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小話 私達の秘密3







「隠したって・・・どこに」

シュウの不機嫌そうな声に、私はため息を吐いた。

・・・キッチンの戸棚の中身であったはずの物たちが、自由奔放な場所に鎮座している。

これを直すのは、果たして彼なのか。いや、今の状態の彼では整理整頓という概念が抜け落ちているだろうから無理だ。

言葉を放つ間にも、彼の視線はワインを求めてあちらこちらへ移動しているのが分かる。

ちらりと視線を投げれば、ノルガはノルガで、一向に本から目を上げようともしない。それどころか、流れた不穏な空気を察知して、気配を消そうとしているように見える。

ノルガを話題にしてはぐらかそうと思っていた私は、それが出来そうにないことが分かって、内心でこっそり息を吐いた。

「・・・庭の、木箱の中」

「何でそんなところに」

呆れたような物言いに、私は肩を竦めるしかない。

「だってシュウ、家の中に置いておくと飲めるだけ飲むじゃない。

 たまには体、休めないとダメだと思うよ」

「・・・それは・・・そうだが」

そんなつもりはないのに、いつの間にか私がお小言を言って彼を責めているような図式になってしまっている。

私は気を取り直して呼吸を整えると、心なしか頭の垂れかけている彼にそっと寄り添って、内緒話をするように口元に手を当てた。

「ん・・・?」

彼は訝しげにしながらも、私の口が自分の耳の辺りにくるように体を屈めてくれる。彼は、基本的に私のしたいようにさせてくれるのだ。

「・・・隠してごめんね」

「いや・・・」

「急いでおつまみ作るから、どれでも好きなの取って来て。

 暗くなってきたから、気をつけてね」

そう囁いて体を離すと、彼が目を柔らかく細めて小さく頷いた。

私の頭に大きな手を置いて「行って来る」と囁いて、颯爽とキッチンから出て行く。

たぶん、彼はワインを1本だけ持って帰ってくるだろう。私が謝ったから。

「・・・ミイナちゃん、団長の扱い上手いんだねぇ」

ソファで気配を消していたノルガに声が、いつの間にか私を見ていた。

「そうかな。

 ・・・うん、そうかも」

仕方ない。私はもともと少し、打算的なのだ。

小首を傾げてから頷いた私は、苦笑しているノルガに向けて微笑んだ。


「この前は、ご迷惑おかけしましたねぇ」

キッチンで、彼に話した通りおつまみを作ろうと材料を取り出して並べる。

彼が引っ張り出した戸棚の物たちは、この際後回しにすることにして全部端に寄せた。

「ううん、いいよいいよ~。

 あ、それよりこの本、借りて行ってもいいかな」

そう言って掲げた本は、私が最近食堂に持って行ったもの。

・・・持って行ったけれどその時ノルガは居なくて、アンが1人でお茶を飲んでいたから事情を聞いて・・・そして、バレンタインの企みが始まったのだ。

結局シュウに本部へ持って行ってもらうのも忘れていて、そのままになっていたのをすっかり忘れていた。

「あぁ、ごめんっ。

 すっかり忘れてた・・・」

「うん、平気平気。とりあえず借りるね~」

手をぱたぱたさせるノルガは、とてもアンと擦れ違っているようには見えない。

私はそっと窺うようにして言葉をかけた。もちろん、おつまみ作りをする手は止めずに。

「・・・それ、ララノ旅行のガイドブックだよね。行くんだ、旅行?」

なるべく声色が変わらないように、鼓動が速くなるのを悟られないように。

「うーん、ちょっと、考え中かなぁ・・・」

「考え中・・・」

返ってきたのは意味深な答えで、私は野菜を切りながら反芻するしかなかった。

手元でスティック状になっていく色とりどりの野菜を纏めて、グラスに差していく。次はディップ用のソースを作ろうと、調味料を選ぶ。

そうしながらも、頭の中を駆け巡っていくのはアンの話と、今聞いたノルガの話だ。

・・・ノルガは、アンを旅行に誘おうとしていたということなのか。

・・・アンは、ノルガが迫ってくるのが怖いと言っていたけれど・・・。

シャカシャカと小さな泡だて器でソースを作りながら考えていると、ノルガがため息を吐いた。

シュウはまだ戻って来ない。ワインを選ぶのに頭を悩ませてでもいるのだろうか。

「ほんとはさ、アンを誘おうかと思ってたんだよね。

 ・・・でもちょっと・・・あーもう、どうしたらいいのか分かんねー・・・」

最後の方はソファに倒れこみながら呟いたものだから、自然と言葉がフェードアウトしていった。

私はその悩める姿に苦笑しながら、そっと声をかける。

「ノルガは、どうしたいの?」

すると、ソファの背もたれから顔を覗かせた彼が、顔を真っ赤にして口を開いた。

「・・・誰にも、言わないでくれる?」


「・・・な、なるほどね・・・」

・・・顔が熱い。他人の恋愛話なんて、まともに聞いたのは久しぶりだ。

「どうした」

「ひゃぁぁっ」

