閑話:店長変わり過ぎてワロタ…遠山順子の場合
私の名前は遠山順子20歳。
エイトマートでバイトをしている。
基本、朝から夕方まで出勤だ。
「いやあ、昨日は地震凄かったね」
地震? 何を言っているのだこいつは。
いい歳したおっさんのくせに、ニュースすら見てないのか?
地震の放送なんか、どこもとりあげてない。
こいつの凄いの基準が分からないが、寝ぼけて自分の貧乏揺すりでにでもビビったのかもしれない。
「地震ですか?」
「あっ、よっぽどグッスリ眠ってたんだね。このお店でも結構揺れたから、外はもっと揺れたかと思った」
まあ相手をするだけ無駄だ。
やっぱり夜1人で暇だからってウトウトとでもしてたのだろう。
「じゃあ、僕は裏で休むからさ。あと宜しく」
店長はそう言ってバックヤードに入っていった。
朝のラッシュが終わると、あとはパラパラと時間をずらして色んなお客さんがやってくる。
明らかに遅刻する気満々の高校生や、重役出勤の平社員っぽい人達、あとは営業の人やちょっとフリーターっぽい人達。
1人でなんとかなる時間帯だ。
というか、こいつはいっつもお店に居るが休んで遊びに行く相手も居ないのだろうか。
言えば食事や買い物くらい、私が付き合ってやらない事も無いのに……金さえ出してくれれば。
それから2時間くらいして、店長がお店に戻って来る。
割とタフだよな。
昨日も夕方からずっと出てたはずなのに。
「なんか疲れてますね」
「えっ? そうかな? 割と体の調子は良いんだけどね」
それから2人でボーっとしている。
何をしに出てきたかは分かっているが、そんな無駄なことに体力を使うくらいならゆっくりしてろ言いたい。
「あっ、いらっしゃいませ」
店長の前に若い女性のお客さんが並ぶ。
割と綺麗なお姉さん。
これを狙って出て来たのだ。
お客様の来店時間帯を把握しているのは店長として立派だが、動機が不純過ぎて呆れる。
そんなに女が好きなら、私という女の子がお店に居る間ずっと店内に居ればいいのに。
そして、仕事を全部やってくれたらいいのに。
「全部でってうわっ!」
「きゃっ!」
おいっ!
こいついきなりお客さんの前でズボンとパンツを手も使わずに脱ぐという、離れ業をやってのけおった。
にしても……小せえな。
「フッ!」
店長と目があったので、鼻で笑っておく。
それどころじゃなさそうだ。
顔真っ赤。
「申し訳ありません! あれっ……パンツの紐が切れたのかな……あれ……ごめんジュンコちゃん、ちょっと替わって」
店長がズボンを両手で押さえながらバックヤードに入っていく。
あれっ? あいつちょっと痩せたか?
「申し訳ありません、お見苦しいものを見せてしまって」
「いえ……事故だと思っておきます」
とりあえず、目の前の女性に謝っておく。
うんうん、良いお客さんで良かった。
でも、もう来ることは無いだろうな。
きっと彼女にとって忘れがたい傷跡になった事だろう。
そんな事を思いつつも、なかなか戻って来ねーなあいつと思わずバックヤードへの扉を睨みつける。
それから一向に戻って来ない店長にイラつきつつ、しばらくお客様を何人か捌きつつ、時間だけが過ぎていく。
流石にもう良いだろ。
結構ショックを受けたのかもしれないが、悪いがショックだったのはお客様だ。
お前に傷付く資格など無い。
そんな事を考えながらバックヤードのドアを開ける。
ガチャ
「店長、ちょっと良いですか?」
……………………お……おんなだ……と!
店長がバックヤードに女連れ込んでる。
自宅側から招き入れたのか?
だとしたら……
あれっ? 店長2人居ね?
うん店長が2人居る……
バタン
なんだったのだろうか……
あの女性は確か去年まで、よくここでごはんを買ってた女学生のお姉さんだった。
が、店長が2人……もしかして店長って双子だったとか?
いや、そんな話は聞いた事無いし、あの店長ならきっと2人で働いて下らん事をしたりしそうだもんな。
「あ、どうしたのジュンコちゃん?」
「いま……店長2人居ませんでした?」
凄い汗だな。
めっちゃ目も泳いでいるぞ。
「えっ? い……いいいい居る訳なななな無いじゃん?」
じゃんって……じゃんって、お前はいつからそんなチャラい口調になったのだ。
というか、めっちゃ嘘吐くの下手だなこの人。
一周回って嘘って思ってもらうための演技かと思うくらい下手だ。
「いや、居ましたよね!」
「い……いいいい居ないけど? 僕だけだったけど? ジュジュジュジュジュジュンコちゃん疲れてるんじゃないかな?」
ジュジュジュジュジュジュンコちゃんって誰だよ!
鉄板でめっちゃ焼かれてるっぽくて、なんかやだよ。
「じゃあ、バックヤードを映してるカメラ見せて貰って良いですか?」
「え……えええ? だ……ダダダダダメだけど?」
「怪しい……」
「わ……分かったよ! ちょ……ちょっと待ってて」
店長が慌ててバックヤードに入っていく。
ガシャン! ガシャン!
「あああああ! なんてこったい!」
なんてこったいって、なんて叫び声だよ。
ガチャ。
「ごめん……カメラの映像見せようと思って持ってこようとしたら、つい落としちゃって……ついでに机の水までこぼしちゃった上に、何故か書類を留めた磁石が大量に落ちちゃって……」
完全に壊しにいっといて誤魔化そうとしてるから、完全に自白してるような状態になってるぞ。
まあいいか……店長が2人になったところで、特に何か影響があるわけじゃない。
強いて言うなら、もし2人で店内に居たらお客様の不快指数が倍になるだけだろう。
私は別に構わないのだが。
それから店長が電話をしにバックヤードに戻る。
そのままずっとバックヤードに居ればいいのに。
そしてまた戻ってくる。
何をしに戻って来てるのやら。
この暇な時間帯に。
「いやあそれにしてもお客さん途絶えたね」
「この時間はいつもの事じゃないですか」
こうしてたまにお客様が完全に途切れる時間がある。
そういう時は大体、店長の観察をしている。
割とこいつは動きがコミカルだったり、たまに私が居るのを忘れてるんじゃないかというくら油断した行動を取って良い暇潰しになる。
ほれっ、いまも思いっきりズボンとパンツをぬい……脱いで? はっ?
「うわぁぁぁぁぁ!」
「ん?」
店長が大声で叫んで、慌ててパンツとズボンを履き直している。
いや……ちょっと待て。
お前……
「ご……ごめんね! って、ちょっとどこ見てるの!」
「フッ……」
「いや、あの……その……」
「ていうか、店長一気に凄く痩せましたね。さっきと比べて」
明らかにお腹周りがかなりスッキリしている。
残念だ……一度あのタプタプなお腹に手を突き刺してみたかったのだが。
きっとかなり柔らかくて、気持ちいいはずだったのに。
「知ってますか? ドッペルゲンガーに会うと生気を吸われてどんどんと枯れて痩せ細っていくんですよ?」
「ちょっ! さっきのまだ引きずってるの? あれは気のせいだよぉぉ」
若干声が震えているぞ。
にしても痩せるのは、良い事だと思うよ。
ここに良く来る高校生軍団には、肉だるまとか呼ばれてたしな。
電話に出ながらバックヤードに戻ってくハゲを見ながら、動きまで軽やかになっちゃってと思った。





