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黒刀  作者: かとぶ
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第六章 邂逅

 第六章 邂逅(かいこう)


 1


 いけない、また眠くなってた。

 まぶたが重くなったことに気がついて慌てて首を横に振った。

 大学の広い教室。黒板の前で教授が淡々と授業をしている。その内容をノートに書き込んでいたら、いつの間にか眠りかけていたみたいだった。

 周りを見ると、寝ている学生が多い。高校ではまず考えられない光景だった。その中でちゃんと授業を受けている人は私以外に何人いるだろうか。

 でも、みんなの気持ちもよくわかる。この授業の教授の話はとても小難しく、何を言いたいのかよくわからなかった。

 窓の外を見ると、緑の葉が生い茂った大きな木が見える。この大学の名物と呼ばれている木だった。その木を中心に広い中庭が広がっていて、学生の人が遊んでいた。

 私もあんなふうに遊びたかった。でも、将来のことを考えるとそれができなかった。

 それでもつい言いたくなる……。

「取る授業間違えたかなあ」

「取る授業間違えたかなあ」

 そうつぶやいたのとほぼ同時に、同じ机の列に座っていた男の子が同じことを言った。その男の子と目が合う。

「あれ、今、同じこと言ったよね?」

「う、うん……」

 私は慌てて眼鏡をかけ直して言った。

「面白い。こんな偶然あるんだ」

 彼はお腹を抱えて笑って、また私のほうを見た。

「えーと、隣いいかな?」

「ど、どうぞ」

 私がそう言うと、その男の子は隣の席に座った。目のやり場に困っていると、男の子の手元に視線がいった。彼のノートに何かが描いてある。

 彼も私がそれを見ていることに気づいて「ああ、これ?」と言ってノートを見せてきた。

「この授業つまらないからさ、暇だから描いてたんだ」

 そこには女の子の似顔絵が描かれていた。シャーペンで描いたとは思えない上手な絵だった。

「すごい……」

「この子、誰だかわかる?」

 彼は笑顔でそう聞いてきた。「ううん」と首を横に振ると、彼は笑って私のことを指差した。

「これは君だよ」

「え?」

よく見ると、確かにその絵は私の横顔だった。鏡でいつも見ている自分の顔とほとんど変わらない。

「絵を描くのが好きなの?」

「うん、子供の頃からずっと描いてるからね。でも、この絵は特別だよ。同じ列に可愛い女の子が座っていたから、いい加減に描いたら台無しになっちゃうからね」

「え、それって……」

 私が驚いても、彼は笑顔のまま何も言わなかった。無意識のうちに頬が赤くなった。

「僕は西馬千秋(さいばちあき)。君は?」

「吉丘、吉丘絢音(よしおかあやね)」

「絢音ちゃんか。いい名前だね」

 彼はまた笑って手を差し出してきた。いきなり名前で呼ばれたけど、悪い気はしなかった。

「これからよろしく、絢音ちゃん」

「こ、こちらこそ……」

 遠慮がちに差し出した私の手を彼はしっかりと握り締めた。 

 これが後に私の恋人になる人――西馬千秋との初めての出会いだった。


 2


 2014年1月17日 午後九時。


 夜の空から白い雪が降っている。2013年が終わって、湯田月の町はまた一段と寒くなってきたような気がした。この日、仕事を終えた私は糸井さんに誘われて、町の通りを歩いていた。

「ほらほら、見つけた。あの店だ」

 前を歩いていた糸井さんが道路の対面を指差す。その先に『季節風』と書かれた居酒屋があった。

「糸井さん、あそこ居酒屋ですけど……」

「俺の行きつけの店なんだ。もしかしたらサービスしてくれるかもな」

「いえ、そういうことではなくて……」

「気にするな、俺の奢りだ。それにここ最近、忙しくて休む暇がなかっただろ。ほら、行くぞ」

 糸井さんは私の返事を待たずに居酒屋の中に入っていく。私はため息をついてそのあとに続いた。

店内に入ると、仕事を終えたサラリーマンの人たちが机に集まって話をしたり、お酒を飲んでいたりした。今日の仕事の疲れをここで癒しているのだろうと勝手に想像する。

「おー、糸井さんじゃないですか」

「久しぶりだな、店長」

 店の奥から現れた初老の店長が笑顔で出迎えてくれた。「どうぞどうぞ、奥の席あいてますよ」と言って、店長は奥にあるすだれで仕切られた和室を案内してくれた。

 私と糸井さんが席に座ると、店長は笑顔でおしぼりとお茶を持ってきた。

「店長、いつものやつを頼むよ」

「はいはい、わかってます。それにしても、糸井さん、このところ最近来てくれないと思ったらこういうことだったんですね」

 店長はなぜかにやにやしながら私のほうを見てきた。その瞬間に糸井さんは「は、早く用意しろ!」と慌てて言った。

「はいはい、すぐにご用意しますよ」

 店長はまた笑って調理場のほうへ戻っていった。店長が姿を消すまでその背中を睨んでいた糸井さんは私のほうを見た。

「すまん、気を悪くしたか?」

「いえ、仲良さそうですね。あの店長さんと」

 そう言うと、糸井さんは笑みを浮かべてお茶を啜った。

「この町に来てから毎週来ていた店なんだ。いつの間にか、仲良くなってしまってな。まあ、最近は色々な事件のせいで来る暇がなかったが」

「このところ忙しかったですからね」

「良かったのか? 明日は休みだが、今日は早く家に帰りたかったんじゃないのか」

「いえ、そんなことはありませんよ。糸井さんからお誘いを受けるなんて久しぶりでしたから」

「そ、そうか……」

 なぜか糸井さんはまた慌ててお茶を飲んだ。

「へーい、お待たせしました」

 そこへさっきの店長が他の店員と共に現れて、天ぷらや生ビールなどの様々な料理を運んできた。

「よし、色々あったが、今日は何もかも忘れて飲もう!」

 糸井さんはそう言って生ビールの入ったジョッキを両手に持って片方を差し出してきた。

「あの、これを飲むんですか?」

「どうした、飲めないのか?」

「いえ、そうではありませんが……。私、お酒を飲むとちょっと……」

 遠慮気味にそう言ったが、糸井さんはジョッキを差し出したままだった。

「絢音、いいから飲め。上司の命令に拒否権はないぞ」

「わ、わかりました」

 恐る恐るジョッキを受け取った。

「よし、乾杯!」

「か、乾杯!」

 私たちは同時にビールを一気に飲んだ。

 それから三十分後。

「私だって……私だって、中西さんが捕まったのは悔しいんですよお! 糸井さんもそうなんでしょう!」

「そ、そうだな……」

 この時の私はかなりお酒を飲んでいて性格が変わっていた。

「中西さんは仕事よりも家族を優先した立派な人なんですよお! それを菅原部長は……部長は……。部長には血も涙もないっていうんですかあ!?」

「おいおい、その話をするなって言ったのはお前だろ。部長が何を考えているのかわからないのは今回に限ったことじゃない」

「何でそんなこというんですかあ。私は、糸井さんのことを思って言ってるんですよお!」

「ああ、わかってる。ありがとな、絢音」

 そう言われた瞬間、ただでさえ体温が熱くなっていたのに、また一段と体が熱くなったような気がした。私は慌てて水を飲んで机に顔を伏せた

「照れてんのか?」

「……照れてません」

「そうか」

 糸井さんは何も言わずにお酒を飲んだ。私も机に顔をつけたまま何も言わない。

 しばらくの間、沈黙が続いたが、私のほうから口を開いた。

「糸井さん。私が刑事になった理由、知ってますか?」

「ん? ああ、知ってるぞ。親父の意思を継いだんだろ」

「それもありますけど、他にも理由があるんです」

「へえ、何だ?」

「それはですね……」

 その時、私は糸井さんにどこまで話したのかよく覚えていなかった。

 

 3


 時間は深夜を過ぎていた。意識がはっきりとした時には居酒屋の前にあったベンチに座っていた。

「目、覚めたのか?」

「あれ、私……」

 目をこすりながら辺りを見回すと、隣の席に糸井さんが座っていることに気付いた。

「ったく、飲み過ぎなんだよ、お前。まあ、いつもと違う絢音を見れたのは良かったけど。歩けるか?」

「すいません。でも、大丈夫です。ちゃんと歩けますから」

 少しふらっとしたが、意識はしっかり戻っていた。

「家まで送るよ」

「大丈夫です。私の家、ここから遠くないので」

「いや、こんな夜中に女ひとりで帰らせるのはどうかと思うんだが」

「失礼ですね。これでも、私は特捜課の刑事ですよ。一人で帰れます」

 きっぱりとそう言うと、糸井さんは「そうか」と言ってなぜか残念そうな表情をした。しかし、すぐにいつもの表情に戻った。

「わかった。じゃあ、また署で会おう」

「はい、今日はありがとうございました」

 そう言うと、糸井さんは手を上げて人ごみの中へ姿を消した。

 私は彼の姿が見えなくなるまでその場にいた。

 良かった。中西さんのことで落ち込んでいたようだけど、少し元気になったみたい。

 明日また糸井さんにお礼を言っておこう。

 そう思ったあと、駅の近くにある自宅へ向かおうとした。

「え……」

 目に止まったのは偶然に近かった。一瞬、見間違いかと思ったし、酒に酔っているせいだと思った。でも、その人は横断歩道を渡って反対側の通りへ向かおうとしている。

「千秋(ちあき)?」

 信じられない。彼がここにいるはずなんてない。

 しばらく呆然としていたが、千秋から全く目が離れなかった。

「まって、千秋!」

 彼を見つけてから数秒たってようやく私は走り出した。しかし、運悪く信号が赤に変わり、歩道を渡れなくなった。

 千秋はまっすぐ歩きながら裏路地のほうへ入っていく。それと同じタイミングで信号が青になった。歩道を渡り、夜の人ごみをかいくぐって千秋の消えた裏路地に入った。

 町の通りであんなに明るかった光が路地にはほとんど届いていない。

「千秋……」

 見間違いかもしれない。それでも、私は迷いなく路地を進んだ。

 騒がしかった通りから離れるにつれて、静けさが広がっていき、とうとう自分の呼吸する音だけが聞こえてきた。音のない恐怖。でも、私は立ち止まらずに前へ前へと足を運んだ。

