第13話:異世界人って……
「どうした? それでもお前は騎士か?」
「待ってください……はあ、はあ……」
迷彩服を身に纏ってポリカ―ネイトの盾と防刃ベスト、さらにはガスマスクとヘルメットまで装着して煙が上がっているところまで森を疾走。
ブーツを履いているのに、なんなく駈ける事が出来る。
それより、さっきから視界の端に映る見苦しい人物。
ヨタヨタとフォームなんかあったもんじゃないといった様子で、後ろから一生懸命ついてくるランスロットだ。
普通はお前が、前を走るべきだろう。
そう思いながらも、そんなに走るのが辛けりゃ鎧なんか着なければいいのにとも思ったり。
ところでだ。
何故外に出るのを渋っていて、ここに居る人たちに会うのも戸惑っていたはずの俺が本気で走っているのだろうか?
途中まではイヤイヤ、ランスロットの後を付いて手を引かれながら歩いていた。
だが……
「イヤアァァァァァァァァ!」
という、女性の悲鳴が聞こえてきたのだ。
おやおや、これはいけませんよと。
悲鳴があがるということは、これは無理矢理ということ。
従軍している医療班か、調理部隊……なんてのが居るのかは分からないが、そういった部隊に所属している女性が襲われているのでは無いかと。
まあ、そもそもこんな危険な……危険か?
蚊を退治するだけの、簡単なお仕事だけど。
そこに女性を連れてくることって、あるかな? と少し疑問に思ったりもした。
でも、声が聞こえたからにはね。
「ランスロット君。僕は先に行かせてもらうよ」
「えっ? あっ!」
そして、風とランスロットを置き去りにして、俺は森を駆け抜けた。
「イヤァァァ!」
「くそっ、こいつしつこいぞ!」
「うわっ、やりやがった!」
「無駄な抵抗を!」
「大人しく、やられてろ!」
1人の女性を寄ってたかって、数人掛かりでとか……
クソ共が!
声が聞こえる距離にまで近づいたが、それでもまだまだ遠い。
「やめろぉぉぉぉぉぉ!」
俺は怒りとともに地面を強く蹴って、跳躍し……思った程飛べずに集団のかなり手前に着地。
声は届いていたのか、数人の騎士がこっちを振り返った。
少し気まずいが、見られてはいない。
ギリセーフだな。
しかしまあ、へえ……全身フル装備で女性を襲うとか……
しかも武器まで持って。
あるのかな?
正直、この辺りでちょっとあれっと思わなかったことはない。
誰も鎧を脱いでいないことに、疑問をもったが。
直前まで、油断しない人たちなのだろう。
そういうことにしておこう。
もう一度地面を蹴って、今度こそ騎士達と女性の間に降り立つ。
「なんだ、貴様は!」
「だまれゲス共! 大丈夫ですか、お嬢……さ……ん?」
爽やかな笑みを浮かべて、あっ、ガスマスクしてた。
まあいいや、ゆっくりと振り返って……固まる。
「キャー―――――!」
ドスッという音がして、刺される。
いや、女性に刺されるとか、心当たりが無さすぎるというか。
俺の死因に、地球から太陽よりも遠いんじゃないかと思えるような体験。
「ぎゃああああああ!」
お前かよ!
振り返った先に居たのはお馴染みのでっかい蚊でした。
思わず悲鳴をあげて、素早い動きで腰のバックから殺虫剤を取り出してスプレーする。
「キャァァァァァァァ!」
ブシュッという音と悲鳴を残して、蒸発する巨大な蚊。
紛らわしい声、出してんじゃねーよ!
そして、辺りに広がる気まずい沈黙。
「だ……大丈夫ですか? 騎士の皆さん」
「ひいいいいいいい!」
「化物だああああああ!」
今度は、騎士の皆さんに悲鳴をあげられた。
ちょっ、やめて。
斬りかからないで。
ちょっ!
何度か胸を斬られたが、全く衝撃すら伝わってこない。
凄いな、最近の防刃ベストは。
切られなければどうということはない。
防刃仕様のグローブで、ガシッと剣をつか……ミシッという音がして剣が歪む。
「ばっ、化け物!」
「口の尖った化け物!」
「こいつが、ストロードラゴンの親玉か!」
口の尖った?
ああ、仮面のせいですか。
そうですよね。
私は到って温厚な人の良い男性代表みたいな、容姿してますもからね。
一度、薄くなった頭に開き直ってスキンヘッドにしたら、なぜかレジの前に誰も並ばなくなったことがあるけど。
うん、気まずくて並ばなかっただけだと思う。
道が歩きやすくなったのも、気遣いだと思う。
「待ってくださーい」
そこに遅れて到着する、ランスロット君。
ポンコツが!
