第9話:俺…TUEEE?
とりあえずその日は住居スペースに下がらせてもらって、ゆっくり休む事でどうにか落ち着けた。
というかさ……あいつマジなんなの?
いや、俺って事は分かったけどさ。
本当にドッペルゲンガーじゃないよね?
ジュンコちゃんのせいで、かなり不安なんだけど。
時間は……夕方の6時か。
そろそろ忙しくなってくる時間帯だな。
というか、微妙にまた痩せた気がするけど、本当に大丈夫だよねこれ。
取りあえず体重計に乗ってみる。
えっ?
体重計の目盛りが指しているのは92kg。
確か最後に量った時が132kgで……それから半年くらいかな?
その後も普通に食べてたから怖くて、体重計に乗れなかったんだよね。
体脂肪……18%?あれ?……20%以上落ちてる。
身長は一応180cmあるから(実際は178.9cmだけど)うんうん、結構理想的な体形にって! これじゃマッチョじゃねーか!
俺がなりたいのは痩せマッチョや!
こんなガチムキなんか目指してないし。
というか、元からダイエットすらしてなかったから、何も目指してないか。
鏡の前に上半身裸で立ってみる。
まだ若干の脂肪感はあるがお腹は6つに割れているし、力こぶも結構凄い事になっている。
じ……実は脂肪の下にこんな筋肉が隠されて……いるわけねーだろ!
運動なんて、店内を歩くくらいしかしてないし。
それも殆どレジに立って、あとはバックヤードで座ってるだけなのに。
はあ……どうなってんだこれ。
俺は額に手を置いて、深く溜息を吐く。
ジョリ……
ん?
なんか変な感触が……
ジョリジョリジョリ……
そのまま額から頭頂部に向けて手を滑らせる。
こ……これは!も……もしかして!
慌てて鏡に頭を近づけると、うっすらと毛のようなブツブツが生えている。
ま……まさか! か……髪の毛が……
おおおおおおおお! お帰りなさいマイヘアー!
俺は喜びの余り、その場で飛び回る……
ドコッ……
思いっきり天井に頭をぶつけてしまった。
えっ? はっ? と……跳び過ぎじゃね?
普通に背伸びして、手を伸ばしても50cm以上は空間のある天井に頭ぶつけるとか……
あれ? 少し天井が近くなってる気が。
それでも40cmは離れいる。
手で触るならともかく、頭をぶつけるって……
フフフ……もしかして、これが覚醒って奴か……
ついに俺も目覚めの時が来たって事だな!
ってのは取り合えず置いといて。
その辺の事は俺が拾った現地人から聞き出してくれるだろう。
今は、このスペックを存分に楽しまないとな。
取りあえずお店に出てみる。
「おはよう」
「オハッザッス」
ああ、今日は高田か……
コンビニ店員にはあるまじき金髪に眉剃り……にも拘わらず人懐っこい笑顔で、お客様からそんなにクレームが来ることは無いのだが。
一応、勤務中はピアスを外すか透明のにしろと言ったら、きちんと外してくれた。
というか、ちゃんと言う事は聞いてくれる。
なんとも扱いにくいヤンキーだ。
そのうえ……
「店長ちょっと、痩せました?」
この劇的変化に対して、ちょっと痩せたくらいで済ませてしまう程の適当ぶり。
良く俺だと分かったな。
「ああ、一応体形に気を遣いだしてね……あのままじゃ、不味いと思ってさ」
「ええ! 前の店長もコロコロして可愛かったのに。それでいて大きくて熊みたいで強そうって思ってたんすけどね。でも今の店長も嫌いじゃないっすよ! というか、意外と筋肉あったんすね! マジ漢って感じっす! かっけーす!」
さらにめっちゃ俺を持ち上げてくれる。
この子には、俺がどんなふうに映っていたのか。
大きくて、熊みたいって……まあ、確かにでかいけどさ。
というか、基本根は良い奴なんだけどね。
懐いてくれてるし。
「そ……そうかい? 有難うね」
「いやあ……あれ? もしかして髪の毛も生えて来てません? やっべ、店長何使ったんすか! 最新の育毛剤、毛根なくてもカミハエール使っても何も変化が無かった不毛の大地に、ついに芽が出たんすね! おめでとうござまっす!」
不毛の大地とか良く知ってるね。
というか、悪気は無いのは分かってるけど、結構失礼な事を言うねキミ。
「ああ……うん、食生活を改善したらついに……ね」
「うわぁ! それめっちゃ知りたいっす! 自分ブリーチあてまくってるんで、将来ゲーハー確定なんすよねぇ……」
そう思うなら止めたら良いのに……金髪。
まあ、いまさら彼が黒髪になっても違和感を感じるだけだろうけど。
「あっ、お客様」
「あっ、らっさっせー!」
はあ……何度言ってもいらっしゃいませが言えないんだよね……
いや、注意するとしばらくはいらっしゃいませって言うんだけど、ホットスナック作ったり、品出ししたり、もしくは次の日になるとすぐにらっさっせーになっちゃうんだ。
どんな脳みそしてるんだか。
「あっざっしったー。またのおこしお待ちしっしまっす!」
もう何言ってるか分かんねーよ!
