小話 ララノにて3
腕の中の赤ちゃんが、私の肩に手を置いて興味のあるものに視線を投げては、手を伸ばしながら短い言葉を発している。
例えば、目の前を飛んでいった鳥は、ぴっぴ。
通りを横切った猫は、にゃにゃ。
ご機嫌な子なのが、本当に救いだ。
こんな時保護者と離れて泣き叫ぶ子も多い中、不思議なくらい落ち着いていた。
「うー、かわいいなぁ」
とにかくご機嫌で、きゃっきゃしているところに頬ずりしてしまう。
泣かれたら大変だけど、笑っている赤ちゃんは可愛い。
そんな私を見て、なんだか不服そうなのは隣の彼だ。
さっき真っ赤になったのに、もう普通のカオをして歩いている。
「シュウ?」
呼びかけに、ちらりと視線だけを返された。
西日が後ろから差していて、少しだけ彼の横顔が翳って見えてしまう。
ちゃんと表情が見えないのは、どれだけ近くにいても不安を誘う。
私は無意識のうちに、彼に謝っていた。
「ごめんね。勝手に引き受けちゃって・・・」
「いや、それはいい」
そう言った彼が、足を止める。
私も、それに合わせて立ち止まった。
赤ちゃんが、私の背後の何かに興味を持ったのか、何かを言いながら手を伸ばしている。
その間、彼の視線が私に注がれていた。
じっと見つめられて、なんだか居心地が悪い。
何か言いたそうにしているのに。
私は痺れを切らせて、彼に尋ねた。
「じゃあ、どうしてそんなに、」
言葉の途中で、全身のバランスが崩れる感覚に気を取られた。
腕の中の赤ちゃんが、ひらひらと宙を舞う蝶に手を伸ばそうと、私の肩に置いた手を突っぱねているせいだ。
意外に力が強い。
「えぇっ、あっ、」
赤ちゃんが落ちないように、なんとか両腕に力を入れて踏みとどまるけれど、それも時間の問題のようで。
蝶もやめておけばいいのに、何故か私達の側をひらひら舞い続けている。
もがく赤ちゃん。
こんな小さな体のどこから、そんな力が出てくるの・・・?!
「やっ、危な・・・!」
とうとう私の腕がずるりと滑ったその時だ。
ひょい、とシュウの両手が赤ちゃんを抱き上げた。
するりと腕から温もりが抜け出る瞬間、ほっとしたような、寂しいような、不思議な気持ちになる。
こんな私にも、母性本能みたいなものが、潜在的に備わっているのか。
とりあえず、赤ちゃんを落とすことがなくて胸を撫で下ろした私は、彼に礼を言った。
「ありがとう、シュウ・・・」
「いや・・・」
目線が高くなって嬉しいのか、赤ちゃんは興奮してシュウの顔をてしてし叩いている。
ああああ、痛くないかな、機嫌損ねないかな。
ああでも赤ちゃんを抱いている彼も、良いかも知れない。
いろんな方向にドキドキしてしまって、上手く言葉が出てこなくなってしまった。
当の本人は、顔をてしてし叩かれているのにも関わらず、眉間にしわを寄せる気配は全くないようで、見ている私としては、心からほっとする。
「この赤ん坊は、泣かないんだな」
「そうだね。肝が据わってるっていうか・・・有り難いよね」
てしてしに飽きたのか、赤ちゃんは、こてん、とシュウの肩に頬を乗せた。
あ・・・と小さな声が出てしまって、彼の視線が向けられる。
私はそれには気づかない振りをして、赤ちゃんの様子を瞬きも忘れて見ていた。
・・・疲れちゃったのかな。
ご機嫌の朗らかさんだったから、突然ゼンマイの切れたお人形みたいに体の力が抜けたのが分かって、少し心配になってしまう。
私の表情が変わったのを見たのか、彼の方は緊張した面持ちで私を見ていた。
そのまま瞼がゆっくりと、くっついたり離れたりと繰り返して・・・。
私は人差し指を、口元に持っていく。
「寝ちゃったみたい・・・」
「寝た?」
「うん」
「俺の腕で?」
「うん」
心底意外そうに、彼が目を見開いている。
「・・・そうか」
