61
心臓が、早鐘のように打ち付ける。呼吸が上手く出来ない。
白騎士の手が頭に伸びるのが、スローモーションで目に映った。
憎悪がぎらぎらと輝きを放つ瞳から、目を逸らすことが出来ない。
その間に、騎士にしては綺麗な手だな、だから騎士は向いてないんだよ、なんて、どうでもいいことが頭に浮かんで。
やがて乱暴に髪を掴まれたと思ったら、痛みと一緒に、さらさらと髪が耳元を流れていったのを感じた。
どうやら私の髪を解いたらしい。
「・・・あ・・・」
髪を解かれて気づく。
この世界では、女性が髪を人前で解くなど言語道断。
そして自分の身に起こることを瞬時に悟った私は、掴まれていない方の手を振り回した。
足も使った。
とにかくめちゃくちゃに。
自分でも何をしているのか分からないくらい、激しく抵抗した。
・・・こんなの、誰がおとなしく受け入れると思ってるんだ!
「ぅわっ、おい・・・っ?!」
慌てた白騎士が、一瞬掴んだ手の力を緩める。
私はその瞬間を逃さずに自分の手を引き寄せた。
ガリっ、という鈍い手ごたえに焦点を合わせれば、白騎士が頬を押さえている。
・・・何が起こったの。
呆けた様子の白騎士に、咄嗟に何歩か後退して距離をとる。
そして、状況が飲み込めないまま見つめていると、白騎士がおもむろに押さえていた手を目の前に持っていき、戦慄き始めた。
「この・・・っ」
白騎士が手を下ろして目に入った、鮮やかな赤い線に言葉を失う。
私に引掻かれて、頬にミミズ腫れのような線が出来ていた。
「たかだか子守風情が・・・!」
指先についた自分の血を見て、何かがぷつっと切れた様子の白騎士が襲い掛かってきた。
「・・・い、やっ・・・!
触らないで・・・!」
両手を私の首元に伸ばして、服の生地に手をかける。
触れられることを想像してこみ上げた吐き気を無視して、両腕で相手を押し退けようと力を込めた。
しかし腐っても騎士は騎士だ。押しても引いても、びくともしない。
・・・こんなの、ジェイドさんの比にならない・・・!
こんな時に限って、私はジェイドさんを思い出していた。半ば現実逃避気味に。
耳元で、舌打ちが。そして次の瞬間、揉み合っていた私の体は、壁に叩きつけられていた。
どす、と体に伝わる鈍い衝撃に、頭がくらくらして息が出来ない。
「く・・・ぁ・・・っ」
自分のものとは思えないうめき声が喉の奥の方から出る。
酸素が欠乏してゆく感覚に晒されながら、私は立ってもいられなくなって、ずるずるとその場に崩れ落ちた。
自分の黒い髪が、床に散らばっている。
荒い息遣いが耳元で聞こえる。
私?それとも相手の?
頭がぐわんぐわんする・・・。
続いて、びりびり、と歪な音。
胸元に感じる、空気の流れ。
脳裏をよぎるのは、彼の心配そうな瞳。深い緑が小さく揺れていた。
カラン、と金属音がして、視界の隅に髪留めが入りこむ。
・・・よかった、戻ってきて・・・。
意識が浮上して、続いて視界がはっきりしてくる。
そして次に感じたのは。
「あつ・・・」
熱気というか、熱風というか・・・。
まだしっかり働かない頭を振って、私は身を起こす。
胸元がスースーして手をやると、服が綺麗に引き裂かれて下着が見えているのに気づいた。
思い出したのは、恐怖と嫌悪。吐きそうになった。
手元に落ちていた髪留めを握り締めて、私は体が小刻みに震えるのを耐える。
幸いというべきなのか・・・服を切り裂かれただけで済んだみたいだ。
体をこじ開けられた感覚も、形跡も、たぶんない。
それには胸を撫で下ろすも、やはり怖いものは怖かった。
そして、言うことのきかない体で立ち上がろうとして、やっと、気づく。
部屋のドアが、炎に包まれていることに。
メラメラと燃える炎は、絨毯を伝わって、貪欲にも私に噛り付こうと迫りつつある。
幸い煙はドアの隙間から、すきま風にのって廊下へも伝わり出ていっているようで、部屋の中はさほど息苦しくはなかった。
廊下に煙が出ているということは、誰かはこの小火に気づいてくれる可能性がある、ということだ。
私は一縷の望みが見えて、大声を張り上げた。
「だれかーっ!!!
