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小話 私達の秘密6








壁に耳あり障子に目あり。

先人は、上手い例え方をするものだ。確かにちゃんと、耳も目もある。しかも2人分。


「・・・む、ぅっ」

「む、って・・・!」


噴出す声がして、その後すぐに、ばしっ、とアンが叩いたのだろう、ノルガのくぐもった声が聞こえてきた。

私は両手で熱くなった頬を押さえて、彼の胸に頭をくっ付けてその熱をやり過ごす。

友達がキスをしている場面に遭遇しているなんて・・・。外から見ている方が、こういうことは恥ずかしい。結婚式の誓いのキスとは違う気がする。

彼の大きな手が、私の背中を撫でていくのを感じ取りながらも、耳は正直に興味のある方から聞こえてくる音を拾っていた。


「い、意外と力あるんだねアンちゃん・・・」

「・・・もう帰る・・・」

「ああごめんごめんっ・・・もう1回」

「ん、いいよ・・・?」


・・・どうしよう。

2人が上手くいって嬉しくて仕方ないけれど、こんな場面に晒されるなんて思いもしなかった私は、今さらになって動揺していた。

咄嗟に隠れたりしなければ、こんな気持ちになったりせずに済んだのに。分かっている。私が馬鹿だった。

鼓動がおかしなリズムを刻んでいるのを感じたのだろう、彼がそっと私の頬に手を添える。

耳まで熱くなった顔を上げれば、深い緑色の瞳が楽しそうに細められる。きっと私が動揺して赤くなっているのが面白いのだろう。

ロッカーの向こうでは、ついさっきまで弟や妹だと思っていた人達が相変わらず仲良くしている様子が、かすかに聞こえる音から伝わってくる。


「はぁ・・・」

「・・・あのさ、」

「ん?」

「ララノ、行きたいとこ考えといて」

「うん、分かった」

「あ」

「ん?」

「ミイナちゃんの付き添いだって言ってたけど、本人どこ行っちゃったの?」


鼓動が跳ねて、息を飲む。

ふに、と頬を摘まれて視線を上げれば、彼が楽しそうに目を細めていた。


「さぁ・・・どこだろ」

「え、いいの?探しに行く?」

「あの、違うの」

「違う?」

「うん、実は・・・」


ダンダンダンッ


会話を寸断する金属音が響いた瞬間、ロッカーの外が全く見えない私は体をびくつかせた。

何の音だろうと首を捻っていると、彼が手をぽん、と私の頭に乗せる。

それがどういう意味なのかは分からないけれど、とりあえず息を吐く。


「あ、鍵閉めたんだった」

「もしかして、皆着替えたくて待ってるんじゃないの?

 やだ、早く行こう!

 ・・・何してるの、ほら、はーやーくー!」

「いだだだっ。

 そこ、今日の訓練で怪我・・・!」

「はぁ?

 男の子でしょ、気合入れなさいよ!」

「えええー?!

 しおらしいアンちゃんはどこ行っちゃったの?!」


がちゃ、きぃぃ・・・・ぱたん


2人の声が、ボリュームを下げるように遠ざかっていくのが聞こえて、続いてドアの閉まる音が静かに響いた。その後はただ静かで、誰も更衣室にいないことが分かった私は、そっと息を吐いた。

「・・・ノルガの怪我、大丈夫なの?」

アンが気合だのと言っていたのが気になってしまって、私は彼を見上げる。

「大したことはないと思うが・・・心配か?」

「それはもちろん」

即答すると、彼の眉間にしわが寄った。

久しぶりに見るそれを、私は人差し指でぐりぐりと揉みほぐして微笑む。

「そうじゃなくて、弟みたいなものだからね。

 シュウだって、チェルニー様やディディアさんが病気したりしたら、心配するでしょ?」

「それは、まあ・・・」

不満そうに呟く彼に苦笑しながら、私は規則正しく上下している胸にこつん、と額を寄せた。

「・・・とりあえず、2人が上手くいって良かったぁ・・・」

なんとか恋のキューピッドになれただろうか。

そんなことを考えながら呟くと、ぐい、と腰を抱き寄せられる。

「・・・シュウ?」

体重が移動してバランスが崩れたのだろう、狭いロッカーのどこかでガタン、と音がした。

見上げると、そこには熱の灯った瞳。

「柔らかいな」

・・・なんてことを言うんだ。

大して身動きの取れない狭さで密着していたせいなのか、彼が壮絶な色気を纏っている。

「ちょ、あの、騎士の皆さんが着替えに・・・!」

そう言いながら、ぺちぺちぺち、と裸の胸を叩く。

けれど彼は不敵な笑みを浮かべてのたまった。

「心配するな。

 このロッカーの持ち主は、今日は非番だ。

 ・・・これから大勢やって来るが、ここが開けられることはない」

放たれた言葉の衝撃に絶句していると、彼の手が腰の辺りを撫で始める。

「こ、こんなとこで、冗談だよね?

