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盲目少女  作者: 三宮祐吏
後日談
7/7

盲目少女 麗らかな一日

 温かな秋のある日、私は久しぶりに彼女に会いに行くことにした。

 もぅ、なにも心配することはないよ。と笑顔で言う為に――。


 心に残るしこりはなくなった。

 今私の心は晴れやかだ。

 というのも、私たち二人はあのマンションから引っ越してきたからである。俗にいうところの、心機一転。


 流石に寝室に合った家具類は血生臭くなり使い物にならなかった。

 それは捨てるのを当り前として。他の家具も捨てた。

 彼も同じ気持ちだったようで、迷惑な願いかと思ったけれども彼はあっさりと了承してくれた。やはり他人に使われた家具なんかいやだったのだろう。

 ついでに部屋のレイアウトに興味なかったのか、好きに新しい家をレイアウトしていいとも言われている。

 なので、黒を基調としたハードボイルドでシックな感じにしてみた。リビングに入ると、昼間にも関わらず暗く見える。その中の小物を白にするだけでハードボイルドだ。見えない私には、ハードボイルドが何かなんて、実際にわかってないだけで。


 引っ越し完了まで兄を殺してから2日もたたずに終わったのは、もともと彼が引っ越すつもりだったのだろう。兄の様子を観察している間、彼は不動産屋にに行ってたのかもしれない。

 その様子を思い浮かべ、あまりにも似合わなく私は小さく笑った。


 ***


「病院に行きたいの」

 その日、人を殺していたのか、それともただ単に廃工場にでも出向いたのか。おそらく前者だろう、妙に体を鉄臭くして帰って来た彼に、私は了承を求めた。

 今日は花火の臭いがしない。拳銃は撃ってないようだった。

「お前、具合悪かったンかよ」

 具合が良いかと言われれば、最近は前よりも良くなってきているに決まっている。あの兄を殺しているのだ。心が軽くないわけがない。頻繁に起こっていたぜんそくだってほとんど起きていないのだから。

 せいぜい彼にタバコの煙を吐かれた時くらいだ。

 まぁ流石に、視力は全くの回復の兆しを見せなかったが、それは仕方ない事だろう。

 いつか彼の顔もクリアに見えるといいなんて思うのは内緒の話だ。

「違うの。お母さんの様子を見に」

「ああ」

 そういう彼は毎月母の入院代・治療費を払ってるはずなのに、そういえばいたな。程度の反応だった。

 彼の立場が高いのか低いのか分からないけれども、多分母に出している金なんて、端した金ににもならないのだろう。

「勝手にしろ」

「車も出してほしいの」

 こういう時、障害者は不便だ。バスの時刻表でも見れればいいけれども、文字なんて読める訳が無い。

 迷惑になっているのを承知の上で頼んでいるのだが、はたして彼にそれは分かっているのだろうか。

「ダメ?」

「……いつだよ」

 私の顔がほころんだ。

「次の、休みの日でいいよ」


 ***


 最後に母を見たのは、まだ彼のもとに行く前。私が高校を辞める前なのだから、もう4、5年前だ。

 そんな長い間母を放置してしまった申し訳ない気分になる。

 病室に行ったら真っ先に謝ろうと思った。

 彼は駐車場まで来てくれて、そのまま待っててくれるそうだった。

 待っててくれることに感謝して、早めに切り上げなくてはならないと思っていたのに、降りる直前

「ゆっくり会話してこいよ」

 と言ってくれて、一瞬動きが止まった。

 ぼやけてて表情をはっきりと読み取ることはできなかったが、なんとなく赤いのはわかった。

ただそれは、珍しく心配してしまった自分に照れたのか、それとも私に気を使った自分に照れたのか。どちらかはわからない。けれど結局は同じことだ。


 いざ病室に入ると、母は私の事が分らなかったらしく、きょとんとしていた。

「お母さん、久しぶり」

 その声で私だとわかってくれた母は、ベッドから起き上がり、力強くわたしを抱きしめてくれた。

 そうして互いの近況交換に華を咲かせた。もっとも、病院で過ごしていた母にとって、話す事はさほど多くない。結局は私の話が大部分となった。

 最近病弱だった私がそうでもなくなってきたという事。

 ヤクザにお世話になってること。

 兄がこの世から居なくなったという事。

 しかしなぜだろう。私が話を進めるのに比例して母の表情も悲しい物になっているのに気がついた。

「お母さん?」

 小さく呼び掛けると、「大丈夫なの?」と聞かれた。

 大丈夫って何が――?

 そう思ったけれども、口に出してはいけないような気がした。

 ヤクザの彼と住んでいることだろうか。それとも、兄を殺して警察に捕まらないかということだろうか。

 彼と一緒に住んでて、いつ捨てられるかわからない。たしかにそれに対しての不安があるが、私は既に人生でやりたいことはやった。もし彼にいらないと言われれば、風俗にでも売り飛ばせばいいんじゃないかと他人事のように思っている。

 後者に対しては、なんとも言えなかった。結局、私は殺してほしいと願っただけで、それを実行したのも、後始末をしてくれたのも彼だったからだ。もしかしたら裏に沢山の人が糸を引いてるかもしれないけれども。

 だから、その質問の意図は理解できなかったけれども、私は笑顔を作る。

「大丈夫だよ」

 母が、さっきよりも悲しい顔をしたのが、気配で伝わってきた。

「お父さんの敵は取ったよ? お母さんの心労の種は取り除いたよ。だからもう大丈夫」

 とうとう母は泣き崩れた。

 だけれども、何に対して、泣いているのか。

 考えた末に出てきた答えは、嬉しなきだった。


 ***


 事の顛末を帰りながら話すと、彼はハンドルから手を離して手を打ち笑った。

「直線だけど、危ないから」

 それでも彼の笑い声は止まらない。

「変なものでも、食べたの?」

「違ぇよ! まさか分からないとはな! さすが、お前だけなことはある」

 人の事をお花畑の住人みたいに言うのはやめてくれないだろうか。

 自分でも珍しいと思うくらいに珍しく憤慨すると、彼の笑いはようやくおさまった。

「そりゃお前、兄妹で殺しあったんだぞ」

「きょうだい?」

 その言葉に、違和感があった。兄は、”兄”という記号でしかない。”兄”という名称だけで、そもそもきょうだいとすら考えてなかった。

「お前ってやつはよォ、壊れてない様で、ブッ壊れていやがるからオモシレェ」

「そんなことないよ。お酒だって飲まないし、クスリにだって手を出してないから。それに、もう中退したけどそれなりに頭の良い高校だったもの」

 反論する私に対して、彼は笑うばかりだった。

 少し、そんな彼の事がむかつく……。

 報復(しかえし)をしよう。なぜ母が泣いたのか答えを教えてくれない彼の為に。

 ――今日の夕飯は、彼の嫌いは物ずくしにしよう。

 彼の嫌いは物は何か。

 母の理由なんて忘れて、私はそっちに気を持って行った。

 そんなことに違和感なんて感じなかった。



これにて本当に完結です。蛇足?的な話にお付き合いありがとうございました。


WEB拍手に小話掲載しています。よろしければ読んでみてください。


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