第16話:あっちの俺も、こっちの俺も疲れている
色々と疲れた。
違うな。
現在進行形で、疲れている。
「覗いてないでしょうね?」
「ああ」
「ちゃんと見張ってるでしょうね?」
「ああ」
なんとも矛盾した、お嬢様のお言葉。
覗かれるのは嫌。
でも、見張っててほしいから側にいろ。
うん、振り返っても壁だからなんとも。
結局、お風呂を購入してもってくることになった。
まあ、購入したのは向こうの俺だが。
届くまでに1日。
設置に1日。
44度まで追い炊きできるタイプ。
ソーラーパネル搭載。
発電機も。
太陽熱も使える。
万能タイプ。
8万9800円。
向こうの俺が、ポーンと出してくれた。
「えらく、太っ腹だな」
「まあな」
「……」
ニヤニヤとした顔が腹立たしい。
俺だけど。
たぶん、いまの俺はしかめっ面をしているだろう。
「貸しがだいぶ溜まったな」
「気にするな、俺だろ? 自分のことだと思えば、なんてことないさ」
口調もちょっと余裕があって、ムカつく。
こいつ、何か隠してるな。
「その時計……」
いま気付いた。
こいつなんか、高級時計を腕に巻いてやがる。
数日前まで、カシアのGショッカーを付けてたはずなのに。
10年以上愛用している、なじみのある時計。
電池を変える時に、もうゴムが劣化して防水は100気圧ないですよ。
とかって、いわれたやつ。
「時計変えたんだ」
「ああ、社会人としてね。タグハイヤーってやつ。知ってる?」
「知らねーよ! 高い?」
「まあまあかな?」
嘘だな。
絶対に高級なやつだ。
ロラックスとかアルファくらいしか知らないし。
それもダイトナとか、スペードマスターってのが高くて人気ってくらいの浅い知識。
親父のおさがりで持ってるけど、ちょっと金属のベルトとか皮のベルトって。
グランセイカーとか日本の誇る時計メーカーだから、そっちも。
使ってないけど。
そうじゃない。
いまは、目の前の俺の腕に巻かれた金属のベルトの時計。
「最近、売り上げが絶好調でさ」
「へえ……」
そんなレベルじゃないはずだ。
「ごめん、なんかわけわかんないんだけど、俺が店にいるとやばいんだよね」
「ん?」
「レジとか一瞬で打ち終わるし、弁当とかレンジであっためるのも俺指名がやばくてさ」
「へぇ」
「俺がホットスナック類作ると、即完売。今じゃこっちも注文受けてから、作るレベル」
「ほぉ……」
心当たりがありすぎる。
どうやら、あっちの俺も何かを使ったときに結果が凄いことになっているのだろう。
レベルが上がったお陰か。
てことは、俺のお陰だな。
よし、遠慮する必要は無さそうだ。
「難点は、俺以外じゃダメってとこか……不規則12時間出勤……現在7連勤」
「ん?」
「レジをお客様がお金を投入して、そっちにお釣りが出るセミセルフレジに変えたからようやく少し楽になったけど」
あっ、表情が変わってる。
「いや、そこまでで「まあ、聞いてよ」
くっ、回り込まれた。
店長からは逃げられないってやつか?
それはバイトのセリフだろ!
「高田君や、ジュンコちゃんが弁当をレンジに入れて俺がスイッチ押すの」
「……」
「いま、俺の後ろにレンジが8個くらいあるんだ」
「……」
「レジを一瞬でさばいて、レンジのスイッチを押して、その合間にホットスナック作ってさ」
「……」
「カウンターから出るのはトイレと、暇な時だけ」
「……」
「疲労がやばくて、7時間は寝たいから実質自分の時間は5時間」
「……」
「ふふ、飯食ったり風呂入ったりで2時間は使うでしょ?」
「……」
「買い物ももっぱら、ネット」
「すまぬ」
「いや、まあお前に買い物頼まれたら、自分に言い訳できるからさ」
「そっか」
自分に理由をつけないと、お客さんが望む限りはレジに立つと。
無駄に意識が高いな。
「佐藤さんを雇うことが出来たら、少しは解決すると思うよ?」
「ん?」
「彼女も、レベル上がってるから」
「それだ! って、どうやって」
「彼女、やっぱり就職浪人だってさ」
「ほう?」
「正社員って言葉に、弱そうじゃない?」
「なるほど」
「スカウトしてみたら?」
「ふっふっふ……誰が?」
「お前が」
「いや、無理だろ! いきなり話しかけるとか」
あっ、そうか。
俺はだいぶ佐藤さんと距離感近づいてきたから簡単に声かけられるけど、よくよく考えたらハードルたけーな。
「分かった、こっちの佐藤さんに協力してもらって、お前の佐藤さんに対する免疫をあげてもらうことから始めよう」
「おお、持つべきものは自分だな」
「そうだな」
どうやら俺がレベル上がりすぎたせいで、店は大反響らしい。
らしいが、俺が店に居ないとお客様が不満そうらしい。
でもってバイトから、なるべく忙しい時間もそうじゃないときもレジにいてくれと。
椅子おいて、それ以外は待機でいいからと。
ジュンコちゃんが筆頭に、お願いという名の恫喝をまじえつつ。
どっちが、上司だと言いたいが。
俺がこいつの立場なら……あー、ずっとカウンターにいそう。
うん、少しだけ優しくしてやろう。
自分に、優しいってのは大事だよね?