 ・・・ちょっと、シュウ?」

「ん?」

焦る私を見て満足そうに目を細めている彼は、前髪が汗で濡れたままになっていて、匂い立つような、こちらの感覚を狂わせてしまいそうな色気を放っていた。

気づけば汗の匂いもしていて、くらくらする。

今までは緊張していて、それどころではなかったらしい。

・・・よく考えたら、彼は上半身裸なのだ。この狭さでそんな彼と密着して息を潜めていたなんて、どう考えても普通じゃない。

おかしな展開になる前に、もう一度彼に外に出ようと言おうと口を開きかけた私に、彼が先手を打つかのように言葉を向けた。

「困ったな・・・この狭さ、ぞくぞくする・・・」

・・・さっきまで、暇そうに欠伸をしていたというのに、この変わり様は何なの・・・。

耳元で低く囁かれてしまっては、私も体に力が入らなくなってしまう。もう長いこと、私はこの声に弱いのだ。

頭の隅で変わり身の早い彼に呆れつつも、ぞくぞくと何かが背中を這っていった。

唇の上を何往復も、訓練では剣を握っていたはずの指先が滑る。同じ指とは思えないくらいにそっと触れられる感触に、吐息が漏れてしまう。

仕方ない。彼に触れられて、何ともない方がおかしいのだ。

腰を捕まえた腕も手も、何もかもが熱を放っている。

「ミナ・・・?」

「ん・・・?」

私を射抜く真っ直ぐな視線を受け止めて返事をした、その時だった。








「あぁぁぁぁ・・・」

「おい、もういいだろ」

すっかり暗くなった帰り道、私は両手で頬を押さえながら彼の隣を歩いていた。

悶えながら歩いている私に、彼が呆れたように声をかけてくる。

「どうしてそんなに平然としてられるの・・・?」

恨めしそうな目をしてしまっている自覚はあるけれど、どうしても止められなかった。

彼は、そんな私の頭を苦笑してひと撫でして言う。

「気にするな。

 ・・・なんなら、口止めしておくか」

「・・・物騒な響きだね・・・」


彼と狭いロッカーの中で見詰め合っていたあの瞬間、突然扉が開いた。聞いていた話では、あのロッカーの持ち主は非番だったというのに。

開けた騎士の方も、かなり驚いていた。あの表情はたぶん、中に私達がいるとは思っていなかった、というカオだ。

知っていて開けたのではないらしいと気づいた彼が問いただすと、騎士が言った。

「ノルガさんが、右から2番目のロッカーに面白い物が入ってるはずだから開けてみろ、って言ってたんです・・・!」と。

・・・可哀想に、まさか交代が決まっているとは言え、団長が中から出てくるとは思いもよらなかったことだろう。しかも、婚約者と密着した状態でなんて、笑えない。

・・・いや、明日になったら瞬く間に広がる種類の、笑いの種だけれど。

ともかく驚くよりも、騎士に同情してしまった私は、恥ずかしさに沸騰するほど熱くなった頬を押さえて、すごすごと食堂へ移動したわけだ。

もちろん、焼き菓子も忘れずに持って。


「ノルガが気づいてたなんて・・・」

家まではまだある。

私は彼の腕に捕まって歩きながら、ぼやいていた。

隣の彼が、喉を鳴らすのが聞こえて、思わず視線を上げる。

「ま、気づくだろうな。

 ・・・でも良かったんじゃないか。

 本当に誰もいない状況だったら、あいつも我慢がきかなかったかも知れない」

「・・・な、生々しいね」

どうやら今日は、こういったことに縁があるようだ。

私は恥ずかしさを吐息に込めて吐き出すと、彼の横顔を見つめた。

「ノルガが言ってただろ、訓練漬けの騎士は気が立ってる。

 ・・・しかも、嬉しくて仕方がなかったようだから、まあ、そういうことだ」

彼にしては珍しく言葉を濁したことが気になって尋ねれば「いろいろ想像したら気持ちが悪い」のだそうだ。確かに、他人様のそういった事情を想像するのは、どうしようもなく居心地が悪い。

頷いた私を見て、彼がため息混じりに呟いた。

「・・・それにしても、あいつも良いタイミングで開けさせてくれた」

「どういう意味?」

あいつ、というのはノルガのことだろうか。

引っ掛かりを感じて言葉にすれば、彼が肩を竦めた。

「あんな状況、滅多にないだろうに・・・惜しかった」

「・・・ほんとにもう・・・」

まさかロッカーの中で本当にあれやこれやをしようとしてたのか、と気づいた私は呆れ返って言葉を失ってしまう。

祈りの夜の精油の件といい、今回のロッカーの件といい、この人は自分に正直だ。

ああでも、この正直さのおかげで、私は彼と一緒に暮らすようになった気もする・・・。

ぐるぐると言いようのない感情が渦を巻いたところで、彼が私の耳元に口を寄せた。

「・・・巡回が始まるまでは、夕方に本部に来るのは止めておいてくれ」

「え?」

唐突に変わった話題に呆気に取られてしまった私を見た彼が、困ったような表情で微笑む。

「まだ匂いが定着しきってない。

 お前を訓練漬けの部下の目に晒したら、俺がおかしくなる・・・今日のように」

「・・・わ、わかりました・・・」

匂い云々の話をされては、私も納得せざるを得ない。外の世界からやって来た私には、どうしても共有できない感覚だから。

・・・彼と一緒に過ごすには、まだまだ修行が必要なようだ。





「そういえばね、」

「うん?」

家が見えてきた。

街灯が照らす道を、2人で歩く。

私は大事なことを伝えずにいたのを、思い出していた。

「・・・私の世界にはね・・・て言うより、私の暮らしてた国にはね・・・」

「ああ」

そっと紡ぐ言葉を、彼がそれまでとは違う雰囲気で受け取ってくれる。

さっきと全然違うじゃないか・・・などと思った私は、ああそうか、と気がついた。

私が彼にドキドキしたり、ハラハラさせられたり、時には苛々してしまったり、憤ってしまったり・・・感情を右へ左へと揺さぶられるのは、彼がずいぶんと表情豊かになったからなのだ。遠慮がなくなったと言い換えてもいいのかも知れない。

・・・嬉しいな。

ほわん、と浮かんだ感情に頬を緩めた私は、そのまま言葉を並べた。

「バレンタイン、ていう日があってね・・・」

その日は、大切な人に思いを伝える1日。




ちゃっかりホワイトデーの話も済ませた私は、分かっていたけれどやはり打算的だ。







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