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小話 ララノにて1


待ちに待った、ララノ旅行の日がやって来た!


いつもの時間に起きて、お弁当を作って、エルゴン列車に乗り込んだ。

お天気に恵まれたのを、シュウが「日頃の行いがいいから」とご機嫌で呟いたのが聞こえた。

朝晩は少し冷えてきて、昼間だけ名残惜しそうに夏の日差しが照りつける。

そんなふうに、私達が出会ってから季節は少しずつ、ゆっくりと移ろいできた。

今日は、新しい季節に踏み出すための、大事な1日になるはず。

「眠くはないか?」

お弁当を作っていたのを知っているから、彼からそんな台詞が出る。

同じベッドに寝起きし始めたら、知らず知らずのうちに相手の体調を感じ取ってしまうようになっていた。

たぶん、お互いに。

夜に何度か目が覚めたみたいだな、とか。

ブランケットにくるまって寝てたから、寒いならもう一枚出してお日様に当てておこう、とか。

そう思うたびに、一緒に暮らしてるんだな、なんて思うのだ。

私は隣で眉根を寄せた彼に、微笑んでかぶりを振る。

「ちょっと眠いけど、大丈夫。

 シュウは?

 仕事、立て込んでたでしょ。疲れてない?」

彼の方が、疲れているに決まっているのだ。

院長から10の瞳を継ぐと申し出てから、蒼の騎士団はてんやわんやだったらしい。

蒼鬼が騎士団から抜けるのだ。

ノルガの話では、騎士たちから今後への不安の声が聞こえてくるという。

でもそれですら、シュウは「鍛え方が足りない」と一蹴した。

曰く、「1人抜けたくらいで弱る程度なら、蒼の存在する意味がない」のだそうだ。

確かに、と思ってしまう私は単純で薄情なのかも知れないけれど、彼が危険から遠ざかってくれることの方が大事だからいいのだ。

ともかく彼は、演習や王都内の巡回に、引継ぎのための書類の作成など、多忙な毎日を送っているわけで。

昨日も帰ってきたのは、月が昇ってからだいぶ経った頃だった。

私の問いかけに、彼は表情を崩さずに答える。

「大丈夫だ。

 ・・・これで休暇を邪魔されずに済む」

この旅行のために山のような仕事をこなしてきた、とでも言うかのような彼に、自然と頬が緩む。

「うん、のんびりしようね」

列車の心地良い揺れに身を預けて、私達はどちらからともなく微笑んだ。



列車の中で作ってきたお弁当を食べて、しばらくしたらララノに到着。

途中、どうしても我慢出来なくなって目を閉じてしまった私は、気がついたら列車が駅のホームに滑り込むところだった。

苦笑する彼に起こされて、ホームに降り立つ。

ふわっと漂ってきた空気が、どこか潮の匂いを纏っていた。

海が近いのを実感して、気分が高揚してくる。

ホテルに荷物を置いたら、すぐにでも海に行きたい。

そんな気持ちが態度に出てしまっていたのか、彼が私を見て静かに笑っていた。

「まずはホテルに向かうか」

私は年甲斐もなく、子どものように勢いよく頷く。

同じように列車から降りた人の波が、私達を通り越して改札を出て行く。

1人の人もいれば、家族、カップル、老夫婦など、いろいろな人が歩いて行くのが見えた。

その中に溶け込むように、私達も改札を出る。

太陽が高い所からじりじりと照りつけて、肌に熱を感じた。

風が熱くて、やっぱり潮の匂いがする。

日陰を作る街路樹は、王都のものとは少し格好が違うようだ。

どこか、ガイドブックによくある、南国を思わせる風景が広がっていた。

ここはまだ、夏の空気で満たされている。

「・・・気に入ったか」

頭上から彼の声が聞こえて、仰ぎ見る。

太陽の光が眩しい。

「うん、早く海を見に行きたい」

うきうきとした気持ちのまま言えば、彼が微笑んだ。

この暑さでも、爽やかだな。


「こちらのお部屋でございます」と案内された部屋は、とっても素敵だった。

違う国に迷い込んだのかと思うような、風変わりなのだけど、とてもセンスの良い部屋だ。

夏が長くて、冬もそれほど冷え込まないララノは、開放的、という言葉が似合うと思う。

色使いも、オレンジや赤、黄色、などのトロピカルな配色が多いように感じる。

あっちの世界でトロピカルな場所に行ったことは、ないけれども。

「予約の時間よりだいぶ早いのに、入れてもらえて良かったね」

一瞬だけ振り返って、荷物を置いてベッドルームから戻ってきた彼に、言葉をかける。

目は、バルコニーの向こうに釘付けだ。

手すりに摑まって、その向こうに広がる景色に息を吐く。

海。

泳げないくせに、青くキラキラ揺れる水面が大好きなのだ。

いや、泳げないからか、こうして安全な場所から海を眺めるのが、とても好きだ。

「このホテルは、うちが良く世話になっているからな」

やんわりと、背後から腕が回された。

もう、こうして触れられても驚くこともなくなって。

彼の声が背中から響くのに、心地良く身を委ねてしまうようになった。

いけない、また眠ってしまいそうだ。

「うちって、院長が?」

「ああ」

結構高いな、なんて、彼が言う。

真下を覗き込むから、そう思うんじゃないかな。

高いところは苦手だけど、彼といる時はあんまり意識しないでいられる。

もしかしたら、白騎士の小火騒ぎの時に、あの高さから飛び降りて受け止めてもらったことで、高い場所へのハードルが少しだけ、下がったのかも知れない。

