第一章 003 ツーカサン!ハイッ!
アンスヘルムはそんなやりとりを気にせずツカサの能力について聞いた。
「それよりツカサ殿、我々はあなたのその能力というのを全て聞いていないのですが透視、遠視というものの他にどんな事が出来るのでしょうか?」
ツカサは魔王と出会ってからまだ“遠視”と“透視”しか使っていない。魔王もそれ以外の能力については詳しく把握していなかったためアンスヘルムたちへの説明を省いていた。
「今のところ確認しているのはさっき魔王様が言った透視と遠視。それから他人の視界と共有することができる共視、これは動物の視界も共有することができる。それから生物や物の温度が目に見える、とは言っても高いか低いかくらいしかわからないんだがな。最後はお前らからオーラのようなものが出ているのが見える。二酸化炭素排出量でも示しているのかと思ったがそうじゃない。物からもオーラが発せられていたりする。」
この世界に着いた直後は、能力が制御できなかったため暴発し色んな視界が交錯し、ツカサ自身も手に負えない状況であった。しかし今はツカサの実力があってか安定しており、たまに瞳があらぬ方向を向いたりするがそれ以外は普段通りの視界を保つことができている。気合を入れることで眼の切替を行うことができるらしい。
オーラという単語に反応し魔王を含めた三人が皆目を細めた。
「オーラ・・・だと?」
「はい、今魔王様からも出ております。全身を包むようにもやもやと・・・」
ツカサは席に座っている魔王やアンスヘルム、ヴァーミリアを順々に見回した。
「皆同じくらいの量っていうか、同じような波が揺らめいています。あと、その魔王様が座る席に後ろの暖炉からもオーラとは違いますが、その部分が発光して見えます。」
魔王の後ろには使われていない壁面暖炉が備わっていた。
ツカサはそこを指差したが、直後眼球に爪楊枝でちくっと刺されるような痛みを感じた。
「だ、大丈夫かツカサ!」
立ち上がって駆け寄り心配そうにツカサの顔を覗き込む魔王。
常人であれば悲鳴を上げるような痛みだが、ツカサは数々の痛みに耐える訓練を受けてきたためこの程度の痛みは耐えることが出来る。
「あ、はい。大丈夫です。今のところこんな感じに使える時間は限られていますが、訓練すればなんとか伸ばせそうです。最初の頃はもっと短い時間しかこれが使えませんでした。」
「でも、不思議・・・。ツカサ君が指差したところ隠し扉になってるんだよね・・・。みんな使ってないけどそこから街の外まで行くことができる地下通路があるんだよね。見えないものが視える能力とかなのかな?へへ・・・」
ヴァーミリアは首をかしげてそう言ったが、アンスヘルムはそれを否定した。
「我々からもそのオーラのようなものは出ているのですよ。見えない物を見るという能力でしたら少し不可解です。」
「そのオーラというのはアンやヴァーミリアや私で何か違いはないのかの?」
「いえ、特には・・・。皆一定に波を打っていました」
魔王たちに視えるそのオーラのようなものは結局よくわからないままであった。
みんな食事は既に終えツカサのいた世界のことやツカサが持っている銃、時計のことについて話していたが、その最中に静かにゆっくりと扉が開いた。
「はぁ・・・疲れたよ・・・」
クタクタに頭を垂らしながら倒れこむように椅子に座ったのは、手首から二の腕あたりまで羽を生やした魔族の女だった。彼女が先ほど魔王が言っていた鳥獣族の魔族のことだろう。
彼女の翠色の綺麗な瞳は瞼が重たいせいか半分隠れており、その疲れ具合が見て取れる。
「イリーナ!待っておったぞ!見ろこれを!!」
魔王はイリーナと呼んだ魔族に駆け寄り、ツカサの腕時計を見せびらかした。
「魔王様ぁ・・・私疲れたよ~。ご飯食べたいから後にしてぇ・・・ってなにこれ!すごい!え!?これなんで回ってるの?こんな小さいのに!!」