つっても、常連さんもなれたもんで普通に出てってくれる。
まあ、俺が何度も直そうとしてるの見てくれてるしね。
「で、店長何食べたら髪の毛生えたんすか!」
「わ……わかめ?」
「えっ? あれって都市伝説じゃなかったんすね! まじわかめパネーっすわ! 自分、今日からわかめしか食わねーっす!」
やめて……それ、栄養失調で倒れちゃうから。
そんなんで休まれても困るから。
ちなみに彼はこの辺を縄張りにしている暴走族で、特攻隊長だかなんだかをやってるらしい。
といっても今じゃ日本を走る全車両が完全に管理されてて、違法改造とかしようものならナンバーで一瞬で所持者がバレて違反切符切られるからね。
ナンバープレート隠したところで、車体に埋め込まれたICチップと道路に無数に設置された読み取り機ですぐにバレるし。
だから、暴走族とは名ばかりの交通ルールをきちんと守るツーリング集団でしかない。
バイク自体もチーム名を入れたペイントや、ちょっとしたカウルの改造程度なもんだ。
走る音も静かなものである。
本人曰く喧嘩上等らしいが……
「店長腕相撲しませんか? つーか、マジ今の店長に勝てる気しないっす! 俺に勝てたら、俺んとこのチームの特攻隊長の座譲るっす!」
「いや、いらないから……店長で十分だから」
「っすよね! 店長最強っす! このお店の総長っすからね! マジパネーっす!」
そうなのだ……
彼はここで働いている間は、チームエイトマートの下っ端という認識らしい。
バイト歴も1年未満だしね。
割と上下関係には厳しい彼だが、後輩に対する面倒見は良い。
そして礼儀にもうるさい……言語能力が壊滅的で敬語のけの字も知らないような喋り方だが、彼的には尊敬語のつもりらしい。
しっかりとした上下関係を身に着けるためにも、国語の授業だけでも本気で受けたらどうだろうか?
そして……何故、暴走族になんか入っているのだろうか?
かくいう彼の認識では俺はチームエイトマートの総長らしい。
だから、基本的には俺の言う事に従うらしい。
髪を染めろと言った時も……俺ここ辞めたくないっす! でも金髪も辞めたくないっす! 頑張るっす! 金髪でも頑張るっす! と真剣な眼差しで言われてしまい思わず……お……おう、頑張れよ! と容認してしまった。
別に眉毛の無いパッキン兄ちゃんに睨まれて怖かった訳じゃないよ?
ここが好きっす! 辞めたくないっすっと涙目で訴える彼にほだされただけだから。
というか、なら髪の毛黒くしろよ! とも思ったが、これは彼のポリシーらしい。
というか、彼の所属するチームは金髪が基本らしい。
彼が本格的に俺に懐いたのは半年くらい前だったかな? ちょっと柄の悪い兄ちゃん達にクレームを付けられてたっけ。
―――――――――
「てめー生意気なんだよ! 店員の癖にチャラチャラしてんじゃねーぞ!」
「さーせん!」
「何笑ってんだよ!」
てな具合で一触即発だった。
俺が間に入った訳だが……
「不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
「て……店長……こんな奴等に頭下げる必要無いっす! 俺辞めるっす! ここ辞めて今からこいつ等「高田君! 商売に携わった以上、お客様に不快な思いをさせたまま逃げるのは……半端者のすることじゃないのか?」
俺のこの言葉に対し酷くショックを受けたようだった。
そして、彼も俺と一緒に頭を下げてくれた。
「さーせんした」
言葉あれだが……
「ああん? それだけじゃ許せねーな!」
「とおっしゃいますと?」
「誠意ってもんを見せてくれないとなぁ?」
良くある展開だ。
結局はいちゃもんを付けて、タダで商品を得ようとするクズな発想だな。
高田君は結局、運が悪かったわけだ。
運が悪かっただけかな?
