後日談1
浮上する意識が体の違和感を自覚させて、パンの焼ける匂いに目が覚めた。
ああ、ぎっしぎしだ、やっぱり。
別に、体の調子が悪いとか、そういうことではないんだけど、なんかこう、自分の体が所々つぎはぎにされた気分というか・・・。
ぎぎぎぎ、と音が鳴りそうな伸びをして、私はベッドから這い出した。
その辺に放ってあったシャツを羽織って、リビングに顔を出す。
パンの焼ける匂いが立ち込めるキッチンで、シュウがきびきびと動き回っているのが見えた。
あの人は、一体いつ体を休めているのかと思うくらいに、いつでも動けるからすごい。
新婚さんの朝の風景みたいだけど、私の気持ちとしては、朝食の用意をしておはようのキスをする役割は、譲っていただきたいところだ。
・・・今のところ、連敗中なんだけど。
「・・・ミナ?」
「うん、おはよ」
ぼーっと彼の動きを見ていたら、案の定すぐに気づいて声をかけられた。
何気なく朝の挨拶をすると、何を思ったのか彼が寄ってきて、額に手を当てられる。
そのまましばらく静止して、ほう、とため息を吐いた。
「なあに?」
まだ起き抜けの声で問えば、彼は静かに首を振る。
「いや、体調でも悪いのかと思ったんだが・・・」
「体はぎしぎしするよ」
私の言葉に非難めいたものを感じ取ったのか、彼は困ったように微笑んだ。
自覚があるのなら、もうちょっと自制して欲しいところではある。
「体は・・・ま、慣れるだろ」
頭を撫でられて、つむじにキスをされた。
・・・次からは体調が悪いと嘘でもつくか。
王宮までの道のりを、2人で並んで歩く。
「そういえば、まだ院長は王宮内にいるの?」
「どうだろう、気ままな人だからな。王都のホテルに滞在していたみたいだが」
少し前で王族だった人が、ホテルに滞在とかして大丈夫なんだろうか。
孤児院経営しちゃってるし。
昨夜の晩餐会では、いくつか、私の知らなかったことが明かされて、びっくりしたり、嬉しくなったり、なんだか気持ちの忙しい時間を過ごした。
なんと私を保護してくれた、しらゆり孤児院の院長は実は、シュウのお母さんで元皇女様で、10の瞳の1人を担っている。
渡り人のことを良く知りたいと、シュウに図書館の史料を読む機会を与えたのは彼女だった。
まだちゃんと話せていないけれど、孤児院で私に、シュウの話し相手を任せたのも意図があったように思えてならない。
それからリュケル先生が、前陛下の奥様の弟で。
ということは、現陛下の伯父にあたる人になるのかな・・・?
そのへんは、リリー様が後添いだということも聞いたので、良く分からないままなんだけど・・・とりあえず、病院でジェイドさんが話していた、「付随するもの」というのは、この身分のことだったのだと今になって思う。
辿っていくと、そもそも私が渡ってきた先が院長の所だった時点で、いろいろ決まってしまっていたような気がするから不思議だ。
運命だなんて、なんだか他人任せな感じがして嫌だけど・・・縁、とでもいうのか。
そう、縁があって、私達は出会ったのだと思えてしまう。
それこそ、シュウの祖先が狼で、未菜の未が、ひつじを意味することも。
両親に名づけられた時に、この世界との縁をこの手に握らされたのだと感じられる。
「アン、といったか。母と一緒にいるぞ」
唐突にアンの名前が出たものの、私は驚かなかった。
だって、夜会の少し前に街で偶然会ったのだ。
その時は、院長の用事のついでに、王都へ社会見学に連れてきてもらったと言っていた。
確かに【用事】のついでだ。嘘じゃない。
でも、してやられた感があって、とっても悔しい。会いたいけど。
「明日帰ると言っていたような気がするが」
「じゃあ、あとでジェイドさんにでも聞いてみるね」
「・・・・大丈夫か」
少しの間が、彼の気持ちを語っているような気がするけれど、私はあえてそれに気づかないふりをして笑った。
何日か2人きりでいれば、離れがたい気持ちが強くなるものだ。