 奥に進むにつれて何かの匂いがした。

「血?」

 遺体で何度も嗅いだような匂い。それは間違いなく血の匂いだった。

 その匂いが濃くなり、異変を感じて携帯のライトで前方を照らした。思わず叫びそうになって手で口を押さえる。衝撃で頭が混乱した。

 

 4


 千秋と知り合いになったのは大学に入って一年ぐらいが過ぎた時のことだった。私は法学部で、千秋は文学部だった。法律の授業では会えないけど、個人的に受講していた歴史の授業はいつも彼と一緒だった。

 地方出身のため、下宿で大学に通っていた私に知り合いは一人もいなかった。地元の人たちはみんなで集まって仲良く話していたが、ただでさえ人見知りな私は一人で授業を受けたり、ご飯を食べたりしていた。

 でも、それが苦になっていたわけじゃない。一人のほうが勉強に集中できるし、時間の管理もちゃんと出来る。何より、自分の夢を叶えるためにはこの大学が一番良かった。

 幼い頃から私は刑事になりたかった。母に刑事ドラマを見させられていたこともあるけど、それ以上に刑事になりたい大きな理由があった。私が中学生の時に亡くなった父のことだ。

 私の父も二十年近い経験を持ったベテランの刑事だった。しかし、父はある事件で犯人の銃弾を受けて殉職した。

 父は誰からも信頼されていた立派な人だった。私ももちろん尊敬していたし、誰よりも父のことを誇りに思っていた。

 そんな父がある夜に突然亡くなったと聞いた時は、信じられない気持ちでいっぱいだった。連絡を受けて泣き崩れた母の姿を今でもよく覚えている。

 その時はただ呆然としていたけど、しばらくして現実を知り、私もとても悲しんだ。仕事で疲れているのに、いつも私とお母さんに笑顔で「ただいま」と言ってくれる父とはもう会えない。そう考えただけで涙が出た。

 父はどんな人生を送ってきたのだろう。

 そんなことを考えるようになったのは父の葬儀が終わってしばらくしてからだった。

 いつも命懸けで事件を捜査していた父が何を考えて刑事という仕事をしていたのか、とても気になるようになった。

 その気持ちが大きくなって刑事になりたいと思うようになるのに、時間はかからなかった。

 もちろん、母は父のこともあるので大反対した。でも、私は決して自分の意思を変えなかった。

 それまで将来のことなんて深く考えたことがなかった私にとって、刑事になるのは唯一の夢だったからだ。

 母の反対を押し切って家を飛び出し、この大学に入ってからも後悔をしたことは一度もなかった。

 この一年、サークル活動も行わず、ただ勉強に躍起になった大学生活を送っていた。

 そんな日々に少し疲れを感じていた頃に私は千秋と出会った。

 女の子ともろくに話をしたことがなかった私にとって、千秋との話は全てが新鮮だった。

 お互いの趣味や高校の生活、大学を卒業したあとはどうするつもりなのかについても話した。

「へえ、絢音ちゃんは刑事を目指してるんだ」

「子供の頃からの夢だったの。私、どうしても刑事になりたくて、お母さんにはすっごく反対されたんだけど」

「きっかけがどんなことでも、夢があるのは素晴らしいことだよ」

「あ、ありがとう」

 何だか照れくさくて、私が逆に千秋に聞いてみた。

「千秋くんの夢は?」

「僕? 僕はこれだよ」

 そう言いながら千秋は一冊のノートを見せてきた。彼と初めて出会った時に持っていたあのノートだった。そこにはシャーペンで描かれたたくさんの絵があった。

「僕はね、自分の絵を美術館に展示して世界中のみんなに見てもらうのが夢なんだ。もちろん、夢のまた夢の話かもしれないよ。でも、やる前からあきらめたくないからね」

「大丈夫、千秋くんならきっと叶えられるわよ」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

 いつの間にか、私は千秋に色々なことを話して、彼からも色々な話を聞いたような気がする。大学に入ってから、こんなに自分のことを話し、人のことを知ったのは初めてだった。

 大学に来る度に私は千秋と会うことを楽しみにしていた。それだけで勉強だけの時間が多かった大学生活はとても充実しているように思えた。

 千秋ともっと色々な話をしたい。

 そんな思いが強くなり、大学二年の夏休みに入ろうとしていた頃だった。

「僕たち、付き合わないか?」

 大学の帰り道で千秋にそう言われて一瞬頭が真っ白になった。

「どうして?」

「もちろん、好きだからだよ」

 千秋は顔を赤くして言った。

「僕が大学で一番楽しいのは授業でも絵を描くことでもないよ。絢音と話す時間が一番楽しいんだ。だから、ずっとこんなふうに絢音と話をしたいって思った。僕、もっと絢音と話がしたいんだ」

 千秋は真剣な表情で私を見つめた。

「返事を聞かせてもらっていいかい?」

 そう聞かれて私の心臓の鼓動が高鳴った。ようやく自分の気持ちに気付いたような気がした。

「その……本当に私でいいの?」

「うん、絢音じゃないとだめなんだ」

 千秋はさらに顔を赤くした。千秋も私と同じ気持ちだった。

「わ、私で良ければ、よろしくお願いします……」

 まともに千秋の顔が見れず、小さな声でそう言うのが精一杯だった。だけど、その言葉はちゃんと彼に届いていた。千秋は笑みを浮かべて手を差し伸べてきた。

「改めてよろしくね、絢音」

「うん、こちらこそよろしく……千秋」

 私も精一杯の笑顔で彼の手を握った。

 あの時の私は他のことが考えられないくらい幸せだったかもしれない。千秋の存在が私にとってかけがえのないものになっていたのは間違いなかった。

 だから、付き合ってから半年後。千秋が私の前から姿を消した時の衝撃は決して小さいものではなかった。


 5


 2014年1月18日 午前十時。湯田月署。


 糸井さんと別れ、千秋を目撃したあの夜。私は刀で斬り殺された男性の遺体を発見した。

 人が殺人を犯す犯罪はよくあるケースだが、刀人による殺人の犯人はこの町で二通りしかなかった。

 一つ目は黒刀――音坂稜(おとさかりょう)による犯行。しかし、黒刀は余程の理由がない限り、一般人を殺害することがないため、この可能性は極めて低かった。

 だとしたら……。

「自分は『アゲハ』の刀人による犯行だと思います」

 特捜課の菅原(すがはら)部長の部屋で、糸井さんがもう一つの可能性を言った。その可能性が高いと裏付けるのは私の発見した男性の身元だった。

 被害者は湯田月署第一課に所属する刑事だった。『アゲハ』が警察への報復を企んでいることは私たちの中ではもうわかっていることだったので、彼らが刑事を殺したと考えるのは妥当だった。

「私もあなたと同じ意見だわ、糸井。でも、今回の事件の他に刑事が殺されている事件があることを知っていた?」

「え?」

 驚く私と糸井さんに、菅原部長は三枚の写真を取り出した。そこには三人の男性が撮影されていた。

「この三人も同様の傷を受けて殺された刑事なの。この一週間で発生している連続殺人事件の被害者よ」

「こんなに犠牲者が……」

 糸井さんは驚いてその写真を手に取った。しかし、次の瞬間にはその写真を机の上に叩きつけた。

「部長、なぜこのことを黙っていたんですか! もっと早く捜査していれば犠牲者が出るのを防げたかもしれないんですよ!」

「それは我々の命令を受けたからです」

 背後から声が聞こえると、ドアが開き黒いスーツを着た男が数人入ってきた。見たことがある。菅原部長が外へ出かける時にいつも警備させている人達だった。しかし、その人数は以前に比べて倍近くに膨れ上がっていた。

「どうゆうことですか、部長?」

 糸井さんが聞くと、部長は表情を変えずに言った。

「糸井、『アゲハ』はもう行動を起こし始めている。刑事が連続で殺された事件は始まりにすぎないわ。彼らの狙いは刑事ではなく、刀人の捜査を担当し、自分たちの最も脅威となる私たち特捜課、そして黒刀よ。状況は少しずつ深刻になっている。私は第一課の上層部の人たちと協力して対刀人特別捜査チーム通称『刀人特捜隊』を編成した。彼らがそうよ」

