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番外編 赤いりんごと紅の夕日2





あいつのことが嫌いなのには、理由がある。

嫌いというと、ちょっと違うかも知れない。

言うこと為すことが気になるというか、心のささくれに引っかかるというか。

とにかく、過敏になった神経が逆撫でされる、そんな感じ。

関わらなければ、どうってことはないのだ。

遠くから見ている分には見た目だっていいし、聞いたところによると真面目に働いているみたいだし、好感が持てるタイプの好青年なのだろう。

だけど、あたしに向かって言うひと言とか、あたしに向かって投げる視線とか、そういうのが気になってイライラしてしまう。

しかも、注文カウンターの先輩とかには、笑顔でにこにこ愛想を振りまいてるのだ。

そんなとこ見てしまったら、「どうしてあたしだけ」と余計にイライラする。

本当は、こんな自分、嫌だ。

でも、どうしてもイライラしてしまう。

無限ループにはまったみたいに、気持ちが行ったり来たりするのを、黙って我慢してる。

それがカオに出てるのも自覚してる。

・・・こんな私を見て、好きになってくれる人なんかいないって、ちゃんと分かってるのに。


でも、そうなったのにも理由はある。

あれは、あたしがまだ蒼の騎士団に出前をしていた頃のこと。

いつものように出前した食器を回収しに行った時だ。

日によって出前を頼む騎士の人数は変わるから、食器の量や重さも変わる。

台車を使うこともあるから、それは大したことじゃないんだけど・・・。

その日は訓練がきつくて出歩くのがおっくうだったのか、出前をする騎士が多かった。

だから、回収に来たあたしに、声をかけてくれる騎士も多かった。

それがとっても嬉しくて、格好良い大人の男の人達に囲まれて、内心浮き足立って。

なんでもない、ただの食堂働きの小娘へのお礼の言葉を、笑顔で受けていたのだ。

そうしたら、今までに好意も悪意も向けられたことのない騎士が、あいつが近づいてきて。

手には食器があったから、たぶん出前を頼んでたんだと思う。

一瞬睨まれたのかと思うくらい真っ直ぐな視線を投げられて、心臓が止まるかと思った場面は、今でもハッキリ思い出せる。

恐いくらいの、強い視線だったから。

体が強張って何も言えなくなったあたしの側に来たあいつは、言ったのだ。

「ゆるいカオして、へらへら笑ってんなよ」と。

あたしにしか聞こえないように言い放って、すぐにどこかへ行ったんだと思う。

あの時のあたしは、驚いて衝撃を受けて、頭が真っ白になってただろうから、あいつがその後どんな顔してたかとか、全く覚えてない。

その後は他の騎士がお礼を言ってくれても、全然上手に受け答え出来てなかっただろう。

今は、あいつの売り言葉に買い言葉で応酬出来るから構わないけど、あの時はせっかく騎士が話しかけてくれてたのに、もったいないことをしたな、と思う。


ともかく、そういうわけで、あたしはあいつと反りが合わないのだ。

あの後しばらく顔を合わせることはなかったけど、出前を止めてから、何故かほとんど毎日食堂に来るんだけど・・・。

あたしが、へらへら笑ってるのが気に食わないんだろうに、どういうつもりなのよ。

笑っててあんなこと言われたんだから、絶対にあいつの前では笑わないと決めた。

そして顔を合わせるたびにイライラして、自己嫌悪の無限ループが続くわけだ。








「それで、どうしたの?」

姉のような妹のような親友が訪ねた。

いつだったかも、2人でお昼ゴハンを食べたレストランで。

向かいに座った彼女はにっこり微笑んだまま、小首を傾げている。

その手には、温かいお茶があって、ほわほわと湯気を立ち上らせていて。

ああ、和むなぁ。

この感じを蒼鬼が共有しているかと思うと、なんとも言えないけど・・・。

でも、結婚式までには手放しで祝福出来るように、とは思ってる。一応ね。

「私でよかったら、話聞くくらいは出来るよ?」

「うん・・・」

あたしはテーブルにフォークを置いて、ひとつ息を吐いてからミーナのことをじっと見つめた。

ダメだ、デザートは話をしてから食べることにしよう。

美味しく感じなかったら、食事の意味も感じられないもん。


「えええ・・・、それはちょっと・・・」

話を聞いたミーナは、すごく嫌そうな顔をした。

「だよねー?!」

同じ気持ちになってもらえて安心したのか、あたしは自然とデザートに手を伸ばす。

いいの、院長だって、食事はデザート込みが基本だって言ってたもん。