やっと、という感じでひと言呟くと、何かに納得したのか、また歩き始めた。
彼が起こさないように気をつけて歩いているのか、それとも彼の歩幅に合わせた揺れが心地良くて、赤ちゃんが熟睡しているのか・・・。
私達が話をしながら歩いていても、彼の腕に全身を預けた赤ちゃんは、起きる気配がなかった。
確かに、彼の腕で安心して眠れる気持ちは、私も大いに理解出来るところだ。
「いつも・・・」
彼が、静かな声で話しだす。
私は無言で彼の視線を受け止めると、うん、とだけ相槌を打った。
「赤ん坊と目が合うと、泣かれる」
言いながら、彼の手のひらが、腕の中で眠りこける赤ちゃんの背をゆっくりと摩る。
とても温かみのある光景だ。
そして同時に、そうか、と納得した。
だから彼は、赤ちゃんを抱いた私から、そっと目を逸らしていたのだ。
「だから赤ん坊も子どもも、全般的に、あまり得意ではない」
「うん、そっか」
その固定観念、腕の中の赤ちゃんが壊してくれていたら、とっても助かるんだけどな。
考えながら相槌を打つと、彼が、ふと黙り込んだ。
私はそっと、彼の腕に触れる。
自然と足並みが一緒になって、同じように体が揺れて。
仰ぎ見れば、彼がふと微笑んだ瞬間にかち合った。
不意打ちにまだ弱い私の鼓動は、小さく跳ねる。
「だが・・・、
こういうのも、悪くはないな」
柔らかく細められた目に、私も微笑んだ。
「自分の子どもを抱いてみたいと、思える」
今度こそ、心臓が早足で駆け出した。
ああもうそういえば、こういうこと、平気で言う人だった・・・。
今が西日の強い時間帯で良かった。
彼の腕の中で気持ち良さそうに眠りこけている赤ちゃんが、口を動かしている。
起きちゃうのかな、と見守る私を、彼がじっと見つめて。
そのまままた寝息を立て始めた赤ちゃんに、私がほぅっと息を吐くと、彼は何度か瞬きをしてから、笑みを浮かべた。
赤ちゃんを抱いている彼が頼もしく見えてしまうのは、私の目に長いことかかっているフィルターのせいだけでは、ないはずだ。
王都では日が沈むと虫の音が聞こえてくる。
でもララノでは、夜になると潮騒が響く。
昼間でも聞こえるけれど、夜になると街の喧騒がどこか遠くに聞こえるようになるからか、耳を澄ませているととても心地良い。
迷子ちゃんを支部に送り届けると、母親が待っていて、泣きながらシュウにお礼を言って我が子を抱きしめた。
何度も何度も、お礼の言葉を述べている彼女に、いつもは冷静な彼が少し驚いていたみたいで、傍から見ていた私はにやにやする顔を引き締めるのが大変だった。
あの人が明日から、狭い世間で構わないから、蒼鬼の評判を引き上げてくれることを、ひそかに期待してしまう。
本人があまり気にしていなくても、何年も頑張ってきた彼は、もっと評価されてもいいと思うのだ。
そんなことをつらつらと考えていると、髪がふわりと浮くのが分かった。
海風ではない。
「あまり風に当たると、体が冷えるだろう」
彼が私の髪のひと房を、その手に滑らせている。
まだ毛先の方は濡れていると思う。
やんわりと後ろから腕を回されて、ほわっと暖かさを感じたら、自分の体が少し冷えていることに気づいた。
彼の小さなため息に、思わず頬が緩む。
きっと、こういう時の私は手のかかる子どもみたいなものなんだろうな。
シャワーを浴びた私は、夜の海も見てみたいとバルコニーに出たのだ。
暗くてどこからが海なのか分からないけれど、潮騒に耳を澄ませているだけで満足だったのに。
海風が強く吹き付けて、体を強張らせた私を見かねた彼が、少し強めに手を引く。
ちらりと眉間のしわが見えて、私は観念しておとなしく彼について部屋の中に入ることにした。
「まったく・・・」
ため息混じりに呟いた彼の顔を仰ぎ見ると、深い緑の瞳が、静かに私を映し出す。
