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戦ぐ海  作者: 小池正浩
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海を望む墓地にて──敗戦後

 突然、無音だった世界がもとに戻ったように、いっせいに蝉が鳴きだした。

「凄く熱かったでしょう、痛かったでしょう」

 涙ぐんだまま喜代美が、いたわるように喋りかけながら、最初に墓を洗うのに汲んできた手桶にまだ残留していたのだろう、ふたたび墓石に柄杓で水を掛けている。緩やかに流れる時間、ゆっくり動く気配に感じられる。周囲の空気が冷え、とたんにひんやりした。私の焼けた肌も敏感に、陽射しと潮風を浴びてひりひりと疼いた。

「警報が鳴ってすぐ逃げたはずなのに、爆弾がいっきに空から降ってきてひとたまりもなかったのね。怖かったでしょう、かわいそうに」

 つぶやきが熱気に溶ける。

 爆弾の殻に寒天状の粘性固形物入りの揮発油を詰め、爆発すれば四方八方に灼熱の火を撒き散らす火炎兵器。

「一瞬であたり一面、火の海。地獄を見たにちがいないわ」

 大戦初期に独逸軍が初めて使用したものらしく、先頃の殲滅戦では世界各地で、各国こぞって空爆で大量にばらまき、民衆を殺戮した。

 やがて米軍は対日本帝国用に小型で軽量のM69を開発する。従来の重く大きい焼夷弾では木造が主の標的に対し、限定的に破壊して終わってしまい目的を達せられない。そしてその目的とは対象を爆破することより、どんな人間も建造物も、対象領域一帯を可能なかぎり広範囲にわたって燃やし尽くすことだった。

「数えきれないほど次から次へと爆弾が降ってきたんだもの、逃げ遅れてもしかたなかった。でも、くやしい」

 三八本束ねた焼夷弾が一定の高度に落下したところでほどけて四散し、地表で着火爆発し、すると粘性の油が容易には鎮火できない炎となって周辺のものに燃え広がる。無差別に焼き殺し尽くす、それこそがM69だった。

 それがあの人を殺した。

 蝉時雨が降りしきるなかで、ひたすら手を合わせた。この井ノ上誠という人間の、人の形をかろうじて残すものはたしかに帰郷したがしかし、もう二度とこの瀬戸の海を眼にすることはかなわない。

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