第11話:コンビニにあるものの効果を実験
「なんていうか……なんかだよ!」
俺は鏡の前で上半身裸になって、ポーズを決めながら溜息を吐くと思わず叫ぶ。
横でランスロット君がビクッとする。
本当に、こいつは騎士なのだろうか?
「店長様は、魔導職とは思えない体つきですね」
正直言って、これは俺の望んだものと違う。
大円筋が既に目の形をしている。
というか、広背筋も凄い事になってて鬼の顔とまではいかないが、牛の顔っぽくなってる。
正面は……
正直キモい。
というか、ヒッティングマッスルがナチュラルに鍛えられてる。
その筋肉どうやって?
と聞かれたら、こう答えるしかない。
殺虫剤で蚊を退治したらこうなりましたと。
本来なら多数の騎士で討伐に当たるストロードラゴン。
それを一人で倒した事で、強力な魔物……それも最たる存在のドラゴンの膨大な魂の力を全て自分一人で吸収したことで大幅なレベルアップが行われたとのこと(ランスロット談)
正直、コンビニの店長には不要なものだ。
いまも、スマホが鳴りやまない。
着信の番号は……自分。
これ、なんてホラー?
その時、ガチャっという音とともにバックヤードに佐藤さんが入って来た。
「おはようござ……います……」
身だしなみチェック用の鏡の前でポージングを決めている俺を見て、思わず固まってる。
「どなたですか?」
「ああ、こっちの金髪は新しく雇ったバイトでランスロット君」
俺の言葉に、佐藤さんが首を傾げる。
「じゃなくて、貴方です」
「えっ? 僕ですよ、僕!」
「?」
素でキョトンとされたのが、鏡越しに分かる。
取りあえず、ゆっくりと振り返ってニコっと笑いかける。
「ひっ!」
酷いな。
目が合った瞬間に、怯えられたけど?
「あっ、あの店長さん? こちらの天使のような方はどなたですか?」
ランスロットが佐藤さんを見て固まってる。
「この人は佐藤カスミさん、同居人……かな?」
「奥様でしたか」
「違います!」
そんな即答で否定しなくても。
まあ、間違って無いけど。
間違って無いけどね。
合ってるよ……
まあまあまあ、その辺りはおいておいて。
まずは……
「もしかして、店長さんですか?」
「はい、そうですよ? ちょっと、痩せたみたいで」
「ちょっと?」
劇的改造ビフォーアフターですね。
さあ、現状を詳しく説明しよう!
そう思った瞬間に、さらに自宅側の扉が開いてこちらを覗き込んでくる存在が。
俺だよ!
「居た……てめえ電話で……バタン!
この状況で、もう一人俺が来るといろいろと面倒くさそうだったので、扉を思いっきり閉める。
凄い勢いで扉を叩く音がするが、取りあえず思いっきり扉をぶん殴るとすぐに静かになった。
すまん俺。
強い相手に弱いというトラウマを利用した、俺流俺対処法だ。
自分の傷口に塩を塗り込む、自爆行為でもあるが。
それからランスロット君との出会いと、こっちの蚊とかを倒すと覚醒と呼ばれる現象が起こって肉体や魔力の強化が行われるという事を佐藤さんにも説明。
本来なら小隊規模で対処する魔物を一人でバッタバッタと倒した事で、大幅なレベルアップが行われ現状という事を説明。
「なるほど……じゃあ、私もあの蚊を殺虫剤でシュッとするとこの辺りが……」
そう言って、自分のお腹あたりをさする佐藤さん。
可愛い。
「いや、ストロードラゴンは本当に小さな災害と呼ばれるレベルの魔物で……」
「ちょっと、殺虫剤貸してください」
「はいっ!」
凄い形相で迫られたため、思わず殺虫剤を渡してしまう。
それから、バックヤードを抜けて入り口まで一気に駆け寄る佐藤さん。
幸い、ストロードラゴンは近くには居なかったようで、佐藤さんが鼻息荒く入り口を少し開けて外を睨み付けている。
この子、こんな子だったっけ?
いや、女性の美に対する飽くなき欲求をなめることなかれ。
殺虫剤をシュッとするだけで痩せられるなら、こうなるのも仕方が無い。
でも、腹筋が割れてる佐藤さんとかちょっとやだな。
「1匹だけなら、大丈夫でしょ?」
「1匹だけならね」
知ってる。
一匹狩ってお腹が少し痩せると、まだ太ってる気がするとかいって次を狩るんでしょ?
で、どんどんどん狩っていって取り返しが付かない事になると。
整形や、無理なダイエットを繰り返す女性に陥りがちな罠だ。
もう少し、もう少しの繰り返しと脅迫観念の組み合わせは恐ろしいものがある。
だから、佐藤さんが調子に乗る前に現実を教える方法も考えとかないと。
まあ、店内にも自宅にももってこいのものがいっぱいあるから良いけどね。
等身大のアイドルや女優のパネル的な?
販促グッズだよ?
個人的な趣味グッズじゃ……ないよ?
一部を除いて。
取りあえず、佐藤さんは放置してコンビニにあるものを色々と試してみる。
まずは、ちょっと眠気があるので眠気冷ましのドリンクを飲んでみる。
栄養剤も入ったものだ。
「やべー……漲ってきた」
眼がギンギンに冴えてしまった。
しかも、身体中から力が溢れ出るようだ。
これ、ドーピングのレベルだわ。
最近の栄養ドリンクって凄いんだね……
って、んなわけあるかい!