彼の髪も少し濡れているのに気づいて、そっと手を伸ばした。
かすかに指先に水分が馴染んだかと思えば、その手を彼がとる。
昼間もこんなこと、した気がするな。
「目を離せないな」
困ったような微笑を浮かべる彼。
叱られているのか、甘やかされているのか分からずに、私は小首を傾げる。
すると彼は、空いている方の手で私の頭を撫でた。
そして、おもむろに髪に口付けたかと思ったら、急な動作で私を抱き上げる。
視界がぐるりと半回転して、咄嗟に両手を彼の首に回した。
やってきた眩暈に似た感覚を目を瞑ってやり過ごした私は、彼の胸板から伝わる鼓動がいつもより強い気がして目を開けた。
同時に、体が沈み込む感覚。
先程とは違う壁紙が目に入って、自分がベッドの上に運ばれたのだと気づく。
胡坐をかいた彼の膝の上に横抱きにされて、視線が間近でかち合った。
深い緑の瞳が、薄暗い照明のせいで霧がかかったように曇って見えるのが残念だ。
何度か瞬きをすると、彼の目が柔らかく細められて、体が引き寄せられた。
もうすでに、こんなに近くにいるというのに。
私達は、会話をたくさんする方では、ないと思う。
何かについて話し合う時には、たくさんの言葉が必要になるけれど、普段の生活ではお互いお喋りな方では、決してないと思うのだ。
それでも、常に温かい気持ちでいられるのは、何かが通じ合っているからだと思える。
彼が顔を近づける気配に、私はそっと目を閉じた。
今日は特別、心臓の音がうるさいくらいに騒いでいるのを感じる。
それが私なのか、ぴったりくっついた彼のものなのか、それはどちらでも構わなかった。
ただもう、いくらでも流されていいのだと思ったら、歯止めのきかない気持ちの昂ぶりが、合わせた唇からするすると流れ出ているような気がした。
もしかしたら、それが一番、彼が魔王様になるのを助長しているのかも知れない。
啄ばんだり貪ったりして、何が何だか分からなくなってきた頃、私は酸素を求めて少し体を離す。
するとそれを追いかけるようにして、彼がまだ私を引き寄せた。
「ん、ちょ・・・っと待って」
首に回した両手を、彼の口に当てる。
このままじゃ窒息してしまう。
私はゆっくり呼吸を整えて、不満そうにじっと動きを止めていた彼を見つめた。
そうして落ち着いてからゆっくりと手を離すと、彼も落ち着きを取り戻したのか、静かに私を見つめ返してきた。
「ミナ」
バリトンの声が、匂い立つような色気を放っている。
背中がぞくぞくして、もっと呼んで欲しいと心が反応してしまう。
「・・・ん・・・?」
聞こえるか聞こえないかという囁きを返すと、彼が私の頬に触れた。
手のひらがじんわり温かくて、思わず頬が緩む。
親指が動いて、唇をなぞるのを感じた私は、その指をぱくり、と歯を立てないように気をつけて、甘噛みした。
彼の目が、わずかに見開いた後、ゆっくりと細められたのを見て、私はそっと彼の手をとった。
そしてそのまま、手のひらに唇を寄せて微笑む。
すると今度は彼が、私の耳を甘噛みした。
びび、と小さな電流が首筋を通るのを感じて、わずかに首がすくむ。
耳が弱いなんて、彼に知られたら大変だ。
「子どもが欲しい。結婚しよう」
耳元で囁かれた言葉に、思い切り息を止めた。
耳がどうとか、一瞬でどうでもよくなって。
驚きを隠せずにそのまま彼をじっと見つめると、彼が可笑しそうに噴出す。
「今日はプロポーズするために来たんだが」
いや、いやいやいや。
分かっていたし、楽しみにしていた。
心の準備もしていたと思っていたけれど、やっぱり急に言われると驚くものだ。
それに、もうひとつ。
私は止めていた息を吐いてから、ゆっくり吸って。
「ど、どっちかな。
子どもが欲しくて?