 刀人特捜隊って……。

 菅原部長の説明を聞いても状況は全く理解できなかった。糸井さんも愕然としている。

「彼らは刀人に対抗するために特別な訓練を受けている。あなたたち二人を含めた湯田月の警察を守るために行動してもらうわ」

「俺たちはどうなるんですか?」

 糸井さんの質問に対して菅原部長はあくまで冷静に言った。

「今後、この事件の捜査をすることを禁止する。あなたたちの安全を守るためなの。異論は認めないわ」

「そんなの納得できません! 何のために今までやってきたと思っているんですか!」

 糸井さんが部長にここまで感情が露わにしたのは初めてだった。でも、部長は冷静な態度を保っていた。

「異論は認めない。そう言ったはずよ、糸井」

「くっ!」

 糸井さんは拳を握ったけど、奥歯を噛み締めて後ろに振り返った。スーツの男たちの間をくぐり抜けて部屋を出て行く。

「待ってください、糸井さん!」

 私もすぐにそのあとを追った。

 廊下に糸井さんの姿はなかったけど、真っ先に署の屋上へ向かった。

 糸井さんは一人になりたい時はいつも屋上に行く。一年間、彼と捜査をしてきた私だけがそのことを知っていた。

 屋上に出ると、肌にまで寒い風が通ってきた。空から降る雪の量も多くなっている。

 糸井さんは屋上の手すりにもたれていた。何も言わず、たばこを口にくわえながら呆然と町を眺めている。

「糸井さん、ここにいると風邪をひいてしまいますよ」

「ああ、そうだな」

 私が話しかけても糸井さんは町のほうに視線を向けたままだった。口にくわえたタバコを包みに入れて、新しいタバコを取り出す。

「あの女、ついには捜査権限まで剥奪しやがった。中西のことといい、最近の部長は度が過ぎてる」

「連続殺人事件の犯人をどうやって調べるつもりなんでしょうか……」

「さあな、あの部長なら、どんな手段でも使いそうだけどな」

 糸井さんはタバコを踏み消した。

「糸井さんにはわからないんですか? この事件の犯人。刀人を感知できる能力を使えば犯人を特定できるのでは?」

「無理なんだ」

「え?」

「昨日見つかった刑事の死亡推定時刻は、ちょうど俺と絢音が別れた直後だっただろ。だが、その時には刀人の力を全く感じなかった」

「そんな。力を感知できない刀人ってまるで……」

「ああ、稜と同じだ」

 糸井さんは深刻な表情をして、またタバコを踏み消した。

 以前、私は糸井さんに黒刀を感知することはできないかと聞いたことがあった。

「それが出来たら十三年もあいつを追い続けてねえよ。どういうわけか、あいつが力を使っても感知出来ないんだ」

 苦笑いを浮かべながら糸井さんはそう答えた。

 だとしたら犯人は黒刀なのかもしれない。でも、私は昨夜見かけた彼のことが気がかりだった。

 西馬千秋(さいばちあき)。

 あれは本当に見間違いだったのだろうか。大学生の時に千秋は突然行方不明になり、千秋の家族が警察に頼んで捜索をしてくれたが、手がかりを掴むことすらできなかった。私が刑事になったのは父のこともあるが、千秋を探したいという思いも強かったからだった。

「どうした?」

 糸井さんが私のほうを見て言った。

 どうしよう。彼に千秋のことを話すべきだろうか。

 一瞬迷った。でも確証もないため、私は躊躇ってしまった。

「いえ、何でもありません。それより、これからどうするつもりですか?」

「あの女の言われるまま、家に引きこもるのは御免だな。俺はこれまで事件が起こったところを調べてみる。お前はどうする?」

 菅原部長の指示に逆らうのには少し躊躇いがあった。でも、もしかしたらこの捜査で千秋と出会うことがあるかもしれない。

「私もご一緒します」

 私はいつもより強い口調で言った。


 6


 三日後。2014年1月21日。午前十一時。


 菅原部長が編成した刀人特捜隊の目を掻い潜りつつ、私と糸井さんは事件の捜査を行った。当然、菅原部長から許可をもらっていない。スーツだと一目でばれる可能性があるので、私服で調べていた。もし見つかれば相当の罰則をかけられる可能性があったが、私も糸井さんも途中で捜査を辞めることはしなかった。

 その努力も報われたのか、この三日間でわかったことがあった。

 これまでの四人の被害者の共通点を調べると、いずれも第一課に所属する刑事であったこと、そして過去に冤罪の疑いのある事件に関わっていたことが明らかになった。

「やはり、アゲハの連中の仕業と見てほぼ間違いないな」

「そうですね」

 少なくともこれで黒刀の仕業ではないことがわかった。

 昼前の時間帯で四件目の事件現場を調べ終えた。次にどこを調べれば犯人の手がかりを掴めるのだろうか。

「とりあえず昼も近いし、どこかで飯でも食べるか」

「はい」

 糸井さんの提案に従い、現場から立ち去ろうとした時、自然と足が止まった。視線の先にいた人物と目が合う。黒い帽子を深くかぶっているため、顔はわからないが、体格からして男だった。

 その男は帽子の下から私をじっと見ていた。背中に嫌な汗が流れる。

 男はしばらくして町の通りを歩き、近くにある立体駐車場のほうに入っていく。

 なぜかはわからないが、奇妙な気配を感じた。直感とも言えるものだったが、あの男が気になって仕方がなかった。

「どうした、絢音?」

「今の人……」

 その人に意識を集中していたため、糸井さんの声はあまり聞こえていなかった。私は無意識のうちに走り始めた。

「おい、絢音!」

 糸井さんが呼び止めるのを聞かず、私は横断歩道を渡って立体駐車場に入った。

 六階建ての駐車場の内部は薄暗く、外から太陽の光がわずかに射し込んでくる程度だった。

 階段を駆け上がって四階にたどり着いた。入ってきた場所と同じくそこも暗かった。周りを見ると、十数台の車が停められている。

 どうして、あの男が気になったのか、はっきりとした答えはわからなかった。でも何かを感じた。あの男を見失ってはいけない気がした。

 ゆっくりとした足取りで、駐車場の中程まで歩き進む。

「動くな!」

 突然、背後から鋭い声が聞こえてきた。びくっと体を震える。見ると、糸井さんが私に向けて拳銃を構えていた。

「糸井さん?」

「それ以上、絢音に近づくな。でなければ撃つ」

 その言葉で背後に人の気配を感じた。後ろに振り返ると、暗い影の中にさっきの黒い帽子を被った男が立っていた。

 その手には水晶のように透き通った剣が握り締められている。刀人だった。

「絢音、こっちに来い。そいつがおそらく事件の犯人だ」

 糸井さんが男に銃を構えたままだった。私は少しずつ糸井さんのほうへ

後ずさった。

 男は何も言わずその場に立ち尽くしている。

 私と糸井さんの距離が数メートルのところまで縮まった。

「絢音、伏せろ!」

 糸井さんが突然叫ぶ。男が剣を構えて一気に近づいてきた。咄嗟にその場にしゃがみこむと、その直後に頭上に風を切るような大きな音が聞こえてきた。男の剣が近くにあった車にまっすぐ斬り傷をつける。

「離れろ、絢音!」

 糸井さんが叫んだのと同時に銃を発砲する。男が空中にとびあがって銃弾を避けるのが見えた。人間とは思えない身体能力だった。

 男はその後も糸井さんの銃撃をかわしていく、こうなったら、着地の隙に射撃するしかなかった。私は拳銃を構え、狙いを定めた。

 男が別の車に着地する。その瞬間を狙って引き金を絞った。男の頭部に銃弾が命中し、黒い帽子が後方へ吹き飛んだ。男が頭を押さえてその場にうずくまる。

「いい射撃だ、絢音」

 糸井さんが銃を構えたまま、私の隣に並んだ。

 これで殺人事件の犯人を追い詰めることができた……はずだった。

 でも頭を押さえていた手を離して、男の顔が見えた瞬間、思考が停止した。

「……千秋?」

 その男はあの夜に見かけた千秋だった。

 嘘、どうして千秋がここに?

 信じられない気持ちでいっぱいだった。

「千秋なの?」

 繰り返し聞いても、千秋は何も答えない。しかし、次の瞬間、千秋は手にした剣を構えて私に向かってきた。

「絢音!」

 糸井さんの声が聞こえて咄嗟に銃を構えたが、引き金に指をかけただけで、撃つことはできなかった。千秋が剣を振り下ろしてくる。それでも、私はその場から動くことができなかった。