心配だって、するだろう。
「・・・2人きりにならないようにするから。
大体ジェイドさんは、私で遊んでるだけだと思うよ」
もしくは、私に絡んでシュウの反応で遊んでるんだと思う。
楽しそうなのは、ジェイドさんの方が一枚うわてな自覚があるからなんじゃないか。
「おはようござ、」
挨拶をして部屋に入ろうとして、白侍女さんがそれを止める。
口にひとさし指をあてて、お静かに、とジェスチャーで。
「どうしたんですか?」
小声で問えば、彼女は笑顔で教えてくれた。
「昨日は遅くまで、オーディエ皇子と遊ばれていたそうです。
レイラ様も一緒に、まだ休まれておいでです」
「・・・じゃあ、2人が起きるまでは本部で待機してた方がいいですか?」
昨日の宴会が遅くまで続いたことを想像して納得し、私も小声で尋ねる。
すると彼女は微笑んで、部屋の中へ入るように促した。
「一度お目覚めになったレイラ様が、制服を着てみて欲しいと、用意されましたので」
部屋の中に入ると、ソファの上に紺色の服がいくつか置いてあるのが目に入った。
これが制服か・・・と物音に気をつけながら手に取ってみると、同じものがいくつかあるのかと思っていた私は、それぞれが違うデザインになっていることに驚いた。
襟があったり、裾にレースが付いていたり、胸元に刺繍がしてあったり・・・どれもこれも、私の好みではあるけれど・・・。
「だからこんなに時間がかかったのか・・・」
同じものを何枚か作っている割りに、時間がかかるんだな、なんて思っていたのだ。
自分の疑問は正しかったと内心で頷いて、その中の一枚を試着する。
金額云々の問題が頭をちらつくけれど、ひとまずそれは置いておくとして、だ。
採寸して作ってもらっただけあって、私にぴったり合った制服は、背筋を伸ばしてくれた。
今日からまた、違った気持ちでお仕事が出来そうな気がして笑みが零れるけれど、いかんせんリオン君がまだ寝ていて、レイラさんはそれに付き合って二度寝中。
胸の下で紐を結んだ私は、残りの制服と着てきた服をたたんでソファの上に並べると、手持ち無沙汰になってジェイドさんを探しに出ることにした。
バードさんも来ていないようだし、午後になったらまた出直す旨を書置きして。
当然ジェイドさんが執務室にいることはなく、部屋の前に控えるいつかの紅侍女さんにその居場所を教えてもらった私は、書庫にやってきていた。
よく利用している図書館とは違って、近隣諸国や王族に関する資料や、勉強に使う教材などが揃えられている、本棚の沢山並ぶ部屋だ。
私もたまに、リオンくんと絵本を探しに来たりすることがある。
ドアが少し開いていたので、そっと押し開けて中の様子を伺うと、金色の頭が見えた。
ジェイドさんだ。
他にも人がいたら有り難いんだけどな、と見回せば、どうやらあと数人利用者がいるらしく、どこにでもいそうな茶系の頭がいくつか動いているのが目に入る。
騎士か事務官だろうと目星をつけて、そっと中へと足を踏み出した。
別に気配を消す必要もないけれど、場所柄というか何というか、静かにしなくてはいけない気がしてしまう。
金色の髪が揺れている所を目指して歩を進めると、すぐにジェイドさんのいる本棚までたどり着いた。
なにやら分厚い本を広げたまま、考えにふけっているようだ。
話しかけようかどうしようか迷っていると、ふいにジェイドさんが視線を上げた。
空色の瞳が、大きく見開かれて、小さく息を飲んだのが分かる。
そういえば、と、昨日は席も離れていたからか、全然話せなかったのを思い出した。
こんにちは、いや、お疲れさまの方がいいのか、なんて考えてなかなか口を開くことの出来ない私に、驚きから立ち直ったジェイドさんが先に声をかけてくれる。
「どうしました?」
柔らかい口調はいつもの通りなのに、どこか一歩下がった感じがするのは何故だろう。
私は曖昧に微笑んで、レイラさん達がまだ眠っていることを告げた。
