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戦ぐ海  作者: 小池正浩
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削除された断篇──敗戦前

 銃剣の切っ先が白熱を反射した。

 前方に顔を向けたまま、腹這いの匍匐姿勢から片膝を立てて中腰になる。しずかに、屈んだ体勢を保った状態で行軍しはじめた。頭部は固定され微動だにせず、ふたつの血走った眼球だけがぐるり四方を見回す。照準は常時さだまらない。土が擦れる音。先を行く童顔の学徒兵が左脚を引きずっている。葉を払う。上空に覗く積乱雲。得体の知れぬ虫がどこかで草木とぶつかる微かな羽音。額を流れた汗が滲みる。思わず右側の瞼を閉じた。蔓草が足に絡みつく。軍靴が土に沈む。斜め後ろの上等兵が軽くよろめいた。雑嚢からずり落ちた日の丸。銃口は前へ。どこにも敵の姿はない。大木の陰。湿った叢。やわらかい地面。露出した赤い泥砂。ここから海は見えない。多量に水分を含んだ空気のなかにふと死の予感を嗅ぐ。腐臭と刺戟臭。血と火薬の匂い。頭をからっぽに。中身がからっぽの躰に反響する。見えない変動は波となってすぐ伝わる。からっぽに。人差し指は引き金に。銃身と一体化したよう。もはや全身が銃身と化す。勝つ。必ず。そう打つ撃つ射つ……。

 人形が。

 人形が転がっていた。

 叢林を抜けると、とつじょ空間が拓けた。焼け野原。付近にはそこらじゅう、異様な角度に手足が捻れ、ちぎれ、なかにはばらばらに、あるいはぐしゃぐしゃに、焼け焦げ、獣に喰われ、虫にたかられ、腐臭を放つ人の形をしたものがごろごろしていた。穴。肉片。とうとつにそんな凄惨な現場を目の前にしても、誰ひとり声を上げず一言も発しなかった。ただおのおの藪を抜け出したときのまま散らばったままで、惚けたように唖然として立ち尽くすだけ。

 まさにそのとき。

 ひゅう……と長く尾を引きながら空気を裂く音が、どこからともなく迫ってきた。その方向へ構えなおす間もなく、間髪いれず轟音が耳をつんざく。と同時に凄まじい熱波が体表を襲い、衝撃に何もかも吹っ飛んだ。

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