 強い衝撃を受けて地面に倒れる。同時に赤い血が頬に飛び散った。

「ぐっ!」

 糸井さんが苦しそうな声をあげる。それを聞いて糸井さんが私を庇ってくれたことがわかった。

「い、糸井さん!」

 糸井さんは腕に受けた傷を無視して銃を発砲する。千秋はそれを剣で弾き飛ばし、後方に下がって駐車場の外へ姿を消した。

「逃げられたか。ぐ……」

 糸井さんは斬られた腕を手で押さえた。押さえた手の指の間から赤い血が流れ出している。糸井さんはそのまま地面に倒れてしまった。

「糸井さん、しっかりしてください!」

 必死に叫んだが、返事はない。腕の出血が酷かったのかもしれない。

 私のせいで糸井さんが……。

「糸井さん! 糸井さん!」

 銃を撃つことができなかったことを悔やみながら私は彼の名を叫び続けた。


 7


「はあ、はあ……」

 駐車場を抜け出して、裏路地に逃げこむ。一度立ち止まり、荒くなった息を整えた。

 危なかった。あの女が油断していなければ警察に捕まったかもしれなかった。警察による捜査はすでに終わっていたと聞いていたが、あの二人はいったい……。

「……」

 冷静になった頭の中に思い浮かんだのはさっきの女の顔だった。

 あの女……俺のことを知っていたのか。

『千秋? 千秋なの?』

 顔を合わせた時、間違いなく女は俺の名前を言った。だが、俺はあの女のことを全く知らなかった。

 しかし、もしあの女が俺の過去のことを知っているのなら、木出(きで)さんはどうして教えてくれなかったのだろうか……。

「……」 

 頭の中に浮かんだ謎は深まっていくばかりではっきりとした答えは出てこなかった。いずれにしても、木出さんに会って聞いてみる必要があると思った。

 しばらくして息が落ち着き、路地の通りを再び歩きだそうとした。

 気配を感じたのはその直後だった。上空に影ができたかと思うと、目の前に何かが降り立った。反応する前に一瞬で首を掴まれた。

「!」

 そのまま壁に叩きつけられ背中に痛みがはしる。揺らぐ視界の中に紺色の髪をした男が見えた。

 男は左手で俺の首を掴み、右手には真っ黒な日本刀を握りしめていた。それで誰なのかすぐにわかった。

「黒刀か?」

「……」

 そう聞いても、男は何も答えなかった。だが、最近自分を尾行していたことを知っていたので間違いないと思った。

 黒刀はじろりと俺の握っていた剣を睨みつける。

「感情に支配されていない。アリナキサスを使ったのか」

 感情のこもっていない口調で話を続ける。

「刑事を殺しているのはお前か?」

 黒刀が首を掴む力を強めた。俺は表情を変えずに答えた。

「俺たちの目的を知っているはずだ」

「警察への復讐。その前段階というわけか」

 黒刀は手にした刀を上に掲げた。その動作を見ながら聞いてみる。

「殺すのか?」

「お前たちに生きる資格はない」

「じゃあ、てめえにもその資格はないかもな、黒刀」

 背後から声が聞こえる。黒刀は俺から手を離して一瞬で後ろに振り返った。それでも、少し遅い。

 黒刀の脇腹に長い槍が叩きつけられ、後方へ大きく吹き飛ばされた。

「まったく、連絡が来ないと思ったら黒刀と仲良くおしゃべりしていたのか、千秋」

 春樹(はるき)がだるそうな口調でそう言った。以前より大きく形を変えた槍を肩にかけた。

「ちゃんと成功しただろ」

「確かにこんな簡単に引っかかってくれるとは思わなかったけどな」

 せせら笑うと、春樹は顔を横に向けた。春樹に吹き飛ばされた黒刀は立ち上がって俺たちを睨みつけていた。刀を握る力を強めている。戦うつもりらしい。

「どうした? 来るなら来いよ」

 しかし、春樹は全く動揺せずに黒刀を挑発した。その瞬間、黒刀が地面を蹴って一気に距離を詰めてくる。手にした刀を春樹に向かって振る。

 それに対して春樹の取った動作はわずかなものだった。槍を前に立てて黒刀の攻撃を防いだ。

 黒刀の表情が少し変わる。春樹の槍は黒刀がいくら力を入れてもびくともしなかった。

「はは、そんなもんだったのかよ、お前の力はさ」

 ため息をつき、春樹は槍を前に押し出して黒刀を体ごと後方へ弾き飛ばした。そして、距離を詰め、槍を片手で横凪に振るう。黒刀は刀でそれを防いだが、春樹の圧倒的な力で壁に叩きつけられた。建物の壁が崩れて瓦礫が落ちてくる。

 その衝撃で路地の通りに白い煙が充満したが、やがて煙の中から春樹が姿を現した。

「やったのか?」

「瓦礫の中に埋もれてる。死んだかもな」

 春樹は汗一つ流していなかった。まだ力に余裕があるらしい。俺と同じようにアリナキサスを使ったとはいえ、こうも強さに違いがでるのか。

「黒刀、一応警告しておく。もう俺たちに関わらないほうがいいぞ。今度はちゃんと殺すからな」

 黒刀のほうに向かってそう言うと、春樹は「早く行こうぜ」と言って、町の通りのほうへ歩いていった。

 俺は黙ったまま、そのあとに従った。その途中で後ろに目をやる。黒刀があとを追いかけてくる様子はない。力の差に圧倒されて不利だと思ったのだろうか。

 しかし、アリナキサスを手に入れた『アゲハ』にはもう黒刀の力は必要ない。次にあいつが来れば、それこそなぶり殺しにされるだろう。

 次に会うことはないと思いつつ、俺は春樹と共に町の中へ姿を消した。


 8

 

 2014年1月22日 午前八時 湯田月署 射撃訓練場


 前方に次々と現れる的を撃っていく。その間隔は一番高いレベルに設定していたが、どの的も全て真ん中を撃ち抜いていた。

 射撃の成績は訓練で常に上位をキープし、実際にその能力を現場で活用することはこれまでに何度もあった。

 なのに、どうしてあの時は撃つことすらできなかったのだろうか。

 そんなことを頭の隅で考えながら、私はひたすら的を撃ち続けた。

 射撃を開始してどれくらい時間が経過したのかわからない。集中力を高めていたせいもある。でも、私は昨日起こったことを忘れることができなかった。

 やがて最後の的が現れた。銃を的に向ける。今までと同じようにただ狙って引き金を引くだけでいい。

 なのに、その的に千秋の面影が重なった瞬間、心が大きく揺らいだ。そのまま、引き金をひいてしまう。銃弾は的から大きく外れて背後の壁に火花を散らした。

「……」

 どうして……彼のことを考えると、どうしてこんなに動揺してしまうんだろう。

 ため息をついて拳銃を置いた。

「最後の一発以外はすごかったな、絢音」

 声が聞こえて部屋の入口のほうを見る。ドアのそばに糸井さんが笑みを浮かべて立っていた。手に持っていた二本の缶コーヒーを上に掲げる。

「疲れただろ? 少し休むか」

「わざわざすいません」

 私はお礼を言って、そのコーヒーを受け取った。糸井さんは近くにあったベンチに座ってコーヒー缶を開ける。その時に包帯で巻かれた腕が見えた。私は彼の隣に座ってコーヒーを手にしたまま言った。

「部長から自宅謹慎を言い渡された。命令に逆らった罰だってよ」

「申し訳ありません。私のせいで……」

「気にすんな、誰にでも失敗はある。この傷も大したことねえよ」

 糸井さんは笑って傷を負った左腕を上にあげたが、胸が痛かった。

 何を言えばいいのかわからなくなった。その後、糸井さんは何も言わずにコーヒーを飲んでいる。私に聞きたいことなんて山ほどあるはずなのに……。

「ありゃ、もう空になった」

 糸井さんはコーヒー缶を揺らしてそう言うと、ベンチから立ち上がった。

 話さないといけない。殺人事件の犯人が誰なのか、でも……。

 その時、頭に柔らかい感触がした。顔を上げると、糸井さんが私の頭を撫でていた。

「あの男はお前の知り合いらしいが、あんまり一人で抱え込むな。助けがいるときはすぐに来てやるから」

「糸井さん……」

「先に帰る。今度、また飲みに行こうぜ」

 笑顔でそう言うと、糸井さんは手をあげて部屋を出て行った。

 私を気遣って千秋のことを深く聞いてこなかった。誰よりも私のことを心配してくれているのは糸井さんのはずなのに……。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになった。だからこそ、この事件は私自身の手で決着を付けるべきだと思った。

 これは私の問題。糸井さんを巻き込んだ責任もある。

 私の手で必ず……。

 コーヒー缶を握り締めて、私は心の中でそう強く決意した。


 9

 

 2014年1月24日 午後五時

 

 千秋と出会ってから二日が経った。署で働く同僚から話を聞いたところ、菅原部長の指揮する刀人特捜隊の捜査は難航しており、連続殺人事件の犯人つまり千秋を捕まえたという情報はまだないらしい。

 『アゲハ』が警視庁のデータを盗み、刀人に関する重要な資料を手に入れ、そしてその後に起こった刑事の連続殺人事件。その流れから考えると、彼らの警察に対する報復はこの町から始まる可能性は高い。つまり、千秋(ちあき)はまだこの町に潜伏している。

 糸井さんとの違反した捜査で謹慎処分を受けているため、単独で事件を調べるのはとても困難だった。でも、これ以上糸井さんに迷惑をかけるわけにはいかない。

 それに犯人が千秋であるとわかった以上、この事件を放っておくわけにはいかなかった。しかし、刀人特捜隊ですら手がかりが掴めないのに、私一人でも千秋の潜伏先を突き止めることは不可能に近い。

 次の事件が起きる場所を知ることができれば、接触できる可能性は高いが、未来を見通す力を持っているわけではないのでどうすることもできなかった。

 唯一の方法は私自身が千秋の現れそうな場所、路地裏や無人のビル、これまでに事件が起こった場所などを調査することだった。刀人の事件を担当するMEP特捜課の刑事は彼らにとって脅威になる存在だと言える。少なくとも、他の課よりその可能性は高い。だから、千秋たちが次に狙う標的は私や糸井さんの場合がある。

 危険なことなのはわかっていたけど、今の私にはこの方法しか思い浮かばなかった。

 この日の夕方、私は千秋と出会ったあの立体駐車場に来ていた。

「……」

 千秋は躊躇なく私を殺そうとした。糸井さんが庇ってくれていなければ、殺されていたかもしれない。

 大学生の時、私の前から姿を消した彼の身にいったい何があったのだろう。

「千秋……」

 しばらく呆然としていたが、ここにいても仕方がない。また、刀人特捜隊の動きを見てから考えようと思い、駐車場を出ようとした。

 だから携帯が鳴り響いた時、また菅原部長に事件を調べていたことがばれたのかと思った。内心、動揺しながら携帯を開く。しかし、表示されていたのは知らない電話番号だった。