「ああ、昨日は遅くまで続きましたからね」
仕方ない、というふうな言い方に、質問を返す。
「ああいう風に、身内で集まって食事会をすることって、あるんですか?」
「そうですねぇ・・・1年に数回あるか、というところですか。
全員が集まるのは、それこそ冠婚葬祭くらいですかねぇ」
「・・・あれで全員じゃないんですか?」
陛下の両親と、その妹家族・・・私がなぜ同席したのかも分からないけれど、院長は「娘に」と言ってくれているし、そのへんが加味されているのかも知れない。
ともかく、もっと身内と呼ばれる人が多くなると聞くと、酒盛りも盛大になるんだろうな、なんて想像してしまった。
ジェイドさんは私の表情から察したのか、苦笑しながら教えてくれた。
「王家の血筋は、ラエスラズリエル様・・・ラズ院長のように降嫁したりして、
いろいろと散っているんです。
ですから、何かの繋がりがあれば、お誘いは必ずありますよ。
例えば、私の家もそうですしね」
言いながら、持っていた本を棚に戻す彼は補佐官殿のカオをしている。
「味方は多い方がいいですし、単純にお互いの絆を確認するためにも、ああいう場を
たまに設けることは、意義があるとされて、長い間続けられている慣習ですね」
「なるほど、です」
頷いて感心していると、彼が言った。
「それで、私に何か用でも?」
「え、と・・・」
その声が若干硬くて、一瞬にして頭が真っ白になって言葉につまってしまった。
なんだろう、いつものジェイドさんじゃないみたいだ。
すごく、よそよそしいというか、この空気が寒々しい。
感じてしまった違和感が、言葉の邪魔をする。
「エルが側にいないのなら、私には会いに来ない方がいいと思いますよ・・・」
「え・・・?」
言って、気まずそうに視線を逸らされた。
私、何かしてしまったんだろうか。
優しい彼の態度が急に変わって、心が焦りに蝕まれ始める。
何も言わない、踵を返すこともしない私に、彼が苛立ちを見せた。
額を押さえて、大きくため息を吐く。
「・・・忘れたわけではないでしょう・・・?」
その言葉が指し示すのは、円卓の間での、出来事。
思い出してしまったら、急に頬に熱が集まってくる。
息を飲んで一歩足が下がって、しまった、と我に返った。
これでは私が傷ついたみたいじゃないか。
それを恐れた彼が、自分が切り刻まれたみたいに苦しそうにしていたのを、知っているのに。
「・・・ほら、分かったらもう・・・・」
背を向けようとした彼が、鬼のような形相で私達の背に立っていた本棚を見上げた。
「ミナ!!!」
「・・・?!」
え、とすら声が出ないまま、ジェイドさんの手が私の頭にまわされて、抱き寄せられる光景が、ゆっくりと目に映って。
かと思えば、今度は彼のシャツが鼻にぶつかった。
少し離れた所で、人の足音と、ばたん、とドアの閉まる音がして。
痛みと一緒に、香水の匂いが鼻をついて、思わず彼の肩口に手をやる。
背中から床に落ちてゆく感覚に、不安になって彼の肩を掴めば、いっそう強く抱きしめられた。
ドサドサっ、とか、バサバサっ、とかいう音が至る所から代わる代わる聞こえた。
着地した背中とお尻に、少しだけ痛みを感じて顔を顰める。
けれど、頭が痛まなかったのは、彼が手で庇ってくれたからだと気づいて、すぐに声をかけた。
「大丈夫ですか?!」
彼の肩の向こうに、本棚が見える。
倒れてきた本棚から、私を庇ったのだとすぐに分かった。
分かって、心配になる。
「背中、痛くないですか?!」
返事の代わりなのか、私の首筋に顔を埋もれさせたまま倒れていた彼が、ぎゅっ、と腕に力を入れて抱きしめてきた。
普通ではないことが起きて、普通ではない状況に置かれているのに、私は彼の腕の力に安心して、自分の力を抜く。
どうか、つり橋効果が発動しませんように。
いつかと似たような体勢に、じんわりと頬に熱が集まる気配を気合で霧散させる。
「腕には、力が入るんですね?
