それぞれのバレンタイン
《鞠山由華の場合》
「雅くん、どうしよう…チョコ、固まらない……」
なんて声が、キッチンから聞こえてくる。
料理が苦手な由華にとっては、頭の中はパニックに違いない。
「じゃあ、今日の夕食後のデザートは、チョコホンデュでいいだろ。帰りに新鮮な果物を買って帰るから、それをフォークで刺して、チョコを絡めて食おう」
雅斗のとっさの機転で、笑顔を取り戻す由華。
「うん、ごめんね。ちゃんとしたの渡せなくて……」
落ち込む由華に。
「別に気にしてない。由華が気持ちを込めて作ってくれたのには代わんないんだからな」
そう口にし、頭を撫でる雅斗。
「そう言ってくれて、ホッとする。雅くんありがとう」
雅斗に抱きつく由華。
「…って、由華。そろそろ放してくれないか。仕事に遅れる」
由華は、慌てて手を放すと雅斗は鞄を掴み玄関に。
靴を履くと。
「なるべく早く帰るようにするから、大人しくしてなよ」
雅斗の労る言葉に由華は、首を縦に振る。
つい最近わかったことなのだが、由華のお腹には小さな命が宿っているのだ。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
ニコニコ笑顔で雅斗を送り出し、自身のお腹に手を置く。
とても愛しそうに……。
幸せが満ち溢れる二人ですね。
《相澤梨花の場合》
登校途中で、龍哉を見つけると。
「龍哉ー!!」
龍哉に駆け寄りそのままタックル。
「うおっ……。おはよう。朝から元気だな梨花」
龍哉は、冷静に梨花を受け止めながら、そう返す。
「おはよう。ハッピーバレンタイン!!」
龍哉から離れ、ラッピングした箱を手に渡す。
龍哉は、口許を緩め。
「サンキュー」
お礼を言う。
「今年は、手作りしたんだぞ」
何て、口許に人差し指を立てて言う梨花。
「ちゃんと食えるんだろうなぁ」
疑いの目を向けてくる龍哉。
「じゃあ、食べなくていいよ」
梨花は、ラッピングされたものを取り上げようと手を出したが、一足早く気付いた龍哉が、梨花の手の届かぬ位置まで持ち上げ。
「くれたんだから、俺のもんだ」
意地悪くそう言って、梨花をからかう。
「う……、龍哉の意地悪」
唇を尖らせて言う梨花に。
「ありがとな、大切に食べるな」
そう耳元で囁くように龍哉が言えば、耳まで真っ赤にする梨花が居る。
相も変わらず、仲良しですなぁ~。
《小林泉の場合》
放課後、二人だけになったところで。
「ねぇねぇ、悠磨くん」
泉は、意を決して声をかけた。
前もって、悠磨に教室に残ってて声をかけていたものの勇気がでずにいた泉。
クラスメイトが全て居なくなってから、やっと声をかけることができた。
普段ならここまで緊張すること無く声をかけることができるのに…。何て思いながら。
「ん?」
不思議そうな顔で、泉を見てる悠磨に。
「これあげる。…感謝の気持ち……」
言葉尻が小さくなったのは、致し方がない。
本当は、本命チョコなんだけど、それは口にしない。それを口にしたら、受け取ってくれないと思うから……。
手にしたものを悠磨くんの前に差し出せば。
「えッ…、オレに……」
驚いた顔をして、目線をキョロキョロさせソロソロと手を伸ばす悠磨。
「あり…がとう……」
照れながら、それを受けとる。
互いにほんのり頬を染めさせている。
この二人、もしかして…なんて思ってしまうあたりが野暮ですか?
《鞠山亜耶の場合》
「亜耶、ごめん。俺、明日から出張になった」
申し訳なさそうな声で言う遥。
それを言ったのは、2月12日。
「いつ帰ってくるの?」
そう聞けば。
「15日かな」
淡々と返す遥。
15日……。
イベント、終わってからなんだ。
肩を落とし、ちょっと残念に思いながら。
「そうなんだ…」
ちょっとだけ、トーンが落ちた声に気付いた遥が。
「何?どうかしたか?」
声をかけたが。
「ううん、何でもない」
寂しげな声で答えられたら、誰だって心配になるが、あえて追求しない遥。
亜耶が、言わないってことは、追求しても無駄だって、わかってるからだ。
「まぁ、早く片付けて帰ってくるつもりだがな。元々は、雅斗が行く予定だったんだが、沢口…嫁が妊娠して心配だから行けないって、だから代わりに俺に行けと言い出すんだよ。俺だって、高校生の嫁さんホッて行けないってゆうのに……」
遥の愚痴と心配そうな顔を見て。
「私なら大丈夫だよ。仕事でしょ?気を付けていってきてね」
言葉は淡々としてるが、笑顔がぎこちない。
「本当に大丈夫か?その間だけでも実家に戻っていてもいいんだぞ?」
その言葉に首を横に振る亜耶。
遥的には、その方が安心して仕事に打ち込めるんだが、本人の意思を無視するわけにもいかないので、承諾する。
「わかった。なるべく早く帰るから、大人しく待っててくれよ」
何て言いながら、亜耶の頭を撫でた。
そして、2月14日。
リビングで溜め息を吐きつつ、目の前のモノをどうしようか悩んでいた。
そんな時。
「亜耶、たっだいま‼」
って声が、玄関から聞こえてきて顔を上げて振り返る。
「亜耶。ごめんな、寂しかったよな」
なんて言いながら、ソファーに座ってる亜耶の隣に座ると抱き締める。二日分の充電をするために。
遥の温もりに包まれたとたん、安心したのかポタリと大粒の雫がこぼれ落ちた。
こんな事始めてで、亜耶が戸惑ってるのを見越し、亜耶と対面するように自分の膝に座らせ。
「ごめんな。仕事とはいえ、一人にして…。夕食は食べたか?」
亜耶を抱き締めながらそう言うと、コクリと首を縦に振った。
「そっか……。俺、何食べよう…」
なんて口にすると、亜耶が弾けるように顔を上げて、遥の膝から降りテーブルに置いていた12センチ角の箱を手にし。
「これ…」
遥の前におずおずと差し出す。
遥は不思議そうな顔をして、問いかける。
「何?」
知らない素振りをしながら。
「今日、バレンタインデーだから…、遥さんに…作ったの。初めて作ったから、自信はないけど、遥さん、甘いの苦手なの知ってるから…甘さ控え目で作ってみたんだけど……」
恥ずかしそうに言う亜耶を見ながら。
「俺にか?ありがとう、嬉しい」
本の一瞬だけど驚いた顔をして、満面の笑みを浮かべる遥。
その顔を見て、今日中に渡せてよかったと安堵の笑みを浮かべる亜耶。
二人の間には、深い絆が一層芽生えたに違いない。