「もしもし?」

 電話に出ると、ほんの少しの間、沈黙が続いた。

『MEP特捜課の刑事か?』

 知らない男の声だった。しかし、その声を聞いただけで言葉では表現できない威圧的なものを感じた。

「誰ですか?」

『名乗るつもりはない。どのみちお前たちとは敵対しているからな』

 敵対、という言葉を聞いてすぐに『アゲハ』のことが思い浮かんだ。しかし、なぜかそれとは違うような気がした

「私に何か用ですか?」

『刑事を殺し回っている男のことを知っているな? 最近、その男の行方を追っているのはお前か?』

 いきなり急所をつかれたような思いだった。どうしてこの男が私のことを知っているのか。

「私に電話をかけてきたということは、その答えも知っていると思いますけど」

『その男の潜伏先がわかった』

「え?」

『場所はメールで送る。行くか行かないかは自由にしろ』

「どうして私に教えるんですか?」

『さあな』

 男はそれだけ言って電話を切った。

 あの口調。どこかで聞いたような気がしたが、はっきりと思い出すことが出来なかった。でも、今はそれよりも……。

 私の意識は携帯に送られた座標にほぼ釘付けになっていた。


 10


 謎の男のメールに記された座標に行くと、そこは市内の路地裏だった。

 ここ数ヵ月のことを思い返せば、事件が起こるのは大抵路地裏だった。人目につかないところとすれば最適の場所かもしれない。

 すでに日は落ちて、空は夕焼けになっている。ぐずぐずしていたら夜になってしまう。

 私は足を早めて路地を歩き進んだ。

「こんなところにバーが……」

 しばらく進むと、一店のバーが見えてきた。湯田月に住んでから長い私でも、ここにバーがあることは全く知らなかった。

 看板は掠れて文字が見えない。何年も使われていないように見えたが、店のドアが綺麗になっているのを見ると、最近人の出入りがあったみたいだった。

 ここに千秋がいるというのだろうか。とにかく店の中へ入ってみようとノブに手を伸ばした。

 でも、ドアノブに触れようとした瞬間、誰かに手を掴まれるまで人の気配を全く感じなかった。すぐに手を引っ込めようとしたが、予想以上の力で手を掴まれ、腕ごと背中に回された。相手に背中を向けた状態で私は建物の壁に押さえつけられた。

「特捜課の刑事がここで何をしている?」

 感情のない声だった。でも、恐怖よりも驚きのほうがまさった。その声は彼の声だったからだ。

「千秋? 本当に千秋なの?」

 彼は何も答えなかったが、息を飲む音が聞こえてきた。

 ほぼ確信のある気持ちで目だけで後ろを見た。

 千秋が立っていた。以前のような穏やかな雰囲気はなかったが、間違いなく彼だった。千秋は目を少し見開いたまま私の体を拘束していた。

「なぜ俺の名前を知っているんだ?」

「私よ、吉丘絢音よ。覚えてないの?」

 千秋はまた何も答えなかった。

 どうしたんだろう。千秋はもう私のことを忘れてしまったのだろうか。でも……。

「何だよ、騒がしいぞ」

 突然、バーの扉が開き、青い髪の男があくびをしながら現れた。

 見覚えがある。中西さんの事件で糸井さんを捕まえていた男だった。確か春樹(はるき)と呼ばれていた気がする。

 どうしてここに……。

「何やってんだ、千秋……ん、ああ!」 

 春樹は私のほうを指差して大声をあげた。

「絢音ちゃん……じゃなかった、吉丘刑事か。どうしてここが俺たちのアジトってわかったんだ?」

「あ、アジト?」

「ん、なんだ知らずに来たのかよ……。運が良いのか、悪いのかよくわからないな」

 春樹はため息をついて言った。でも、次の瞬間には能面のように無表情になった。

「千秋、そいつは特捜課の刑事だ。個人的には残念だが、生かしておくわけにはいかない」

 言い終わると、春樹の右手に長い槍が現れた。

 このままだと殺される。でも、千秋に体を拘束されているせいで身動きを取ることが出来なかった。

「いや、この女は殺さない。木出さんのところへ連れて行く」

 しかし、千秋は春樹の提案に反対した。

「おい、ここを知られたんだぞ。今すぐ殺すべきだ」

 意表をつかれたように春樹は慌てた口調で言ったが、千秋は全く表情を変えなかった。

「だめだ。木出さんの指示があるまで生かしておく」

 千秋が春樹のほうを睨みつける。春樹はしばらく何も言わなかったが、やがてため息をついて持っていた槍を消した。

「わかった、好きにしろ。だが、俺は責任取らねえぞ」

 千秋は春樹から再び私に視線を向けた。冷たい目をしていたが、目の前にいるのはやっぱり千秋だった。

「千秋……」

 直後、首のあたりに衝撃がはしった。意識が急になくなっていく。やがて視界が闇に包まれてしまった。

 

 11

 

 午後十一時。


「あいつ、どこにいるんだ」

 俺――糸井智彦(いといともひこ)は溜まっていた苛立ちを口にしながら町の通りを車で走っていた。

 部長から捜査権限を奪われ、自宅謹慎を命じられているにもかかわらず、俺がこうして外の町に出ているのには理由がある。

『すいません、糸井さん。この事件は私の問題です。自分の手で解決してみせます』

 絢音から意味深なメールが来たのは二日前のことだった。自宅謹慎のため、署に出向くことも出来ず、携帯に連絡してもあいつは電話に出なかった。

 結局、残された手段は自力で探すことだけだった。だが、三十万人が暮らすこの湯田月市で絢音を見つけることは至難の業だった。知り合いの店や署の同僚に聞いてみたものの、役に立つ情報はなかった。

 中西(なかにし)と同じようにあいつは色々なことを一人で抱え込んでしまう癖がある。もう少し様子をちゃんと見ておくべきだったと今更ながら後悔した。

 昨日、絢音の捜索をあきらめて、夜遅くに帰った俺はあの時に出会った男について調べていた。

 西馬千秋(さいばちあき)。数年前に突然行方不明になった男で警察による捜索が行われたが、結局、見つかることはなかった。だが、その点はそれほど重要ではない。

 問題はこの男が大学時代、絢音が交際していた相手ということだった。

 その男が事件の犯人なら、『アゲハ』と何らかの関係があることは明らかだった。そうなるとこの事件を調べ続ければ、絢音の身に危険が起こる可能性も高い。

 だから一刻も早くあいつを見つけたかった。

 だが、手がかりもないのにどうやって見つければ……。

 悔しがって舌打ちをする。落ち着け、焦っても仕方がない。明日、もう一度町中を探し回ろう。

 そう思って引き返そうとした矢先、頭にびりっと電撃のようなものが流れてきた。

「!」

 反射的に車を道路脇に停車させる。

 刀人(かたなびと)が力を使った……。しかも、一人ではない。何人もの刀人の力が一箇所に集まっていた。

「……」

 場所も大体特定することができた。あとは絢音を助けるにはどうすればいいかだ。

 複数の刀人がいる以上、一人で行くのは自殺行為だった。俺が相手できるのはせいぜい二、三人までだろう。

 となると、残された手段は……。

 携帯を取り出してある人物に電話をかけた。呼び出し音が数回鳴って声が聞こえてくきた。

『どうかしたの、糸井?』

「部長、吉丘が拉致されました」 

 今の部長に適当な雑談は必要ない。俺は電話に出てすぐに本題を話した。

「自分は今から彼女を救出に向かいますが、一人では不可能です。応援を頼むことはできませんか?」

『前に言ったこと、忘れたわけじゃないわよね。あなたは私の命令を無視して自宅謹慎の処分を受けている。それに――』

「捜査権限も剥奪されている。それは充分承知していますよ。しかし、吉丘を捕らえている連中はほぼ間違いなく『アゲハ』の仕業です。自分は刀人を感知して、居場所も突き止めました」

『……』

「今は自宅謹慎や捜査権限の剥奪などと言っている場合ではないと思いますよ。それに奴らを確保することは、部長の編成した特捜隊にとっても大きな利益になるはずです」

 部長は何も言わずに黙っていた。それだけで相手が考え込んでいるのがわかる。理由は知らないが、この女は俺のことをどうしても邪魔したいのだろう。だが、俺の提案を断れば、『アゲハ』の一味を捕まえる機会を逃し、絢音も見捨てることになる。他に選択はないはずだった。

