プロローグ
時は2092年12月25日金曜日
深夜2時
そしてここは俺の親父がオーナーをしている、某コンビニチェーンの1つだ。
俺はそこで、店長をやっている。
すでに5年目に突入して、この店の中に限り割と万能になりつつある。
新卒で入った、前の職場を3年で辞めた。
コンプライアンスの遵守が徹底されている昨今において、その外の圧力に屈したわけだ。
いわゆるモンスターカスタマーによるカスハラと、先輩社員と同期によるパワハラによって。
上司ですらない一般社員の先輩と同期によるパワハラは、会社責任としてはそこまで重いものではない。
とはいえ労務管理上の監督責任はあるので、いくばくかの退職金の上乗せと関与した社員の減給処分で幕を下ろした。
降格するにも役職はない連中……ただ、出世の道は完全に閉ざされたと聞いた。
この手の人間に役職を付けて部下をもたせると間違いなく問題起こすから、早めに分かって助かったよと総務を介して社長の有難いお言葉も頂いた。
試金石扱いだった。
ちなみに、その会社は親父が圧力を掛けて潰したから、もう存在していない。
親の敷いたレールの上を走るのを嫌がって、自分で就職先を見つけて頑張った結果がこれ。
お互いに不幸な結果になっただけだった。
まあ、よくしてくれた人や、関係ない人の再就職先は斡旋したらしいけど。
それから塞ぎがちになって、バイトを転々として最終的には親の小遣いで生活を送る日々。
快適だったけど。
ただ5年過ぎいつまで経っても再就職しない俺を見かねて、親父がわざわざ作ったお店だったりする。
そう、俺って金持ちなんだよね。
まあ、親がだけど。
ちなみにコンビニの二階が家になっていて、俺はそこで一人暮らしをしている。
実家は徒歩5分なので、基本的に飯はコンビニの弁当か実家で食べている。
たまに外食か……親と一緒に。
長男教の親は、その恩恵を最大限に享受している俺から見てもダメすぎるのが分かってしまう。
このぬるま湯から抜け出すのは、生半可な覚悟じゃ無理だ。
だから、リハビリがてらコンビニの雇われ店長をやってる。
仕事には真面目に取り組んでいるぞ?
本当だからな?
そして今日はバイト君バイトちゃん達が全員インフルでダウンしてしまったため、出来る俺は1人でお店を回しているんだぜ!
と言ったら格好いいが、実際はお客さんは1人しかいない訳で。
それも1時間ぶりの来店だ。
暇で暇でしょうがなかったから、お客さんが来てくれると嬉しいよ。
いや、経営者視点じゃなくて、暇潰し的なね。
ましてやそれが美人さんともなると、自然とテンションが上がる。
この人は、この1年よくこの時間にやってきて栄養ドリンクとサンドイッチを買ってってくれる常連さんで、確か近所の大学生だったと思う。
もう5年くらい通い続けてくれてるけど、
去年までは、朝来て朝食らしきものを買って行って、たまに夕方に来て弁当を買ってたけど、今年の4月以降はほぼ毎日深夜帯のこの時間に寄っている。
車とはいえ、女性が一人で夜出歩くのは心配だ。
心配するだけで、声を掛けることもないが。
もしかしたら、バイト帰りかなとかとも思うけど、お前はバイトじゃ駄目だろと思う。
いや、まあ就職もせずに30までプー太郎やってて、親に店ごと就職先を用意してもらった俺のセリフじゃないけどさ。
聞き辛いけど、彼女はたぶん高確率で就職浪人ってやつだろう。
もしくは、資格取得のためにという線もありえるが。
「あっ、えっと、2点で420円になります」
ちなみに、信じられないかもしれないが消費税、撤廃されたんだぜ?
誰に語ってんだって話かもしれないが、藻類バイオマスエネルギーが30年前についに実用化されて、いまじゃ他の国が石油残量を気にする中、日本は石油産出国として世界トップに貿易黒字を叩き出している。
しかも国営企業だからね。
自然と国の収益が増える事で、様々な税金が撤廃されて、逆に福利厚生が充実しまくり。
まじ、2000年前半に生きた人達ごめんなさいって感じだ。
別に、消費税の計算が面倒臭いからとか、ちょっとした誤魔化しを入れるなら設定を近くも遠くない未来にしといた方が都合が良いとかって訳じゃないよ?