「家族旅行で、よく来たの?」

「ああ」

私の頭に顎を軽く乗せた彼が、呟く程度に返事をした。

あんまり聞かれたくないのかな。

そう思ってしばらく黙っていたら、今度は彼の方から話し出した。

「最近来たのは、父が亡くなってすぐの頃だったか」

「そう・・・」

彼のお父さんが亡くなったのは、およそ3年前だったと思う。

院長が、その後すぐに孤児院の経営を始めたと、以前聞いたような記憶がある。

海風が頬を撫でた。

うっすら香る潮の匂いが、日常から離れたことを実感させてくれる。

彼が振り返っているであろう思い出に、私もこっそり浸りつつ、目を閉じた。

何の会話もないこの時ですら、こんなに気が休まるなんて、自分でも驚くほどだ。

すると、彼が再び話し始める。

「・・・あの時は、突然母が失踪して」

「しっそう・・・家出?」

「ああ」

院長が家出・・・やりそうなだけに、あまり驚かなかった。

きっといろんな人が捜索にかり出されて、大変な騒動になったことは簡単に想像がつく。

「父が亡くなったショックで、唐突にここへ来たくなったんだそうだ。

 手紙も何も残さずに出て行ったから、大騒ぎになったな。

 蒼の一団と、白からも数名借りてきて、4つの主要都市をくまなく探して・・・

 ようやく見つけた母は、一人用の部屋で、静かに海を見ていたんだったな・・・」

「旦那さまのこと、ほんとに大切だったんだね・・・」

「・・・だろうな」

私の頭から顎を離して、彼が腕に力を込めた。

隙間なく密着するように私が引き寄せられて、バランスが崩れた足がたたらを踏む。

彼の足を踏むんじゃないかと思って、変な風に足がよろけて・・・体が宙に浮いた。

そしてすぐに、ゆっくりと下ろされる。

どうやら彼が、足を踏まないように一度私を持ち上げたようだった。

本当に、器用な人。

「院長、孤児院に木を植えてたよ」

「ああ、知ってる。

 この古代石の中に入ってる花と、同じものだったな」

「そうだったんだ・・・」

胸元に光る琥珀を撫でると、つるりとした感触が指に返ってくる。

これは、彼が父親の形見だと言って、私にくれたものだ。

いや、形見を人様に簡単に渡していいのかどうかという議論は、一度がっつりしたので。

「院長に、この石を返すべきなんじゃないかと思うんだけど・・・」

この石を見るたびに、私が気にしていたのは、そこだった。

本来の持ち主は、院長のような気がするのだ。

彼が、私の心配をあっさり鼻で笑う。

「あの人は、石に閉じ込められた花よりも、生きて香る花の方がいいんだそうだ。

 樹木なら、自分が世話をすることが出来るから、とも言っていた」

なんとも院長らしい言葉に、私は何も言えずにただ石に触れた。

それはいつも触れるとひんやりしている。

ああそうか、と院長の気持ちが少し分かったような気になった。

それなら、私が大事に身につけていよう、とも思う。

「お前が、大事に持っていろ」

「うん」

潮騒が、時折耳に届く。

普段の生活では聞くことのない音だ。

「ミナ」

「うん?」

名前で呼ばれた時は、なんとなく彼の表情が気になる。

私は彼の腕の中で方向転換をして、その表情を見上げた。

特段、変わったところはないように思うけど、きっと何か考えているんだろう。

深い緑色の瞳が、静かに私を見下ろしている。

この瞳が波打ったのを見たのは、ほんの数回しかない。

「なあに?」

小首を傾げれば、彼はふんわり微笑んだ。

私はそっと彼の頬に触れる。

私の指先を暖かく弾き返す彼の頬が、笑みを濃くした。

なんだろう、と疑問を浮かべたまま見ていると、彼はゆっくりとした動作で私の指先を掴む。

どうするのかと見ていたら、彼はそのまま私の指先に口付けた。

目が、細められて笑っているのだと気づく。

「・・・もぅ・・・」

なんとも言えず恥ずかしくなって、小さく彼を非難する。

そういうことは、お日様の高い、屋外でしてはいけません。

少しの間目が合ったと思えば、気づいた時には彼の口付けを受けていた。

しまった。

動きが自然すぎて疑いもしなかった。

唇が離れて出来た隙間に、海風が入り込む。

名残惜しいと感じてしまうのは、私だけじゃないはずだ。

なんてことをしてくれた、と心の中で非難しつつも、顔が綻んでしまった。

彼がそんな私を見て、微笑む。

最近、壮絶な色気を纏うのは体を重ねたい、と迫ってくる時だけで、こうしてやんわり触れ合う時には甘くて溶けそうな、なんとも言葉に出来ない表情で私を見つめてくることが多くなった。

・・・少し前、壮絶な色気を振りまく魔王様になりっぱなしだった頃は、気分が高揚しっぱなしだったということなのかも知れないけど・・・。

ともかく、最近の私達は落ち着いた生活を送っているのだ。

おかげで体がぎっしぎしになることも、少なくなってきていて。

「だめなんだからね、まだお昼で、外なのに。

 誰が見てるか、分からないでしょ」

咎めるように言えば、彼は若干眉を八の字にした。

困ったように微笑んで、言った。

その微笑みも、また甘い。

「悪い。我慢出来なかった」

「・・・む・・・今回だけだからね」



そう言って、もう一度口付けを許してしまった私も、大概、彼に甘い。





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