第14話:お嬢様が興味津々
「これは美味しいですね……あなた、うちの料理人になりなさい」
「すでに働いているので断ります」
「王都でお店を開く予定はあるのか?」
「森から出るつもりは、しばらくありませんが?」
やけになってしまった。
最初は乾パンと水だけ渡して、放っておこうかと思ったが。
それじゃあれかなと、カロリーフレンドとミルクプロテインで……
ランスロット君が俺の出した料理が、いかに美味いかを語ってしまったせいで要求されてしまった。
いや、エドガーさんはまだいい。
彼は……
「そうか、良かったな。たまたま出会えたのが良い方で……そうか、一人だけそんな美味いものを食ってたのか。羨ましいな……俺たちは、食えるかどうかも分からない植物と、どうにか食べられる虫を……いや、やめておこう。言ってて惨めになるだけだ。そうか、そんなにうまいものが……そうか……そうか……そうか……」
と遠回しにこっちをチラチラと見て、要求する程度だから。
いや、最初はイラっとしたけどね。
突っぱねようと思えば、いくらでも突っぱれる。
だから、ジェニファーさんに比べたらよほどマシさ。
問題は、彼女の方だ。
「そこの庶民よ! 私にも、この下人に馳走した料理を用意せよ」
とかって、マジ何様な態度で要求されたからねぇ。
いや、貴族の子供って扶養家族ってだけで、特権階級であっても爵位が無いからそこまで偉くないんじゃ?
というか、まあ郷に入っては郷に従えか。
これが日本国内だったら、ふざけんなと……俺的には言えないが。
貴族上等だったろう。
国際問題怖いな。
黒いスーツの黒人さんとかに攫われたり。
日本でも、無難に接した方が良いか。
そうじゃない。
ここは相手の国だから、相手の地位を優先すべきだね。
でも俺、命の恩人!
しかも明らかに人種違うんだから、もうちょっとさ?
あるよね?
ない?
ないだろうね。
だって彼女ってさ……
親御さんの教育がよっぽど良かったのか、どう見ても純粋培養のお嬢様だもん。
見た目は……薄汚れてて。
まあ本来は綺麗なのだろうけど、髪もゴワゴワしてるし。
何より、臭そう……
そうじゃない。
変な目で見てたら、目が合ってしまった。
「いやらしい目で私を見るな、無礼者」
「いやらしい目?」
「そんな、心から疑問に思ってますみたいな表情をするな! 傷つくじゃないか! これでも綺麗にして、ドレスを着れば自信はあるんだぞ!」
自分の格好を見て流石に無理があると思ったのか、焦って言い訳しだしてた。
しかも本当に傷ついたというか、いまの自分が惨めだと自覚してしまったのか眉が垂れ下がって悲しそうな表情に。
俺の視線も無遠慮だった自覚があるから、若干罪悪感が。
本当に、ちょっとだけね。
「それに虫もう食べたくない。お腹下して、繁みで……いやぁぁぁぁぁ!」
食べ物絡みで、色々とトラウマもできてしまったらしい。
いやいや、騎士に所属しといてサバイバルあるあるに打ちのめされるとか。
この甘ちゃんが!
とは言えない。
こんな綺麗かもしれない貴族の娘さんが、トイレのない森で……いや、彼女の名誉のためにこれ以上は口にしないでおこう。
俺エモーン!
居心地が悪くなったので、急いでコンビニに帰って俺に救助を求める。
あっ、隊長さんが金貨を10枚くれたので換金してなんか買ってきてと、あっちの俺にお願いした。
「なんか、面白いことになってるな」
「面白くねーよ!」
「いや聞く分には面白いぞ? 分かるだろ? 立場を置き換えてみ」
「お前他人事だと思いやがって、俺はお前だぞ? もしお前が、俺の立場なら心配で……いや、きっと面白がるな」
「だろ?」
うん、こいつが面白がっているのが分かりすぎて悲しい。
それよりもだ、森でなんかご馳走したいからと俺にお願い。
「ふふ、うちの倉庫に何があるか忘れたか?」
「すまんな、先に活用させてもらうよ。お前は、使う機会が来るのかな?」
「言うな……泣けてくる」
さっきの意趣返しだ。
うちの倉庫にあるもの。
それは、アウトドアセットだ!
いつかアルバイトさんたちを庭に招待して、バーベキューでもできたらなと。
このお店が出来たときに、ワクワクして買ったものだ。
勿論そんなコミュニケーション能力を持ち合わせていない俺は、無謀にも若い女性アルバイトに最初に声を掛けるという暴挙に出てしまい。
そしてはっきり「嫌です!」と断られ心砕け散ったわけで。
それ以来、庭の倉庫に封印してしまった。
開封すらしていないバーベキューコンロや、テーブルセット。
一生使われないだろうという、不運に見舞われた優秀な道具たち。
それを、いま開放する時が来たのだ!
あっ、こんなことなら先に佐藤さんと一緒にバーベキューしとけばよかった。
と、佐藤さんを放置しすぎか?