結婚したくて?」
もう、自分でも何を尋ねたいのか分からない。
耳が熱いのは、甘噛みされたからじゃないはずだ。
私がひとりであわあわしている間も、彼は余裕の表情で、こんな私を眺めている。
そしてやっぱり余裕の表情で、言うのだ。
「さあ・・・どちらもだ。
お前の側に在りたいと思うし、俺の子を産んで欲しいと思うが。
・・・どちらが先かなんて、どうでもいいな」
「ああそう、そうですか」
だめだ、完全に負けている。
いやもう、負けとか、それこそどうでもいいのかも知れないけれど。
視線を彷徨わせた私に、彼が追い討ちをかける。
「聞いているか、ミナ」
両頬を両手で挟まれた私は、力任せに彼に目を覗き込まれて、鼓動が早まった。
こくこくと、首の稼動する範囲で頷いて。
「俺の言葉を、ちゃんと理解しているか?」
「うん・・・たぶん」
頬が急に寂しくなって、ぐい、と体を引き寄せられた。
ぐるりと回された腕に、もう逃げ場はないらしい。
私はそれに安心して、彼の首に両手を回す。
彼はまだ知らないと思う。
こうすると、彼の逃げ場もなくなるんだってことを。
どちらからともなく、唇が触れるか触れないかというところまで顔を近づけて、小さく笑った。
そしてゆっくりと、ほんの少し触れるだけのキスをする。
熱は一瞬で、大きな炎になるまでには、まだもう少し時間がかかりそうだ。
「それで・・・」
吐息と一緒に言葉がかかる。
「・・・返事は」
「・・・仲良く、しようね」
「ああ」
愛してるって言葉を、挨拶代わりに言えるようになるなんて、嘘みたいだ。
朝の光が、泥のように沈んでいた意識を深いところから引きずり出す。
久しぶりの体のぎしぎし感に、苦笑いしながら身を起こした。
「いつから見てたの・・・?」
「少し前か」
よだれ、垂れてないよね。
慌てて口元に手をやって、彼が噴出した。
いいです、朝イチで彼を笑顔にしたんだと思えば。
上半身が裸の彼は、さすがに蒼鬼と称されるだけあって、ため息が出るほど綺麗だ。
私は、もうちょっと運動しないとダメかも知れないけれど。
究極に普通体形だから、あんまりじろじろ見ないでおいてくれないかな。
まだ頭が起き抜けで、言葉が全く出てこない。
「ミナ?」
「なあに?」
彼の言葉の通り、少し前に目が覚めたのか、声がいつもより鼻にかかっている。
ちょっと可愛いのだ、この時間の彼は。
「手を」
「うん?・・・こう?」
言われるがままに手を出せば、彼が何かをそこへ乗せる。
ころん、と揺れたそれは、明らかに私の知っているものだった。
どこか遠いところのものだと思って生きてきたそれは、たぶん。
「気に入らなければ、違うものを・・・」
「違うの違うの」
手のひらのものを凝視していた私に、彼が沈んだ声を出す。
それを慌てて打ち消して、もぞもぞ彼の側に寄った。
体を添わせると、彼が自然な動作で私を引き寄せてくれる。
大事に握り締めていたものを、もう一度眺めると、それは朝の光を受けてキラキラと輝いた。
指でつまんで、そっと指に嵌める。
場所はもちろん、左手の薬指だ。
どうかちゃんと入りますように、ゆるくもきつくもなく、ぴったりでありますように。
祈りながら、そっと。
「サイズは問題ないはずだ」
あっけなく彼に心配していることを見透かされて、私は呆気にとられたまま彼を見た。
「お前の体のサイズは大体把握出来てる」
「あ・・・ほんとだ、ぴったり」
指輪がぴったり収まった様を見て、私が言葉を漏らす。
それを見ていた彼は、案の定得意げに笑みを浮かべていた。
でも彼が得意げにしていることも、どうしてサイズが分かっていたのかも、今はいいのだ。
