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小話 家族になるまでに6





「大丈夫だな?」

頷くことすら出来ないくらいの力で抱きしめられて、私はくぐもった声で肯定する。背中が軋んで痛いけれど、それくらいじゃなければ安心出来ないような気がして、やめて、とは言えなかった。

「まさか、傷付けられたりしなかっただろうな・・・」

「え、と・・・」

彼が低い声を更に低くして、耳元で囁く。私はその声の低さに戸惑いながら、そっと体を離して曖昧な言葉を紡ぐ。

顔を上げると眉間にしわを寄せた彼と目が合って、思わず小首を傾げれば、余計に眉間のしわが深くなった。

「おい」

大きな手が頬に添えられて、そこから伸びる指先が私の唇をなぞる。そして、口の端に行き着いた指先が、血の止まった箇所に触れた。小さな痛みはあるけれど、耐えられないほどではない。

それなのに、彼の瞳が不愉快そうに細められて、私の向こうへと向けられたのが分かった。

「どういうことだ」

地を這うような声を投げかける彼に、反射的に体に力が入ってしまうのを止められなかった。こうして触れていると安心するのに、自分の中の何かが反発しているような感じだ。意外と平気だと思っていたけれど、自覚しているよりも精神的に参っているのだろうか。

彼の視線を追った私が辿り着いた先には、大国の軍人だという彼がいた。


咄嗟に袖を伸ばして、血の滲んでいた手首を隠しながら体の向きを変える。その時背中に感じたのは彼の体温と、静かな怒りだった。

咄嗟だったけれど、手首は隠しておいて正解だったかも知れない。口の端がほんの少し切れただけで、これだけ怒るのだ。もっと傷らしい傷がついている手首を見たらどうなってしまうのか・・・まして首を締め上げられただなんて告白した時のことなど、想像するだけで心臓に悪い。

・・・黙っていよう。とりあえず、家に帰るまでは。

そんな決意を胸にしまった私は、軍人の彼が口を開くのを見据えた。

「とりあえず、君」

軍人の彼が、ドアの側に立ち尽くしていた若者に向けて言った。

「は、はいっ」

きっと呆けたいたのだろう、慌てたように返事をしたその人が背筋を伸ばす。

「大使は?」

「お食事がお済みになり、寛いでおいでです」

「客人は」

「ご一緒です」

「・・・そうか。ここはもういい。

 あちらで問題が起きたら、報告に来てくれ」

「はいっ」

軍人の彼が事務的な口調で言い放った内容に、背筋を伸ばしたまま返事をしたその人は、きびきびとした動きで部屋を出て行った。

よく響く明るい声だっただけにドアの閉まった後の部屋は静まり返ってしまって、沈黙が肌に突き刺さるようだ。

とても居心地が悪い。悪すぎる。

それもそうだ。似たような男の人が2人、それも絶対に怒らせたらいけない種類の人間が自分の前と後ろで睨み合っているのだから・・・私が怒られているのではなくても、その雰囲気に謝りたくなってしまう。