半日も放置してないけど、2人きりだからこういった気遣いは必要だよね?
ランスロット君?
もういなくなる子だから、ノーカウントだよ?
最近じゃ、普通に会話もしてくれるようになったし。
「1セットじゃ足りないから、そっちのも持ってきて。どうせ使わんだろう」
「そうだけど、その言い方はあんまりじゃ……」
あっ、俺が傷ついている。
てか、資産が倍って割とやばいな。
箪笥預金とかしとけば良かった。
ヨッシーのとこに、全額預けてるし基本カードで支払いしてるから現金ってあんま置いてないんだよね。
カードは親名義の家族カー……なんでもない。
俺の稼いだ金は、小遣いを除いて全て貯蓄に回されているが。
小遣いも通帳に振り込みだし。
カードで殆ど支払いが終わるから、ほぼ手付かず。
よくよく考えると、ほんとに俺って屑かも。
「なにお前まで凹んでんだよ」
「いや、シンクロしちゃったか?」
俺が落ち込んだ理由は違うが、あっちの俺が心配してくれた。
良い奴だ。
俺だけど。
ってことは、俺も良い奴だな。
そりゃそうだ。
こうやって、見知らぬ人間に飯を振舞おうってんだから良い人だわ。
エドガーさんから預かった金貨は、一応俺に渡しておいた。
換金すれば、まあグラム4千円以上にはなるだろう。
金も産出量の減少に比例して、価値が上がってるし。
なんやかんやで、俺が肉やら野菜やら持ってきてくれた。
白銀のタレや、調味料と一緒に。
「金貨はどうだった?」
「結構な値段になったぞ!」
「嘘つけ!」
あまり良い値段では無かったぽい。
もしかして偽物?
自分のことだ。
嘘をついているのが分からないわけがない。
「よく分かったな」
「フッ!」
「まあ、俺だしな……自分に嘘はつけないか」
すまん。
自分で自分を見るまで気付かなかったが、俺はどうやらかなり嘘が下手なようだ。
まず目線を合わせなかったし、笑顔だけど口の端がひくついていた。
どう見ても嘘だと分かる表情。
わざとかと思いたいが、これがマジだと分かってしまったのが逆に辛い。
「まあ、文明度というか……金の純度が低くてね。しかも、見た目は新しいし、今までに見つかったどの硬貨とも一致しないからお土産用って言われたよ。1枚あたり、3000円だってさ」
そうか……
渡したのが金貨5枚だから……1万5千円か。
微妙過ぎる。
食料品を買うには、まあ問題ない金額だけどさ!
いや、全然足りないよね?
20人前買ってきてもらったから。
くっ!
これは、インゴッドか……金塊そのものを貰った方がよさそうだ。
まあそうやって手に入れた食料をバーベキューで振舞った結果が、冒頭の会話。
取り合えず自身、コンビニから離れてしまったら生活できない自覚はあるので断ったが。
「それよりも、貴方良い匂いね。香水?」
「えっ? そんなの使ってないけど? ボディソープの匂いかな? それとも、洗濯洗剤? いや、バーベキューのお肉の匂い?」
「ボディソープ? センタクセンザイ? それは何? 花の種類か何か? 焼いた肉の匂い移りなんてしてないわよ」
お腹いっぱいになって余裕が出てきたのか、お嬢様が俺の匂いを嗅いできた。
やめて、恥ずかしい!
って、そうじゃない。
つか、微妙にお嬢様やっぱり臭うな。
「えっとお風呂で身体を洗う洗剤か、服を洗った洗剤の匂いかな?」
「センザイというのか分からないですが、ちょっと待ちなさい」
そんな表情で詰め寄られたら、待ちたくない。
てか、近い。
臭いが。
綺麗だろう外人さんにめっちゃ密着されてるけど、色々と辛いものが。
いや、元は俺も体臭やばかったはず。
なのに、皆嫌な顔しなかった……いや、殆どの人が嫌な顔をしなかった。
一部を除いて。
……3割くらいの人を除いて。
結構な割合?
7割普通に接してくれたら、上等!
そうじゃない。
そんな過去を持ってるんだから、俺もここは平常心を……
「な……なにか?」
「お風呂があるの?」
「あー……あるけど、家には入れないよ?」
「むー……戻ったら、それなり以上の礼を用意してもよくってよ?」
おっと、お嬢様と俺の会話を盗み聞きしていた彼女の部下たちも、ちょっとずつ距離が近付いている。
これは、まずい。
けど、いざとなったら、逃げきれなくもないか。
とりあえずウェッティでデオドラントなボディペーパーを渡しても良いけど、ランスロット君で試した結果、俺や佐藤さんが使ったときほどの効果は出ないんだよね。
かといって、俺が拭くわけにもいかんし……
ポータブルなお風呂というか、簡易設置のお風呂ってネットにあったよな。
空気で膨らませるやつが。
目隠しにパーテーションもいるけど。
決してお安くないし。
持ち運べるかな?