たすけてーっ!!!」
誰か、気づいて。
思いを込めて、私は何度も何度も声を張り上げるけれど、炎は依然として、その勢いをとどめることなく燃え続けていた。
これを繰り返していても、誰かが気づいて消化してくれる展開は、望めそうにない。
私は、どうにかなる、なんてどこか他人事のように考えていた自分を諌めて、窓に駆け寄った。
ここは異世界だけど、私はこの世界の住人なのだ。
ここで人を愛して、生きてゆくと決めたからには「お客さん」ではいけないのだと、自分の心を叱咤した。
待っているだけで済むのは、特別な人だけだ。私は自分の力で切り抜けなければ。
こんな所で、焼死体になるなんてごめんだ。
窓を開けて身を乗り出すと、突然後ろから風が吹き抜ける。
すきま風が逃げやすい通り道を、私が自分の手で開けてしまったようだ。
熱くて、黒い風が勢いよく窓の外へと逃げてゆく。
そして、熱風に驚いて振り返った瞬間に、大量に煙を吸い込んでしまった。
「げほっ・・・げほ、ごほっ・・・」
むせ返って、喉からひゅー、と空気の抜ける音がする。
聞いたことのない音に、頭が混乱した。
これは、誰の声だ。
喉が焼けつくように痛んで、唾を飲み込むことすら苦痛だ。
もしかしたら、煙と熱風で火傷したかも知れない。
「・・・だ・・・かっ」
大声を出そうにも、もはや自分の声を自分で聞き取ることすらままならなかった。
・・・絶望的だ。
でも、本当に絶望してしまったら、私は消えてしまうかも知れない。
シェウル君が、真実に失望して嘆いた時に、光の粒になって虚空へと還ってしまった時の光景が、脳裏に蘇った。
慌てて首を振ってそれを打ち消すと、私は切り裂かれた服の布切れを拾い上げて、口と鼻を塞いだ。
本当は濡れた布がいいけれど、ないものねだりだ。
もう一度、人の姿がないか窓から身を乗り出して見渡す。
残念ながらオーディエ皇子への黄色い悲鳴が時折聞こえてきて、これでは誰も気づくはずがないと分かってしまった。
そもそも、窓の外は王宮の裏の雑木林というか、関係者以外立ち入らないような場所なのだ。
仕方なしに、私は炎の渦巻く部屋を見渡した。
そして思い出す。
確か御伽噺か何かに、自分の髪を結い垂らして、塔から抜け出したお姫様がいた。
当然、私の髪では無理なのだけれど・・・。
そこまで考えて、ベッドに目が留まる。
・・・そうだ。シーツを切り裂いて、ベッドに括りつければなんとかいけるかも知れない。
ベッドがあるということは、2階で客室ということだから・・・シーツを細長く切れば、長さも足りるんじゃないだろうか・・・。
炎は、絨毯を這ってもうすぐベッドから垂れた毛布に届こうとしていた。
急いで駆け寄って、毛布を下へ剥ぎ落とす。
そして、シーツに手をかけた、その時だ。
ぼぉうっ
ぱちぱちぱち・・・
炎が爆ぜたと思ったら、一瞬にしてシーツの端に燃え移ったのだ。
私は慌ててシーツから手を離して、ベッドから身を遠ざける。
目の前では、燃え移った炎がベッドを飲み込もうとしていた。
熱風が吹き付ける状況で、私は途方に暮れるしかない。
風向きも悪かった。
窓の方へと流れようとする炎が、風に乗って燃え盛っている。
黒々とした煙が、目に痛い。
生理的な涙が、次々に零れてきては頬を濡らした。
立っていては煙を吸ってしまう。
私は仕方なく膝をつき、白騎士が放り投げたのであろう髪留めを握りしめて、この先のことを考えようと目を閉じる。
浮かんだのは、深い緑色の瞳だけ。
絶望的な状況で、他のことなど考えられなくなった私は、静かに息をした。
ああ、なんて滑稽なのだろう。
あの時白騎士に抵抗しなければ、なんとか命だけは助かったのか。
どうしようもない仮定をして、私は自嘲気味に笑った。
抵抗しなくても、いいようにされた後、私は絶望して消滅したかも知れない・・・。
なら、部屋を出なければ、こうならなかったのか。
・・・どうしようもない仮定ばかりだ。
自分が情けない。
自分の終焉が頭の隅にちらついたことに恐怖して、そして、後悔している。
最後を感じ取ってしまったら、自然と歯の根が合わなくなってきた。
しょうもないことばかりを考えていた私は膝を抱えて目を閉じる。
そうでもしないと、発狂しそうだった。
そしてただ、彼の名を唱えていた。
・・・もっと早く、自分の気持ちに向き合っていれば良かった。
・・・もっと沢山、彼の名前を呼べば良かった。
・・・せっかく彼が、私を繋ぎとめてくれたのに。
私は、自分でも掠れて聞き取れない声を、心で聞いていた。
「シュバリエルガ、シュバリエルガ・・・シュバリエルガ・・・」
届けと念じながら。
最後なら、会いたいのに。
自分がちゃんと彼の名前を呼べているかどうかも、この耳は聞き取れなくなりそうだ。
ふいに、声が聞こえた気がした。
顔を上げるけれど、いや、と首を振った。
幻聴かも知れない。
熱風と煙で、私は壊れてしまっているのかも。
ついに終わりがきたのかも知れない、と。
ぼんやりと部屋の中を見渡すけれど、大半が炎に包まれていて、彼の姿どころか、死神の姿も見当たらない。
やはり、声が聞こえた気がした。
私に目を瞑るな、とでも言いたげな、怒号に近い声だ。
・・・いやでも、そんなわけがない。彼は、私が帰ってくるのを部屋で待って・・・。
「・・・ミナ!