背中は?本棚がぶつかってませんか?」
ぱしぱしと彼の肩を叩きながら尋ねると、ゆるゆると首を振る感触がして、ほっと息をついた。
どうやら、怪我らしい怪我はないようだ。
私は首をめぐらせて辺りの様子を伺う。
私の頭上、書庫の入り口に戻るための通路が、同じように倒れた本棚で塞がれていた。
これくらいは私にだって解る。
さっき聞こえた足音の人達が、本棚を倒しまくっていったのだ。
・・・ずいぶん念入りなことで。
呆れ半分の気持ちで視線を元に戻すと、彼が少し体を浮かせて、私を見ていたことに気づく。
「あ、ありがとうございました」
至近距離で思い切り目が合うのは、きっと誰でも恥ずかしいはずだ。
私だって、例に漏れずに恥ずかしい。
それでも目を離さずに言えたのは、子どもの頃に受けたしつけの賜物だ。
挨拶は、目を見て、笑顔で。
いや、笑顔は今は無理かも知れないけれども。
「いえ、ミナは、怪我はありませんね?」
私の様子に、確認代わりに言葉を発すると、彼はふにゃりと笑んだ。
さっきまでの冷たい、よそよそしい彼はどこに行ったのか。
「ああ、よかった・・・・」
言って、彼が再び覆いかぶさってきた。
今度は私の無事を喜ぶ、その表現のように、首筋に鼻先を寄せる。
ほんの少しの息遣いが、ぞわぞわと背中をざわめかせるのを、ぎゅっ、と目を瞑って堪えた。
今度は、絶対に流されたりも絆されたりもしないと誓えるけれど、お願いだからこの前のような台詞は勘弁して欲しい。
「あ、あの!」
私は思い切った。
「ん・・・?」
ほっとして脱力中なのか、その声は寝ぼけた彼と寝ているかのような錯覚をさせる。
「私の声、シュウが近くにいれば、聞こえるみたいなんです。
だから今、呼んでみますから、」
言おうとしたところで彼が、がばっ、と身を起こした。
こんな狭い空間で、そんなに大きな動きをして、頭とかぶつけませんかジェイドさん。
半ば呆気に取られたように見ていると、ふいに彼が真剣な目をして私を見た。
「・・・お願いします」
空色の瞳が、懇願する言葉と一緒に歪められる。
「もう少しだけ、このままで・・・」
そして私の頬に触れた指先が、唇をなぞった。
触れたのは指先なのに、なぜ、こんなに罪悪感が襲ってくるのだろう。
「私の匂いを残すようなことは、しませんから・・・」
言葉と一緒に、彼が私の首元に顔をうずめた。
熱い息が首筋にかかって、背中が落ち着かない。
でも、結局私は、何も言えなかった。
どれくらい、そうしていただろう。
先に口を開いたのは、やはり彼だった。
「聞いても、いいですか・・・?」
「はい・・・」
囁く声に、囁きで返す。
とても静かな、ゆっくりとした時間が流れている気がする。
ドアも閉められてしまったから、書庫に用事のある希少な人だけが、この時間を壊すことになるのだと思うと、気が遠くなりそうだった。
「もし、私が先に出会っていたら・・・変わっていたと思いますか・・・?」
何が、とは言わないところが彼らしくて、私はこみ上げた気持ちに素直に微笑む。
そして、静かに首を振った。
「確かめる方法なんてないんでしょうけど・・・・
私はいつどこで出会っても、シュウの側を選んだと思います」
囁いたつもりが、声に力が入ってしまったのは、仕方ないと思うのだ。
私は嘘をつくのが上手な方ではないし、取り繕うのも得意ではない。
本当は傷つけないように、ちゃんと言葉を選びたい。
でも、綺麗な言葉を選んでいたら、私の気持ちが違う言葉に変換されてしまう気がした。
だからせめて、自分の気持ちを偽らずにそのまま伝えたい。
「シュウに出会えなかったとしても、シュウを探していたと思います」
今は思いが通じて、熱に浮かされている時期なのかも知れない。
それでも、構わない。
今必要なのは、今の気持ちだ。
「・・・・そこまで言ってもらえると、助かります・・・・」
体を浮かせた彼は、いっそ眩しいくらいの微笑を浮かべて私を見つめていた。
空色が綺麗で、深い緑とはやっぱり違う色なんだな、なんて感想を抱く。
そしてふいに、私は高い場所があまり得意ではないことを思い出した。
「ジェイドさん・・・・」
「なんでしょう」
「もう、シュウ呼びませんか・・・?