驚いて、持っていた小さなボウルがつるりと滑った。

それをなんでもないことのように片手で受け止めたシュウが、訝しげに私の顔を覗きこむ。

「・・・顔が赤いな」

言って、すぐにノルガに視線を移した。

私はその間に彼の手からボウルを受け取って、出来上がっていたソースを小さな器に移す。

深呼吸をして、彼に向かって口を開いた。

「うん、ちょっとノルガの話聞いてたの。

 ・・・若いっていいなぁ、って・・・」

事実が半分、はぐらかし半分だ。

彼はノルガがぶんぶんと首を縦に振っているのを見て息を吐くと、引き出しからワインオープナーを取り出す。

「・・・ま、追及はしないが・・・」

言いながらワインを開けようとしていた手を伸ばし彼は、出来上がったものを摘み食いして、そのままリビングへ行ってしまった。

仕方なく私は、冷蔵庫に切り置いているチーズを取り出して、野菜スティックと一緒にトレーに載せてキッチンを出る。

テーブルの上に運んできたものを並べたところで、彼が私に話しかけた。

「そういえば、」

「ん?」

おしぼりを持って来ようかな、などと考えていたから、返事が曖昧になってしまったけれど、彼は気にしなかったようだ。

「今日は楽しかったか?」

「え?」

唐突に尋ねられた私は、きょとん、と目を瞬かせる。

すると彼は、柔らかく目を細めて・・・どちらかと言うと、意地悪を言う時の目に近い・・・そして言葉を紡ぎだした。

「・・・あの赤毛の、誰だったか」

「あ、アンのこと?」

「ああ。

 一緒に出かけたんだろう?

 ・・・どこで別れたんだ?」

「え?

 ああ・・・そこの大通りの、喫茶店で。

 歩いて、買い物してから帰るって・・・」

そこまで言って、彼の視線がノルガを捉えたのが分かった。私もつられて、ちらりと視線を走らせる。

当の本人は、私達の会話を聞いて目を見開いていた。

「・・・俺、帰ります」

ひと呼吸空けて我に返ったらしいノルガが、言いながら立ち上がる。

その動作が忙しなくて、私内心で首を捻った。

「どうしたの?」

尋ねたけれど、赤い髪の彼はすっかり騎士の顔つきに戻っていて、私の問いかけには何も答えないまま彼と目で会話をして、出て行ってしまう。

そしてあっという間に玄関のドアが閉まる音が聞こえてきた。


「ノルガ、すごく慌ててたけど・・・」

「ああ、そうだろうな」

私は何事もなかったかのようにグラスを傾けている彼の隣に腰掛けて、その深い緑色の瞳を見上げる。

「俺たちが王宮を出る頃に変質者の目撃情報があったんだ。

 ・・・ちょうど、アンの住む辺りか・・・」

「そうなの?!」

そんなことがあったなんて知る由もなかった私は、思わず声を上げてしまった。

そしてすぐに、ああ、と腑に落ちる。

「・・・だからノルガ、慌てて・・・?」

「そういうことだ」

言って、彼が喉の奥で笑う声が聞こえてきた。

「耳に入った時から気にはしていたようだったが・・・。

 まさか、歩いて帰るとは思ってなかったんだろ」

「そっか・・・うん、アンの寮の目の前にバス停があるからね・・・。

 ・・・そっか・・・何もないといいけど・・・」

彼がグラスにワインを注ぎ足して言う。

「それに、あいつはまだ番じゃないらしいからな。

 相手の気配が探れなくて、余計に心配になるんじゃないか」

「そういうものなの?」

単純な疑問を口にすれば、野菜スティックを摘んだ彼が、私を見て微笑んだ。

「そういうものだ。

 ・・・今思えば、俺もそうだった」

大きな手が、私の頬の上を滑っていく。

それが気持ちよくて、うっとりと目を閉じていると、唇に湿ったものが触れたのが分かる。

そっと目を開けると、そこには彼の長いまつげが揺れていた。

時間にすればほんの刹那のことなのに、私にはいつもこの瞬間がゆっくりに感じられる。それはとても幸せなことだ。

恋をして過ごす時間は速く流れていってしまうけれど、愛情を受け取っている時間は、とても穏やかでゆっくりと過ぎていくということを、私は最近になって学んだ。

・・・そういうことを、あの可愛い弟と妹も知るようになったら、見ていて私も幸せな気持ちになれると思う。

「・・・私、シュウと番になれて良かったな」

口付けの合間にそう呟けば、彼が喉を鳴らした。

「どうした急に・・・」

滅多に言わないようなことを言ったからだろう、彼が半ば噴出し気味に囁く。

それは決して私を馬鹿にしているとか、そういう雰囲気ではなく、分かっていることなのに何を今さら、というようなニュアンスを含んでいた。

「いいの、たまには言わなくちゃ」

「ああ」

私も自分に苦笑しながら囁き返して、もう一度目を閉じる。

・・・夕食の時間が遅くなっちゃうかも知れないな。

そんな思いには蓋をして、私は彼の口付けを大事に受け取ることにしたのだった。








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