「ああ、これは失礼しました。私は、たまたま通りがかった者です」
一応、ランスロット君が着くよりも先にガスマスクを外して、笑顔で微笑みかける。
「えっ? 人? あっ……ああ……」
俺が普通の人と分かったからか、剣を掴まれていた騎士の男性が膝から崩れ落ちる。
「皆さんは?」
「えっと、我々はゲイル王国騎士団青の竜魔物専属部隊第3小隊従軍補助隊だ。そして私はその補助隊の隊長であるエドガーという。その方は?」
ゲイル王国の騎士団の害虫駆除係の補助をする部隊の隊長ね。
ってことは、ランスロット君の上司ってことかな?
丁度よかった。
ここでこいつを回収してもらえそうだ。
「私はこの森に住んでるしがないものですよ。森居って言います」
「なるほど……ストロードラゴンの住む森に居を構えているのか? 怪しい奴だ。でもまあ、助けてもらったからなあ。なんとも言えんな……領民としての登録はしてあるのか?」
「エドガー隊長!」
そしてなにやら男性が重要なことを言ったぽいけど、空気を読まないポンコツが割って入ってくる。
ただ、ナイスタイミングとも言えなくはない。
「誰だお前」
ランスロット君はこの人のことを知っているみたいだ。
嬉しそうに声をあげていたけど、逆に隊長さんからは首を傾げられていた。
「うちの国の鎧を着ているが、何者だ?」
「えっと第6輜重部隊所属のランスロットです」
「そっ、そうか……よくぞ無事だったな」
ランスロット君の説明に対して隊長さんは少し考える素振りを見せた後、一瞬首を傾げそうになったのをぐっとこらえて彼の肩を叩いて再会を喜んでいた。
目が泳いでいるけど。
喜んでいるふりのようにも見える。
「それにしてもストロードラゴンを一撃で倒すとは。元はさぞや名のある魔導士の方だったのですか?」
さっきの質問は無かったことになったらしい。
領民どころか国民どころか、この世界の人でも無いからな。
そして怪しい奴呼ばわりしたかと思ったら、先の事を思い出したのか急に持ち上げ始めた。
なんか、この世界の人というかこの国の人というかどういったらいいのか分からないけど、どこか微妙な印象を受ける人が多いな。
俺もランスロット君を受け入れて店に入れた手前、どうこう言える立場でもないが。
調子がいいというか、距離の詰め方が……
もう少し警戒しても良いかと。
そもそも、着ているものからして違うわけで。
「その大変申し上げにくいことなのだが」
申し上げにくいことなら、無理に言わなくてもいい。
「いや、お礼なんて気にしなくていいですよ。状況が状況ですし、それでは私はこれで! ランスロット君もこれで帰ることができるね。良かったね」
「待ってもらいたい」
「いや、ちょっと店長!」
俺史上最高に良い胡散臭い笑みで、すっと立ち去ろうとしたら2人に肩を掴まれた。
ちょっ、おいっ! 離せ!
野郎どもに、俺は何も用はないぞ!
「はあ、そうなんですか……」
結局、がっつりと話を聞かされることになってしまった。
彼らが何を言いたいかというと、輜重隊が襲われて壊滅。
持てるだけの物資しかもっておらす、もっぱら食料等は現地調達。
それも上手いこといかず、かつかつの状況だと。
「で、どうしろと?」
「一度、貴方の住居を拠点に」
「断る!」
「いえ、家の中までお邪魔しようとは思ってません。ただ、周辺に野営地を用意させていただいてそこで部隊の立て直しを」
「断る!」
「そこを曲げて」
「断る!」
いや、これは受けられないでしょ?
ランスロット君の反応を見る限り、あれは見せちゃダメな気しかしない。
そもそも佐藤さんを、彼らの前に出すなんて出来るわけがない。
「部隊には女性もおりまして……まあ、色々と問題も生じ始めてますので、せめて彼女たちだけでも……」
いるのか……女性も。
あまり、期待はもてなさそうだけど。
肝っ玉お母さんとか、腕っぷしと気の強い筋肉自慢の肉食女子をイメージしてしまう。
「うーん」
「僕は……」
唸っていると、横からまたも空気を読まない声が聞こえてきた。
「あっ、ランスロット君は彼らについて帰るのは、決定だから」
「えぇ……」
てか、帰られるんだから帰れよ。
「難しいでしょうか?」
エドガーさんがチラリと視線を送った先には、薄汚れた鎧姿の女性が4人ほど。
思ったよりも普通の女性。
というか、少女……いや、女性か?
外人だから少し老けて見えるけど、高校生くらいに思えなくもない。
確かに、彼女たちに騎士達に囲まれた中での野営は厳しい……
あの女性たちもどちらかというと、がっつり騎士の格好してるよね?
てっきり調理とか衛生兵的な役割だと思ったけど。
なんで?