ため息をついたら2人に聞かれてしまうから、私は吐きそうになる息を飲み込んだ。

・・・もうどうにでもなれ。私が口を挟んでも、この状況に大した変化は望めない。

「座って話すか」

軍人の彼が、彼の強い視線など意に介したふうでもなく、顔だけをちらりと向けて、私達をソファに掛けるように促した。


「あの従者からは、2人は食事に招かれていると聞いたんだが」

足を組んで言い放った彼に、軍人の彼が頷いた。

「大使が、ラエスラズリエル様を招いている」

「それは見た」

「見たの?大丈夫だった?」

思わず口を挟んだ私を見下ろして、彼がかすかに微笑んだ。

「ああ、心配ない」

「ほんとに・・・?」

言われて息を吐きながら肩から力を抜く。

「そんなことよりも、お前の口の端が切れているのは何故だ。

 それに、一度気配が消えかけた・・・大佐」

言葉の最後を、大佐・・・と彼は呼んだ・・・に向けて、彼がひと睨みした。

それを受けた大佐は、腕を組んで肩を竦めてみせる。私を見ているということは、私の口から事の顛末を話せということなのか。

確認するつもりで見返すと、その緑色の瞳が細められた。

「あんたの口から話した方が、信じられるだろ」

私は何かに観念して息を吐いてから、シュウを見上げて口を開く。

「ここが切れちゃったのは、猿轡を噛まされてたからで・・・」

特に感情を込めずに淡々と話すと、彼が顔を顰めた。

「ずいぶん乱暴な招待の仕方だな」

一瞬、大佐に視線を遣った彼は、私の腰を抱き寄せる。

心配してくれていたのは分かりきっているから、私は彼のしたいようにしてもらうことにして頷いた。

「うん、あの・・・。

 結婚指輪をお願いしたお店に、院長と行って・・・帰り道に、車に乗せられて。

 目隠しと猿轡をされて、両手も拘束されたまま、ここに連れて来られたの。

 ・・・それで、拘束を解かれた時にシュウを呼んだんだけど・・・」

そこまで言って、はた、と気がついた。

「これ、って・・・誘拐、だよね?

 丸腰で、乗り込んできたの?

 こんな、3人でソファに座ったりしてて・・・いいの、かな?」

よく考えたら、元皇女様とその息子の婚約者が、隣国の大使に誘拐まがいの招待を受けているのだ。大佐は「国同士の問題には出来ない」と言っていたけれど・・・。

・・・それを彼が理解しているとしても、大佐に掴みかかるくらいのことをしてもいいような。

そうして欲しいということではなくて、白騎士の小火騒ぎの時には相手を殺しにいく、くらいのことを彼はのたまっていたのだ。だから、一見して落ち着き払っている姿に違和感を感じてしまう。

「乗り込む・・・?