・・・どこだ?!」
彼の声だ。
それを素直に認めた瞬間、歓喜が体を駆け巡った。
もう駄目だと思っていたのに、体中が息を吹き返したような感じ。
嬉しいと感じたら、もう、どうしても助かりたいと思ってしまった。
「シュウ・・・!」
彼には聞こえないかも知れないけれど、掠れた声でそれに応えて、私は立ち上がった。
布切れで鼻と口を塞いで、窓に駆け寄る。
黒煙に紛れて身を乗り出せば、真下にいた彼の深い緑の瞳が目に入った。
嬉しくて嬉しくて、声にならない声で呼びかける。
手を振れば、彼は眉間にしわを寄せた。怖い。
「飛び降りろ!」
言って、大きく両の手を広げる。
・・・え、ここから・・・?!
勢いよく黒煙が、後ろから私を押し出そうとするのを感じつつ、尻込みする。
特別高層でもないけれど、決して一般人が飛び降りていい高さではない。
足元に熱気を感じる。
・・・分かっている。考えている時間はない。選択肢もない。
それでも、と一瞬躊躇った私を見て、彼が更に声を張り上げた。
「お前、俺を誰だと思ってる!
絶対に受け止めてみせるから、信じて飛び降りろ!」
いつもはあんなに静かに話すのに、必死に大声を張り上げる彼を見て、不謹慎にも嬉しいと思ってしまった。
・・・私は、彼の特別なのだ。
震える足を窓枠にかければ、ごうっ、と炎が背後で爆ぜた。
怖い。
目を閉じて、彼が受け止めてくれる光景をイメージする。
そして、呼吸を整えてから下を見た。
「絶対受け止めてね・・・。
私、あなたの番になるんだから・・・!」
掠れた声で、おまじないのように言葉を紡げば、彼が一瞬驚いたような表情をする。
そして、もう一度私の名を呼んだ。
風を受けて、胸がすかすかする。
抱き上げられた時のような浮遊感を一瞬感じたと思えば、スーパースローのような映像と共に落下する感覚を味わった。
手に握り締めた髪留めだけは、決して放すまいと胸に抱え込んで。
空中で、彼と目が合った。
落下する時間なんて、ほんの一瞬だ。
なのに、深い緑に吸い込まれるような感覚に、酔いしれて。
気づいたら、ふわりと彼の腕の中に落ちていた。
・・・もっとこう、どさっと重みのある音がすると思っていたけれど・・・。
緊張が一周して疑問を感じてしまった私は、それでも彼の腕の温かさと頼もしさに包まれて、ほぅ、と息を吐いた。
・・・吐いて、気が付いた。
彼の目が、金色に輝いていることに・・・。
「しゅ、う・・・」
思わず掠れたままの声が漏れる。
自分があれだけ、白騎士と炎に恐怖したことを忘れてしまうほど、見入ってしまった。
よく見れば、私を抱きとめた腕も、頭も、肩も、淡く金色の光を纏っているではないか。
一瞬、まさか彼も渡り人で、消滅してしまうのでは、と危機感がこみ上げる。
しかし、金色の瞳を見てそれはない、と直感した。
彼も、自分の体の変化に気づいたらしく、硬直している。
「なん、だ・・・?」
かろうじて呟いた言葉が、重々しくその場に落ちた。
私も何と言ったいいのか分からなくて、ただ彼の瞳を見つめるしかない。
「シュウ、目が金色に光ってる・・・」
囁くようにしか話せない自分がもどかしい。
せめて、と戸惑う彼の頬に手を添えれば、彼がくすぐったそうに目を細めた。
その様子に、どうしても彼に触れたくなってしまった私は、そっと、彼に口付ける。
彼の変化も、私の事情も、いろいろ大変で大事なことが転がっているのだけれど、とりあえず今はそんなことどうでも良くて。
とにかく、どうしても彼に触れたいと思った。
彼も静かにそれを受け入れる。
どれくらいの間そうしていただろうか、ふと彼の瞳を見れば、普段と同じ色に戻っていた。
それを伝えると彼は、不可解だ、というように眉間にしわを寄せる。
