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小話 衣装選びに連れてって1








「・・・はっ・・・はぁっ・・・ぁ・・・っ」

ただひたすらに、駆けていた。

「・・・いぃ・・・った・・・っ」

必死に走っていたら、わき腹が痛くなってしまった。

・・・よく考えたら私、運動の中でも走るのが一番苦手なんだった・・・。

しかも運動らしい運動なんて、最近は全くしていないのに突然こんなに走るなんて・・・。

ズキズキと痛むわき腹を押さえながら大通りを走っていると、目の前、少し先の所にオリーブ色の服を着た男性が1人。

何かを探しているのか、辺りを見回しているのが分かる。

「・・・嘘・・・!」

ひやりとしたものを感じて、私は慌てて行く先を変えようと、足を出す向きを変えた。







時は今朝、彼の作ってくれた朝食兼昼食を食べて、軽い掃除を終えた頃に遡る。







「しゅーうっ」

ひょい、と寝室に顔を覗かせると、クローゼットの中でもそもそと蠢く人影が目に入った。

・・・こんなところにいたのか。

私はちょうど、床の上をクリーナーをごろごろと転がして、埃や小さなゴミを拾い集めているところだ。

こちらの世界には、あちらの世界でいうところの掃除機というものは存在しない。一度だけ「何でだろうね?」とシュウに尋ねてみたところ、エルゴンを使いすぎるからじゃないか、という答えをもらった。

「冷蔵庫はあるのにね」と返してみたら、「あれがあると、食料が長持ちするからだろ」だなんて、ばっさり切り捨てられた。

きっと発明しようと思えば出来るのだろうけれど、私は特に困っていないので、掃除機の必要性を誰かに訴えることもなく、今の今まで生活しているわけだ。

・・・確かに、掃除は手動でも問題ない。

「・・・ん、どうした?」

彼がクローゼットから顔を出す。

茶色の髪がボサボサになっていて、なんだか少し可愛かった。

いや、そうではなくて、一体何をしたらそうなるのだ。

私は、彼の不思議そうにこちらを見つめる表情に頬を緩めながらも、クリーナーを押して寝室へと入っていく。

「どうしたって・・・もうすぐ出かけるよ?

 姿が見えないから、探しちゃった」

「・・・え?」

クリーナーを転がしながら話しかけると、クローゼットで何やら探し物をしていたらしい彼が、呆気に取られたように口を開いた。

彼のそんな表情を滅多に見ることが出来ない私は、呆れそうになるのを通り越して、思わず見とれてしまう。

いつの間にか、彼は眉間にしわを寄せることが少なくなった気がする。

「・・・衣装選びに付き合ってくれるんじゃなかった・・・?」

「・・・あ・・・悪い・・・」

極めて無表情に謝られてしまった。

「うーん・・・そっかぁ・・・」

クリーナーの取っ手を握り締めて、ため息をつく。

頭はボサボサだから、私と出かけるならこれからシャワーを浴びるのだろう。

残念だけれど、それでは約束に間に合わないと思うのだ。正確な時間はないけれど、お昼までにはお店に行くと言ってしまったのだから。

リビングには書類の山があったから、今日は団長候補さんにお願いされた雑務を片付けるつもりでいたのだろうし・・・。

「うん、しょうがないよね。

 衣装は1人でも選べるから、大丈夫だよ」





今思えば、あのため息混じりのひと言が悪かったのだ。


あの後普通に支度をして、リビングで書類に目を通している彼に、お茶を淹れてお茶菓子を用意して、「行ってきます」と言って家を出てきた。

お茶を出した時に、久しぶりに彼の眉間にしわが寄っているのを見たけれど、その時の私は気づかない振りをして。

家を出る間際に背中にかけられた、彼の私を呼ぶ声を、聞こえない振りをして家を出た。


・・・きっと、少し苛々していたのだと、今なら思う。


それから、家を出て大通りへと出た。

歩道の雪は、日陰になっている所以外は融けて歩きやすいので、そのままバスを使わずに歩いて衣装屋に向かうことにして、私はのんびりと歩いた。

日差しがぽかぽかと背中を照らしてくれるのを、心地良く受け止めていた私は、思わず足を止めてしまった。

耳に、入ってきたのだ。

男の声が。囁きが。

「蒼の騎士たちが、あなたを探してますよ」

「・・・っ」

視線だけを動かして、かろうじて視界の端にオリーブの制服を捉える。

蒼の騎士、という単語が出たということは、この人は蒼ではないということだ。

私は瞬時に判断して、声をかけてきた人のことを見上げる。

見覚えがあるような、ないような、これといった特徴のない普通の男の人。

「・・・蒼鬼と、喧嘩でもしましたか?・・・子守殿」

呼びかけられた、その時の声に聞き覚えのある私は、思わず息を飲んだ。

大きな声を上げなかったのは、なんだか良くない予感がしたからだ。

「・・・ロウファ?」

以前にもあったのだ。

私がまだ、シュウとただの後見人と被後見人の間柄であった頃のことだ。

タイミングよく廊下で何度も出会う、1人の紅の騎士がいた。

彼はいつも私のことを「子守殿」と呼んで、王宮内の噂などを教えてくれた・・・のだけれど、それが「試験」の夜にたまたま間に合わなかったという紅の団長だったということを、私は彼が初めて名乗ってくれた時に知ったのだ。

・・・その時の変装していた彼に、話し方や表情がそっくりで気がついた。

「えー、分かっちゃうの?

