盲目少女 こゆきまうかいか
「お兄ちゃん!」
幼子が、少年に向かって走ってゆく。その足取りはいまいち安定しなくてふらふらしている。年相応の、可愛らしい走り方。
「まってまって」
少し意地悪のつもりなのだろうか。少年は小走りで幼子と距離をとる。
「まって、お兄ちゃん、まって!」
懸命に走り兄に追い付こうとしている幼子はほほえましい光景だった。
***
「何見てんだ、オマエ」
「子供」
目の前にある公園で走り回っている子供を見て、私は言った。飛び出た声は自分でも驚くくらい、何のよくようもない声だった。
「見えるのか?」
さも、不思議だというように、彼は笑う。いや、嗤った。
私たち二人の間に、恋愛感情というものはない。あるのは……何なのだろうか。
とにかく私は彼にそんな風にバカにされたとしても、なんとも思う事はない。
「外郭だけだよ。声が、聞こえるから」
「あぁ」
今度は彼は、完全に嘲笑うイントネーションと口調だった。
「別に、兄の事を思い出してたわけじゃないよ。昔はあんな風に走り回っていたかもしれないけれども、私が覚えている限り、煙を吐きかけられたり、わざと閉じ込められたりだったから」
良い思い出なんてこれっぽっちもない。
「最近、出掛けないね」
「そりゃおま、今正月だからな」
「ああ。そうなんだ」
正月なんて、あってないようなものだ。特に今年は。忘れていた。それほどまでに、兄が居なくなったのに舞いあがっている自分に気がついた。
「お母さん、元気かな?」
「またかよ。この前、見舞いに行っただろってンだ」
「喜んでたよ、兄が居なくなって。泣いてたからね」
でも具合が急変することだってあるんだよ。
「また見舞い行くんか?」
その言葉に、私はゆっくりと首を振った。
「行かない」
「んで?」
「また泣いてる顔は見たくない」
ほんとは泣いているかなんて私にはわからない。だって、母の顔もぼんやりとしか見えなかったし、流れる涙もはっきりとしていたわけじゃない。
なんとなく、雰囲気で察しただけだ。
「……俺は、お前がずっと分からねぇままでいてほしいよ」
何がだろう。
そう思ったけど、彼の考えることはいつもよくわからないから、深くは考えない。
「お昼食べよう」
今までずっと見ていた公園で遊ぶ子供たちから離れて、お昼ごはんを作る為にキッチンに行く。
そういえば、兄は、いったいどんな顔をしていたのだろう。
昔のことを思い出しても兄の顔は出てこなかった。一緒に暮らしていた時も顔を近づけるのも嫌だった。結局、兄の顔は見ていない。
でも不思議なことに顔が思い出せない事に対して、なにも感じることなんてなかった。
病院訪問編(?)はまた後日。
今年が皆様にとって良い年でありますように。
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