1.美女と羊
可愛いヘビっ娘ヒロイン物の続編です。先にこちらをご覧ください。『ヘビのおんがえしっ!』http://ncode.syosetu.com/n1180bm/ 『ヘビのおんがえしっ!2 ~うま年バージョン~』http://ncode.syosetu.com/n5988bx/
「……で、カナちゃんとはどーなってんだよ、ユキヒロ」
「春からずっと会ってないんだろ?」
「もしかして、何かあったのか?」
ジャラジャラジャラジャラ。
麻雀牌をかき混ぜる手を止めず、僕は三人の悪友たちにさらりと告げた。
「いや、別に何もないけど?」
「『何もないけど?』……じゃねぇだろ、この浮気者め――!」
と、いきなりブチ切れる対面。すかさず上家と下家からフォローが入る。
「まあもちつけ。確かにカナちゃんは俺らの“アイドル”だが、Pであるユキに当たるのは筋違いだろ」
「そーだぞ。ドSのユキPは、今カナちゃんを放置プレイで調教してるところなんだよ。な、ユキP?」
「意味わかんねーし。つーか、そもそもアイツは受験生で……ケホッ、コホッ」
言いかけた文句は、乾いた咳によって阻まれる。僕が反論できないのをいいことに、勝手に妄想を膨らませていく悪友たち。
彼らの主張を一言でまとめると、こうなる。
『十七歳の女の子が、夏休みもクリスマスもバレンタインも彼氏と会えずに過ごすなんて可哀想だ』
まあ、確かにその意見にも一理ある。
でも僕はカナのことをわざと放置してるわけじゃない。『受験が終わるまでの一年間は交際を控える』ってルールを決めただけだ。
もちろんそのルールには、カナの方も同意してくれた。
それに、カナとは毎週末スカイプで通話をしている。英語が苦手なカナのために英会話のレッスンをしているわけだが、ディスプレイ越しのアイツはいつもニコニコしていて楽しそうだし……。
「ってことで、何一つ問題はない」
キリッ。
と断言してみたところ、悪友たちはなぜか恨みがましいジト目をこっちへ向けて。
「あのさあ……お前こないだゼミのヤツらに言っただろ。『地元にいる彼女と春から会ってない』って」
「言ったかもな」
「そこに芽衣さんもいたらしいな?」
「まあ、同じゼミだし」
「それで、イブの夜に芽衣さんと礼拝堂前でバッタリ会って、一緒にファーストフード店へ立ち寄った……らしいな?」
「はぁ? なんでそんなこと知ってんだよ」
「ラインで流れてくんだよ、この手の噂は」
そう言われたところで、僕にはいまいちピンと来ない。そもそもラインなんて、面倒くさそうで登録すらしていないし。
ていうか……。
「なんか気持ち悪い。知らないヤツに見られて、どこで何してたとか勝手に流されるんだろ? ストーカーかよ」
「バーカ、自意識過剰だっつーの。それに見られてるのはお前じゃなくて“デート相手”の方!」
「デートって……ケホッ、コホッ」
言いかけた文句は、またもや乾いた咳によって阻まれる。もっとも僕が何を言ったところで、単なる言い訳にしか聞こえないだろう。
――芽衣さんは『影のミスキャンパス』とも言われる、パーフェクトな美女だ。
栗色の巻き髪に、眼鏡の似合う理知的な瞳、セクシーな泣きボクロ、そして誰とでも分け隔てなく会話するサバサバした性格。
何より印象的なのは、薄着にならずともハッキリ分かる豊かな胸……ゲフン。
とにかく、大輪のバラのように華やかな芽衣さんと、地味キャラである僕の組み合わせはかなり衝撃的だったようで、この件は今年最後のビッグニュースとして同学年を中心に広がりまくっているらしい。
「――つまり、これは立派な浮気である! カナちゃんという天使を掴まえておきながら、芽衣さんという女神にまで手を出すなど言語道断!」
「手なんて出してねーし。リーチ」
「嘘つくなや! あの芽衣さんと二人きりでキラッキラのクリスマスイルミネーションを眺めるとは仏教徒の風上にもおけんわ、この罰当たり者めがァァァ!」
「うん、ゴメン、それロン」
「へっ?」
「リーチ一発タンヤオピンフイーペーコードラ……あ、裏二枚乗った。倍満」
「ファッ?」
「しかも僕、親だわ。二四〇〇〇点」
「「「……」」」
ということで。
恒例の年越し麻雀大会は、去年と同じく僕が親倍を上がっての完全勝利。
全員を完膚なきまでに叩きのめしたことにより、悪友たちの中では僕が『ドSキャラ』であることが確定してしまった。
そうして、新年が訪れて――
◆
「まったく、正月早々風邪引くなんて、日頃の行いが悪いからでしょ!」
電話の向こうで母さんがわあわあと騒いでいる。僕は思わず顔をしかめ、携帯を三センチほど耳から遠ざけた。この声を聴くだけで熱がさらに一度上がる気がする。
「とにかく、アンタは大人しく寝てなさい! 明日看病に行ってあげるから!」
「べづに、いらな……」
「その分じゃ、年末からろくなモノ食べてないんでしょ! 栄養とらなきゃ治らないんだからね! こっちはアンタが帰ってくると思って、お節もいっぱい作って待ってたのに――」
「あー、もういい、わがっだ……」
と、適当な返事をして電話を切ろうとしたものの、僕にはどうしても言わなきゃいけないことが一つ。