私は指輪がきれいで、ものすごく嬉しくて、胸がいっぱいになって。
大きいダイヤを中心に、小さいダイヤがいくつか散りばめられた指輪は、どこからどう見てもそれが婚約指輪なのだと分かる。
いつ、こんなもの用意してくれたんだろう。
ほとんど仕事と部屋の往復で、休みは私と一緒にいたのに。
不思議は積もるばかりだけど、今は細かいことを気にかけて訊くつもりはなかった。
「ありがとう、こんな・・・」
約束が形になって、この手にあるのだと気づいたら、もう言葉にならなかった。
声が震えた私に、彼が笑みを浮かべて言う。
「婚約指輪、向こうの習慣にもあったんだろう?」
「うん」
彼が、指輪を嵌めた手に、そっと唇を寄せて囁く。
「昔の渡り人が、それを広めたらしい」
「そっか・・・」
「石は、星の石だ」
「・・・そっか」
石の名前は、向こうとは違う名前みたいだ。
琥珀を、古代石と呼ぶのと同じか。
きっと、キラキラしているから、星の石、なんだろうな。
「ずっと、一緒にいようね。
子どもも、出来たらいいね」
なんだろう。
胸の震えが止まらなくて、私は彼に抱きついた。
それを受け止めた彼が仰向けになって、私が上に乗るような体勢になってしまう。
重いから、重いから!
驚きに震えは止まったけれど、今度は羞恥がやって来た。
「子どもか・・・」
呟いた彼の胸が上下するのに逆らうように、私の鼓動はリズムを刻んで。
起き抜けなのに、血圧が上がる予感がする。
「ちょっと、シュウ・・・!」
小さく非難の声を上げれば、視界がぐるんと回転した。
今度は、気づいたら彼に組み敷かれていて、はた、我に返る。
そういえば、2人とも裸のまま寝てたかも。
これはまずい。
焦ったところで、蛇に睨まれた蛙のごとく、私は身動き出来なくなっていた。
壮絶な色気を放つ魔王様が、目の前で私を舐めるように見ていたからだ。
私は瞬時に悟る。
これはもう、逃げられそうにない。
視線を右に左に彷徨わせると、彼の指先が、私のわき腹あたりを撫でていった。
悲鳴に似た声がついて出て、ああもう駄目だと観念する。
体のどこかに小さく灯された何かが、彼の手ですぐに大きくされるのを予感して、私は苦笑いしてしまった。
目が合って、したり顔をした彼が、指輪を抜き取ろうとして手をかける。
私はするりとした感触に、思わず声を上げていた。
「やだ、抜かないで・・・!」
せっかく貰った指輪だ。
もう少し幸せ気分を堪能させて欲しい。
そういうつもりで言ったのに、彼はどういうわけか動きを止めたあと、壮絶な色気をさらに増殖させる笑顔を浮かべて、目を細めた。
「あ・・・!」
指輪をひと思いに抜き去って、ベッドサイドに置く。
そしてこれでもかという距離まで顔を近づけて、囁いた。
「今のは無意識か・・・?」
「え?なに?」
「いや、いい」
突然投げられた言葉にぽかんとした私を見て、彼は苦笑して・・・・・・。
あとは推して知るべし、だ。
二泊三日の旅行を終えて王都に戻った私達は、次の旅行先を考えたり、新居の内装の続きを選んだりしながら毎日を過ごした。
ああ、そういえば式の日取りや、招待客を決めたりもした。
することがたくさんあって、お互い疲れて空気が悪くなることもあったけれど、とてもうまくやっていると思う。
孤児院から王都にやってきて、食堂で働き始めたばかりのアンには、話をすると時々「口の中がじゃりじゃりする」と言われるけれど。
いいのだ。
今の私は凡人なりに、無敵だから。
そして彼は、ことあるごとに「子どもが欲しい」と言うようになった。
・・・往来で突然言うのだけはやめて欲しいと思っていることは、まだ伝えていない。