物価や、様々な矛盾を強引にとかって訳じゃないからね?
うん、いま何かが俺に取り憑いて居た気がする。
「今日はお一人なんですね?」
そうだぜ!
いや、それは違うな。
君と僕の二人っきりさ!
なんてことが言えたら、笑いの1つでもとれ……ませんね。
ちょいメタボ気味……逆の意味でね。
もう少しやせたらちょいメタボって事だぜ?
前の就職先のストレスでハゲ散らかしてる、油ギッシュな40のおっさんが言ったら即通報もんだぜ!
だから言わないぜ!
ちなみに、頭髪が薄いのは遺伝のせいじゃないからね!
生活と心が安定したらきっと生えてくるんだからね!
「あっ……はい、みんなインフルエンザに掛かっちゃって」
「えっ?」
俺の言葉に、目の前の女性がちょっと憐れみを込めた視線を送って来る。
はい、そんな訳無いですよね?
各種医療関係もほぼ保険で無料か1割負担、予防接種は基本義務的に受けさせられて、なおかつインフルエンザなんて今じゃまず発症しない病気ですもんね。
発症したところで微熱と関節痛があるかないか。
市販のインフルエンザ用の頓服で完全に抑えられるレベル。
だから、昔と違ってインフルエンザじゃ会社を休めない。
むしろ掛かったら、恥ずかしいレベル。
どうせ昨日の夜から、お前ら彼女や彼氏と乳繰り合ってだろ! チキショー!
「まあ、そういう事もありますよね」
ねーよ!
と言いたいけど、これを掘り下げると目の前の彼女までダメージを受ける事になる。
そして、クリスマスなんざにコンビニに来るような奴にそんなイベントは関係無い訳で…
くそっ! クリスマスも消費税と同時に消滅すれば良かったのに!
市街地のコンビニなら、ホテルに行く前の物資購入で繁盛してるんだろうけどね。
郊外店じゃ、クリスマス深夜なんて誰も来やしねーよ。
だから、一人でも割となんとかなる。
「あっ……たぶん、そこのケーキもう売れないんで、良かったら一つ持っててください。どうせ明日には廃棄になりますし」
「良いんですか?」
俺の言葉に、彼女がちょっと嬉しそうに微笑む。
あっ、これってもしかして脈あり? なわけあるかーい!
だってさ?
どう考えても、こんな美人で若い子が俺みたいなおっさに興味持つわけないじゃん?
というか年齢的には親戚のおっさんレベルな訳で、たぶんそっくりな親戚でも居るんだろう。
「いいよ……ここ、親父の持ってる店だし。俺も好きに食って良いって言われてるし」
ちょっと落ち着いて、投げやりな対応になってしまった。
脈ないし。
ちょっ! どうりでみたいな視線を送って来ないで。
別に、ここの食べ物食べまくって太ってる訳じゃないからね?
いや、否定も出来ないけど。
「そうなんですね。いつも居るからフリーターさんかと……」
ほらね?
興味あったら名札とか見て、名前確認するはずだもんね。
めっちゃ、名札に店長って書いてあるんだけどね。
やっぱり、俺になんか興味ないんだよね?
知ってたHAHAHA!
「いや、まあ似たようなもんですけどね。あっ、スプーン入れとくんで好きなの好きなだけ持ってってください」
「えっ? 増えた?」
もう、どうでも良くなったし。
というか、万が一ファッキンバカップルが来ても、ケーキ買えないように全部持ってちゃってYO!
それでも彼女は遠慮したのか、ケーキを一つだけ持って「有難うございます」と微笑んで出て行ってくれた。
良い子やー!
なんであんな良い子が就職も出来ず、クリスマスに一人でコンビニなんかに。
涙が出て来た。
グラグラグラ……
「きゃっ!」
「えっ?地震?」
その時お店が急に揺れ始める。
こ……これは、体感で震度3くらいあるぞ!
といってもこのお店は親が過保護な為、相当な最新設備による免振技術が施されているから実際は7とかあってもおかしくないな。
商品は……ほっ、落ちてない。
これ、落ちてたら拾うの大変だしな。
プツッ
「キャー!」
って、今度は停電かよ!
