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片方の腕が、おかしな方向へ曲がったまま気を失ったマートン先生を見下ろして、ジェイドさんが言った。

マートンの自宅の調査に立ち会って欲しい、と。


昨日の打ち合わせの時点では、自宅の調査は紛失した史料に関係するために、白と紅の共同調査、ということになっていたらしい。

2団の団長とその騎士たちが調査をするのを、監視する役目をジェイドさんが担う予定で話が進められていたそうだ。

でもここで、この事態だ。

囚人とはいえ、怪我をした状態のまま放置しておくわけにもいかず、かといって、私とシュウがこの場に残るわけにもいかず。

私がいれば、また何かが起こるかも知れないからだ。

すでに彼が壊れてしまっていると知ってなお、私も自分から飛び込むつもりはなかった。

・・・私が来なければ、こんなことは起きなかったのかも知れないけれど。

・・・何も、聞き出せなかったな・・・。

喉元に残る違和感と、胃の下に重りがぶら下がっている感覚に、気持ちが沈む。

結局、私が自分のぐちゃぐちゃした思いをぶつけて、返り討ちにあったようなものだ。

消化できないものが胸につかえて、とうとう我慢出来なくなった私は、淀んだものをこっそりため息にして吐き出した。

「・・・どうした」

それを絶対に聞き漏らさないのが、隣の彼だ。

聞き流して欲しいと思っている私に気づいているはずなのに、あえて拾いあげる。

誤魔化すことも一瞬頭をチラついたけれど、無駄なことだと思い直した。

かと言って上手く言葉が浮かんでこない私は、黙って首を振る。

「・・・なんか・・・。

 ・・・ごめんね、上手く言葉に出来ないんだけど、ちょっと・・・」

つぶさに私の様子を観察している彼が、黙ってその手を伸ばした。

どこか感覚が鈍っているのか、彼の温かいはずの手のひらが、私の少し小さめな手を包むのをぼんやりと感じ取る。

窓の外に広がる景色が、町並みから郊外へと移り変わっていた。

私達は、ジェイドさんの手配していた車に乗って、郊外にあるマートン先生の自宅へ向かっている。

研究に明け暮れていた彼は、自宅と図書館の往復ばかりしていたらしく、他に調査する場所があがらなかったのだそうだ。

車が走る道も、だんだんと舗装が粗くなってきたようで、ガタガタと揺れを強く感じるようになってきていた。

この揺れで喋れば舌を噛むかも。

私はただ窓の外をぼんやりと眺めて、息をついた。



彼の自宅は、それなりに大きかった。

中に入って内装や調度品を目にした私は、お金持ちだったんだな、なんて感想を抱く。

でもそれも[以前は]という前置きが必要なのだけれど。


彼の父親はもともと貴族だったそうだ。

けれど、母親が亡くなってからすぐに、年老いた父親が急逝。

跡継ぎとして残された彼が、こともあろうに研究以外のものに目もくれなかったため、煩わしいの一言で父親の管理していた土地を他人の手に渡し、一気に資産が激減。

それまで屋敷においていた使用人達も解雇したらしい。

そして、その後は白の騎士団に所属して、図書館で働き始めたそうだ。

キッシェさんと、同じ職だということに気づいて、少し納得する。

あの仕事をしていれば、いくらでも図書館の史料を漁ることができるし、もしかしたら、持ち出すことだって可能かも知れない。


ともかく、そんな彼の自宅を調査している騎士たちを、私とシュウは第3者の目で見守るために来たのだった。

シュウが手近にいた紅の騎士に声をかけ、団長のところに案内するように声をかける。

一瞬怪訝な表情を浮かべた騎士は、ややあって渋々頷いた。

そして、私達をある部屋に連れてきた彼に、シュウも私も礼を言ったのだけれど、彼はおざなりな挨拶をして出て行く。

「・・・感じ、わる・・・」

埃っぽいソファに腰掛けて思わず呟くと、同じように腰掛けた彼が鼻で笑った。

なぜあんな態度を取られないといけないのか納得のいかない私は、それまでのやるせない気持ちが苛々で塗り替えられていくのを感じる。

「ああいう奴は多い。騎士団にも、王宮にも」

どうということはない、という意味なのだろう、かすかに笑みを浮かべた彼は足を組んで言い放つと、ソファに背を預けた。

埃が舞っているけれど、それが気にならないのと同じなのか。

「どの騎士団に所属するにも、まずは蒼でこれでもかというほど鍛えられる。

 蒼では泥臭い仕事も、抜刀しなければならない場面も、多々ある。

 あまりの過酷さに、最初の1年で辞める奴も少なくはない。

 ・・・それを乗り越えた奴らが、紅や白では必要になるからな」

淡々と語りだした彼の横顔に、私は沈黙して続きを促した。

「5年前あたりに蒼に所属していた連中は、俺が団長になった経緯をよく知っている。

 そして、そいつらが紅や白に所属するようになって、今に至るわけだ」

そこまで言うと、彼はもう一度、今度は自嘲気味に笑う。

いつの間にか、蒼鬼のカオになっている彼を見て、私は無意識に言葉を紡いでしまった。

「・・・私には、シュウは、シュウなのに」

心の声がするすると出てしまったのを聞いて、彼は思わず、といった感じで目を見開いた。

そして、一瞬時が止まったかのように息を飲んで私を凝視する。

肌の毛穴まで見られそうで、どこかに隠れたくなる衝動に、私は身構えた。

すると彼が、止めていた息をほぅっ、と吐く。

その表情が安らかで柔らかくて、孤児院で彼と過ごした数日のことが思い出された。

あの時、私にコインを預けた彼は言ったのだ。

「久しぶりに、気の休まる時間を過ごすことが出来た」と。

その一言が脳裏に蘇った瞬間、私はああそうか、と心の中で、思わず声を漏らした。

胸に舞い落ちてきた懐かしさと愛しさに、目を細めて彼を見つめれば、同じように優しく目を細めた彼が、私を見つめ返す。

・・・こんな表情をする蒼鬼、誰も知らなくていい。

深い緑の瞳に黒髪の私が映りこんで、それがとても綺麗に映えていて嬉しくなる。

自分が、こんなに人を愛しく思う日が来るなんて、今まで考えたこともなかった。

思いを巡らせつつもお互い無言のまま、ただ、温かい空気に身を委ねていた、その時だ。


「うぉっほん!」


漫画の台詞のようなわざとらしい咳払いが耳に入って、私の体がぴくん、と小さく跳ねた。







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