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バナナ系男子

作者: 藍川コハク

バナナ系男子


初恋はレモンの味といいますが…

私には忘れられないバナナ味の恋があります

それは夏休みのこと


朝からとても暑い日でした

夏休みも終盤で宿題を溜め込むタイプの私はまだまったくやっていないし、外は容赦なく太陽が照りつけて暑いので文化祭の準備のため学校へ行くのを面倒に思っていました

それでもこの暑さの中、買い出しで街を歩くよりはまだましだと自分自身に言い聞かせ、

「早く終わらせて帰ってこよう」

という決意を胸に家を出ました


学校に着いてひとつため息

「あつ…」

買い出しを避けた私の役割は予算と物品の管理となりました

そしてもうひとり私と同じ役割を任された男子がいます

彼とペアでこれから準備していきます

今日は教室で彼と待ち合わせて、予算表の作成と購入品や物品の貸出状況をまとめようという約束でした

教室に明かりはついていませんでした

だからてっきり彼はまだ来ていないと思い込んで扉を開けた私は「あ…」と声を漏らしました

窓際の席に彼はいました

堂々と机の上に座って脚を組み、耳にはイヤホンをし、下敷きで自分をあおぎながら窓の外を眺めていました

その視線がゆっくりと私に向けられました

「おはよう」

彼は涼しげに微笑んでそう言いました

これは…ちょっとかっこいい、かも

いきなり私の心拍数は上がります

私は「お、おはよ」と返すのが精一杯でした

とりあえず電気をつけて彼のうしろの席に腰をおろすとにしました

その間に彼はイヤホンをポケットに仕舞い、椅子に座りました

机をひとつ隔てて私たちは向かい合います

「じゃあやろっか、紙持ってる?」

「あ、はい」

少しもたついた手つきになりましたが、私は予算表と購入品、物品の貸出状況記入用紙がそれぞれ数枚ずつ入っているクリアファイルを鞄から取りだしました

「こっちが各班の報告ね」

彼も鞄からファイルを取りだしました

これを計算してまとめ、クラスの表を作成し、先生に提出するまでが今日の仕事内容です

「じゃあ僕が購入品と貸出状況のまとめをやるから予算表をお願いできるかな」

「え、でもそれじゃあーーー」

彼のほうが負担が大きくなる、という私の考えを読んで彼は

「ううん、予算の計算も大変だと思うから、こうしよう?」

と言いました

それでもやっぱり彼のほうが負担が大きいと私は思います

けれどできるだけ負担にならないほうを私に譲ってくれていると解釈することができます

「…うん」

そんな小さなやさしさに私は弱いです

これは…性格もかっこいいなぁ


蝉の声、紙の擦れる音、蒸し暑さ、空腹…

「終わった!」

正午を過ぎた頃、私は計算を終えて大きく伸びをしました

「お疲れ様」

そう言って微笑んでくれた彼に、終わった嬉しさで自然と私も頬がほころびます

そして彼は何気なく予算表を手に取り、眺めました

程なくして「あれ」と声があがります

「どうしたの?」

「ここ、この計算が…」

指し示されたところを見てみると「あ、ミスってる」ことに気づきました

「ん?てことは…」

「うん、ここからあとはもう一回計算し直さないとーーーごめん、お腹すいた」

「え?あ、私も」

突然言われましたが空腹なのは自分も同じでした

「ごはん食べてから続きやろう?」

鞄を探り、ビニール袋の音がして彼はクリームパンを取りだしました

しかし私は今日、昼食を持参していません

「あ、じゃあ私、駅前のコンビニで何か買って…あれ、財布が」

何か買ってこようと思ったのですが財布が見当たりません

あっ、そういえばーーー

「うわ、持ってくるの忘れた」

文字通り私は頭を抱えました

なにやってんだろ、自分…

どうしよう…

「行こっか、コンビニ」

「えっ?」

彼は財布を持って立ち上がりました

「ちょうど、もうひとつパンを買おうと思ってたんだ

僕が払うよ」

「でも…」

申し訳なくて、そして自分が情けなくて私は渋っていました

しかし彼は明るく「行こう」と私の手を取りました


計算はミスるし、財布忘れるし、それで彼に迷惑までかけて…

コンビニでパンが並ぶ棚を前にして私はそんなことを思っていました

冷房がよく効いています

となりの彼は楽しげにパンを選んでいます

「あの、今度絶対お金返します」

「うん

ねぇ、これどう?おいしいかな?」

中にチョコたっぷりと書かれた袋のパンを見せられました

そのパンは以前食べたことのあるパンでした

そのときの記憶では確か…

「それ、チョコ少ないです」

口許に手をもっていき、小声で彼に言いました

棚をざっと見て、私はチョココロネを指しました

「チョコならこれがおすすめです」

彼はチョココロネに決めたようでした

私も素早くできるだけ安いパンを選びました

結果、私の今日の昼食は安いけれど大きい105円のメロンパンと最後に彼に「なにか飲む?」ときかれて一緒につけ足した84円のアップルジュースとなりました

コンビニを出るとき

迷惑かけてごめんなさい、それと

「ありがとう」

彼に告げました

その言葉の意味を汲んだ彼は「気にしなくていいよ」と返してくれました


ごはんを食べてからは自分でも驚く程の集中力で計算を進めていき、彼の作業が終わってすぐに私も完成させることができました

「出来た!」

ふわっと甘い香りがしました

「お疲れ」

目の前にすっと半分にしたバナナが差し出されました

戸惑っている私に「あげる」と言って渡し、彼は自分のバナナの皮を剥きはじめました

「あ、ありがとう」

まさかバナナが出てくるとは思わなかったけれど…

なんだかこういうときに食べるバナナはいつもと違う味がするような気がしました

最後にもう一度チェックして計算ミスがないか確かめました

「私、出してきます」

今日は迷惑をかけてばかりだったのでお詫びの意味も込めて先生に提出しに行くことを志願しました

「じゃあよろしく」

ホッチキス止めした紙を手に私は職員室へ向かいました


出し終えてやっと役割を果たした達成感を得ることができました

教室へ戻る足取りは軽いものになっていました

勢いよく扉を開けると先程食べたバナナの香りがまだ残っていました

「おかえり」

「ただいま」

その香りに包まれて二人で笑い合います

もう一度席に着き、下敷きでパタパタと自分をあおぎます

彼もパタパタと下敷きを動かしながらふと窓の外に視線をやりました

「まだまだ暑いね」

それにつられて私も外を見ます

「うん、でも、夏は好きかも」

太陽はてらてら輝き、鮮やかにこの街を照らしだします

私は本当に彼とペアを組むことができて良かったなぁと思います

まだ外を見たまま「あのさ、」と彼は切り出しました

「なに?」

私は彼の横顔を見つめます

視線を合わせ、そらし、もう一度合わせた後、いたずらをした子どもが見せるようなはにかんだ笑顔で彼は私に告げました


「僕、君のこと好きかも」

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