惑星
続けよう…
1.
ピピーピピーピピー
無機質な船内にアラームがなる。それはまるで、朝を知らせる目覚まし時計のようだった。まさに今、カプセル型のベッドで横たわる主人を起こそうと声をあげる。 ただし、一般人が使う普通のモノと違って、起床の時間が指定されていない。画面には今現在の時刻を知らせてくれるだけの数字が並んでいる。
アラーム音に最初に気づいたのは船を動かす機械たちだ。それまでのエコモードから標準走行に移行すると、真っ暗だった船内が明るさを取り戻す。
『スリーブモードを解除します。乗員の生命活動が再開されました。』
唐突に、無機質な音声が流れた。それに合わせて、閉ざされていたカプセルの蓋が開く。横たわっていたのは黒髪の青年だ。
『起床後の動きはマニュアルに従って下さい。』
ゆっくりと目を見開いた青年。首からは本人を識別するための銀のプレートがチェーンにぶら下がっている。小さな字で『アキラ・セオドルト・カンダ』と彫られていた。
「………み、水…」
ここは小さな宇宙船。何とか手を伸ばし、カプセル横のボタンを押す。すると、カプセルが動き出し上半身は起き上がることができた。さらに別のボタンを押すと、パックに入れられた水が出てきた。全て自動。
この宇宙船だってそうだ。彼がスリーブモード、いわゆる仮死状態でいる間に安全な航路を進んでいたのは全てコンピューターのお陰である。
「…んぐ…んぐ……ぷはー!」
ようやく一息ついた青年はゆっくりと周りを見回した。宇宙空間での長い眠りによる酷い喉の渇きは治まった。次は現在地の確認だ。壁に内蔵された時計と同じ画面に、現在地が載っている。
「あぁ、着いたの…か…………は?」
安堵した顔で計器を確認する。
『CVO-220-Α』
画面には、そう示されている。しかし、この座標は本来の銀河系すら違っていた。自動操縦に移る時にセットした目的地は宇宙基地のはず。ぱっと計算してみただけでも、出発地点から10万光年ほどの距離があった。
一瞬、計器の故障かと疑ってみたが、これ以外に故障したような表示はない。
「ソラ!この座標の数値に間違いはないか!?」
『ソラ』という呼び掛けに答えたのは先程の無機質な声。この相手は機械。要は人工知能(AI)だ。船の制御をほとんど任されている。
『間違いはありません。航海日誌を見返しますか?』
「頼む」
目眩をもよおしたのは、信じられない内容の報告だからか、それとも覚醒直後だからか。それに耐えながら、彼は提示された航海記録を見返し始めた。手元のタブレットにこれまでの記録が載っている。
ことの初めは鉱石を運ぶ貨物船を護衛したことだった。ある星で荷物を積み途中の補給基地に寄ったとき、燃料と積み荷が引火し爆発が起きた。基地が木っ端微塵になるほどの威力はこの船にも及び、機器系統が一時的にダウンし操縦不能に陥ってしまった。
宇宙空間を操縦不能のままぐるぐると飛ばされて暫くすると、ようやくソラが回復。本来のコースを著しく離れていたので、補正はソラに任せて彼はそれまで仮眠をとることにした。はずだった。
しかし、結果は20万光年もの間スリープモードで自動操行されている。
「仮眠じゃなくて仮死状態じゃねぇか!それに何だ、この微弱な信号は?」
『途中で基地までの誘導信号をキャッチしたためそれに従いました。』
「なるほど、ソラも現在位置を見失ったと。そんな時、タイミング良くこの誘導信号をキャッチしたのか…よくこんな微弱な信号をキャッチできたな。本当に基地のものだったのか?」
資料には微かな信号を確かにキャッチしていた。きっと人間なら気づかなかったに違いない。
『間違いありません。かなり古いタイプではありましたが現在の連合軍のプログラムに適合しました。』
「なら…」
そう言う途中で、彼は外の様子を映すモニターを眺めた。ぱっと見だが周囲に基地のような物体は認められない。相当小さい補給基地なのだろうか。
「…お前まだ故障してるんじゃないか?基地なんてどこにも…ってコレ、まだ誘導されているのか?」
『誘導されています。大気圏突入まであと36時間20分53秒です。』
「そうか… ん?大気圏?」
何となく流しかけたその言葉に思考が固まる。
『大気圏とは、大気の球状層のことです。 大気とは、惑星、衛星などの大質量の天体を取り囲む気体を指します。』
「そんなことは知ってる!」
一瞬の疑問にも的確に応えるソラに怒鳴った。そして、引き寄せているのだろう基地のある惑星を窓から確認する。
確かに船は目の前の惑星に真っ直ぐに向かっていた。
「問題は大気圏の下からの信号だということだ!つまり、大気圏の下に基地があるなら、そこには地上があるということだ!地上だぞっ!一般人に入れるわけないだろう!そこの基地なら、貴族の私兵が使う場所じゃないか!」
この時代は、貴族と一般人で住む場所が違う。空気と大地が豊富にある惑星型の土地は、ほとんど貴族が買い占めている。金のない民は狭くて空気の悪い宇宙コロニーに住むしかない。そして地上では貴族などの特権階級が伸び伸びとした生活を送っていた。
アキラもコロニーの貧民窟で育った身だ。直接見たことはないにしても、貴族への警戒心は持っていた。
「しかもこんな大きな惑星…大地だってたくさんあるぞ…それに酸素だってこんな十分な量…」
大地のある惑星はそれなりに発見されているものの、人の地上での活動が可能な惑星は意外と少なかった。それなのに、この惑星はほぼ理想的な環境が整っている。
それだけで価値はとんでもなく高くなるだろう。
『この惑星はどの貴族も土地の所有を宣言しておりません。また基地の活動は誘導信号以外認められません。』
「……船は?何かメッセージのようなものもないのか?」
普通であれば、信号のみを送るなんて考えられない。誘い込むにしても、わざわざ分かりにくいこの場所まで教える必要がないからだ。
『ありません。航路を変更しますか?』
「…いや、着陸してよう。少し興味もある。」
人生初の地上で空気を吸えるかもしれないという可能性に、アレンの胸は高鳴っていた。
早速、棚から筋力増強剤と鎮痛剤、それに地上で活動するためのパワードスーツを持ち出す。本来は宇宙船内で敵と戦う時に着るものだが、万が一に備えて装着することにしたのだ。
筋力増強剤は、宇宙空間で鈍っている肉体を、連合軍の規定する理想的な状態まで強制的に発達させる方法だ。かなりの激痛を伴い、強力な鎮痛剤を用いても気絶する人間は多い。よほどの状況まで追い込まれない限り、進んで使う者はいない。
こうして、アレンを乗せた船は惑星に着陸した。