 永遠に続くと思われた静寂は相手から破ってくれた。

「わかったわ。今から特捜隊をあなたの元に送る。彼らを連れて吉丘を助けにいきなさい」

『了解しました』

 心の中ではとりあえず交渉に成功したと一安心した。

 携帯を助手席に置いてハンドルをぐっと握りしめる。

「待ってろよ、絢音」


 12


 気が付いて目を開けても、視界は真っ暗なままだった。目にアイマスクのようなものを付けられている。体を動かそうとしたが、両手には手錠をかけられているみたいだった。

 ここはどこなんだろう。

 目が見えないせいでどこにいるのかわからなかった。ただ、わかるのは車に乗せられて、何処かへ連れていかれていることだけだった。

 真っ暗な状態がここまで怖いとは思わなかった。意識が戻っても口を閉じたまま黙っていた。耳を澄ましていると、誰かの呼吸する音が隣の席から聞こえてきた。

「千秋?」

 思わず小声でそう呟いてしまい、咄嗟に口を閉じた。もし、千秋じゃなかったら意識が戻ったことに気づかれてしまう。

 しかし、私がそう呟いてしばらくしても、隣の席からは何も反応がなかった。ただ車の走る音だけが聞こえてくる。

「顔を動かさずにそのままの状態で話せ」

 突然、隣の席から千秋の声が聞こえてきた。体がびくっと震えたが、何とか千秋の言うとおり、顔は前に向けたままだった。

「お前の名前は?」

「覚えてないの、私のこと?」

「質問にだけ答えろ」

 私は一度口を閉じて答えた。

「吉丘絢音(よしおかあやね)よ」

「……聞け、吉丘」

 千秋の口調が少し変わったように思えた。

「俺には数年前までの記憶がない。だから、お前が誰なのか俺にはわからない」

 あまりに衝撃な事実に声をあげそうになったが、かろうじて口を閉じたままでいることができた。

「俺は記憶を取り戻すことを条件に木出さんについている。木出さんには世話になっているから、逆らうことは出来ない。だが、お前は俺の過去を知っている。間違いないか?」

 私は何も言わずに首を縦に振った。

「……わかった」

 千秋がそう言うと、車のエンジン音が止まった。

「ようし、着いたぞ」

 運転席のほうから春樹(はるき)の声が聞こえてきた。車のドアが開く音がする。

「出るぞ」

 千秋はそう言って、私の腕を掴んで車の外に出した。外に出た瞬間に肌寒い風が吹いてきた。

「もうみんな集まっているはずだ。木出さんも来ている」

「準備は出来てるのか?」

「ああ、野梨子(のりこ)にまかせたから多分大丈夫だろ」

 千秋と春樹が話をしながら歩いていく。まだアイマスクを付けられたままなので何処にいるか見当がつかなかった。

 しばらく歩くと、前方から重たいドアの開く音が聞こえてくる。何かの施設の扉のようだった。

 施設の内部は不気味な静けさが広がった。春樹と千秋も何もしゃべらなくなった。

 いったい何を始めるというのだろう。

 千秋に連れられたまま、また歩かされた。

「よし、千秋、ここに座らせろ」

 春樹の声が聞こえてくると、背後から誰かに肩を掴まれた。千秋だとは思うけど、不安がいっぱいになっていた。

 そのまま、しゃがみこむと何かの感触がある。どうやらパイプ椅子に座らされたみたいだ。

 まだアイマスクは付けたままだった。しかし、真っ暗な視界の中で誰かに見られているような感じがした。それも一人や二人ではなく、たくさんの人に見られている感覚がした。

「目の不自由な人間の気持ちが少しは理解出来たかな、吉丘刑事」

 突然、アイマスクが外されて視界が戻った。天井を照らしていた電気が眩しくて目がよく見えなかった。でも。目の前に中西さんの事件で出会ったあの男――木出拓馬(きでたくま)がいることだけは声を聞いてわかった。

「ようこそ、我々『アゲハ』のアジトへ。また会えたな。このアジトの場所を警察に話せばあんたは昇進間違いなしだ」

 段々と視界がはっきりとしてきた。私がいたのは薄暗い場所で、どこかの工場施設のようだった。かなり大きな部屋で、いたるところに大きな木箱のようなものが置かれている。

 そして部屋の中にたくさんの人がいた。ごく普通の一般人に見える人ばかりだったが、その首筋にはあげは蝶の刺青があった。

 本当にここは彼らのアジトらしい。

 怯えてはいけない。

 私は自分にそう言い聞かせて目の前にいる木出拓馬を見つめた。

 木出はにやりと笑った。

「威勢がいいな、気に入ったよ。俺に何か聞きたいことがあるんじゃないのか?」

「あなた達が警視庁のデータにハッキングして盗み出したのは何ですか?」

「何だ。上から聞いていないのか。まあ、奴らが隠したがる理由もわかるけどな」

 木出はまたにやりと笑って私を見た。

「アリナキサスだ」

「アリナキサス?」

 聞いたことのない言葉だった。ただ、何かの薬物のようだと直感で思った。

「昔、刀人のある実験で作られた特殊な薬の名前だ。この前、研究所から盗み出したものはそれだ」

「その薬を盗んでどうなるっていうんですか」

 そう聞くと、木出は笑みを浮かべて答えた。

「アリナキサスは人間を刀人に変える薬だ。そればかりか、刀人の力そのものを強める効果もある」

「人間を刀人に変える……?」

 思わず聞き返してしまった。そんな薬が実在しているなんて信じられなかった。

 でも、目の前にいる木出の笑いがそれを肯定していた。

「俺たちは人数は多いが、刀人じゃない連中も何人かいてな。戦力を確保するためにはその薬がどうしても必要だった。そして、中西(なかにし)を使ってようやくそれを手に入れることができた。その後、試しに使うと、本当に人間を刀人に変えることができたってわけだ。そして、同じように元から刀人だった者たちにもアリナキサスを使った」

 木出は私から視線を外して近くにいた春樹のほうを見た。

「すると驚いたことに刀人自体の戦闘能力も格段に上がったのさ。メンバー全員にはまだ使用していないが、間違いなくアリナキサスには刀人を強化する力がある」

 笑いながら語る木出をじっと見ていた。

 アリナキサスの人体実験。そんなことを秘密裏で行っていたなんて初めて知った。おそらく、糸井さんや他の人たちも知らないだろう。

 菅原部長が施設から何を盗み出されたのか、私たちに教えなかったのはこのためなんだと思った。そんな薬の存在を私たちに教えたらそれだけで事態が混乱してしまう。

「その薬を手に入れて今度はどうするつもりなんですか?」

「俺たちの目的は知っているはずだろ、吉丘刑事。アリナキサスを手に入れてようやくそれを実行に移すことができる」

 言い終わると、木出の顔から笑みが消えた。

「俺たちの受けた苦しみを警察に与える。全員仲良く地獄へ落ちてもらうんだ」

「そんなことをしたら、どれだけ犠牲者が出ると思ってるんですか!」

「犠牲だと? 面白いことを言うな。俺たちは死ぬことよりも苦しい思いを味わってきた。その苦しみを返してやるのは当然の報いだろ。お前たちは正義を掲げて行動してるようだが、いったいこれまで罪のない人間を何人殺してきた? それを認めようとせず、同じ過ちをただずっと繰り返すだけのお前たちの目を覚まさせるには、この方法が一番良いに決まってるだろ」

 木出の口調は次第に荒くなっていた。それだけで彼の恨みや憎しみが伝わってきたような気がした。

「だから、俺たちは警察を潰す。まずはこの町の奴らからだ」

 いつの間にか木出の右手に剣がある。身の危険を感じたが動くことは出来なかった。

「女を殺すのはあまり気が進まないが、色々教えてやったんだ。死ぬことができて本望だろ、くくく」

 木出がにやりと笑う。次の瞬間、その剣を上に掲げて振り下ろした。

 思わず目を閉じる。

 殺される。私は殺されるんだ。

 せっかく千秋に会えたのに……。

 まだやりたいことがたくさんあったのに……。

 糸井さん。

 でも、そのあとに痛みを感じなかった。体が斬られる音も聞こえない。

 目を開けると、自分の前に千秋が立っていた。千秋は木出の振り下ろした剣を自分の剣で受け止めていた。

「何の真似だ、千秋」

「この女は俺のことを知っている。殺すのはまだ早いです」

「悪いな。今すぐ始末しないと都合が悪い。お前も気づいているだろ。奴が来る」

「今すぐこの女を殺せば俺の都合が悪いんです。約束は守ってください」

 千秋が無表情で言うと、木出はにやりと笑った。そして、次の瞬間に手にした剣を千秋から離して、彼の体に向けて突き出した。

「千秋!」

 私が叫んだ瞬間に建物の内部を照らしていた電気が消えた。一気に視界が真っ暗になる。

 辺りが再び闇に包まれた。


 13


 木出たちのいる工場施設の隣には、港に運び込まれたコンテナが大量に置かれた建物があった。

 音坂稜(おとさかりょう)は施設全体の電力を管理している配線を刀で斬り、コンテナの上に身を潜ませていた。

「確かこっちにブレーカーあったよな」

「そうだ。早く直そうぜ。木出さんに怒られる」

 コンテナの合間に出来た小さな道を二人の男が歩いてくる。男たちの手に持ったライトの光で、首筋にアゲハ蝶の刺青があることを確認した稜は手に黒の刀を出現させた。

 男たちが自分のコンテナの真下を歩いてくる。通り過ぎるまで待って、男たちの背後に音を立てずに着地した。

 身を低くして素早く近づき、後ろを歩いていた男の口を塞いだ。

 声を出す時間を与えない。そのまま、刀で喉首を掻き切る。男が息絶えたのを確認して、静かに体を横に倒した。

「おい、ブレーカーってこのあたりか?」

 もう片方の男が後ろに振り向く。その時にはすでに稜は刀を構えて男に斬りかかっていた。

 避ける隙を与えない。男の肩口から斬り裂き、沈黙させた。男が後ろに崩れていくのを見ながら、刀を振って返り血を払った。

 静かにそばにあったドアに視線を移す。隣の建物には『アゲハ』の刀人たちが集まっている。

 ドアに向かって歩き出そうとしたが、稜は急に後方へ飛び上がった。それに一瞬遅れて、稜のいた場所に細い剣が突き立った。

「今のを避けるなんて、良い反射神経ね。羨ましいわ」

 天井から突然現れた野梨子(のりこ)が突き立った剣を片手で引き抜いた。

「あの女を囮にしたのはあなたの仕業ね。女を春樹たちに拉致させて、それを尾行。そして、私たちのアジトを突き止めたってところかしら」

 稜は何も言わずに刀を低く構えた。それに対して野梨子はその場から動かない。

「どうしてあの人はあなたのことばかり話すのかしら。その理由はわからない。けど、あなたのことを聞くと何か腹が立つの。私のほうが低く見られているみたいで、それに――」