「でもさ、私のこと知ってたんでしょ?」

誰だろう、と彼女が呟いたのを、あたしは片方の耳で聞いて頷いた。

「うん、知ってたよ」

「私のこと知ってる人は、たくさんいると思うけど・・・。

 どんな人なの?」

彼女の言葉に、あいつの特徴を思い出す。

「あたしと同じ赤毛なの。背は高くて・・・でも、蒼鬼よりは低いかも。

 ・・・あ。先輩が、1等騎士だって言ってた」

「・・・・・」

記憶を辿りながら話せば、目の前でミーナが沈痛な面持ちでため息を吐いた。

誰だか分かったのかな。

あたしは無言で、彼女が何か話し出すのを待つ。

ひとくち大に切ってフォークで突き刺したデザートはそのまま、お皿の上に置いて。

「私の知り合いで、蒼の赤毛の騎士って、1人しかいないんだけど・・・。

 でも、そんなこと言う子じゃないと思うんだけどなぁ・・・」

何か思うことがあるのか、ミーナは頭を抱えて「なんでだろ」ともう一度ため息を吐いた。

なんでだろ、はあたしも思ったよミーナ。

「そんなこと言える子じゃないと思うんだよね。

 優しいし思いやりもあるし、私は誠実ないい子だと思ってたんだけどな」

「それはなんとなく分かる。

 先輩達は、最近よく働いてるのを見たみたいで、いい子だって言ってた」

さっきは共感してくれた彼女に裏切られた気持ちになったあたしは、勢いで残っていたデザートにぱくっと食らいつく。

一気に頬張ったから、味が大雑把になった気がする。

・・・ちょっと、もったいなかったかも。

あたしはお茶を啜って気を落ち着かせて、ミーナを見た。

眉をハの字にして、困っているみたいだ。

そして、黙っていた彼女が視線を上げた。

一度だけ目を見開いて、その表情が固まる。

何か思いついたのだろうか、彼女はゆっくりと口を開いた。

「一応聞いておくけど・・・

 アンは、その子の嫌がることをしたつもりは、ないんだよね」

聞いておく、と言ったのに、言い方は確認しているようで嬉しい。

悲しんだり喜んだり、最近ほんとに忙しいな。

「ないない、全然ない」

手をぱたぱた振って頷いたら、それに彼女も頷いてくれた。

分かってるよ、というふうに。

そしてあたしは気づいた。

ふわっと微笑んだその表情が、あたしの向こうに投げかけられていることに。

「じゃあ、理由を本人に聞いた方がいいかも知れないねぇ」

言って、立ち上がったミーナが、素早く伝票を掴む。

あたしは状況が飲み込めないままに、その動作を目で追いかけて、そして固まった。

頭の中も真っ白だ。

どうしてここにいるの。

赤毛の騎士。

「ミイナちゃん、」

「お疲れさま。

 ・・・私、買い物して帰らないといけないから、先に出るね。

 明日食堂に顔を出すから」

あいつとあたしに、交互に話しかけてミーナが、あたしの肩を、ぽん、と叩く。

そのあと赤毛のあいつに何かを囁いて、店から姿を消した。

残されたのは、赤毛の騎士とあたし。

・・・・・一体どうしろっていうの、これ。


赤毛の騎士が、憮然とした表情であたしを見下ろしている。

きっと、ミーナに会ってしまった手前、この状況にこのまま踵を返すことも出来ないから困っているか、苛立っているかだろう。

ミーナは、本人に聞いてみろって言ってたけど、聞けるわけない。

無言のまま、しばらく見詰め合って・・・いや、睨み合っていると、ふいに赤毛が口を開いた。

「外、出ろ」

言い放ったあとは、さっさと踵を返してドアに向かう。

その後ろ姿を目で追いかけたあたしは、従うべきが少しの間考えた。

考えながらぐるりと見回すと、店の人やお客さんたちの、微妙な視線があたしに向けられていたことに気づいた。

途端に居づらくなって席を立つ。

会計は、伝票を持ったミーナが済ませてくれただろうから、早足で外へ出た。


秋の風が吹き込む。

少し日が傾いたのか、夕暮れが近いことを思わせる日差しが、赤毛の騎士を照らしていた。

言葉の通りにあたしが出てくるのを待っていたのか、腕を組んで立っている。

その髪が夕日みたいな色になっているのに、思わず視線が縫いとめられたみたいに動かせなくなってしまった。

何を思うでもなく、ただ、見ていたいと。

そして、その茶色い瞳があたしを捉えたのが分かって、一度だけ鼓動が跳ねた。

・・・そんなはずない。



食堂にやって来るあいつとは、別人かも知れない。

あたしは、気を引き締めて赤毛の騎士と対峙した。







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