 両国は友好国だ。乗り込む必要も、物騒な物も必要ない。

 ここの大使には、誘拐を招待に見立てて何かを企てるだけの利口さはない。

 それに、隙あらば自国の領土を広げようだなんて、もうそんな時代でもないだろう」

「・・・あれ、なんか・・・」

会話が噛み合っていない違和感に、私は小首を傾げながら呟いた。

「私、もしかして勘違い、してるかも・・・?」

「勘違い・・・?」

私のぼんやりとした物言いに、シュウも眉を潜めて呟きを返す。

・・・大佐と話をしていた時はもっと、緊迫した何かが背後にあって、それが私を脅かしていたような気がするのだけれど・・・。

なんだか頭の中がもやもやする、と内心で唸っていた私はふいに視線を感じて顔を上げた。目の前に、感情を汲み取れない静かな瞳が並んでいる。

何を考えているのだろう、と思って視線を返すと、大佐が口を開いた。

「悪いな」

「え、っと・・・?」

言われた言葉が何を指すのかが分からず、どんな反応をしたらいいのか迷ってしまう。

腰に回された大きな手に、心なしか力が加わった。

「混乱させた」

大きく息を吐いて、大佐が体を前に傾ける。

座っているソファの間にはテーブルがあって、お互いある程度の距離を空けているはずなのに、その動作は私に、大佐が急に近くにやって来たように錯覚させた。

思わず腰が引けてしまったのを、隣の彼が大きな手で宥めてくれる。

・・・そうだ、もう1人で対峙しなくても良い。

そのことに気がついて胸を撫で下ろした私は、そっと息を吐いて大佐の言葉を受け止めた。同時に、体の奥の方から何かが沸きあがってくるのを感じる。

彼が斜め上からそんな私を見下ろしている気配がするけれど、特に何かを言おうとも思っていないようだ。

好きなように振舞えということだろう・・・そう解釈した私は、前を向いて真っ直ぐに大佐を見据える。

「混乱してます。

 どういう、意味ですか。

 ・・・今さらですけど、あんな風にされた意味が、よく分からなくなりました」

「あんな風・・・?」

言葉を紡いだ刹那、彼が険悪な気配を放った。

私はそれを、聞かず感じ取らなかったことにして、大佐に向かってもう一度言葉を紡ぐことにする。

黙っていた方が何事もなく家に帰ることが出来るなら、と思ったけれど。言ってしまえ。

「一度は納得・・・というか、状況の重さに疑問すら抱けなかったんですけど・・・。

 彼を呼んだら口を塞がれて、喉潰されかけて・・・あれ、必要でした?」

話の途中から、殺気じみた何かを隣の彼が纏っているような気がするけれど、それもこの際気づかなかったことにして。

尋ねた私の目の前で、大佐があっさり首を振った。

「いや」

「私が傷つけられた理由は何ですか。

 ・・・私、今、謝られましたよね」

自分の中で何かが沸々と湧き上がるのを感じた私は、同時に自分の腰を掴んだ手が小刻みに震えていることに気がついて、彼の顔を見上げる。

見上げて、絶句した。今ならきっと、彼の視線には人を殺めるだけの力があると思う。

咄嗟に腰に回された手に自分の手を重ねる。自分が感じていた怒りのような、やるせない何かには蓋をして。

「シュウ・・・?」

彼の手が熱い。

「・・・何だ」

視線が一瞬揺らいで、私に注がれる。見据えた深い緑色の瞳が、大きく揺れた。

「私、大丈夫だったから。

 ・・・それで、大佐は私に、何を謝ったんですか・・・?」

詳しいことは分からないけれど、きっと私が大佐から聞かされたことの中には本当ではないことが混じっていたはずだ。それは、飛び込んで来た直後のシュウの大佐への態度が思いのほか穏やかだったことから感じ取ることが出来た。

大佐の話ぶりでは、この国で自分が何をしても問題にならない、させない、そういう殺伐とした雰囲気が伝わってきたのだけれど・・・。

見据えた先、緑色の瞳が柔らかく細められる。

沸々と湧き上がった何かに蓋をしたら、ずいぶんと言葉選びに余裕が出来たらしい。私は呼吸を整えて、その1つ1つを拾い上げて口にしてみることにした。

「少なくともこの部屋で起きたことに関しては、大佐に非があるということ、ですよね?」

「・・・ああ」

言葉では肯定しているのに、態度が全く申し訳なさそうではない。

けれど不思議と私は、それに対して苛立つこともなく、冷えた頭のどこかでそんな大佐の態度を見届けて口を開いた。

「あんなに強気だったのに・・・あっさり認めるんですね」

小首を傾げると、それにつられたのか大佐が頬を緩める。

「あんたも、理不尽な扱いを受けた割には冷静なんだな。

 怒鳴り散らしたり、泣き喚いたりしないのか」

「・・・これ以上それが続かないなら、騒ぐ必要もないかと思って。

 そういうのは、ここぞという時にとっておくタイプなんです、私。

 それに、シュウが来てくれたから・・・後は院長と合流して帰るだけですし」

私はそっと彼に体重を預ける。大佐の言葉を受け止めた私の肩を、彼の大きな手が擦ってくれる。

・・・ああもう、今すぐ帰って、彼と一緒にお風呂に入って眠ってしまいたい。

「だから帰る前に、傷つけられた理由を下さい。

 そうしたら、ごく普通に招待されて大佐に話し相手をしてもらっていた、というふうに、

 記憶し直しておきますから」

「・・・面白いな、本当に」

口角を上げた大佐が、真っ直ぐに私を見つめている。

その視線がどことなく甘さを含んでいるように感じるのは、私が疲れているせいだ。昨夜の彼のおかげで体はぎしぎしな上に、今日は猿轡に両手をぐるぐる巻きにされて。こちらは明日も子守の仕事があるというのに。

現金なもので、私の思考はすでに明日へと向けられている。怖い目に遭ったのは今回が初めてではない。いつだって、彼が来てくれた時点で痛かったことや怖かったことは、私の中で小さく萎んでしまうのだ。