 野梨子は話し終える前に稜は地面を蹴って、野梨子との距離を詰めた。黒の刀を両手で握りしめて横に振る。

 その刀の軌道に野梨子はいたが、彼女を捉えることはできなかった。

 野梨子の姿が消え、稜はその場で索敵をする。しかし、彼の周囲はコンテナが無造作に置かれているため、隠れられる場所はいくらでもあった。

「こっちよ」

 急に背後から声が聞こえ、稜はすぐに後ろを振り向いた。顔面に向かって野梨子の剣先が突き出される。稜は横に転がってそれを避けた。野梨子の剣がコンテナに突き刺さり、彼女はそれを思いっきり横に振った。

 コンテナが火花を散らしながら、切り裂かれると中から白い粉が一気に噴出した。

 たちまち周囲の視界が悪くなっていく。野梨子はコンテナに積まれていたのが小麦粉であることを承知して攻撃を仕掛けた。

 稜はコンテナの上に降り立って刀を構えた。左頬から赤い血が流れ落ちる。さっきの攻撃が頬にかすったせいだった。

「私がどこにいるのか、あなたには見えているかしら」

 野梨子の声が聞こえてくるが、視界が悪いせいでどこにいるのかわからなかった。

 一瞬右のほうで鈍い光が見える。稜は咄嗟に後方へ飛び退こうとしたが、それよりわずかに早く野梨子の剣が稜の左肩に突き刺さった。すぐに引き抜いたが、左肩からも出血が始まった。

「ちゃんと対応していないわね。どうしてかしら。あれだけ、あの人に気に入られていたのに」

 嫉妬の感情が見え隠れする野梨子の声が聞こえてくる。しかし、稜には彼女がどこにいるのかわからなかった。

「今のあなたには私を倒せない。以前と違って私は新しい力を手に入れたのよ」

 言い終わったとたんに稜に激痛がはしる。野梨子の剣が彼の右肩を貫いていた。

「あなたの父親が作ったアリナキサスのおかげで」

 稜は一度も苦しみの声をあげなかったが、野梨子の攻撃に圧倒されていた。両肩を斬られてその場に倒れてしまった。


 14

 

 ただでさえ薄暗かった工場内はほとんど何も見えなかった。

「おい、本当にこっちに逃げたのか?」

「出口は固めているんだ。逃げられるはずがない」

 すぐ近くの廊下から『アゲハ』の刀人たちの声が聞こえてくる。工場の二階にある部屋のうちの一つに私――吉丘絢音(よしおかあやね)は千秋と身を隠していた。

 ちょうど部屋にあったロッカーの隅に二人が入れる空間があったため、それが死角となって廊下からは見えないはずだった。

 あの停電で千秋は木出の攻撃を避けて、私を助けた。全員が混乱している隙に私を連れて二階にあるこの部屋に来たのだ。

 刀人たちはライトで前を照らしながら、部屋を通り過ぎていく。足音が聞こえなくなったのを確認して一度深呼吸をした。

「ここはあいつらに囲まれている。そう簡単には逃げ出せない」

「千秋、どうして私を助けたの? こんなことをしたら、あなたまで殺されるかもしれないのに……」

 そう聞くと、千秋は立ち上がって部屋の壁にもたれた。

「俺は自分の過去を知りたい。ここ数年の間、俺は記憶のないまま木出さんの指示に従って行動してきた。人を殺したことも何度もある。最初はそれが自分の記憶を知るために最も良いことだと思っていた。木出さんは俺の過去のことを知っているようだったし、彼に付き従えばいつか教えてもらえると思っていた」

 それまで表情一つ変えなかった千秋の顔は少し曇っているように見えた。

「だけど、木出さんにとって俺の記憶のことなんてどうでも良かった。あの人は警察へ復讐することを最優先にしている。そのためなら手段も選ばない。だから、俺の過去を知っているかもしれないお前も平気で殺そうとした。でも、俺にとって自分の記憶は何より知りたいことだった。だから、お前を助けた」

 千秋は私のほうを見下ろしてきた。その目は真剣さそのものだった。

「ここから生きて出られる保証はない。だから、生きているうちに教えろ、吉丘。俺はいったい誰なんだ?」

「千秋……」

 今はまだわからない。でも、もしかしたらあの時の千秋が戻ってきてくれるかもしれない。彼と出会った時のことを、彼と過ごした日々のことを話せば、もしかしたら……。

「あなたは私の――」

「ただ上からの命令を聞くだけの人殺しの悪党だよ、お前はさ」

 部屋の外から声が聞こえた瞬間、壁に亀裂が入った。壁を貫通して何かが突き出てくる。

「離れろ!」

 千秋が叫びながら私を押し倒した。直後に頭上を長い槍が通り過ぎ、千秋の背中にかすった。血しぶきが部屋に飛び散る。

「千秋!」

 千秋は何も言わずに私の腕を引っ張って壁から離れた。それと同時に壁が大きく崩れた。

「ここの建物のことは熟知している。お前らの隠れそうな場所くらいすぐにわかるんだよ」

 崩れた壁の中から春樹が現れた。

「ここまで来て裏切るとは思わなかったぜ、千秋」

「約束を破ったのはお前たちのほうだろ」

「木出さんは木出さんなりにお前の願いを叶えようとしていたんだけどな。悪いが死んでもらうぞ」

春樹が槍を両手で構える。その直後、千秋が私を後方に押して、水晶のように透き通った剣を出して春樹に斬りかかった。鈍い金属音が連続して周囲に鳴り響く。

 拳銃を取り上げられている私には二人が戦っているのを黙って見ているしかなかった。

 千秋と一緒にここから出るには春樹を倒すしかない。でも……。

 千秋は明らかに春樹に押されていた。さっきの攻撃で受けた傷が深かったのか、背中から血が流れ始めていた。

 春樹の槍の攻撃が千秋の体を少しずつ刻んでいった。

「どうしたんだ、千秋。お前が死んだら今度はお前の女が死んじまうぞ」

「くっ!」

 千秋が舌打ちをする。その一瞬の隙を突かれて春樹の槍が左足をかすめた。千秋が急にバランスを崩す。

「千秋!」

「アリナキサスで強化されても個人差があったみたいだな」

 春樹が槍を構え直す。私は慌てて千秋の元へ走った。千秋が一瞬私のほうを見た気がした。それは大学生の時に見た千秋の優しい目だった。

 春樹が槍を横に振る。千秋の身体から大量の血が噴き出した。

「千秋いいいい!!」

 目の前でずっと探していた恋人が斬られる姿を見て、私は悲鳴をあげることしかできなかった。


 15


 停電が起きて三十分後、予備の電力が復旧し、工場内は再び明るくなった。

 一階に位置するこの部屋は隣の建物と同様に元々船から運ばれてくる積み荷を入れるために使われていた場所だった。

 大型のトラックが入れる巨大なシャッターもある。

 それを背にして俺――木出拓馬(きでたくま)は部屋の中に無造作に置かれた木箱の一つに座っていた。

「千秋、しっかりして! 千秋!」

 少し離れた場所で女の刑事が泣いている声が聞こえてくる。そこには血まみれになった千秋が倒れていて、女がすぐそばにいた。

 あの二人は二階に隠れているところを春樹が見つけて捕まえた。女の刑事は無傷に近いが、千秋が死ぬのは時間の問題だろう。

 罪悪感など全くない。俺の中で裏切りは絶対に許さないことだった。

 それに今は千秋のことなどどうでもいい。今は……。

 俺は笑いながら前を見た。

 目の前に野梨子がいる。野梨子は一人の男を押さえつけていた。顔も地面につけているため、その表情は見えない。だが、こいつが誰なのか俺はずっと前から知っていた。

「殺しますか?」

 野梨子が単刀直入に聞いてくる。嫉妬深い性格に変貌する野梨子にとってこの男は殺したくて仕方がないのだろう。アリナキサスのおかげでその性格も失くなりつつあるようだが。

「まだだ。こいつと話がしたい。顔を上げさせろ」

 野梨子は口を閉じたまま、男の髪を掴んで無理矢理顔をあげさせた。

 男と目が合う。それは十三年ぶりの対面でもあった。

「久しぶりだな、黒刀。元気にしてたか?」

 黒刀の表情が明らかに変わる。

「俺のことを覚えているか?」

 にやりと笑いながら黒刀を見下ろす。奴は何も言わなかったが、ずっと俺のほうを睨みつけていた。

 野梨子に両肩を傷つけられて身動きが取れず、絶望的な状態にもかかわらず、奴は俺を見ていた。

「その顔を見ていると、もう俺が誰なのかわかっているみたいだな。十三年前のあの夜、お前の家族を殺した犯人はこの俺だ」

 黒刀の目が赤く充血する。なぜ、殺したのかと聞きたいように思えた。

「お前の刀人の力は特別だ。それは俺たちにとって大きな力になりうる。俺はそれを期待してお前の家族を殺した。そしてお前は刀人の力に目覚め、俺の仲間を殺していった。仲間を失うのは辛いが、俺はお前の力に期待した。これはその代償だと考えていた」