「あっ、落ち着いてください。すぐに予備電源に切り替わりますから」
これまた最新の蓄電器に、太陽光によるリチウムイオン電池やらもあるからね。
15秒で切り替わって、通常の電力量が供給されるはずだ。
チカチカッ
ブーン
うん、冷蔵庫も復活したし一安心だ。
「取りあえず地震は落ち着いたみたいだね?」
「はあ、怖かった」
彼女が両肩を抱いて軽く震えている。
とはいえ、特に怪我も無さそうでよかった。
「ここはかなり免振が施されてるから、家は箪笥とか倒れてるかもしれませんね」
「えっ? 本当ですか?」
俺の言葉に、彼女が困ったような表情を浮かべている。
とはいえ、ここにいつまでも居たってしょうがないしね。
本当は、落ち着くまで居て貰ってもいいんだけどね。
「多分大丈夫だとは思いますが、お気を付けて帰って下さいね」
「あっ、はい有難うございます」
「有難うございました」
それから彼女が店から出ていく。
1分後
店の外で車が止まっているのが見える。
確か彼女の軽だよな。
何かあったのかな?
少し心配になったので、店から出て様子を見に行くと彼女が車の横に立って呆然としている。
声を掛けようとした俺も、彼女の視線の先を見て思わず言葉を失ってしまった。
うん、分かるよ……だってそこには何も無いもんね。
文字通り何もない……
闇というか、黒?
彼女と俺の視線の先ではひたすら黒いものが、建物の周囲を覆っていた。
取りあえずボーっとしててもしょうがないので、彼女に声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「いや、大丈夫というか、そうじゃないというか……」
彼女が戸惑った様子で、こっちに向き直ると突如周囲が激しく光る……
そしてゆっくりと光が収まってくると、周囲を見てまたも言葉を失う事になった。
えっ?
閑静な住宅街に囲まれていたはずなのに……
周りが鬱蒼と生い茂った森に変わっていた。
まだ、薄暗く夜である事は確かなのだが……
「なに……これ?」
「はい? ここは?」
2人で駐車場に立ち尽くしたまま、時が止まる。
1分かもしれないし……10分かもしれない。
しばらく呆然としていたが、取りあえずここに居ても始まらない。
「えっと……取りあえず車を駐車場に戻して、お店に入りましょうか?」
「えっ、いや、えっ?」
うん、酷い混乱状態だ。
分かるよ?
でもさ、何もわからない事は分かってるんだから、取りあえず帰りましょうか。
「僕は警察に電話してみます……いや、信じて貰えるか分からないですけど……お店を見に来てもらう事は出来ますしね」
「えっ? あっ、はい」
彼女は車に乗り込むと、駐車場に車を止め直す。
自分も慌てて、お店に戻る。
ちょっとして自動ドアがウィーンという音を鳴らす。
それから彼女がゆっくりと店内に入って来た。
「えっと……そこの飲食ブースにでも掛けててください。あっ、コーヒー飲んでもらって大丈夫なんで」
「あっ、有難うございます」
俺はカウンターから、ドリップコーヒー用の紙コップを渡すと、取りあえず警察に電話する。
「はい、事故ですか? 事件ですか?」
「じ……事件?」
何故に疑問形なんだ?
いや、そうなるだろ普通。
いきなりお店の周りが森林になるなんて事件以外の何物でもない。
最初は悪戯かと思われたが、取りあえずお店にまでは来てくれるとの事だった。
しばらく経っても連絡が無いので、再度警察に電話する。
それから担当の所轄の連絡先を聞いて、担当部署に繋いでもらう。
「もしもし、生活安全課の吉岡です」
「あっ、はい森居です。そ……それでお店はどうなっていましたか?」
「ああ、先ほどの通報者の方ですね」
少し機嫌の悪そうな声の、おっさんが電話に出た。
「貴方ね悪戯にしては悪質ですよ? お店もちゃんとあったし、店長さんも居ましたよ?」
「えっ?」
「まだやる気ですか? これ下手すると偽計業務妨害罪で告訴しても良いんですよ? クリスマスだからって悪乗りが過ぎますよ?」
「あっ、すいません……申し訳ありませんでした」
「本当に反省してますか? 一体どういうつもりでこんな電話を」
「すいません、ちょっと混乱してて……」
「どうも酔ってるみたいだからクリスマスだし大目に見るけど、今度こんな事したらすぐに伺いますからね?」
「はい……本当にすいません……」
俺は取りあえず担当の警察の方に謝って、早々に電話を切る。
というか、お店があったってどういう事?
今のやり取りを心配そうに見ていた女性に目を向けると、もっと心配そうな表情をしていた。