いや彼の見た目も……うん、運が悪かったんだろう。
「お客様の言う誠意というのは?」
「そうだなぁ……いまカゴに入っている商品と、たばこカートンで寄越せよ」
「それは致しかねます。ですので謝罪だけで「ああん?」」
そこまで言ったところで胸倉を掴まれた。
この時点で、この勝負お店の完全勝利だ。
いや、その前の要求の時点で、ほぼ勝ち確定ではあったが。
法治国家の国家権力を、全力で国民の権利として使えるからね。
殴られるかな?
上等。
治療費分の慰謝料上乗せで、美味しくなるだけだ。
「この手はなんですか?」
とりあえず、若い兄ちゃんに声を掛ける。
ただしこちらは手を後ろに組んで、相手には触れない。
防犯カメラで一部始終映ってるし、これも大事な対処だ。
「店長?」
高田君が、ちょっとオロオロした様子でこっちに話しかけてくるが。
笑いかけて、落ち着かせる。
「ああん? 文句あんのかよ! つか、何笑ってんだよ! 嘗めんな、デブ親父が!」
そして俺を突き飛ばす若い兄ちゃん。
有難うございます。
そして悲しいかな、その程度の力じゃ俺の身体はびくともしないけどね。
とりあえず、一番近くのカメラに親指を向ける。
「ああ、そこに防犯カメラあるの分かるよね?」
「それがどうしたぁ!」
強気だな。
若さゆえか。
「それから、緊急時はこのボタンを押すとレジの会話も録音出来ちゃうんだよね?」
「ああん? だからなんだっつってんだよ!」
「あと、胸倉掴んで突き飛ばしたよね?」
「うっせーな! 文句あんのかよ! ぶん殴るぞ!」
「また、暴言を吐いたね? てか殴るぞって怖いねー……物を要求した揚げ句に、殴るぞって……恐喝?」
「てっ、店長?」
ここまで言っても理解できないって、若いって凄いね。
通報するって言ってるのに。
「チッ! なにニヤニヤしてんだ、おっさんが! おめえ、痛い目見ないと分かんねーらしいな……このハゲ親父が」
はぁ……
ここで引いてくれたら、不問にしようと思ったのに。
ドンッ!
あっ! こいつ、マジで殴りやがった!