「傷つけられたという証言と、証拠・・・あんたの体に、ある程度の傷が必要だった。

 ・・・それから、少し興味が湧いたからだな」

言葉の後半で視線を彷徨わせた大佐が、どこか言いづらそうに声を小さくした。

隣の彼から伸びている手に力が入るのを感じながら、私はその後半部分を無視することにした。

「証言、ですか」

「・・・興味もある」

「それはどうも」

「おい」

謝ったということは、これ以上私が傷つけられる心配はないということだ。それに、彼が丸腰で迎えに来たということは、両国が物騒なことを望んでいるわけではないということなのだろう。

私は、大佐と2人きりだった時とはうって変わった態度で、ばっさりとその発言を切り捨てる。大佐は当然不満そうに声を上げたけれど、そんなものは無視だ。

言っておくけれど、決して怒りを感じていないわけではないのだ。

「何の、誰に向けての証言です」

どうやらいくらか落ち着いたらしいシュウが、大佐に向かって尋ねた。

「・・・大使を、罷免して送り返したい」

「ああ・・・」

彼が大佐の言葉に頷いて、眉間にしわを寄せる。

2人の会話が理解しきれなかった私は、内心で小首を傾げていた。

すると、大佐が口を開く。

「今回のことは、大使が元皇女様に執着したことが発端だ。

 あれは惚れたとか、そういう段階の話じゃない・・・。

 執着だ。もはや、付き纏っていると言っても過言ではないだろう。

 いつかやらかすとは思っていたが、実際、あの方を傷つけてしまっては笑えない。

 長いこと保ってきた両国の関係が覆るとも限らないからな・・・」

そこまで言って、大佐は大きく息を吐いた。顔を顰めて、続きを口にする。

「そこで、あの方が王都の息子を訪れるという情報をちらつかせた。

 蒼鬼が言っていたが、大使は決して利口ではない。あっさり今回の件に及んだわけだ。

 もちろん誰かの入れ知恵ではなく、彼が自分で考えて俺の部下に命じるように仕向けてな。

 ちなみに、大使は俺がここにいることは知らないはずだ。いや、明日の朝ここへ来るとは

 耳に入れておいてあるが・・・まあ、大して気にしていないだろう。

 で、俺は大使の企て通りにやって来た“お付き”の方を部下に部屋に運ばせた」

「・・・お付き・・・」

思わず呟いた私に、大佐が苦笑する。

「大使は、あの方に執着しているからな。あんたのことは、どうでも良かったらしい。

 ともかく、俺はあんたに痛みと恐怖を体験させて、あの方にでも泣きついてもらおうと

 思っていたんだが・・・」

大佐が、言葉の途中でシュウを一瞥した。

その視線を受けた彼が無言で目元を険しくするのを見て、大佐は口角を上げる。

「たった一度の呼びかけで、ここを特定されてしまったというわけだ」

それを聞いたシュウが、何も言わずに鼻で笑った。

「あの方は賢く潔い方だから、きっと今回のことは何もなかったことにするだろう。

 それなら、あの方が可愛がる息子の婚約者だという渡り人に協力してもらおうと思った。

 ・・・が、結果としては蒼鬼が来てくれた方がかえって良かったかも知れないな・・・」

「え?」

一度では理解出来なかった私が聞き返すと、大佐が息を吐いて立ち上がる。

私がそれを目で追っていると、大佐はゆっくりとした動作で私の足元に跪いた。

咄嗟に体を引くと、隣の彼がそれを引き寄せてくれる。どうやら、大佐が傍に寄ると怖い、痛い、と心のどこかに刷り込まれてしまっているようだと気がついた。自分で思うよりも、参ってしまっているのかも知れない。

