって言ってんだろ!」
どうにか、半信半疑ながら信じてもらう事に成功した。
取りあえず、こっちの状況を掻い摘んで話をすることは出来た。
次はあれだな……
「じゃあ、テレビ通話で掛けるから、今度は取れよ」
「ああ、待ってるぜブラザー!」
我ながらノリが軽いな。
とはいえ、異世界に来たかもしれない俺と、何も変わらず悠々自適なサボりタイム突入中の俺とじゃ必死さが違うわな。
「なんか……貴方の方が話が通じて良いですね。電話の向こうの私……取りつく島もなくって。なんであんななのかな」
「いや、まあ僕は楽観的なところがありますからね。じゃなきゃこんな年まで独身で親のスネ齧ってたりなんかしませんよ」
彼女がちょっと落ち込んでいたので、自虐的に慰めてみるがあまり効果は無かったみたいだ。
「独身……」
彼女はそう言って、さらにコートのボタンを全て閉じて俺から距離を取る。
失礼だなあんた!
本当に2人っきりなら襲ってやろうか?
いや、そんな度胸無いけどさ。
「ヘイブラザー!」
テレビ電話が繋がると、陽気な俺が出た。
というかマジで俺だ。
試しといてなんだが、本気で凹むわ。
「お……おう、ブラザー……俺はそれどころじゃないんだが。お前がマジで俺で憂鬱倍々ドンだわ」
「俺も流石に引くわ……俺ってそんなに剥げてたっけ?」
「安心しろ、これがリアルだ」
まあ、このノリにちょっと救われる部分もある。
横で佐藤さんもちょっと笑ってくれてるし。
あっ、名前で呼んじゃったキャッ! って、心の中でだけどね。
ああ……俺も目の前の俺とあんま変わんねーわ。
やっぱ、あれ俺だわ。
「で、マジな話なんなのお前? ドッペルゲンガーって奴? なに俺、死ぬの?」
「いや、それは分かんねーよ。てかドッペルゲンガーとか良く覚えてんな。まあ、俺が覚えてるんだから当然か」
「状況を詳しく教えてくれ……それと、その横に見切れてるビューティガールはさっきケーキを持って帰った寂しそうな子ウサギちゃんかな?」
「おい! おい……お前さ? 変な事言うと、後でこっちでフォローする俺が大変なんだけど」
「ていうか、彼女普通に車で帰っていったよね?」
「えっ?」
というかやっぱりそのタイミングで何かがあったんだろうね。
電話の向こうの俺の言葉に、俺の後ろのちょっと離れたところに居た佐藤さんが声をあげる。
「ちなみに地震は?」
「うん? あったよ?」
やっぱりか……ということはあの地震が何か関係しているとしか考えられないな。
取りあえず、ノープランで電話を掛けてはみたものの、少しは建設的な内容の話もしないといけないよね。
「ああ、ごめん取りあえず俺がお前って事は理解して貰えた?」
「ああ、87%理解した」
えらい中途半端だが、ほぼ信用してもらえたって事でいいかな。
「そういえば、警察来なかった?」
「あれ、お前か! せっかくまったりと読書タイムに入ってたっていうのに」
「ああ、オッケーもういいよ。俺もめっちゃ警察に怒られたからさ」
「お……おおう、それは災難だったな」
それから、一応これからの事と色々と実験をしてみようという事で、一旦電話を切った。
質問や、実験内容をこっちで考えてから再度電話をするという事にしてある。
というか、どうしたもんだか……