たっぱの差とカウンター越しだったから、当たったのは胸の辺りだったけど。
そして、体重も乗ってないパンチで大して痛くも無かったけど。
でも、一発は一発だ。
「おい、クソガキが調子乗ってんんじゃねーぞ!」
「て……店長?」
高田君が本格的にオロオロしだしたけど、もう全然視界にも頭に入って無かったんだよね。
あの時はこの子を守らないとって一生懸命だったし。
そして、目の前のクソガキにも腹立ってきたし。
その上で、いくらでもどうにでも出来る状況になったし。
「警察呼ぼうか?」
「あっ? 呼んでみろよ! もっとひどい目に合わせてやんぞ?」
「そっちこそ、出来んの? 今の一連の流れと胸倉掴んだ時点で刑法249条恐喝罪、刑法208条暴行罪が成立してんだよ! なんなら、今すぐ警察に突き出してやろうか?」
「恐喝? いや、そっちがこっちを不快にさせた慰謝料というか……てか、暴行? 胸倉を掴んだだけで?」
「あったり前だろうが、クソガキが! 暴言吐いて、理不尽に物品を要求したら恐喝に決まってんだろうが!」
「あっ、いやそんなつもりじゃ」
相手の勢いが弱くなると、こっちの勢いが強くなる。
いや、精神的にこっちが優位にたったのが、分かったから。
一気に畳みかける。
「突き飛ばした事は不問にしてやるよ、でもさっき殴ったよね? 病院行って診断書取ってこようか? 刑法204条傷害罪に格上げだぞ?」
「い……いや、その……すいません」
「謝ってすまねーのが、傷害罪だからね? 非親告罪つって、この映像や周りの通報があったら別に俺が告訴しなくても、君は逮捕されちゃうわけだけど?」
「あの……」
別に警察上等ってわけでもないのか。
まあ、ちょっとやんちゃ程度の子なのは、見てすぐ分かったけど。
高田君でチキンレースでもしてたのか? はたまた、高田君に手を出させてもっと大きな何かを要求しようとしてたのか。
いずれにせよ、もう少しビビッてもらわないと。
将来的にこの子がもっと大きなことをする前に、更生できるならそれに越したことはない。
「君さ? この辺の子?」
「あ……えっと、市内です……」
「このお店ってこの辺の人達、結構利用してくれてんだよね?」
「あ……えっ……」
「分かる? お兄さんが将来お世話になるかもしれない会社の人達も来てるかもしれないよね? この辺の土建屋も、運送屋も、商店の人も、ビジネスマンや、銀行マンだってうちを利用してるんだよね?」
「そ……それが……何か」
「もしさ……君がここを利用している人の会社にお世話になることになってさ……そして、もし君の事見かけたら、昔ここでおイタした事、今日の防犯ビデオの映像と一緒にチクっちゃうかもね」
「………………」
「まあ、地元を離れて県外とかに就職するとかなら関係ないけどね……当てとかあるの?」
「い……いえ、す……すいませんでした」
「まあ、こっちのバイトにも非があったって事で、このまま金払って帰ったらまたお客さんとして来ていいからさ?」
「あっ……そのお金……」
「ああ? 金もねーのに物持ってきて吹っ掛けるって、完全に悪質じゃねーか! その気満々でやってんのにこっちに非もクソもねーだろ! 詐欺か業務妨害も上乗せしたら、完全な犯罪者だぞお前! いやそれ以前に、金持ってなくて脅して商品もってくって、強盗じゃねーか! 親告罪もくそもねー、マジもんのトップレベルの犯罪だぞ! 未遂とはいえ、警察で若いからって滅茶苦茶怒られて、厳重注意で帰って良いよじゃすまねーやつだろーが! マジで執行猶予付きの、懲役出るやつじゃん。お前、馬鹿なの?」
「ほ……本当にすいませんでした」
「て……店長……あの、その辺で」
「高田、お前は少し黙ってろ!」
「はいっ! すいやせんしたー」
あっ、つい高田君に八つ当たりしてしまった。
少し、落ち着く。
「チッ! まあ、大人ってのは大人のやり方があるんだからさ? 君も色々と考えて行動しないとダメだよ? これ飲んで頭冷やしなよ」
「は……はい、ありがとうございます……本当にすいませんでした」
「次はお金持ってきてね? 金払ってくれ たら、お客様として扱ってあげるからさ」
「いえ……いや、はい! 分かりました!本当にすいませんでした……あと、コーヒーも……他にも色々と有難うございます」
それから慌てて飛び出してく男の子を見送って、張り詰めて限界突破したテンションが下がってくる。
冷静になったあとで、その場に崩れ落ちたのはちょっとカッコ悪かったかな。
「ああ怖かったー」
「えっ? いやいやいや、俺んがマジビビったっす! 店長怒ると超こえーっす!」
そんなに酷かったかな? なんて事も思ったりしたっけ。
でもあの時からだよね……髪は金髪のままだったけど、仕事に対してかなり真面目になったよなあ……彼も。
将来は店長みたいになりたいとかって言い出したから、やめとけとは言ったけど。
なら、まず口調と髪の色を直せや! と声を大にして言いたい。
―――――――――
懐かしい思い出だったな。
「店長、マジパネーっす!」
「あっ……」
物思いに耽ってたら、いつの間にか腕相撲やってたわ。
結果は圧勝だった。
というか、高田君が一回転してた……どんだけ強くなったの俺?