おっと、回想がだいぶ脱線してしまった。
そのくらい、向こうの俺も疲れてるってことだが。
俺も疲れている。
「さあ、入っていらっしゃい」
「失礼します」
ジェニファーさんを始め4人の準備が整ったらしい。
といっても3人は風呂に入ったまま。
水着をつけたうえで、タオルを身体に巻いて。
ジェニファーさんは……
ビニールのエアベッドの上に寝そべっている。
うーん、背中にはバスタオルをしっかりと乗せているけど首から背中、お尻にかけてのラインははっきりと分かる。
なかなか鍛えこまれて……るのかな?
で、なぜ俺が呼ばれたかというと。
「かゆいところは無いですか?」
「はっ! やばい、寝るところでしたわ!」
髪を洗えと言われたからだ。
あー、こんなこと佐藤さんに言えない。
いま、俺は初めてあった女性の髪を洗っている。
佐藤さんに対して、罪悪感が。
彼女は、いまも一人家で俺を待っているはず。
そんなことは無いけど。
さっき戻ったら、ここぞとばかりに有料の放送サービスでドラマを見ていた。
彼女の家は、そういったサービスに加入してないらしくて民放と国営放送しか見られないらしい。
だからドラマとかも、一部レンタルで見てたとか。
うん、ワンクール借りるのを考えたら、余裕で月額使用料払えるからね?
その辺りの計算は出来ないというか、見ないかもしれないのに常にお金を払うのはとか言ってた。
入ったら、余裕で元取るくらいに見るんだろうけどね。
何が言いたいかというと。
「まだまだ見たいのはあるので、全然大丈夫ですよ」
だいぶ、うちに馴染んでいたと。
あー、それ韓国の一大スペクタクル歴史ドラマだよね?
1世紀近く前の。
チャングスの誓いとかって、薬剤師の話だっけ?
全54話。
軽く2日以上完徹しても足りない。
そうですね。
ゆっくり、楽しんでください。
合間で掃除とかもしてくれてるから、1週間以上は楽しめそうですね。
でも、寝不足は、美容の敵ですよ?
ああ、彼女が使用する美容品の効果も上がってる?
そうですか……
結論、別に俺が居なくてもわりと大丈夫そうだった。
知ってた。
いや、ちょっとは寂しいとか。
俺が居ないからじゃなくて、一人が寂しいとかないのかな?
あったら、独り暮らししながら就職活動なんかせずに、とっくに実家に帰ってた?
そうですね。
まあ、佐藤さんのことはじっくり攻略していくとして。
攻略できるのかな?
でも2人しかいないから、できればそうなってほしい。
2人きりじゃなくても、そうなってほしい対象ではあったけど。
「なんか片手間でやられてる感じですが、これは何時間でも「もう、流しますね」
何やら、怖いことを言い始めそうだったのでさっさとお湯で流した。
そんな彼女の様子を見てたからだろうか?
次に身分の高いお家柄の娘さんが、もうすでに横に立ってた。
あと3人か。
レベルが上がったお陰で、肉体的疲労は無いけどさ。
髪の毛洗うだけじゃ、なんかね。
かといって、身体を触ったら……
あとが色々と怖いので、無心で髪を洗い続けた。
うん、普通にみんな美人さんだった。
あの子達の髪の毛を、俺が洗ったのか。
ちょっと興奮……しないな。
なんか、作業って感じで手には感触すら残っていない。
疲れた。
コンビニに帰ろう。
回想ばっかりw
読んでるよ! とかでも良いので、一言感想があると嬉しいですm(__)m
ここまで、お読みいただきありがとうございますm(__)m