そんな自分と大佐の行動に戸惑っている私を見て、大佐は顔を顰めて口を開く。

私を見上げる瞳が、この首に手をかけた時の苛立ちとは違う何かを湛えていると分かるけれど・・・。

「あんたも、あの方と同じような考え方をするらしい。

 ・・・この傷のことは、黙っているつもりだったんだろう」

「傷?」

間髪入れずに言ったのはシュウで、私は言われた傷が何を指すのか理解が追いつかずに小首を傾げた。

すると、何も言わずに大佐が私の服の袖を、ぐい、と肘まで一気に押し上げる。

「大佐・・・!」

掠れた声が隣から聞こえて、私は焦った。自分で隠してから、今の今まですっかり忘れていたのだ。もう痛くなかったし、血の滲んでいた箇所もかさぶたになりつつあったから。

・・・せっかく自分でも忘れていたのに。

いろいろな方向に恨めしい気持ちを抱いて大佐を見据えると、彼は私の手首を掴んで頭を垂れた。

「悪かった。

 多少傷つけた方が都合が良いとは思っていたが・・・」

「・・・いや、えっと、」

突然申し訳なさそうにされては、こちらとしても戸惑ってしまう。

全くそんな素振りを見せないからこそ、怒りが持続していたというのに・・・これでは何だか、私の気の小さい部分が、大佐を許してしまいそうになるではないか。

隣の彼は、依然として怒りを撒き散らしているけれど、大佐はそれに関しては感知もしないらしい。シュウには目もくれずに、一度顔を上げたら、私の目から視線を逸らすつもりはなさそうだった。

「あんたには、傷を付けるべきじゃなかった。

 ・・・許して欲しい」

そう言って、大佐が掴んだ私の手首を持ち上げた。そして、ゆっくりと血の滲んでいた場所に唇を寄せる。

「ああああああの!」

悲鳴じみた声を発した私に、大佐が動じる気配はない。振りほどこうとしても、さすが軍人というべきなのか男性だからなのか、自分の腕なのに微動だにしなかった。

掴まれた腰の部分がものすごく痛いけれど、それを咎めるだけの余裕も最早ない。

手首も腰も痛い。どうして傷のある箇所に口付けを受けているのかも分からない。

そうして、いろいろ悶絶したあげくに、本物の悲鳴が喉元をせり上がってきたところで、私はやっと解放された。

・・・ああもう、何なのこれ・・・。

一気に疲れが増した実感に脱力していると、大佐が一度離したはずの手首を掴んだ。

もう勘弁して欲しい。

そんな思いが表情に表れていたのだろう。大佐が苦笑した。

・・・そのカオを見て、ほんの少し鼓動が跳ねたのは秘密だ。

「許して欲しいんだが」

一体何の催促だ・・・とは思ったものの、あのやり取りの再現をしたいだなんて微塵も思えない私は、勢いよく頷いていた。

「許すからちょっと離れて!」

求められていない言葉も一緒に出てしまったけれど、そこまで気が回らない。

大佐はそれをどう捉えたのか、微妙な表情を浮かべて手を下ろした。

やっと自分の元に返ってきた手首を擦りつつ息を吐くと、隣に座って静観していた彼が、やたらと低い声で私を呼んだ。

「・・・お前、」

「え?」

驚き半分で声を上げて、その顔を見上げて・・・そして、私は固まった。

「お前がそれを許したら、俺が何も言えなくなるだろうが・・・!」

・・・頭に見えるその角は、幻覚だろうか。



「え、と、あの・・・バスルームお借りします!」

私は咄嗟に鍵のかかる密室に逃げ込んで、大きく息を吐いた。ドアに背を預けて、ずるずると腰を落として床に座り込む。

許して欲しいと請うくらい申し訳なく思っているのなら、是非大佐に相手をしてもらおう。そもそも私は被害者なのであって、助けがやって来た後に二次被害に遭う必要はないと思うのだ。

きっと彼はここにまで押し入って来たりはしないだろうし、怒りの矛先はもともと大佐に向けていたはずだ。

それなら思う存分、騎士と軍人でやり合ってもらおう。幸い彼も大佐も、武器を持っていたようにも見えなかったし、両国は友好国で、お互いに問題に発展させたくない、と思っているようだし・・・。

「・・・あー・・・早く帰りたい・・・」

ドアの向こうから聞こえてくる声に紛れるように呟いて、私は息を吐いた。







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