思わず、手に持った缶を地面に叩きつける。
メチャっていう音がして、まっ平になった缶が地面に張り付く。
「えっ?」
「はっ?」
ランスロット君もびっくりしてたけど、俺もびっくりだよ。
どんだけ、パワーアップしてんだ俺。
まあ、色々なものがあるから一つずつ試していこうか。
まずは、洗顔シート……で、さっき頬っぺたを引っ張ったときにネトネトしたランスロット君の顔を拭く。
うん、真黒。
そして、輝かしい色白の肌がテカテカと照明を跳ね返しているランスロット君。
眩しい!
ちなみに、身体用でランスロット君自身に拭いてもらったけど、そこまでの効果は無かった。
流石に男の身体を拭くのはごめんだが、試しに俺が背中を拭いてやるとごっそり球みたいな垢が転がり落ちる。
うん……うん?
これって、俺が使った時限定なのか?
試しに佐藤さんに……後にしよう。
フーフー言いながら、血走った眼付きで外を眺める佐藤さんを見て声を掛けるのが躊躇われた訳じゃ無いよ?
「これは、凄いですね」
妙にスッキリしたランスロット君が、ニコニコと恵比須顔でこっちを見てる。
うん、無駄にイケメン度が上がってイラッとしたから、顔に靴墨でも塗ってやろうか?
俺が塗ったら、当分落ち無さそうな気がするし。
やらせぬきで、落ちない黒い染料に……
まだ、確定じゃないし色々と試すか。
手短なもの……
ライターか……
チャッカマンをランスロット君が使うと、普通の火が出ただけだった。
俺が使うと……
スプリンクラーが発動したとだけ言っておこう。
まあ、俺が使う雑巾の吸水力も半端なかったのが救いだ。
「えいっ!」
そして聞こえてくる、気合の入った可愛らしい声。
もしかして、蚊が来たのかな?
「えいっ! えいっ! えいっ!」
佐藤さんの方を見ると、でかい蚊に向かって思いっきり殺虫剤をかけまくってた。
一撃では倒せないみたいだが、見る見るうちに弱ってるのが分かる。
そして、10回目くらいでようやく蚊が地面に落ちてのたうち回る。
まだ、倒せてないみたいだ。
止めとばかりに、顔に向かってシューッと掛け続ける佐藤さん。
「やった」
小さく手を握って喜ぶ姿も可愛い。
そして、湯気を放つ佐藤さん。
湯上り佐藤さんみたいで、色っぽい。
「店長様、楽しそうですね」
「ああ、見てみあれ」
「えっ?」
一人ででかい蚊を倒した佐藤さんに、思わずランスロット君も固まってる。
そんなに厄介な蚊なのかね、あれは。
日本人からすれば、殺虫剤さえあればどうとでもなりそうだけど。
「うーん、思ったより痩せてない?」
ほら。
佐藤さんが、早速エンドレスダイエットに片足突っ込んでる。
「うわあ、凄い凄い! くびれが出来てる!」
ドンっと、ランスロットのお腹を肘でつつく。
合わせろという無言の意思伝達だ。
「うっ……」
そして、鈍い声をあげて泡を吐きながら蹲るランスロット君。
「あっ、店長さんも見てくれ……て? その人、なんかやばくないですか?」
「あれっ? ランスロット君? ランスロット君?」
取りあえず完全に意識がぶっとんだランスロット君を、バックヤードに寝かして湿布を取って来る。
打ち身って湿布で良かったっけ?
「貼っちゃ駄目なやつだと思いますよ?」
「もう遅いかも……」
まあ、なんとかなるだろう。
それにしてもランスロット君が身体を張って、佐藤さんの気を反らしてくれたお陰でエンドレスダイエットに陥らなくて済んだわ。
感謝感謝。
――――――
10分後、思い出したかのように俺に連絡する。
「てめー……まあ良い、といかバックヤードに外国人放置すんな! クミさんがイケメンがバックヤードに倒れてるって大はしゃぎで大変だったんだからな!」
クミさんというのは、うちのバイトの主婦のおばちゃんだ。
「あっ……すまん」
「取りあえず、クミさんは適当に誤魔化して出てもらって、外国人は店に放り込んどいたから」
カウンターに向かうと、レジの裏でランスロット君がお腹を押さえて呻いていた。
ああ……せめて自宅側に……
てか、あいつが放り投げたのに、こっち側にくるのか。
その世界の軸は越えられないのが改めて認識できて、少し凹む。
いや物資のやり取りはできるんだから、箱に入れて……
生きてたら無理か。
「なんで店に?」
「佐藤さんが自宅に居るかもしれないと思ったからだよ」
「意外と頭が回るじゃん! 俺の癖に」
「自分の意外とハイスペックな能力に、ようやく気付いたか!」
「知ってた! だって俺たち」
「「やれば、出来る子だから! イエーイ!」」
流石俺。
こういう時のコンビネーションはバッチリだ。
ちなみにやれば出来る子という評価だが。
途中から、やらないと出来ない子に変わって。
やっても出来ない子になって。
最終的にやれない子とまで言われた。
誰に?
親にだよ!
「で、やれば出来る俺は、なんで俺がこんなに焦って電話したかはもう気付いてるんだよな?」
「えへへ……、あっお客さ「来る訳無いし!」」
「ちょっと、大物倒しちゃってさ……」
「毛が増えるのは嬉しいけど、筋肉はこれ以上いらないんだけど?」
「あー……すまん……」
「まあ、そっちが大変なのは分かるが常識の範囲内にとどめてくれ」
「そうは言っても、こっちは……」
「非常識な世界だってんだろ?」
「正解!」
「「イエーイ!」」
以心伝心。
マッチョ二人で……
絵面が恐ろしくキモイという事だけは想像出来た。
けど、こういうとき馬鹿な俺で良かったと心底思える。
普通の神経してたら、もう一人の自分とか全力で関係断つ方向に進めるかノイローゼになるわ。
ノーテンキに育ててくれた、親の経済力に感謝だな。