「体も、元に戻ったな・・・」
彼は私を抱きかかえたまま、その場に腰を下ろした。
私を下ろさないところが彼らしくて、頬が緩む。
「・・・で?」
氷点下の温度を纏った声が、頭上から降ってきた。
炎に晒されて、火照った体に気持ちいいとか、そんなことは決してない。
どちらかというか、これはホラーだ。お化け屋敷のひんやり感だ。
「何があったか話してもらおうか」
勇気を出して彼を仰ぎ見れば、見なければ良かったと後悔した。
頭上では、やっと小火に気づいた騎士や侍女達が声を張り上げている。
ノルガが話してくれた内容と、助けに来てくれるまでに起きたことを伝えると、それを聞いた彼は、私ですら謝り倒したくなるくらいに怖い顔をした。
「そうか・・・」
何が怖いのかと言えば、穏やかさだ。
「シュウ・・・?」
恐る恐る尋ねると、彼はにやり、と笑みを浮かべる。
「いいだろう。
・・・落ち着いたら、一族郎党、根絶やしにしてやる」
静かにそんなことを考えていたのか。
私は慌てて彼にしがみつく。
「わっ、私は大丈夫だから!」
これ以上蒼鬼のイメージが悪くなったら、将来子どもが苛められる。
・・・いや、それは言葉の綾だ。
1人で慌てていると、彼がそっと私の胸元へ手を伸ばした。
抱き込んでいた髪留めを手の中から取り出すと、ゆっくりと地面に置いて。
「番をこんな風にされて・・・」
服を引きちぎられて、あらわになった肩口を大きな手が滑っていく。
そして、強く光る瞳を向けられて、思わず息を飲んだ。
そういえば、未遂だったとはいえ、髪はばさばさだし、服はボロボロだ。
おまけに火事に巻き込まれて、煤だらけだ。
「怒り狂って、今すぐにお前を放って相手の男を殺しに行かないだけ、ましだ」
苦しげな表情で言われれば、彼が自分の中で感情の嵐と戦っていることが伝わってきて、私は何度も頷いた。
「ごめんなさい、私・・・」
命の危険に晒された興奮が落ち着いてきて、私は自分の惨状を改めて理解していた。
彼がどれだけ心配していたのかも。
きっとまた私が消えてしまうかも知れないと、肝を冷やしたに違いないのだ。
何も言わない彼を見て、何か声をかけたいけれど、なかなか思うように言葉が出ない。
そして、先に動いたのは彼だった。
「・・・とにかく、無事で良かった・・・」
ぎゅっ、と抱きしめられて初めて、彼の腕がかすかに震えていたことを知る。
その震えごと抱きしめ返せば、彼が大きく息をついた。
シャワーを浴びてリビングに戻ると、彼が私の髪に鼻先埋めた。
まだ乾ききっていないから、彼の顔も濡れてしまうのに・・・。
そう言おうとして、彼らがもともと獣だったということを思い出した。
私の匂いを確かめているのだと納得すると、私はされるがまま、じっと彼が満足するのを待つことにする。
一気にいろんなことが起きて、考える機能が麻痺し始めているのか、頭がぼんやりしてきた。
若干の眠気も感じて、目を閉じようした私は、違和感を感じて視線を下ろす。
・・・上半身が寒い。
目を遣れば彼が、湯上りの汗ばみを優しく包んでくれていたはずのバスローブに手をかけていた。
・・・どうしてそうなるの。
意外と冷静さを保ったまま、私はそっと彼の手を掴む。
「ちょっと待って・・・あの、気になってたんだけどね」
「なんだ」
不機嫌そうに眉間にしわを寄せた彼が呻く。
私はそんなことには構わずに、尋ねた。
「どうして、私があそこにいるって分かったの?」
「匂いと、声が聞こえたから」
あらかじめ用意された台詞かのように、間髪入れずに答えると、今度は彼が私の手をそっと掴んだ。
そしてゆっくりとそれを下ろすと、今度は髪を撫でる。
「匂いって、そんなに遠くても分かるの?」
