物語愛好彼女
「ん、新刊」
ドサドサと置かれた本は私の読むべき本。
十数冊の小説だ。
私は一番上の本を手に取り表紙を撫でた。
紙とインクの匂いが愛おしい。
「有難う、愛してる」
私がそう言うと相手はあからさまに顔を顰めた。
そしてその表情のまま私が愛しているのは本だろう、と言う。
まぁ、そうだけど。
本を開きながら笑えば溜息が降ってくる。
失礼な人。
本を読み始める私が座るソファーに同じく腰を下ろす彼。
そのまま体を此方に倒して来る。
重いし猫っ毛だから擽ったい。
「いつになったら俺を愛してくれる?」
私を見上げながら小説の文字を隠すように本を押さえ込む彼。
骨ばった大きな白い手。
男の手だと思う。
そして、ペンだこが出来てインクに汚れたその手。
……作家の手だ。
物語を描くその手が私は好きだ。
本にブックマークを挟み彼の手を握った。
私よりも高い体温が心地いい。
私は顔に笑顔を貼り付ける。
好きよ、大好きよ。
「愛してるわ」
私の言葉に苦虫を噛み潰したような顔をする彼と、その顔を見て笑みを濃くする私。
ごめんね、と心の中で謝るんだ。
彼は私の『愛してる』の本当の意味を知っている。
だから『いつになったら、俺を愛してくれる』と聞くんだ。
私は本が好きだから、大好きだから、人が作るものは愛せても本人は愛せない。
私が愛しているのは彼の手。
彼の世界。
彼の才能。
『彼』を愛せない。
私が愛せるのは『彼』の欠片だけなのだ。