あと、その体勢疲れませんか・・・?」
「もう少し、こうしていたいです。あと、疲れました」
私に覆いかぶさったままで会話を続けて、もういいだろうと口にしたら、案の定補佐官殿はまだ満足してくれていないようだった。
こういうところ、変に許してしまうのは私の悪いところだ。
でも、この時間が終わればもう、ジェイドさんとこんな風に2人で話をする機会は訪れないのだと思うと、別れを惜しんでしまう自分がいた。
決して恋愛感情を抱くことはない、と言い切れるのだけれど。
彼が疲れたと言ってすぐ、私の隣に倒れこんだ。
でもちょっと狭い。
それは彼自身が感じたのか、不快そうに身を捩ったかと思えば、首の辺りが押し退けられた。
こ、これは、腕枕ってやつですか。
変なこと考えてないですよね、と心の中で問いかければ、伝わっているはずはないのに彼が小さく笑ったのが分かる。
「我慢して下さい、この体勢が一番楽なんです」
心なしか、彼の言葉から熱が引いた気がした。
「それで、あなたはエルのどのへんが好きなんですか?」
「え?ええ?」
腕枕に変わったら、彼は仰向けに寝転んだ私を、何気なく斜め上から見下ろしていた。
悠然としたそのさまは、なんだか悪魔に見える。
あ、頭にツノが。
「ほら、吐いてしまいなさい」
頬に手を添えて見つめられれば、その近さに息すらまともに出来ない。
「・・・・えええ」
声を上げると、頬をつねられた。
「ほへー」
間抜けな声に、彼が堪えられなくて笑う。
笑ってくれるなら、ちょっとくらい頬がひりひりしたって、いいや。
そう思えるくらい、彼のことも好きなのだ。
そう、私はこの世界に、好きな人がたくさん出来た。
でもいちばんは、彼だけ。
そこはもう、譲れない。
「・・・・わかりましたよぅ。
好き、なところですよね?いきますよ?
・・・・優しいとこ強いとこ、可愛いとこ、ごはんを美味しそうに食べるとこ、あと、」
「あー、はいはい」
むに。
指折り数えて口にしているところで、ジェイドさんがまた頬をつねった。
喋れないじゃないですか。
「ふぁふぁへふぁいー」
反論しようとして意味のなさない言葉が口から出て行ったところで、彼が眉を八の字にして微笑んで言った。
「もう気が済みました。
このまま聞いていたら胃もたれしそうです」
腕枕を解いて、ひりひりした頬を撫でる私に向かって、苦笑する。
「エルを呼んで下さい。ここから出ましょう」
「はい。・・・・あ!」
やっとお許しが出たことに頷いて、忘れていたことを思い出した。
「院長って、まだ王宮にいますか?!」
「・・・は?・・・」
聞き返した時のジェイドさんのカオを、私は忘れないと思う。
その後、「助けて、シュバリエルガ!」と何度か叫んだところ、しばらくして駆けつけてくれた彼に救出された。
もちろん眉間のしわは今までで一番くっきり刻まれていて。
言わんこっちゃない、と言外に告げられた気分になった。
分かってます、反省しますこれから。
私達の間に流れた空気を読んだのか、ジェイドさんが上手く立ち回ってくれて、何者かに襲撃されたのだと理解したシュウは、今までのように苛々したりすることはなかった。
やっぱりジェイドさんは大人だ。
彼の話では、どうやら本棚の件は、少し前に取り潰した貴族の関係者を調べることにするそうだ。
詳しくは聞かないようにしたけれど、要は、逆恨みなのではないかと私は結論付けた。
そして、いつの間にか午後に差し掛かる頃になっていたことに気づいた私は、仕事に戻る直前に彼に言われた言葉に慄いた。
「今日寝る前にでも、じっくり聞かせてもらおうか」
今朝思いついた、「体調が優れないという嘘をついてみる」はまだ使えそうにない。