帰ってきた答えは、彼女たちは魔法が使える騎士とのこと。
戦力的にも立場的にも家柄的にも部隊内では上位に位置するというか……
「私はジェニファー・フォン・メルト。伯爵家の次女です」
「はぁ」
エドガーさんの交渉じゃ埒があかないと思ったのか、ひときわ立派な鎧を身に纏った女性が声を掛けてきた。
待ても出来ないのか。
すでに、良い印象がもてない。
「無礼な……」
「ジェニファー様!」
俺の視線が気に入らなかったのか、いきなり剣の柄に手を掛けたよこの娘。
怖いなー……人の命が軽いタイプの封建社会か。
エドガーさんが、慌てて止めていたけど。
伯爵の娘さんということで、立場は隊長さんよりも上らしい。
隊長さんってば、貧乏子爵家の三男さんらしい。
とはいえ、平民よりは金持ってるはず。
ん? 資産は多いけど、個人資産にあたる部分は少ない?
小さな商会にも劣る?
そっか……苦労してるんですね。
問題が生じ始めたというのは、ジェニファーを筆頭とした女性部隊がわがままを言い始めて、周りの男性陣が困っているとのこと。
曰く着替えたいとか、風呂に入りたいとか、美味いものが食べたいとか……
そいつは、面倒くさい。
てっきり強制禁欲状態の男性の中に女性がいることゆえの問題かと思ったが。
お嬢様の我儘に辟易としだしたと。
周りのストレスも限界に近く、誰か殺ってくんねーかなと思い始めてる者たちも出始めた。
犯ってじゃなく、殺っての辺りに苦労が伺えすぎる。
もはや、我慢比べ。
自分以外の誰かが手を汚すのを信じて、必死に耐えているとのこと。
「お願いしますよ!」
「私の頼みが聞けないってのか? 今なら、お友達から初めてやってもいいのだぞ? 便利だぞ? 伯爵の娘の友達という立場は」
そう言っても見てをしながら寄ってくる隊長。
強気な口調と表情ながらも、伺うように上目遣いで近づいてくる女性。
ダメだ、この人達かなり距離の詰め方がおかしい。
全然、俺のことを警戒していない。
泣き落としでいけるとか思われてる辺り、相手を騙すつもりで騙されるタイプに思えてきた。
あと、臭うからあまり近づかないで欲しい。
俺の表情で察したのか、2人が少し悲しそうな表情でさらに言いつのってくる。
「もう、ずっと着た切り雀で」
それ、日本の言い回しだよね?
「鎧を脱ぐのも恐ろしい。もはや、鎧で臭いを閉じ込めている状態……私、女の子なのに」
俺の危機管理意識が、警戒レベルを凄い勢いで落としているがほだされちゃだめだ。
全力で同情を誘ってきているのが、見え見えだけど。
嘘は言ってないのが、性質が悪い。
「じゃあ、物資をいくらか運んできましょう。勿論対価はいただきますが」
仕方なし、物的援助で手を打ってもらうことに。
部隊全員を集めてもらったが、補助部隊ながらも正式な騎士が5人。
従者的な雑用係が8人。
それと女性騎士が4人。
ついでにランスロットを引き取ってもらったら、18人か。
小隊規模ってところか。
従者的な雑用係は、全員男性なのね。
取り合えず来た方向は分かるけど、かなり怪しかったので木の上に登って。
登れるかな?
登れた。
そしてコンビニのありそうな場所を確認しつつ、本気で走る。
木々の向こうに見えた、看板の灯りっぽいものに向かって。
「あっ、店長!」
ランスロット君を置き去りにして。
「俺か?」
「俺だ!」
店に電話して森居店長を指名。
俺だけどね。
で、適当に必要なものを見繕ってもらう。
「店長さん?」
「あっ、佐藤さん人がいっぱい居たから、誰か来ても出ちゃだめだよ! すぐ戻ってくるから」
「あっ、はい」
店の中で所在なさげに不安そうな表情を浮かべていた佐藤さんに、簡単に状況を説明して森に戻る。
で、コードレスのベープを設置して店にトンボ帰り。
バックヤードで俺から頼んでいたものを受け取る。
「お前も大概お人よしだな」
「俺だからな」
「そうだな」
家族以上に理解力のある同士に良い笑顔で送り出される。
うーん……3往復くらいは必要かな。
最初は食料とテントか?
ケースから出して放り投げると展開できるテントや、木に結んで張るターフテントなどをもって森にダッシュ。
さらにすぐに店に戻って、チェーンソーや斧をもって森に。
「とりあえず、寝床はこれで良いですか?」
「えっ? はっ?」
「魔道具?」
俺が周囲の木を切ってテントをケースから出して放り投げると、人が5人くらい入れるテントが出来上がる。
それが計5つ。
てかチェーンソーの能力も爆上げか。
ぶっとい幹の木が、まるでケーキのようにサクッと斬れた。
切り株が邪魔だけど、それはおいおい考えるとして。
それよりも、いきなり目の前にテントが現れたことにエドガーさんとジェニファーさんが瞠目してた。
ちょっと気持ちいい。