「貴様……」

 黒刀が初めて声を出した。ひどく掠れた声だったが、憎しみがこもっているのが伝わってきた。

「だが、残念だが、お前の力はこの程度だったらしい。春樹にも、野梨子にも勝てないようじゃ、期待外れもいいところだ」

 そこで黒刀が暴れ始めた。野梨子がさっきよりも強く体を押さえつける。

「もうお前は必要ない。あの世で死んだ家族に会ってろ」

「貴様ああああああ!!」

 その言葉がとどめの一撃になったのだろう。黒刀が初めて感情を露わにした。目が充血して真っ赤になり、また暴れ始める。その姿を見るのも嫌になった。

「楽にしてやれ、野梨子」

 俺の合図を聞いて野梨子が細長い剣を黒刀の首筋に向けて構える。

 一秒にも満たない時間が過ぎて、それが振り下ろされた。

 その瞬間、大きな音をあげてシャッターの扉が吹き飛んだ。凄まじい轟音が鳴り響き、鼓膜がはち切れそうになる。

 その場からすぐに離れる。俺の後ろに野梨子と春樹の二人がついた。

「全員、動くな! 警察だ!」

 壊れたシャッターから見覚えのある刑事が拳銃を構えて現れる。以前、中西の事件で出会った糸井とか言う刑事だった。

 糸井に続いて、後ろからぞくぞくと武装した男たちが建物に入ってくる。最近、情報で聞いていた刀人特捜隊の連中だった。

 なるほど、どうやら俺たちのアジトだと知って来たらしい。

「また会えたな」

 あえて話しかけると、糸井は拳銃を俺に向けた。

「木出拓馬(きでたくま)。お前に聞きたいことが山ほどある。おとなしく捕まってもらうぞ」

 それに答えず、周囲を見回してみる。負傷した千秋と吉丘が特捜隊の男に保護されて建物の外へ下がっていく。さっき野梨子が押さえつけていた黒刀の姿は見えない。

 しかし、二つの出口は俺たちと特捜隊の連中が塞いでいるため、まだ建物の中にいるはずだった。

 なら条件は整っている。

「いいぜ、糸井刑事。でも、お前の質問に答えるのはあの世に行ってからだ!」

 言い終わるのと同時にポケットに入れていた赤いスイッチを押す。

 次の瞬間、あたり一面が真っ白な光に覆われた。そこから轟音が鳴って赤い炎の塊が噴き出す。

 アジトが警察に知られた時のために建物のあらゆるところに爆弾を仕掛けておいたのだ。

 一瞬で工場内は炎で焼き尽くされた。

 

 16


 頭が痛くて、目がぼやけている。

 一瞬何が起こったのか理解できなかったが、徐々に回復していく視界の中に真っ赤な炎が見えた。

 俺――糸井智彦(いといともひこ)は頭を押さえながら、何とか立ち上がった。まだ体のバランスをうまく取ることができず、体がよろけてしまう。

 どうやら工場の内部で倒れていたらしい。木出(きで)たちの姿はない。周りを見ると部屋の至るところで焼け焦げた死体が転がっている。恐らく一緒に突入した特捜隊の連中だった。さっきの爆発に巻き込まれたのか。その他にも『アゲハ』の構成員と思われる死体もある。

 木出は味方が巻き込まれるのを覚悟であの爆発を起こしたのか。

「それにしてもあいつ……」

 爆弾を仕掛けていたということは、俺たちがいずれ来ることを予測していたということだった。絢音を助けることに躍起になっていたのかもしれない。焦りすぎたか。

「とにかく外に出ないとな」

 そう思って突入したシャッターのほうへ向かおうとした。

 ふいに視界に何かが入った。燃え盛る炎の中で誰かが立っている。

 炎が揺れて、それが誰なのか見ることができた。

「稜?」

 燃え盛る炎の中に稜が立っていた。顔を下に向けたまま、その場に立ち尽くしている。両肩に剣で刺されたような傷があり、そこから血が流れ出していた。

 そしてそこまで見て俺はようやく稜の様子がおかしいことに気付いた。

 右手に持った真っ黒な刀。それがあいつの手を覆っていた。

「歩実……やっと見つけたよ……」

 稜が独り言をつぶやいて天井を見上げる。その目が赤く充血していた。

「稜」

「やっとお前の苦しみを味あわせることができる……」

 呼びかけても稜は独り言をやめない。その口元に冷たい笑みが見えた。

「稜!」

 今度は大声で叫んだ。

 稜が笑うのをやめて、俺のほうを見た。

「邪魔するな、智彦」

 言い終わったとたんに稜が炎の中を通って俺のほうに向かってきた。手にした黒い刀をまっすぐ振り下ろしてくる。

 直後、鈍い金属音が鳴り響いた。

「お前……」

 稜の表情が少し変わる。無理もない。俺はあいつの刀を『自分の刀』で受け止めたからだ。

 稜の黒い刀と対称的に真っ白な刀。俺はそれで稜の攻撃を防いだ。

「お前はまだ知らなかったな。でも、感づいていただろ。刀人の力を感知できるのは刀人だけだ」

 稜の黒い刀を押し返しながら言った。

「稜、この力で俺はお前を助ける!」

「助ける?」

 稜がそう聞き返すと、その顔が能面のように表情を失った。

「何から助けるっていうんだ?」

 稜の持っていた刀が稜の手首まで黒い鎧のようなもので覆っていく。それと同時にその力が一気に強くなった。

「俺にはもう何も残っていない。やるべきことは、俺から全てを奪ったあいつを斬り刻むことだけだああ!」

 稜が叫んだ瞬間、俺の手にした刀が弾き飛ばされた。稜の憎しみの力が尋常でない早さで強くなっていく。その直後、稜の左手で首を掴まれた。

「ぐっ!」

 両手で稜の左腕を掴んで離そうとしたが、あいつの腕は全く動かなかった。どんどん首を締め上げられていく。

 稜の腕を通じて憎しみが伝わってくる。以前会った時よりも、今までの稜とは何もかもが違っていた。

「やめ……ろ……稜……」

 首を締められてほとんど声が出なかった。どうすることもできない。

「……」

 しかし、何があったのか、稜は突然俺の首を締めるのをやめた。そのまま後方に放り投げられる。

 呼吸ができるようになったが、体を思うように動かせなかった。

「歩実、俺はあいつらを殺すよ……。お前のために、一人残らず殺す」

 稜が背を向けて炎の中へ消えていく。呼び止めようとしたが、声が出なかった。

 どうして……。

 どうして、俺はあいつを助けることが出来ないんだ。

「ちくしょう……ちくしょおお!」

 この力を使っても、結局俺は稜を止めることはできなかった。


 17


 数十分後、駆けつけた何台もの消防車が燃えている工場の鎮火活動を始めた。負傷した人たちを運ぶために救急車も来て、静かな夜だった港は一気に騒がしくなった。

「千秋、しっかりして! 千秋!」

 救急車の一つに運び込まれた千秋はすぐに点滴と酸素マスクを付けられたが、傷はかなり深かった。

 千秋は何も言わなかったが、やがてうっすらと目を開けて私を見た。

「千秋、わかる? 私よ、吉丘絢音よ」

「絢音……」

 口から血を流しながら、千秋が小さな声で言った。

「ごめん、どうしてもっと早く思い出せなかったのかな……」

 千秋の口調は明らかに変わっていた。

「千秋、もしかして……」

「今さら思い出したよ、絢音のこと」

 千秋は顔色が悪くなっていたが、無理して笑顔をつくっていた。

「でも、良かった。このまま、絢音のことを忘れたまま死んでいくよりはずっと良いよ」

「千秋、どうして、どうしてあなたがこんなことを?」

 千秋は力を出して私のほうを見た。

「大学生の時にあの男が僕の前に現れて、仲間になれと言ってきた。僕が刀人だったことをあの男は知っていたんだ」

「え……?」

 千秋が……刀人?

 じゃあ、私が初めて出会った時から千秋は……。

「ごめん、ずっと言わなくて。こんな力があったせいで僕は木出に脅された。仲間にならないなら、お前の恋人を殺すって。僕は絢音を、僕のことを好きでいてくれた絢音だけはこんなことに巻き込みたくなかった。刀人たちの戦いに君だけは巻き込みたくなかったんだ」

 言い終わると、千秋は激しく咳き込んで血を吐いた。

「しゃべっちゃだめよ、千秋!」

「薬で記憶を消されて、あとはもうあの男の言いなりだったよ。でも、絢音とまた会えるなんて思ってもいなかった……」

「千秋、私ね、千秋ともう一度会うために特捜課に入ったのよ。あなたとまた会うために……。それなのに、こんなの……こんなのあんまりじゃない」

 千秋の手をしっかりと握りしめる。

「ごめんね、絢音……」

 でも、その力はだんだんと弱くなっていった。

 千秋の身体から流れ出した血が巻いていた包帯からにじみ出てくる。

「でも、また会えて良かった……。本当に嬉しかったよ、絢音……」

 その言葉を最後に千秋の手から力が抜けた。

「千秋?」

 私は聞いた。何度も何度も千秋の名前を聞いて、彼が何か言ってくれるのを待った。

 でも、千秋はそれ以上何も言わなかった。

 そばで千秋の応急処置をしようとする救急隊員の声を聞こえる。でも、何も頭に入らなかった。私を助けに来た糸井さんのことも考えることが出来なかった。

「千秋?」

 私はただ、呆然と千秋の名前をつぶやいていた。


第六章 終



次回 第七章 願い

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