 面白くないなぁ・・・」

私が気づいたことを認めた彼が、格好を崩して私に向かってぼやく。

・・・この人は、どうしてこういう手の込んだことをするのか。

「それで、どういう意味なの?

 蒼の騎士が、私を探してるって何?

 喧嘩ってどういうこと?!」

彼の緩い雰囲気と、またしても悪戯されたのだと思うと苛々が小爆発を引き起こした。

普段は滅多にこんなふうに人に詰め寄ったりしないけれど、私はこの紅の騎士団団長に絡まれると、どうしても心の中をかき乱されてしまう。

相手の本心や本性を引きずり出す能力としては、この国の騎士団の頂点としては必要不可欠なことなのだろうとは思う。

そのあたりのことは、ジェイドさんにしろ、陛下にしろ、私を試した全ての人達にとっては、国を守るために必要なことなのだと、今なら理解を寄せることが出来るけれど・・・。

それに引き換え、蒼鬼と称される彼の裏表のなさといったら・・・。

・・・きっと、シュウは駆け引きや裏表、といった言葉を気にして生きたことがなかったのだろう。そのために、長いこと針のむしろの中でもなんとか団長としてやってこれたのだろうけれど。

それに、そういう人だから私は、棘がたくさん生えた王宮の中、彼の側で安心して呼吸が出来るのだけれど・・・。

そこまで考えた私は、家を出る時に少し冷たくし過ぎたかも知れないな、などと反省する。

そして、咄嗟に掴んでいたロウファの襟首から手を離した。

「ごめんなさい・・・八つ当たりしちゃった・・・」

「・・・いやまあ、いいけど・・・」

急に萎れた私に戸惑っているのだろう、ロウファが小さく呟くのが聞こえる。

・・・どうしよう、聞こえない振りなんてして・・・。

彼の反応など構っていられない私は、その間もずっと、自分のしてしまったことを考えて、悔やんでいた。

「ほんとに喧嘩、しちゃったわけか」

「・・・や、そういうわけでも・・・」

問われれば、違うとは言えるのだ。

決して、ぶつかり合ったという記憶も自覚も、全くないのだから。

私は、じゃあ何故なのか、と考えて、思い当たったことを話してみることにした。

「今日、衣装を決めるのにお店に行く約束だったの。

 ・・・それを、彼が忘れてて・・・仕事するつもりだったみたいで・・・」

言いながら、そうだ、と思い出した。

・・・なんだか上手く表現出来ないけれど、少し寂しいようなやるせないような、空回りしているような気持ちになったのだ。

「だから、私が1人で行くって言って・・・。

 ・・・家を出る時に、呼ばれたのに無視しちゃったんだよね・・・」

半ば独り言のように呟けば、彼が目の前でため息を吐く。

そこに込められた思いを拾い上げようと、私は彼の目を見つめた。

「なるほどねぇ。

 ・・・早いとこ蒼鬼と合流した方がいいと思うよ。

 壮絶なカオして蒼の奴らに、子守の彼女を見つけたら教えろって指示出してたから」

「・・・そんな・・・職権乱用して大丈夫なのかな・・・」

「いやいや、問題はそこじゃなくねーか・・・」

「だって、お店の場所は知ってるだろうし・・・そこに行けばいいのに」

「・・・覚えてると思うか?」

会話の最中も、ため息を吐き肩を竦めていた彼は、極めつけにこんな台詞をくれる。

「約束自体忘れてるんだから、その話をしたことも忘れてるんだろ、きっと」

そう言って、これ以上付き合ってられない、とばかりに伸びをした彼は、私に向き直った。

「・・・ま、頑張ってよ。

 オレはもう行くからさ」

「えっ?」

唐突に言われて、私は戸惑ってしまう。

まるで、大海原に放り出された気分だ。

生憎と、私は泳ぐことが出来ないのに、だ。

「そんなカオされてもな・・・」

思わず縋るような目をしてしまったのだろうか、彼が困ったように呟いた。

「自分の力でなんとかしてよ」

「・・・世界平和のついでに、私達の平和も願って下さい。

 書き初め、まだ飾ってあるんだし・・・」

「無理」

「お願いします、助けて!」

「あーのーねー」

彼の裾を握って必死のお願いをするも、彼は顰め面をして首を振った。

「世界平和は、オレじゃなくてオレの小鳥ちゃんが囀ってるから書いただけ。

 ほんっとに急いでんの。

 知らせに寄ってやっただけ、親切だと思って諦めて!じゃ!」

謎の言葉を残して、彼は踵を返す。

私はその背中が、ひょいひょい、とどこをどう伝って移動したのか、いつの間にか遠く、しかも屋根の上を移動していくさまを見ているしかなかった。


・・・小鳥ちゃん、て・・・一体誰のことなのだろう・・・。

彼の残した言葉が気になって、私はしばらくその場で彼の背が遠ざかるのを見ながら、内心で呟いていた。

・・・それにしても、変装してどこに行くのだろう・・・。

謎は深まるばかりだ。




そして、私はこの後すぐに、蒼の騎士団が動いているという、そのことの大きさというものを、身をもって知ることとなる・・・。








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