彼女は今まで疲弊していたことなど忘れたかのように魔王のそれを取り上げ立ち上がりその時計に興味を向けた。燭台の灯りに当てて見たりと興味津々だった。
魔王の身長ではイリーナが掲げた腕時計に届かず「わたしのものだー」と背伸びをして取り返そうとしてる。魔王のではなくツカサの物なのだが。
「魔王様!これ何!どこの国の装飾品・・・って、アナタだれ!?」
夢中になっていたイリーナだが魔王に顔を向けたときツカサが目に入った。そしてイリーナはツカサを指差し驚いた。
ツカサも急に驚かれてビクッとなる。
「イリーナ!この人間の男はツカサ!今日からこの家でお世話をすることになったのだ!」
油断したイリーナからその腕時計を取り返しご機嫌になった魔王はツカサを堂々と紹介した。
「あっ・・・そっか・・・ってなんでええ!?」
アンスヘルムと全く同じ反応をしたイリーナであったが、ツカサもすかさず自己紹介をした。自分はこの世界の人間じゃないこと、この世界でも特殊な眼をもっているということ。
「へぇ~すごいねツカサン!そんな能力あったらイロイロなことに使っちゃうんじゃない~フフフ~ン」
その通り。この男イロイロなことに使うつもりだし使っていた。
「ツカサ、わかっておるな」
声を低くしてツカサを脅す魔王。
「大丈夫ですよ、魔王様。俺はそんなことに使いません」
「どうだか」
口を尖らせ訝しげな視線でそう言った。
「それよりご飯!」
と、いうことでイリーナのためにヴァーミリアがキッチンから食事を運んできた。
既に食事を終えたツカサ達は、もう一度席に戻りアンスヘルムたちに話したことをもう一度イリーナに詳しく説明をした。あと2人、オタと呼ばれる人間と家政婦にこの事を話すのかと思うと少々億劫になる。
「ふーん。なるほどね。で、住む場所がないツカサンはその眼を売り文句にして魔王様に住み込みで雇われたってわけか!!ツカサンもやるねぇ~」
「そのツカサンというのはなんだ?」
「ツカサさんでツカサン!どう?ツーカサン!ハイ!」
「どう」とか「ハイ」とか言われても・・・と困るツカサ。
「まぁ、好きに呼んでくれても構わない。」
ツカサはそう濁した。
「ツカサン・・・」
魔王がぼそっと呟く。
皆が一斉にそちらの方向を見ると恥ずかしそうに顔を伏せた。かわいい。
すると突然「あ!」と声を上げ立ち上がったイリーナは、思い出したかのように自己紹介を始めた。
「そういえば私の紹介がまだだったね!私はイリーナ!アンと同じで魔王様の護衛だけど、最近はノロの聞き込みに歩き、飛び回ってるよ!」
エメラルドグリーンのような長い髪の毛は後ろで一つに結われており、キリっとした猫目から綺麗な翠色がはっきりと覗かせていた。
スレンダーな体躯はまさに大人の女性という魅力を存分に醸し出している。
「飛ぶってその翼で飛ぶのか?」
「そうだよ!すっごい早く飛べるね!今度見せてあげる!」
その場で腕を広げてくるくる回るイリーナ。
「で、イリーナよ。今日は何か成果はあったか?」
「残念ながらなかったよ・・・魔王様ぁ・・・もうここらへんじゃ全然手掛かりないよ~」
ガクッと肩を落とすイリーナ。
「そうか・・・。残念だ・・・。とりあえず明日の朝もう一度今後の方針を話し合おう。今日はなんだか疲れてしまった。」
大きくあくびをする魔王をツカサはじーっといている。それに魔王は気づいた。
「なんだツカサ。そんなにまじまじと見て。顔になにかついてるか?」
「いや、気が抜けた魔王様の顔面白いなって」
「お主というやつは・・・」
食器の後片付けを行っているアンスヘルムとヴァーミリア。魔王とツカサのやりとりをニコニコとみまもっているイリーナ。この空間はスパイだったツカサにかつてない安寧をもたらしているということを彼らは知らない。