「ああ。ノルガから聞いたんだろう。
番や、子の匂いは、離れていても嗅ぎ分けられる。
・・・王都くらいなら、守備範囲だ」
「へぇ、すご・・・」
相槌を打とうとして、口付けで塞がれた。
む・・・と、間抜けな声が出て、私は両手で彼の胸を軽く押す。
唇が、名残惜しそうに離れた。
「じゃあ、声は?声も、聞こえるの?」
「ああ。この部屋から王宮くらいなら。
・・・遠吠えを聞き取るようなものか」
「ふぅん・・・そっか」
納得のいくような、理解出来ないような。
私には備わっていないものだから、とても不思議だ。
彼が、私の気が逸れている間に、とん、と私の肩を押す。
もともと抵抗するつもりもない私は、あっけなくソファに倒れこんだ。
もちろん頭を打たないように、彼の大きな手が衝撃から守ってくれる。
目の前に彼の微笑みが現れて、私も微笑む。
「・・・でも私、この世界の人間じゃないのに・・・?」
思い至って疑問を口にすれば、彼がそれを鼻で笑った。
どうしてだろう、私に向けるそれは、他の人に向けるそれとは違うと解る。
「お前が俺を受け入れてから、変わった気がするが。
・・・いいだろ、そんなことは・・・」
壮絶な色気を漂わせて、魔王様が顔を近づけてきた。
額や頬に口付けが降ってくる。
くすぐったくて身を捩るけれど、彼はやめてくれない。
その合間に、もうひとつ。
「あれは?・・・シュウが光ってた件」
「あれもどうでもいい」
「えええ?」
自分の身に起きることに無頓着すぎる。
「あとで考えよう。
北の、王立学校の教授を知っているから、そいつを頼ってもいい」
・・・考えた上での後回しなのか。
彼の手が、再びバスローブをぐい、とこじ開ける。
・・・風邪を引いては困るから、せめてベッドでお願いしたい。
そう思っていたら、鎖骨の辺りに熱が与えられた。
熱くて熱くてかなわない。
確かに、寒いと思っていたけれど。
変な声が出そうになるのを堪えていると、今度は首筋を舐められた。
色気も何もなく、べろん、とだ。
「ぅひゃあ!」
私の悲鳴だって、色気も何もない。
それを聞いて低く笑った彼は、ひと言。
「教えてやろうか」
何かを隠し持っていた悪戯っ子の瞳だ。
私は自分の置かれた状況も忘れて、首を傾げた。
「お前が夜遅く、俺の名を呼んでいたのを知ってる」
思いがけない爆弾を落とされて、私は声にならない悲鳴を上げた。
・・・なにそれなにそれなにそれ。
きっと、顔が真っ赤になっていることだろう。
「ミナ」
恥ずかしすぎて涙目になる私に、彼は笑みを深くした。
・・・あれか、私を苛めて楽しんでいるのか。
「もうひとつ、教えてやる」
しゅる・・・と結び目の解ける音がして、肌が空気に触れたのが分かった。
彼が自分の服にも手をかける。
器用なのは、髪を結ってくれたりして知っていたけれど、何も瞬く間に上着を脱ぎ捨てることはないと思うのだ。
上半身裸になった彼が、壮絶な色気を放って、私を見つめている。
彫刻のようで美しい、なんて感想を抱いてしまう私は、彼に狂っている自覚があった。
そして、そんな私に彼が微笑んだ。
「まだお前には、俺の匂いが定着していない。
だから・・・」
突然視界がふわりと浮かんで、私は彼に横抱きにされていた。
迷うことなくベッドルームへ向かう彼が、続きを言う。
「頑張ろうな」
乱暴なまでに甘い色気に中てられて、思わずこくりと頷いてしまった。
それを見て、彼が心底嬉しそうに口角を上げた。
・・・あれ?
彼の匂いが定着したかどうかなんて、彼にしか分からないんじゃ・・・?
いつ定着したかは、教えてもらえるのかな・・・?
・・・あれ、私、騙されてる・・・?
・・・まぁ、いいか。
好きな人に求められるのは、嬉しいもの。