「あの、アイヅには……」
「分かってるわよ。こんなときくらい『顔見たい』っていうんでしょう?」
「いや、ぢが……」
「だいたい、アンタはカナちゃんに対して冷たすぎるのよ。いくら受験生だからって、夏休みもクリスマスもバレンタインも会えないなんて可哀想だわ。あんなカワイイ子を釣っておいて餌をやらないなんて、本当にうちのお父さんそっくり!」
「ちょ、まっ……」
「とにかく今日は薬飲んで寝てなさい。カナちゃんには『マスクして温かい格好で行くように』って言っとくから。じゃあね!」
プツッ。
一方的に切られた通話。
くらりと眩暈を覚え、僕はベッドへ倒れ込んだ。どうして母親という存在は、こうも人の話を聞かないんだろう。
「はぁ……サイアクだ……」
――明日カナがうちに来る。約九ヶ月ぶりに顔を合わせる。
そう実感した瞬間、心の中に結んでいた『願掛け』の糸がプツンと切れた。
本当は、カナの受験が終わるまで意地でも会わないつもりだった。それくらいしなきゃ、神様は“願い”を叶えてくれない気がしたんだ。
だってアイツは、僕と同じ大学に行きたいと言ったから。あまり賢くないくせに、死ぬ気で勉強するって言うから。
「分かった、それなら僕も全力でサポートする。合格したら何でも言うこと聞いてやるから、頑張れ」
馬の目の前にニンジンをぶら下げるがごとく、僕はカナの餌としてぶら下がってみた。
俄然やる気になったカナは、じわじわと成績を上げて、ようやく合格圏内へ突入。
そのご褒美に、クリスマスはちょっと奮発して、カナが欲しがっていた誕生石のネックレスを贈った。忙しい授業の合間にバイトを入れまくって。
そして、合格祝いには同じデザインの指輪をあげよう……なんて計画しているくらい、僕はきちんと『彼氏業』をこなしているつもりだ。
例の噂話――芽衣さんとの“デート”の件は、残念ながらただの誤解。
カナに寂しい思いをさせているのは事実だけど、浮気だとか放置プレイだとか、周りから責められるようなことなんて何一つ――
「あ、そーいえば、一つだけあったかも……」
ふらつく身体を持ち上げ、僕はパソコンの前へ。羊のイラストが描かれた一枚のCDをセットする。
このCDは、カナから届いたクリスマスプレゼントだ。同梱されていたグレーのマフラーはさっそく愛用しているけれど、こっちを聴くのを忘れていた。
メディアプレイヤーの再生ボタンを押し、僕はヘッドホンをつけて再びベッドへダイブ。
てっきりカナがハマっているという、ボーカロイドの曲でも入っているのかと思いきや……。
『……ユキヒロさん、こんばんは。えっと、カナです』
流れてきたのは、ケースに描かれた羊みたいにおどおどした囁き声。ボカロ曲じゃなくボイスメッセージだったようだ。
真剣な面持ちで原稿を読み上げるカナの姿が浮かび、つい頬が緩んでしまう。
『冬のお布団って、温まるまで時間がかかるし、なかなか寝付けないですよね。そんなとき、これを聴いてくれたらなって思います。ではいきますよ……羊が一匹、羊が二匹……』
と、始まったカナの朗読。
鈴が鳴るようなその声は優しく心地よく、僕を穏やかな微睡みへと誘う。
そして僕は、今年の初夢を見た。
舞台は真冬らしからぬ南国のビーチ。そこに現れたのは、白いビキニ姿のカナだ。
ビキニといっても水着じゃなく、モコモコのニット素材。長い黒髪にはカチューシャがはめられ、そこからくるんと丸まった羊の角が生えている。
まるでグラビアアイドルみたいにセクシーな『羊コスプレ』姿のカナが、とろけるような笑みを浮かべて僕へと歩み寄る。
ちなみにこれが百パーセント夢だと分かるのは、ビキニの胸にしっかり谷間ができているからだ。
夢の中のカナは、まさしく僕の理想そのもので……。
『ユキヒロさん、触ってください……』
甘い囁きに導かれ、僕は両手をワキワキさせながら前方へと伸ばし――
ピンポーン。
「――ッ?」
突然響き渡った無情なチャイムが、僕を現実へと引き戻した。
「やっべ、寝過ぎた……」
レースのカーテン越しに降り注ぐ、明るい朝の日差し。暖房とパソコンはつけっぱなしで、床には外れたヘッドフォンが転がっている。
時計を見ると、一月二日午前十時。
「うわ、丸一日寝てるとか、ありえねーし……」
バイトと麻雀で徹夜続きだったからとか、強力な風邪薬を飲んだからとか、そういうレベルの話じゃない。
これはどう考えても『催眠CD』の影響だろう。
パソコンのディスプレイを見やると、リピートモードのCDは未だにエンドレス再生中。収録時間はなんと六十分。
つまりカナは、一時間ずっと羊を数え続けていたということか。一匹三秒かかるとしても千匹以上になる。
「ったく……バカなやつ」
軽く苦笑した後、僕は玄関へ向かい「ちょっと待ってろー」と叫んだ。寝ぐせはひとまず放置し、顔を洗って寝汗でびっしょりのスウェットを着換える。
そして三分後、おバカで可愛い『羊娘』を迎え入れようとドアを開き……。
ピシッ、と固まった。
「こんにちは、ユキ君。明けましておめでとう」
寒風吹きすさぶマンションの通路に立っていたのは、栗色の巻き髪を揺らした一人の美女だった。